非現実
ヴァンパイアーーーー
目の前の人物は、確かにそう告げた。
なにこれ。
ヒナは足元がぐらりと揺れる気がした。
知らない街に入り込んで
現実とは違う世界だという事も
なんとなく受け入れられてきたのに
更に非現実な事が起ころうとは!
あぁダメだ。
ここで倒れては行けない。
自分は危険に晒されている。
ここで倒れたら…サラを困らせる事になる。
何よりも自分の身が危うい。
でも。
これ、夢だと思って目をつぶっちゃえば
倒れてしまった方が
楽なのかもしれない。
そしたら、元の世界に戻れるかしら?
そんな事を考えるも。
さすがに実行する勇気がない。
やはり自分を庇うように立っている、サラが気にかかる。
たった一日だったけど
彼女にはとても惹かれるモノがある。
もっと話をしたいと思った。
仲良くなりたいと思った。
それなのに。
なぜ故にこの展開?
「…これまたファンタジーな内容ね。まぁ私が結界張ってる時点でそりゃもう仕方ないんだけど。」
ふう、とため息をついて話すサラの声に、
ヒナはハッと我に返った。
そうだ、理由はどうあれ
とにかく『今』を見ないと。
目の前で繰り広げられる会話。
どこの小説だゲームだと思うのはともかく。
今、体感している事が事実、だ。
「とーにーかーくっ!相手がヴァンパイアだろうとゾンビだろうと、私達は家に帰るだけなのよ。早くそこをどきなさい。」
サラは男に向かって人差し指を突き出し、
凛とした声でそう告げる。
「威勢はいいが、身の程をわきまえよ小娘!」
自らをヴァンパイアと名乗るその男は、
そう叫ぶと瞬時にサラの方へ飛んできた。
サラが危ない。
「サラっ…!」
ヒナは叫ぶ事しかできなかった。
男がサラに掴みかかろうとしたその矢先。
シュッ
何かか空を切る音と共に、男は後ろへ飛びのいた。
「……ウチの可愛い姫君達に手を出そうなんて百万年早いと思われますよ。」
青白く光る、刀のような物を構え
現れたのはーーー
カイトだった。
「……遅いっ」
サラはカイトの肩を両手で掴み、
ガンガンと前後に揺さぶった。
「のわっ!ちょっ、ちょっとまったサラさんお待ちください何かの間違いでは」
「うるさいっ!何が『イザという時は必ず助ける』よっ!」
「イヤだからこうして来たではありませんか……やだなぁサラさんとぼけちゃって」
カイトはワザとらしいため息をついて
肩をすくめて見せた。
「うるさいっ!遅いったら遅いのっ!
結界張ったもののどうやって時間稼ごうか必死だったんだからねっ」
怒りを隠さないサラに
カイトはとりあえず向き直って。
「…それはスミマセンでした。よく頑張ったのですね。」
と、サラの頭を優しくポンポン叩いた。
サラはフン、と腕を組みながら
「間に合っただけヨシとするわ」
とだけ言った。
その様子に苦笑しながらカイトは
「サラさんは時間にキビシーですなぁ…」
と、ポリポリ頭をかいて。
「…さぁて。そろそろ仕切り直しといきましょか。」
先ほどの青く光る刀を構え、
前方の『敵』を睨んだ。
「若造めが……小賢しい!」
男がカッと目を見開くと
ヴン、と空気が震える音がした。
耳鳴りがする。
と、同時に男は
カイト目掛けて飛びかかった。
スレスレで攻撃を避け、身体を引く瞬間に
剣を下から振り上げる。
男もまたそれをヒラリとかわし、また攻撃に転ずる。
カイトは男の拳を光輝く剣で受け止める。
バチバチと青白い火花が散った。
突き放し、またぶつかり。
幾度も火花を弾き、お互いに致命傷を負わせない。
「さすがボスキャラってとこですね。身体のキレが違いますわ」
はは、とカイトは軽く見せかけてそう言うが
肩で息をしている。
額には汗が滲んでいた。
「フザケてないでちゃんと戦いなさいよっ」
サラが檄を飛ばす。
「フザケてたらとっくにやられとりますがな」
これでも一応ホンキなんですってば、
と言いながら、男と攻防戦を繰り広げる。
「……素直に諦めたらどうだ小僧。」
男は静かに問う。
「へっ、ワタシの辞書に諦めるなんて言葉はございません。残念ながら無理な相談ですよ」
カイトは攻撃を全てかわしているが
少しずつ押されている。
「……姫君達の前ではカッコイイ王子様でなくっちゃね!」
そう言って地面をタン、と蹴り上げ
男の上を飛び越えた。
男が上を見上げた途端
「そこじゃないですよ」
背後に回り込む。
ドン
鈍い音と共に、男の膝が一瞬落ちる。
「クッ」
だが。
男はその膝を伸ばし、反動で飛び上がり前方へ逃げる。
「逃がしませんよっ」
その後をカイトがすぐ追う。
その瞬間
「若造は考えが浅いっ」
男は既に身構えていた。
マズイ
カイトが気づいた時にはもう遅かった。
ガッ
みぞおちに拳を入れられ、
動きが止まる。
その上から肘で叩きつけられ、
地面に全身を打ち付けた。
「カイト!」
サラが叫んで走り寄る。
「調子に乗るんじゃないわよっ!もう!」
彼女が近づくと、周りの空気が全て澄んでくる。
疲労が少し和らいだ。
が、
「……バカッ、オマエこっち来たら……」
慌ててカイトが体を起こす。
ハッとしたサラは後ろを振り返った。
「ヒナちゃんっっ!」
「へ?」
目の前の非日常的な出来事に頭がついて行かず
傍観者と化していたヒナは名前を呼ばれて視線をサラに向けーー
「バカめ!だから若者は浅はかなのだ!」
男は丸腰のヒナの背後に回り込み
首を片手で締めようと手を伸ばした。
バチッ
とたんに白い光が弾け、男は咄嗟に手を引いた。
「⁈」
何か書かれた、白い札のような紙がヒラヒラと落ちる。
「間に合った……かな?」
聞き覚えのある、優しい声がする。
「……さすがロウだね。登場するタイミングが何とも。そして私は情けない…」
カイトがはーっと溜息をついて力なく笑う。
ロウは大通りのほうからこちらに向かって静かに歩いてきた。
後ろにはレイもいる。
「…ったく!一人でボスキャラ前にして何やってんだ。」
レイは冷たく言い放つ。
「すみません返す言葉がありません。」
カイトは地面につっぷして目を瞑る。
その通りです、と。
「……貴様等は次から次へと……!」
男はギリッと歯ぎしりをして、ロウにつかみかかろうと猛スピードで突っ込んでくる。
ロウは微動だにしない。
パンッ
両手を叩く音がして。
レイの左手から、カイトと似たような光を放つ刀が現れた。
シャン
刀が、空を切る。
静かな、鈴のような音だった。
ヒナにはそう聞こえた。
男は咄嗟にそれを避け、上に飛んだが
「残念。」
目の前にレイがいる。
「!」
空中で男は両手をクロスし、防御に転ずる。
その上からおかまいなしにレイは刀を振り下ろす。
ビリッ
空気が振動する。
「ーーー?」
いつもと違う手応えに
一瞬、レイは顔をしかめる。
男は衝撃で地面に叩き付けられたが、すぐに体制を整えて後ろへ下がる。
レイも静かに下りる。
「……」
レイは自分の刀を見る。
特に変化は、ない。
「どうした?おしまいか?」
男は疲れる様子を見せない。
「……っかしーな。」
レイは首を傾げる。
ロウはその様子を見て声をかける。
「何かあったのか?」
「……いつもと違う。」
ボソッとそう呟いて。
レイはまっすぐに男めがけて突っ込んで行った。
ガン、と刀の当たる音がする。
鈍い手応えだ。
「……あの小僧といいオマエといい、奇妙な剣を使うのだな」
男はフッと鼻で笑う。そして。
「そんなモノでワタシが斬れるかっ!」
と右腕を振り上げた。
レイは刀で受け止めたが、後ろで飛ばされる。
「おっと」
一瞬バランスを崩したが、すぐに立ち直る。
「……違ーんだよ。」
レイはひとりごちる。
「何か……何かが違う……分かんねっ」
クソッ、と舌打ちして
再度、刀を構えた。
「コイツは『斬る』モンじゃねー気がする。」
「どう見てもボスキャラなのに?」
カイトは訪ねる。
『敵』でなければ自分はどうして今こんな目にあったのか。
サラに助け起こされ、若干疲労回復したところで立ち上がる。
「だから分かんねーって言ってんだろ!」
イラッとしてレイが強い口調で言った。
ふうん、とロウは顎に手をやり、何か考えているようだ。
「人外の者ではない、ーーーーーという事かな」
ぼそりと言ってみた台詞に、レイは小さく頷いた。
「えぇぇぇぇ!?こんな尋常じゃない強さのボスキャラなのに!?」
カイトは大げさに驚いてみせる。
「……オマエほんっっとにいい加減にしろそのオーバーリアクション」
レイはやっぱりカイトが気に入らない。
フン、とカイトは笑って。
「まぁね、オフザケが通じる場面ではなさそうですけどっ」
そう言って。
静かに右手で先ほどの青白い剣を構え。
「人外の者じゃないなら、ちと本気で勝負って事ですな」
「……もう良い。無駄な時間を過ごした。」
男は吐き捨てるように言った。
「?」
皆が男の台詞に首を傾げた。
次の瞬間。
ガッ
見えなかった。
背後から頭に振動を加えられ、二人は目の前が真っ暗になる。
「レイ!」
「カイトっ」
「……って……何すんだこの野郎!」
レイが頭を振りながら倒れるのをこらえる。
カイトは先ほどのダメージに加えて
こらえきれず倒れた。
後ろに、もう一人。
黒一色の、ローブに身を包んだーーーーーー青年。
「夜が明けてしまいますので」
男は青年を見ると、ふむ、と頷き。
「残念だな。上玉を逃がす事となろうとは。
……まぁ良い。あと数日は保つだろう。出直しだ」
そう言って。
青年が何か呪文のようなものを呟くと。
視界がゆらゆらと揺らめいた。
「逃がすか!」
レイが青年に向かって走る。
ロウは青年に向かって護符を投げつけた。
ピリッと小さな音がして、青年の動きが鈍る。
「クッ」
それでも青年は
震える両手を合わせ手を組み
『サイレンス』
とたんに白い蒸気が吹き出し
辺り一面を覆った。
「ロウ!」
レイが叫ぶ。
「……ごめん、逃げられたようだ」
ロウは『空気』で判断する。
霧のような視界が晴れると。
周りは何事もなかったかのように
鳥たちの声が響いた。
朝を告げる、声だった。




