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11. 終末の目覚め

――「つくばエクスプレス」とは?

 第三セクター、首都圏真都市鉄道が運営するつくばエクスプレス(TUKUBA EXPRESS:通称『TX』)は、東京都千代田区秋葉原と茨城県つくば市(現・研究学園要塞都市)を結ぶ鉄道路線である。

 過去、第二常磐線構想に基づいて計画・着工され、2005年にようやく開業となった。

 特徴としては電力・水道を含む、全てのインフラが研究学園要塞都市からの独自供給となっており、有事に備えて駅の構内には『つくばネットワーク』と呼ばれる特殊な通信網が整備されている(※ただし、〈壁〉の影響でそれが使用できるかは不明)。

 また、その親元である首都圏真都市鉄道は、代表取締役などの役員がほとんど防衛省や都県庁出身の官僚で構成されており、特にその運営には研究学園要塞都市の関係者が多く携わっているなど、他の鉄道会社とは異なる謎の多い組織である。




     1




「ん、うん……?」


 次第に意識を覆う霧が晴れ、微睡みの中で目覚める。目覚まし時計がないので詳しい時間は分からないが、おそらく夜明け前だ。悟倫はこの村に来てから、自然と太陽が昇る前に起きる習慣が身についている。

 意識が覚醒して目を開く数秒の間は、まだふわふわとしていて実に気持ちがいい。

 特に今朝はいつものむわっとした熱気の代わりに、まるで人肌に包まれているような、そんな温もりと柔らかさが――、


「えっ!?」

「……すぅ、すぅ」


 そこで悟倫は江音に抱き締められていることに気付いた。まるで抱き枕をホールドするようにがっちり固定されていて、微塵も動くことができない。


「ちょ、なにこれ!」

「……ん」


 江音の拘束から抜け出そうとじたばた暴れていると、当の本人が目を覚ました。

 眠そうにまぶたを擦って、あくび交じりに起き上がる。


「……んあ、悟倫くん。おはよ~」

「な、何で僕の隣で寝てるんですか!!」

「んー……?」


 まだ意識がはっきりしていないらしい江音は考えるように黙って、それからぐっと伸びをして立ち上がった。


「えーっと……スキンシップ、的な?」

「その……も、もし間違いがあったらどうするんですか!!」

「えー、間違いって何? ……もしかして悟倫くん、間違えるようなことがあるのー?」

「そ、それは……」


 にやにやと笑って言う江音に、悟倫は何も言えなくなった。

 思春期真っ盛りの男子高校生に対して……何とも恐ろしい姉御だ。これはただ単にからかっているだけなのか、それとも誘っているのか、一体どっちなのだろうか、と悟倫は考えた。

 どちらにせよ、かなり性質タチが悪いのは確かだ。


「江音さんは僕を男として見ていないのかもしれませんけど……」


 悟倫は警告とついでにある種の威嚇の意も込めて、声を低めて立ち上がる。


「その、考えを改めるべきです! 男は危険なんです! 男は狼だって、ピンク・レディも言ってたでしょ!」

「ピンク・レディって……。あんた何歳よ」

「えーっと……だから、いつ僕に襲われても文句は言えませんよ!」

「童貞が生意気なこと言わないの」

「うっ」


 ピシッと不意打ちのデコピンを受けて、悟倫は思わず尻餅をついた。

 それを見て、江音は何故か不敵な笑みを浮かべる。


「……それに、もし襲われたとしても、悟倫くんがちゃんと責任を取れば『間違い』にはならないじゃない」

「そ、それは……」

「ふふっ、冗談よ。どう受け取るかは悟倫くん次第だけどね」

「ちょ、待ってください!」


 悟倫はひらひらと手を振って歩いていく江音を追って部屋を出た。

 この村の一員になって数週間。パートナー契約を結んだあの日から、悟倫は江音に翻弄され続けている。頭の回転の速さや口の上手さではとても勝てないので、結局どう足掻いても手の上で転がされてしまうのだ。

 ……しかしながら、不思議と悪い気はしない。流石は年上のお姉さんだけはあって、何でも任せられるような謎の包容力がある。


「……悟倫くん、今日で何日だっけ?」

「何がですか?」

「ほら、スーさんの……」

「ああ。ちょうど一週間ですね」


 スーの死からもう一週間が経つ。他のメンバーはいつも通りの日常を取り戻しているが、やはりその死が森守班に与えた影響は大きかった。

 今までの和気あいあいとした雰囲気はいつの間にか失われて、仲間同士のピリピリした緊張感といつ死ぬか分からないという不安、とても悪い空気が森守班を支配している。

 ……しかし、それでも森守班の結束は揺らいでいない。

 森守のリーダーシップや萌花が持つ少し天然な空気感のせいかもしれないが、それは一重に、班のみんながお互いのために悪い空気に流されまいとしているからだ。


「初七日ね。本当は何かしてあげたいけど……」

「そうですね……」

「今日の狩りで何か花でも摘んでこようかしら。お供え物にコーラとかでもいいかも」

「コーラですか?」

「いいじゃない。スーさん炭酸系好きだった……」



「――馬鹿野郎!! それは俺のだぞ!!」



 中庭の洗い場に出ると、食堂の方から怒鳴り声が聞こえてきた。見ると、言い争う二人を囲むように建物の前に人だかりができている。


「何かしら?」

「さあ」


 二人は首を傾げて、そのまま遠巻きに喧嘩を眺める村人たちの一団に加わった。


「違う! これはオレが先に見つけたんだ!!」

「何だとこの野郎!」


 カップラーメンの容器を胸に抱えて主張する二十代ぐらい青年と、鼻息荒く顔を真っ赤にして怒鳴っている禿げ頭の中年。

 何が二人をここまで怒らせたのかは分からないが、一触即発の雰囲気に他の村人たちは固唾を飲んで見守っていた。


「大体、あんたは内組で狩りにも出てないんだからいいじゃないか! 外組であるオレに譲れよ!」

「そんなの関係あるか! それは俺が初めに見つけて……」

「――だー、かー、らー!! これはオレが初めからここに置いてたんだって! なあおい、あんた! オレよりもずっと年上なんだろ!? ブクブク太ったおっさんがみっともないと思わないのか!?」

「何だと貴様っ!! この……くそがぁ……」

「えっ!?」


 次の瞬間、群衆からワッとどよめきが起きた。吐き捨てるように毒づいた男が、腰のポケットから折り畳み式のナイフを抜いたのだ。


「お、おい、やめろよ……。そんなマジになるなって!」

「フーッ……フーッ!!」


 まるで興奮する牛のように荒々しく鼻息を上げながら、ナイフを構えてじりじりと若者に近づいていく。あまりの激昂ぶりに言い争う理性すらも失っているらしく、その目は完全に血走っていた。


「おっ、おい! これやべーんじゃねーの!」

「早く村長を呼べ!」

「みんな、取り押さえろ!!」



「――このくそがあああ!!」



 奇声を上げて刃物を振り回す男に、周りの村人たちが一斉に飛び掛かる。誰かが傷でも負ったのか、混乱の中で短い悲鳴が上がった。

 止めに入る村人たちでもみくちゃにされながら、男はそれでも抵抗を続けていたが、やがて力尽きて地面に押し倒された。


「江音さん、行きましょうか」

「そうね……」


 ここにいると騒動に巻き込まれそうなので、二人は踵を返して洗い場に戻った。


「なんか、最近は喧嘩が多いですね。みんなピリピリして……」

「…………」

「江音さん?」

「……えっ? ああ、うん」


 悟倫の言葉に、江音は何か考え事でもしていたのか、数拍遅れて小さく頷いた。



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