その後。
とりあえず家に帰ろうーーーー
誰もがそう思った。
街は相変わらず平和そうに朝を迎える。
陽が登るに連れて、活動する人々の様子が伺える。
店の開店準備をする者
牛乳や新聞などを街の皆に配る者。
昨日と何ら変わらない風景が、また始まる。
ついさっきまで
そこでヴァンパイアと名乗る男と対戦していたなんて嘘のよう。
ヒナはボーッとしていた。
一日で色々なことが起こりすぎた。
頭が飽和状態だ。
倒れたカイトを背負い、レイは呻いた。
「…ったく…何なんだこの有様は。」
「色々と予定外な事が多かったからね。仕方ないよ。」
ロウはなだめる。
しかしレイは納得できず
「……予定外にしろ、頭ん中ぐっちゃぐちゃだよ。俺たちゃ猫探してたんじゃねーの?なんで変な黒い男と戦ってんだよ」
とぼやく。
ロウも頷いてレイに賛同の意思を告げる。
「それについてはもう少し情報を整理しないといけないね。サラと高崎さ…ヒナちゃんに詳しく聞いてからだね。」
ロウはそう言って後ろを振り返る。
サラの横を並んで歩く、ヒナと目が合った。
「ヒナでいいです。」
咄嗟に、
そんな事言うつもりじゃなかったのに
つい言ってしまった。
ロウはくすりと笑って
「結構余裕そうだね。帰ってから話そう。色々と。」
とだけ告げた。
ヒナは黙って頷くだけだった。
ようやく、家が見えてきた。
自分の家でもないのに、ホッとする。
とりあえず、今は。
ここが『帰る場所』なのだ。
カイトを部屋まで運ぼうと、レイが階段に足をかけたその時。
「……リビングのソファでいい」
と、背中で掠れた声がした。
「自分の世話できねーヤツにソファ占領されても困るんだけど」
レイは背中に確認する。
「……すんませんねぇ。今、目が覚めたモンで。」
降りれる、と言うので
レイは素直に背中からカイトを下ろした。
「感謝する。」
レイの肩に手を乗せ、礼を言うと
ふらつく足でヨロヨロとリビングへ向かう。
「クローネのコーヒーゼリーでいいぜ。」
クローネとは、この街で一番の洋菓子店だ。
レイの言葉を背中で聞き、カイトは軽く右手を上げた。
「サラに言っといて」
カイトの声に、はぁ?と犯行的な返事をし、
サラは怒りながら後を追う。
「なんでアタシがアンタを負ぶってありがとうってレイにコーヒーゼリーおごるのよ⁈」
カイトはソファにドサッと倒れこむように
全身を投げ出し、ちょいちょいと力なく手を振って
「まぁまぁ、レイが来たから助かったんでしょ?お役に立てなくてすみませんでしたよ」
だからお礼はレイにして、と言うとサラは
「じゃ、役に立てなかったお詫びに
皆にコーヒーゼリー奢るのはカイトじゃないの。」
平然と答える。
「なぜ数が増える……」
カイトは低く呻いたが
「私はマンゴーゼリーがいいけどね!」
サラは気にしていない。
「あぁもう好きにしてくだされ!どうせ私は役立たずですよっっ」
オーバーに泣くフリをするカイトをよそに、
サラは悪戯っぽくヒナにウィンクした。
先ほどの戦闘が嘘のようだ。
なんら変わらない、くだらない会話。
だけど。
目の前のソファに寝転んでいるカイトは
出血はないものの、アザだらけで。
「……大丈夫……ですか?」
ヒナは初めてちゃんとカイトを見て、話した気がする。
その声に気付いたカイトは
ソファにうなだれたまま
はは、と軽く微笑んで。
「だいじょーぶですよっ。姫様を危ない目に合わせてすみません。
もうションボリショボーンですよワタシ。」
声だけは元気に言おうとしているが、
披露が隠せない。
台詞はフザケつつも
ヒナの心配する顔を見て、カイトは目を細めた。
「……マジメな話。殴られたっても骨は折れてないのでご心配なく。でもまだ痛い、だから転がってる。
どちらかというと、最後に来た頭の衝撃がキツすぎる。まだグラグラしてる。」
目を伏せてボソッと言った。
正直。自分が不甲斐ない。
誰一人守れやしないのか。
自分の身すら。
逆に心配かけてどうするんだ。
いくらごまかしても
この気持ちだけは隠しきれない。
悔しい。
だから目を瞑る。
少しだけ。
冷静な自分に戻れるように。
深く深呼吸する。
酸素を蓄えて落ち着け自分。
カイトは耳だけ澄まし、周りの状況だけ聞き取ることにした。
自分のループに嵌ってはいけない。
「……ちゃんと正直に話してくれるんですね。ちょっとホッとしました。」
ヒナは素直にそう伝えた。
いつもテキトーな事ばかり言ってるのかと思っていた。
ちゃんと、こちらが心配しているのは伝わったらしい。
カイトは無言で目を瞑ったままだ。
「大怪我とかじゃないのなら…よかったです。」
ヒナはそれだけ言って、奥のテーブルへ歩んだ。
「………まだまだ、だなぁ………」
カイトは自嘲気味に笑う。小さく。
優しくされると、心配されると
甘えたくなる。
「……サラに怒られっかな。」
「よくお分かりで。」
耳元でそう言われて背筋が凍った。
目を薄く開いて声の主を聞いて。
「……すみません……」
反射的に謝ってしまう。
「ま、ヒナちゃんは可愛いから仕方ないわね。」
腰に手をあて仁王立ちするサラは、カイトを見下ろしている。
そしてカイトの額に手を当て。
「…熱はナシ、ね。どう?何か飲む?」
「水ください……」
サラはヨシ、と頷くと
キッチンから水を持って来た。
グラスを手渡しながら。
「自己嫌悪病はさておき。素直に説明できるようになったのは進歩ね。」
とだけ評価して、皆のいる奥のテーブルへ向かった。
「………」
カイトは無言で水分を補給する。
(甘えられる人がいるのはいい事なんだよ)
以前、サラに言われた言葉。
ちょっとずつでいいから。
全てを、自分を
良く見せようと
取り繕う事をしなくていい
そんな時間を、大切にして。
そんな言葉を
水で一気に飲み干して
カイトはグラスを目の前のミニテーブルに置くと
再びソファに身を預けた。
「……二人とも、怪我はない?」
皆がリビングに集まったところで、ロウが確認した。
ヒナは頷く。
「全部カイトが持ってっちゃったから大丈夫」
サラはそういいながら皆にホットココアを出す。
「……なんかドッと疲れたわね。」
ココアでちょっと落ち着くかしら、とサラは自分のマグを持って
ヒナの隣に座った。
確かに
色々ありすぎて思考回路はショートしたままだが
体はきっと疲れている。
でも。
今すぐベッドに入れと言われても、眠れないだろう。
そんな感じだった。
外は明るく、心地よい風が吹いている。
「……アイツ、誰だったんだ?全く意味分かんねーけど。」
レイがサラに聞く。
「こっちが知りたいわよ。全くもってファンタジー設定だったわ!」
サラは怒りが治まらないらしく
ガン、とマグを乱暴にテーブルへ置いた。
中のココアが衝撃で少しこぼれる。
「アイツ、生き血が要るとか言い出すのよっ!?
しかも自分がヴァンパイアだってーーーーーー」
サラの言葉に、ロウとレイは顔を見合わせる。
その様子に気付いたサラは逆に質問する。
「……何?知ってるの?」
「知ってるも何も。オレたちもついさっき、街でその話聞いたとこだ」
レイも驚きを隠せない。
嘘のような話だ、と軽く流していたのに。
まさか。
「……だから『女性は夕刻、夜に出歩くモンじゃない』って言われるそうだ。」
ロウが付け加える。
「何ソレ!?そこに話が繋がるワケ?」
驚きながらも
あぁそういえば私もあの男に会ったとき、そう思ったわ
と一人でサラは納得している。
ヒナはまたもや『傍観者モード』になりつつある。
また非現実な会話。
これは素直に聞き入れて良いのだろうか。
どこかでカメラが回っていて
『ハイ!お疲れさまでしたー』なんてプロデューサーとか出てくるんじゃないか
そんな気持ちになってしまう。
ロウは昨日の、ベンジャミンとの会話を二人に説明した。
不定期であれど
連続殺人が行われている。
その言葉にヒナは寒気がした。
昼間のあんな平和な街が。
夜になったら殺人の街へと変わる。
そんな事があり得るのだろうか?
でも。
確かに自分が昨日体験した事は、それだったのかと思う。
改めて。
自分が殺されていたのかもしれないという恐怖が沸いてきた。
「……ヒナちゃん大丈夫?顔色悪いけど。」
「え?……あぁうん大丈夫。」
落ち着かない。
サラが隣にいるのに。
何か落ち着かない。
先ほどの出来事が、改めて脳裏に蘇る。
傷ついたカイト。
自分の首に手を出そうとした、あの男。
ロウが来てくれなかったら
本当に自分は死んでいたのかもしれない。
改めて。感謝する。
「……ホントありがとうございます。あの、危ない所を助けていただいて」
「帰りが遅いから心配したんだよ。見に行ってよかった。」
ロウは柔らかく応える。
この人の空気は、いつも優しい。
心が暖かくなる。
ホッとしつつ。
でも気になる事が、ある。
ヒナは思い切って聞く事にした。
サラとの会話からひっかかっていた言葉。
今回の事件で、さらに謎が広がった。
「……あの……『力』ってなんですか?」




