第十二話_魔王
凄惨な死闘の余韻が残る謁見の間に、冷ややかな拍手の音が規則正しく響き渡る。
パチ、パチ、パチ…。
絶望に打ちひしがれていた三将軍と、兄の亡骸を抱く魔王ローデウスの視線が、音の主へと向けられる。
いつの間に現れたのか、砕けかけた玉座には、一人の女が優雅に腰掛けていた。
「――素晴らしい。まさか、あの呪縛の中で自我を保ち、あのような遺言を残すとは。さすがは魔王、といったところか?」
不敵な笑みを浮かべ、愉悦を隠そうともせずに拍手を送るその姿。
「セルス=バルハート…!」
ローデウスが、その名を呪詛のように吐き出した。
「貴様、いつの間に…ッ!」
地竜将軍クラウハルトが、怒りに震える腕で槍を突き出す。
だが、セルスはその刃を気にする素振りも見せず、ゆっくりと立ち上がった。
純白のドレスが、血と硝煙の匂いが立ち込める廃墟の中で不気味なほどに揺れる。
彼女は優雅な仕草で一歩踏み出し、冷徹な瞳でお前たちを見渡した。
「一つだけ、訂正させてもらおうか。」
セルスは唇を吊り上げ、氷のような声を響かせた。
「私は、お前たちが忌み嫌う『勇者』などではない。」
その瞬間。
彼女の体から、眩いほどの純白とは対照的な、どす黒い魔力が爆発的に解放された。
「…なっ!?」
謁見の間全体が、物理的な圧力に押し潰される。
それは、魔王アマデウスの力を遥かに凌駕する、底知れぬ深淵。
魔力の奔流はどす黒い霧となって溢れ出し、崩れかけた天井を、壁を、そして将軍たちの精神を容赦なく削り取っていく。
「私は…『魔王』だ。」
その宣言と共に放たれたプレッシャーに、百戦錬磨の三将軍の膝が、本能的な恐怖で激しく震え始めた。
彼らがこれまで対峙してきたどんな化け物とも違う。
異世界の魔王。
目の前にいるのは、生物としての格が違う「絶対的な死」そのものだった。
「貴様…人間ではないのか?」
ローデウスが問う。
だが、セルスはそれを鼻で笑い飛ばす。
「人と魔の違いなど、この世界での勝手な決め事にすぎん。」
セルスはどす黒い魔力を纏ったまま、退屈そうに指先で自身の髪を弄んだ。
「さて――。ここで満身創痍の羽虫を握り潰したところで、私の渇きは癒えん。お前たちには、死に物狂いで足掻く権利を与えてやろう。」
セルスの姿が、陽炎のように揺らぎ始める。
「退屈しのぎに『土産』を用意しておいた。」
彼女は冷徹な、しかしどこか満足げな笑みを浮かべ、闇へと溶け込んでいく。
「バルハートの玉座で待とう。膝を屈するか、遺言に従い、世界の全勢力をもって抗うか、選ばせてやる。」
セルスの姿は、掻き消えるように忽然と消失した。
「…せいぜい、私を楽しませてくれ。」
という、冷たい残響だけをこの場に残して。
静寂が戻った謁見の間。
しかし、その静寂はすぐに、慌ただしい足音によって破られた。
「報告!急報を申し上げます!」
現れた伝令兵は、全身を震わせ、今にも崩れ落ちんばかりの形相で叫んだ。
「ジノーブス連邦北部…突如出現した未曾有の魔獣軍団により、壊滅的被害を受けております!」
「なんだと…!?」
フェルディナンドが絶句する。
ジノーブス連邦北部は、鉄壁の守りを誇る要衝だったはずだ。
それが、何の予兆もなく、一瞬で壊滅した。
セルスが言った「土産」とは、このことかとその場にいる者全員が理解する。
「…楽しい余興だと、笑わせてくれる。」
ローデウスは、腕の中にあるアマデウスの遺体を静かにクラウハルトへと託すと、立ち上がった。
その瞳には、絶望を焼き切るほどの苛烈な紫の炎が宿っている。
「全兵に号令!これより当国はジノーブス北部の奪還体制へ移行する!ローデウス領の防衛に当たっているジャミロクワイ、ポトフォウルへ伝令を飛ばせ!」
足早に去っていく伝令の後ろ姿を見ながら、ローデウスは拳を握りしめる。
「兄の遺した言葉通り、奴を殺さねば…この世界に、明日は来ん!」
魔王ローデウスの重厚な号令が、廃墟と化した謁見の間に響き渡る。
それは、真なる魔王へと挑む、反撃の産声でもあった。




