番外編.ごめんね。大好き。
「別にね、シルヴァンのことが嫌いなわけじゃないの。ううん、大好きなの。でもね、時々……本当に時々なんだけどね、シルヴァンにいじわるしたくなっちゃうの。あの可愛い柔らかなほっぺをつねったりしたくなるなんて、私……きっと悪い子なんだわ。ねえ、シンディ。どうしたらいい? どうしたら、いい子になれる?」
王城の立派な厩舎の中、王妃の愛馬シンディと他の馬とを区切る馬房の柱に背中をつけて、膝を抱えて座り込んでいるのは、このモンテルオ王国の王女——ジュリエッタだ。
まだ四歳だというのに、周囲に大人の姿はなく、他の馬たちは心配そうに耳を動かしている。
『あら、ジュリエッタはいい子よ。ちっとも悪い子なんかじゃないわ』
「どうして? だって、シルヴァンはとっても可愛いのに、時々いじわるしたくなるのよ?」
『それはどうして?』
「……わからないわ。でもみんなが、『殿下、殿下』って言ってるのを聞くと、もやもやって嫌な気持ちになってくるの」
『そう……。それは、ジュリエッタが悪い子なんじゃなくて、みんなが悪いのよ』
鼻をぶるると鳴らして厳しく言うシンディの言葉を聞いて、ジュリエッタは慌てた。
急いで立ち上がり、柵の外からシンディに向かって首を振る。
「違う、違う! お母さまも、お父さまも、みんなだって、とっても優しいわ! でもお母さまは、シルヴァンを産んでからお体の調子がよくなくて、まだベッドから起き上がれないし、お父さまはお忙しいから……」
『なるほどねえ。でもね、ジュリエッタ。そういう気持ちはちゃんとみんなに言ったほうがいいわよ? 大人っていうのは、どうしても手のかかる小さな子供のほうにかまってしまうからね。ほら、ジュリエッタを心配して王様が来たわよ?』
シンディが軽く足踏みして鼻先で厩舎の入り口を示す。
はっとしたジュリエッタが振り返ると、心配顔のフェリクスが急ぎ中へと入ってきた。
「ジュリエッタ! ここにいたのか! 皆、心配して城中が大騒ぎなんだぞ!? 母様もどれほど心配しているか……」
「……ごめんなさい」
フェリクスの声は厳しいが、ジュリエッタに駆け寄り抱きしめた腕は、子供には苦しいほど強い。
ジュリエッタは父の大きな背中にぎゅっと抱きついて、震える声で謝罪した。
こうして父に抱きしめてもらえば、嫌な気分はあっという間に消えていく。
「謝罪は母様や城の皆にしなさい」
「……はい、わかりました」
フェリクスは厳しい表情、厳しい声で言いつけたが、それでもしょんぼりしたジュリエッタの頬に優しくキスをした。
それだけでジュリエッタの目に涙が溢れたが、頑張って堪える。
そして無事なジュリエッタの姿に、すれ違う人たちが皆、安堵の笑みを浮かべているのを目にして、ジュリエッタはとても反省した。
さらに母の部屋へ入った途端、シルヴァンの大きな泣き声と、母が昼用のドレスを着て起き出していたことに驚いた。
『ジュリエッタ!』
ジュリエッタの姿を目にして急ぎ駆け寄ったレイチェルは、手を伸ばしたジュリエッタを強く抱きしめた。
『無事でよかったわ! みんな心配したのよ? 鳥達が厩舎にいると教えてくれたけど、心配で心配で……。本当に無事でよかった!』
「母さま、ごめんなさい……」
『あなたが無事だったのなら、それでいいの。でも、心配をかけたみんなには、ちゃんと謝らなくてはダメよ? シルヴァンまで心配しているのか、何をしても泣き止まなかったんだから』
ジュリエッタの頬や額に何度もキスを繰り返しながら、レイチェルは涙まじりに叱った。
気がつけば、シルヴァンはすっかりおとなしくなっている。
「レイチェル、心配だったのはわかるが、起きてはいけないと言っただろう? ジュリエッタも無事だったんだ。早く横になりなさい」
『……ええ、そうね』
父の言葉で、なぜ母が起き出していたのかに気付いたジュリエッタは、さらに深く反省した。
すねている場合じゃなかった。
こんなにも自分を心配して大切にしてくれる両親がいて、ドナたちがいて、何よりシルヴァンは可愛い弟なのだ。
「父さま、母さま、ドナ、みんなも……本当にごめんなさい。もう勝手にいなくなったりしません」
神妙な面持ちで謝罪したジュリエッタは、乳母の腕の中にいるシルヴァンに近づき、その柔らかな頬を優しく撫でた。
「シルヴァンもごめんね。大好きだからね」
そう囁いたジュリエッタに、シルヴァンは青色の大きな瞳をじっと向けて、にっこり笑った。
まだ歯の生えていないその顔があまりに可愛くて、今度はその柔らかな頬に、ジュリエッタはキスをしたのだった。
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