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再開

革靴屋からの帰り道。

まだ空は高く、明るい。


ヒナは少し軽い足取りで、家へ向かっていた。


と、その視界に。

また

黒い影。


「?」


とあるお店の路地に。

猫がいたような気がしたのだ。


黒い、猫。



ふと、足を止めて。

目を細めて、路地を見る。


やっぱり

そこに黒い猫がいた。



「クロネコさん……!!」


ヒナは思わず走りだした。



ネコはヒナを知ってか知らずか

静かに奥へと消えた。


「ダメ!行かないで!」


元の世界に戻る手がかりーーーーー


『結界』を張った張本人。

そして。

全てを、知る者。


「逃がすモンか!」


ヒナは本気モードになった。

これでも走りには自信がある。


神経を集中させ

狭い路地をすり抜けるように走る。


ネコは急ぐそぶりもなかったが

待つ事もなく。



柔らかな動きで

あらゆる狭い道を静かに早く移動する。


ネコになれたらいいのに。

ヒナは本気でそう思った。


やはり人間の体じゃ

滑り込むにも限界がある。




ーーーーーーー数分後。



完全に、見失ってしまった。



「はぁ……」

ヒナはがっくりと肩を落とす。


猫に素早さはかなわないか…

当たり前だけど

悔しい。



ふと。周りを見る。



見覚えのある道だった。

あの、革靴屋の側。


戻ってきてしまった。

ウッカリにもほどがある。



ネコを必死でおいかけて。

結局ぐるりと近所を一周しただけだったのだ。


弄ばれた気分だ。


「悔しいっ!」

地団駄を踏んだ。


こんな気分も、久しぶりだ。

ふと、ヒナは気付く。


空をーーーー仰ぐ。




社会人になってから、忘れていたような。

本気で集中する事。

悔しいと思う事。




仕事への集中は、それとは違う。

楽しいけど、真剣勝負のそれではない。

悔しいという感情も、忘れていた。


ただ、叱られないように。

目の前の業務をこなす日々。


褒められる為に

目の前の業務に取り組む日々。


同期が、後輩が

ヒット商品を生み出した時は

悔しいと思う。


だけど。

それはすぐに『諦め』に変わる。

自分も何度もその立場には立っている。

また次に、自分がそこに立てばいいだけの事。


そういった『意識の切り替え』はうまくなったと思う。

でも。

全ては

『仕事の為』に動いてる感が否めない。


会社に属して

お給料をもらうのだから

それは『当たり前』の責任であって。


常に頭のどこかに「損か得か」とうずまいている気がする。

感情が、ドロドロする。

社会的地位で「得をする」為に、日々走っていた。

でもそれも少し

息切れがしてきているのだ。


分かっていても、認めてはいけない。



こうして何か

『違う刺激』に触れる事で

一瞬は忘れたような気分になるけど


すぐそれは自分を追いかけて来て

全身を飲み込もうとする。



いけない。



今は、考えないでおこう。

今だけは。


周りの景色を冷静に見て。

グルグルと回りそうな頭を無理矢理止めた。


まだ、『違う世界』にいるのだ。

ここにまでそれを持ち込むのは、反則だ。


忘れよう、今は。




そうして

もう一度。


空をーーーーー見上げた時だった。



その。

革靴屋の隣。

『ビリー珈琲店』の入っている建物の、屋上。


黒い、人。



「!」



背筋が凍った。


昨日、見た。


ヴァンパイアと名乗る、男。



こちらを見下ろしている。

完全に、目が合った。



マズイ。

逃げなきゃ。



頭の中で警笛が鳴っている。

でも。


足がすくんで

動けない。



どうして?

まだ、日は暮れていない。

なのに。



周りのお店はまだ、開いている。

通行人も、いる。


なのに。

自分だけが、その空間に取り残されているような。

閉塞感。



助けを呼ばないと。

誰でもいい。

ここから連れ去ってほしい。



足、動いて!



ヒナの額に冷や汗が出る。

昨夜の恐怖を思い出した。


思わず呼吸が浅くなる。

苦しい。


ただ、見下ろされているだけだというのに。



とても長い時間に思えた。

おそらく、実際には数分の事なのだが。



「……見つけたぞ、小娘。今日は一人か。」

クックッ、と不気味に笑いながらその男は

静かに右手を上げた。



後ろに気配がする。


静かに振り向く。

走り出せないのに振り向いてしまうのは。

恐怖のせいだろうか。



「ひっ!」



目立たないよう、普通の格好をしているのは認識できるが。

昨日の『黒のローブに見を包んだーーーー青年』だ。

帽子を深く被り、表情が見えない。


「お迎えに上がりました。お嬢様。」


彼はそう言って

両手を組む。

口の端がニヤリと歪む。


「サイレン!」


またこの言葉。

ヒナが頭で理解するよりも先に

目の前が蒸気で真っ白になった。


マズイ。

誰かーーーーーー




「ワシの知り合いには手を出さんでほしいモンじゃの」




嗄れた声が

その閉塞感を遮った。




「…アランか…何しにきた」


青年が静かに問う。

まだ蒸気で目がよく見えない。

ヒナはまばたきをして、必死に目を凝らした。



「ワシの店の前で問題を起こすなと言ったまでじゃ。この子はワシのお得意様じゃよ。」

この声は。


「お得意様?」

ハッ、と嘲るように笑ったその青年は。


「彼女は……私たちの『お得意様』ですよ。兄さん。」

そう言って。帽子を脱いだ。


蒸気が消えた。

少しずつ、景色がクリアになる。

目の前の青年の顔が、見えた。



自分たちと同い年くらいだろうか。

少しあどけなさを残してはいるが、りっぱな青年だ。


「……やっぱりオマエか、アレックス。」

溜息ともとれる声が、ヒナの後ろから聞こえる。


蒸気がなくなり、視界の霧が晴れると同時に

少し体が楽になった。

ヒナは思わず振り返った。



「!」



「……こんな明るいうちから、こんな所で何をしとるんじゃ。」

さきほどまで一緒にいた、革靴屋の店主だった。


アレックスと呼ばれた青年は、頭を振る。

「何って……任務ですよ。私の。」

そしてヒナを見る。


「私の任務は、この娘を『捧げる』事。」


ヒナは一歩、後ずさった。

今のこの内に、逃げるしかない。


でも


「……そりゃ無理な話じゃ。この子は手出しさせんぞ。」

髭を撫でながらフォッフォッ、と軽く笑う靴屋の店主を見て。

ヒナは逃げ出せずにいた。


巻き込んでしまう。


また、昨日のカイトのように。

「…逃げてください!」

思わずヒナは叫んだ。


「小娘一人を身内から守れんようでは、ワシもおしまいじゃよ。」

と、靴屋の店主は答える。


「身内?」

ヒナは後ろの青年ーーーーアレックスを見た。



「無理すると体にきますよ。王家公認の腕は絶やしたくないので……ご自愛ください」

静かに、彼は言う。


「そう思うなら手加減してくれ」

店主はおどけてみせる。

だが目は笑っていない。



一触即発。

ヒナはどうすれば良いのか分からず、唇を噛んだ。

その時。




「こんな明るい所で、物騒な空気出してんじゃねーよ」

ぶっきらぼうな声が聞こえた。


途端に。

ゴウッ、と風が鳴り、周りの空気が震えた。


「!」


アレックスがピクリと眉を動かす。

「……結界……」

そう呟いた瞬間。



シャン、と鈴の音が鳴った。

と、同時に腕をクロスして構える。


ビリッ


光が弾けて、火花が散った。


「そーいうこった。さ、これからどうすんのか説明してくれよな」

レイだった。


「そういうオマエも、もう少し人目をはばかってほしいものだね、レイ。」

後ろからロウもやってくる。



「ちょっと遠慮したつもりだぜ。これでも」

レイはニヤリと返事をした。

ロウは溜息をこぼす。


「なら仕方ないね。諦めるよ」

そう言ってヒナを見て。



「結界の強度を強めたから、この騒ぎは街の人には見えてないよ。

無関係な人は巻き込まないから」

と、教えてくれた。


その言葉にホッとしつつ。

後ろに靴屋の店主がいる。


「彼は、関係者だからね」

ロウはそう言って。

ヒナの前に立った。

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