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ACT. 6

「 ───最後に、彼の身元確認が取れた。

アーノルド・ギース…やはり行方不明だった工員で間違い無いそうだ。」

片手に持ったバインダーをパタリと閉じて、ルース・クワイエットストームは報告を締めくくった。

「 ………、了解。ご苦労さま、ルース。」

「 ああ。その、何だ......あまり気負うなよ、リンドー?」

気のない返事を繰り返していた私に、ルースはどちらかと言えば辛抱たまらんといった様子で、気遣いの言葉を付け足した。

「わかってる…。」

「ならいい。それにどの道、俺達は正解を選べないんだから。」

思案に囚われた私の態度に引っ張られてか、そう続けたルースの視線も定まっていないようだった。

件のナルテクスとの戦闘から5日後。私達はとあるオフィスの一室に居た。このオフィスビルの清掃員ジョン・ヘルマー、またの名を情報屋ルース・クワイエットストームが持って帰ってきた情報は、あの出来事の不可解さを更に裏付ける結果となった。

人の寄り付かない辺獄近くで怪物の身体を纏っていた死体は私達、もとい『匿名のタレコミ』を通じてV.S.(ヴァーサス)───このティファレト地区の治安維持を担う勢力に回収されたのだった。

「実際、V.S.はこれをギース本人と認める気すら無いようでな。奴らを無慈悲で救いようのない化け物として扱って来た事実は、この程度じゃ覆らないって事さ。

不用意に死体に触らなかったのは正解だな。依頼の報酬はパーだろうが、まだマシな結末で良かったじゃないか。」

そう明るく言って、俯いたままの私の肩を無遠慮にドンと叩いてルースは立ち去っていった。

正解を選べない。

こうしてまたひとつの事実が生まれ、私の感じた違和感と呵責は取るに足らない欄外の解釈となった。

つくづく、私はこの仕事に向いてないなと感じさせられる。いちいち立ち止まっては仕事にならない。疑問を持ったままでは剣を振れない。

自嘲気味な笑みを小さく零しながら懐を漁り、ポケットからピルケースを取り出した私の右手が手首ごと掴まれた。視線を上げると、それは席を外していた琉彦だった。

「 先に帰ってて良かったのに。」

「 そうはいきませんよ。僕、冴蓮さん以上に酷い顔で仕事から帰ってくる人、見た事ないんですよね。」

「………ったく、デリカシーがあるんだか無いんだか。」

優しく琉彦の手首を引き剥がして、私はケースに入った錠剤を適当に掌へばら撒いて飲み下した。琉彦が更に嫌な顔をしている気がするが、もはや毎度の事なので気にしないようにしている。

「ナルテクスは、やっぱりただの怪物じゃない。まだ……こんな事続けるんですか?」

「探し物が、終わってないからね。」

V.S.を始めとする条道派治安維持勢力が事実の隠蔽に躍起になり始めるもっと前から、既に結論は出ていた。ナルテクスに利用され、殺されている人間がいる。ナルテクスを利用して、人間を殺している人間がいる。

大義名分は変わらないまま、私達は事実に目を向けないまま、明日の生活ために同胞を殺して回っているかも知れない。それなのに、それすらもはや毎度の事だからと気にしないようにしている。

「手掛かりはここにしかない。言ったでしょ?昔私が......『私達』が戦ったのは、奴らの力を手に入れた、人間だった。」

「ええ。本当に居たんですもんね、そんな奴が。」

「大きな仕事も任され始めてる...きっと、もうすぐ何かが見付けられる筈なんだ。」

私は琉彦をそう諭しながら、同時に自分を勇気づける。今はそう言い聞かせて拳を握り込めば、まだ手の震えくらいなら止められた。

なるんだ。あらゆる希望を手繰り寄せて、あらゆる虚飾かげを払い除ける、光の剣に。

レディ・シアノアなら、きっとそうする筈だから。

「とにかく、立派な目標は立派な生活からです。今日はもう帰りましょ、冴蓮さん?」

言葉にしていない私の決意を聞き届けたように、琉彦は優しく頷いた後、私にそう言った。

十歳以上も年の離れた少年に励まされているという構図に改めて恥ずかしさを覚えるも、素直に感謝せざるを得なかった。

「うん。ありがと、琉彦。」

「っていうか冴蓮さんは知らないだろうけど、最近ロクに帰ってこないし店の手伝いもしないしで、おばさんが毎日カンカンなんですよ?」

「え......?」

やっぱり、日頃の感謝というのは誰に対しても怠るべきでないなと痛感した。

いや、『痛』の部分はこれから帰ってしこたま味わう事になりそうなので、まだ締めくくらないでおくべきか。

私達はおばさんへのせめてもの土産話を相談しながらオフィスビルを後にした。

怒りのボルテージが一周まわって、見た事のない菩薩スマイルへ昇華していく──そんな家主の顔を思い浮かべながら帰ったが、なんだか虚しくなって途中で止めた。


6.


「────そう、彼女だ。間違いない。」

〈───────、──────?〉

「────V.S.のリアクションなどハナから期待していない。彼女を見つける事が出来た…それで十分だ。」

〈──。──────、───。〉

「────そうか。ひとつ忠告だが、『青薔薇』の人間が君の正体を疑っているようだ。気を付けるといい。

───ああ。では、失礼する。」

天井近くまで積まれた本に囲まれた木造の書斎。その中央で、一人の男が滑らかな革の椅子に背中を預けている。

固定電話の受話器を置いた男は、辺りを満たす紙の森から一枚の新聞紙を手に取って広げた。

紙媒体で昨日までの情報を知らせるという文化は、この地においては100年以上前に消滅した。

広げた新聞紙に記された内容は、ちょうど二日前。男が最後にこの新聞紙を開いた時の最新情報が記されている。

数秒後、記された文字や枠線が溶かされたように紙面の上でカタチを失い、分離と合成を繰り返して踊り始めた。

最後の一文字が動きを止めると、その内容は男が新聞紙を開いた時間の最新情報に更新された。この冗長的とも取れる時間を愉しげに眺めた後、男は改めて新しくなった一面に目を通した。

「ふむ、『レディ・シアノア』。

彼らの錯律痕は既に壊れていると聞いたが......」

「そいつは依然として謎の多い超能力だ。壊れた、ってのも所詮一方的な解釈に過ぎねェしな。」

不意な独り言への返答に男がぎょっとして振り返ると、無精髭をたくわえた猫背の男が新聞を覗き込んでいた。

「松島くん。ノックをしたまえ、全く...!」

「小さな変数に拐かされるな、レフテナント。時にはそういう事があると断定するまでだ。」

「……言われるまでもない。」

男の飄々とした態度を勢いづかせないよう、レフテナントは咳払いをしてそっぽを向いた。

「それで……何の用だね?」

「次の仕掛けを用意しておいた。今度のは凄ェぞ。

救われる事のない世界が、果たして自分を救えるのか────ヴェスペライアに住む全ての人間が、今一度問われる事になる。

約束された世界の終焉に、お前たちはどんな意味を見出したがるのだろうな?」

「………。」

男はすぐに返事を返さなかった。

その姿を愉しげに見つめ、松島は部屋を後にしようと歩き出した。

「君も既に、盤上の駒である事を忘れるな。

……私は、君の事も必ず殺してやる。」

部屋を出る着前にようやく帰ってきた返事に松島はひらひらと手を振って応える。書斎にいるのは再び主の男一人となった。

「試験に試験管は付き物、か。もっと品性のある奴を寄越して欲しい物だが………。」

そう独り言つ男が再び手に取ったのは先程の新聞紙でなく、板状の情報端末だった。

男は画面いっぱいに表示されている翡翠の女騎士の静止画を甲斐甲斐しく撫でた。

「その点、君とは仲良くやれる筈さ。レディ・シアノア。

『御伽部隊』の再興。私も君も、同じ夢を追っているのだからね。」


特記事項:『御伽部隊』について


ここからの話は噂話の類に過ぎず、本来このような書籍で紹介するべき内容では無いだろう。

しかしながら、後世に於いてヴェスペライアとは何だったのかを語る上で、──特にこの都市が内包する神秘性について──こういった内容を省いて語る事は、私には出来ない。(中略)

ヴェスペライア各地に点在する神秘の宝庫である『塔』が人類へ齎す様々な現象、錯律痕。これを確固たる超能力武装へと昇華させた者達が、ヴェスペライアの外や錯史界の調査に実戦投入されていたという噂がある。



ティファレト地区を襲った大規模なサイバー攻撃の折に流出したとされる、

アイザック・アパルトメント著

『アバウト・ア・ヴェスペライア』未収録原稿より抜粋

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