第一話_作戦会議
アーデルミノス城の作戦会議室。
卓上に広げられた羊皮紙の地図を囲み、一行の間に重苦しい沈黙が流れていた。
窓から差し込む陽光が、地図上に記された広大なアマデウス領と、そのさらに西に広がる果てしない蒼い海を照らしている。
「リアがいるのは、アマデウス領のさらに西側にある海域…通称『忘却の西海』だ。ここへ向かうとなれば、通常は陸路だが…。」
アーデルミノスが指先で地図をなぞる。
「アマデウス領を突っ切るってことですよね?」
清十郎の問いに、アーデルミノスは重々しく首を振った。
「陸路はやめた方がいいな。不本意な戦いに巻き込まれる危険性があるからな。…海から行くしかない。」
「海から…。それなら、ローデウス様の海軍に船を出してもらうんですか?」
清十郎が何気なく口にしたその言葉に、後ろで控えていた執事のジャブラが、苦笑いを浮かべながら口を挟んだ。
「清十郎殿、残念ながら我がローデウス魔王軍に海軍などという組織は存在しない。我が国は陸戦においてこそ無双の強さを誇るが、水軍の育成にはこれまで全く興味を示されなんだ。そもそも、我が領の民にとって海とは眺めるものであり、渡る必要などなかったからな。」
「ジノーブスにだって船はあるわよ。」
メイルートが腕を組んで、溜息混じりに付け加える。
「でも、全部本国の港に係留されてるわ。ここからじゃ遠すぎるし、軍船の使用許可なんて取ってたら、手続きだけで何週間かかるか分かったもんじゃないわ。緊急事態だってのに、お役所仕事に付き合ってられるほど暇じゃないでしょ?」
アーデルミノスは眉根を寄せ、地図の西側に広がる海域を凝視した。
「問題は船の有無だけではない。西の海には、凶悪な海獣たちが跋扈している。生半可な漁船や商船では、リアの元に届く前に海の藻屑だ。理想を言えば、魔導加工によって『海獣に見つからずに航海できる』ほどの特殊な隠密性能を持った船が欲しいのだが…。」
「海獣に見つからない船…。そんなの、お伽話の中だけじゃない?」
メイルートの皮肉に、アーデルミノスは鋭い視線を向けた。
「いや、理論上は可能だ。アマデウス魔王軍、まさにリアの率いる海竜軍はそのような船の用意があると聞く。だが、それを実現できるほどの腕利きがこの国にいるかどうか。」
しばらく考え込んだ後、続ける。
「…ここで悩んでいても始まらんな。まずはローデウス魔王城のお膝元、城下町へ移動する。あそこは今、アマデウス領からの流れ者や腕利きの職人が集まっている。掘り出し物の船を融通できる商人や、魔導加工の知識を持つ職人の噂を掴めるはずだ。」
「魔王に直接頼んだら早いんじゃないの?王の権力なら最高の船なんてすぐ用意できそうだけど。」
メイルートが再びもっともな疑問を投げるが、アーデルミノスは頑なに首を振る。
「ローデウス様を頼れば話は早いが、今はあまり大っぴらに動きたくないのだ。魔王軍の正規ルートで船を動かせば、必ず記録に残る。セルスの耳に我々の動向が入るリスクは最小限にすべきだ。…お忍び、というやつだな。」
方針が決まると、アーデルミノスは手早く使いを出した。
ジノーブスへ大使を送り届けているグレイに宛て、「大使の件が済み次第、ローデウス城下町で合流せよ」と記した短い手紙だ。
◆◆◆
数日後。
活気溢れるローデウス魔王城下町の入り口。
そこには、つい先日まで戦術を練っていた殺伐とした気配を微塵も感じさせない、「娘たち」の姿があった。
「清十郎、どうだ?変ではないか?」
アーデルミノスは、以前清十郎と城下町を散策した際に披露した、親しみやすい町娘スタイルに身を包んでいた。
魔王軍の将軍としての威厳と鋭利なオーラを完全に封印し、どこか浮き浮きとした様子で軽やかなスカートの裾を整えている。
「ええ、すごく似合っていますよアーデルミノスさん。」
清十郎の素直な言葉に、アーデルミノスは「あ、あくまで潜入のための変装だからな!」と耳まで真っ赤にして頬を染める。
その横では、メイルート、ガルーダ、そして無表情なリゼアまでもが、彼女に倣って町娘の装いに身を包んでいた。
「ちょっと、なんで私がこんな格好しなきゃいけないのよ…。動きにくいったらありゃしないわ。」
メイルートは慣れないフリルのついた袖を気にしながら、不機嫌そうに愚痴をこぼす。
しかし、その足元はしっかりと編み上げのブーツを履き、万が一の戦闘にも備えていた。
対照的にガルーダは、清十郎の隣を歩けるのが嬉しいのか、普段の寡黙さが嘘のように足取りが軽い。
しっぽがあれば、間違いなく風を切るほどに振り回していただろう。
そして最後尾を行くリゼアは、意図せずして「どこかのお屋敷の訳あり令嬢」のような、冷徹ながらも見る者を惹きつける神秘的な美しさを漂わせていた。
町娘の服を着ていても、隠しきれない高貴さと危うさが同居している。
「ま、たまにはこういうのもいいか。潜入捜査って感じがして、ちょっとワクワクするわね。」
メイルートも結局は、通りに並ぶ屋台から漂う香ばしい串焼きの匂いに鼻をくすぐられ、少しだけ表情を和らげた。
魔王領の「混沌」を綴ったリアの手紙、裏切りと傀儡。
そんな重い現実を一時だけ脇に置き、一行の間には、どこか遠足に出かけるような不思議な高揚感が漂っていた。
「よし、では聞き込み開始だ!腕利きの職人、あるいはデカい商売を動かしてそうな凄腕商人の噂…。海を越えるための『翼』をくれる奴を、片っ端から探していくぞ!」
アーデルミノスの号令と共に、華やかな五人の町娘+清十郎は、城下町の喧騒へと溶け込んでいった。




