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12. 朝の見張り




     2




「……おかしいとは思ったが、思った通りだ」


 村の中で一番高いB棟の屋上。その縁に立って村の周囲を見下ろしながら、森守は腕を組んで独りごちた。


「えっ、どうしたんすか?」


 その呟きを聞いて、後ろで朝の体操をしていた萌花が顔を向ける。


「最近、どうも群れと遭遇することが多いと思ってな。予想通り、周辺の〈喰人クラウド〉が明らかに増えている」

「えっ、それって大変じゃないっすか!」

「ああ。村の存続に関わる一大事だ。少し前にも村長に警告していたんだが……」


 森守がため息を漏らすのと同時、下の方からわーっという騒ぎ声が聞こえてきた。

 再び望遠鏡を覗いてみると、食堂の入口に村人たちが集まっていた。何か争っているらしく、何人かが群がって誰かを取り押さえている。


「喧嘩か」


 生活物資を確保する外組と、村を〈喰人クラウド〉から守る内組。また各々の役目を仕事として分けて、それを監督している村長の指導力もあって、この村の日常は今日まで何とか維持されてきた。森守としては少し悔しい気もするが、村長という指導者なくして村が機能しないことは重々承知している。

 今まで見てきた他の村に比べてこのコミュニティーはもっている方だ。

 ……しかし、それでも組織の崩壊は往々にして内部から始まる。最近では周辺の目ぼしい場所を狩り尽くし、他の班もどんどん遠くまで狩りに出ているが、その途中で群れに遭遇したり結果空振りだったりして、狩りが失敗することも多くなった。

 周囲の〈喰人クラウド〉の増加にしてもそうだが、ここ最近の慢性的な食糧不足は村にとっても大きな綻びだ。


(……限界かもしれないな。これ以上、この村で今の人数を維持するのは無理だ)


 その兆候に気付かないほど森守は鈍感ではなかった。今の状態が続けば、この村もそう長くない。


「…………。……もしそうだとしたら、俺は」

「先輩、落ちて死なないでくださいよ!」

「ああ。心配するな、俺は死なない。……『がっこうぐらし!』の二期を観るまではな!」

「えっ?」


 ニヤリと笑って言う森守に、萌花は不思議そうに首を傾げた。


「学校暮らし(・・・・・)? 今まさにしてるじゃないですか」

「いや、前にそういうタイトルの漫画があってだな……。あー、ググれって言っても〈壁〉があるから無理か」

「もしかして、社会人の常識的なアレっすか!?」

「違う、そうじゃない。……まあ、それはもういいか。気にするな」

「えー、気になるっすよ!」

「ちょっとしたオタクのジョークみたいなもんだ。別に好きな作品なら、何のタイトルを入れても成り立つ」


 そう言って森守は屋上の縁から降りて、早朝の空を仰いでぐっと伸びをした。


「オタク……ってことは、先輩も実はアニメとかゲームとか好きだったりするんすか? 隠れオタ的な?」

「割とな。別に隠してないけど」



「あー、それでいつも暇がある時は小説書いてるんすね!」



 合点がいったと言わんばかりに頷く萌花に、森守は「なっ……」と絶句した。


「お前……気づいてたのか?」

「そりゃ気づくっすよ。何かいつもノートに書いてるし、日記かと思ったらセリフみたいなのがあるし。字が汚くてあまり読めないけど」

「……まあ、今までパソコンだったからな」

「清書しますか? 私、こう見えも書道してたんで!」

「いいのか? それは助かるな」


 二人はそのまま階段に向かおうとして、森守はふと思い出したように足を止めた。

 屋上に所狭しと並ぶソーラー・パネルの一枚に屈みこんで、その下からクリアファイルに入ったボロボロの原稿を取り出す。


「それは?」

「前に俺が書いた原稿だ。本当は教室のロッカーに隠してたけど、バリケードに使われるってことでこっちに移した」


 過去、亡き彼女をヒロインのモデルとして描いた、誰もが救われる幸福な物語。風俗嬢の少女が少年との出会い、そして本当の幸福を探すという筋書きだが、ネットに出しても誰からも見向きもされず、新人賞の結果は散々なものだった。

 今や読み手のいない単なる文字の羅列に成り果てているが、それでも森守は書いたことを後悔していない。


「それって、もしかして前に話していた彼女の?」

「ああ、そうだ。あの頃は平和だった。友達と遊んだり、デートしたり、美味しい店に行ったり――とにかく、全てが輝いていた」


 遠くに過ぎ去ってしまった黄金の日々を虚空に見たまま、森守は深いため息を漏らした。

 あの頃は作家になるという夢を追ってがむしゃらに走っていた。望み通りにことが進むはずもなく、自らの才能と不幸を嘆き悲しんで憤る毎日だったが、それでも夢を追えることはとても幸せだった。

 今や、〈喰人クラウド〉の脅威から生き延びるだけで精一杯の毎日だ。

 在りし日の彼女の面影も、これまで追い続けてきた夢も、まぶたの裏に思い描くことはできるが、それらはもう決して取り戻せない。


「世界がこうなるなんて、あの頃は……」

「…………」


 いつになく弱気な森守の呟きに、萌花は自分でも気づかない内に拳を握っていた。肩を強く叩いて、ガッツポーズを作る。


「先輩には私がいるじゃないっすか! だから、大丈夫っすよ!!」

「……そうか」

「絶対そうっす!」

「そうだな……。ありがとう」


 森守は頷くと、原稿を丸めてポケットに入れた。それから踵を返して、隣の萌花に視線を向ける。


「なあ、萌花。そういえば、前にお前は俺のことを好きって言ってたよな。何でだ?」



「えっ、愛に理由がいるんっすか?」



「…………。……そうか。そんな恥ずかしいことを平気で言えるなんて、やっぱりお前はすごい奴だな」

「もしかして褒めてるっすか~?」


 えへへと頭を掻いて笑う萌花に、森守は照れたように視線を逸らして呟く。


「……だったら、その愛に答えなきゃいけないな」

「えっ、マジっすか!? やったーっ!!」

「いや、それはまだ早い」


 「ん~」と唇を尖らせて顔を近づける萌花を片手で抑えて、森守は苦笑した。




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