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第三話_見せかけの共同戦線

ギガントバジリスクの背に揺られながら、アマデウス魔王城への帰路を急ぐ二人。

森の奥に見えてきた野営の煙を見据え、クラウハルトが清十郎へ告げる。


「清十郎殿、気を引き締めろ。この先に、私が待機させている部隊がいる。」


前方に広がる街道を見据え、将軍は苦渋に満ちた声を絞り出す。


「…だが、その半数はバルハート帝国から派遣された兵だ。表向きは共同戦線を張っているが、奴らがどこまで私の命を聞くかはわからん。最悪の場合、ここで剣を交えることになるかもしれん。」


「気を引き締めておきますね。」


清十郎は、手枷をはめられた両手を軽く振って見せた。


森が開けると、そこには異様な光景が広がっていた。アマデウス軍とバルハート兵、総勢五十を超える連合軍。

それだけではない。

バジリスク四体、コカトリス五体、ローグベア三体、そして巨体を揺らす大型魔獣ポイズンスパイダー二体が、不気味な咆哮を上げながら控えていた。


「これはまた…圧巻ですね。」


「上空にワイバーンもいる。魔獣は全てバルハート兵の傘下にあると思っておけ。」


小声で清十郎へ伝えるクラウハルト。

ギガントバジリスクが止まると、一人のリザードマン兵が駆け寄ってきた。

クラウハルトの直属の部下である。


「クラウハルト将軍!お戻りになられましたか。前線の村の殲滅は…?」


「ああ。だが…思った以上に手こずった。」


クラウハルトがバジリスクから降りると、脇腹の鎧が割れ、血が滲んでいるのが露わになった。

兵士は目を見開く。


「将軍ほどのお方がお怪我を!?一体何があったのですか?」


「心配するな。それよりも、敵軍の将を捕らえた。」


クラウハルトが指し示した先、手枷をされた清十郎が平然と立っていた。


「この男は…?」


「ローデウス軍、遊撃将だ。」


その名を聞いた瞬間、部隊に緊張が走る。

しかし、その空気を切り裂くように、一人の男が傲慢な足取りで近づいてきた。

バルハート帝国の紋章を刻んだ鎧に身を包んだ兵長だ。

その目はクラウハルトの傷口を、ねぶるように見つめている。


「くっくっく…。地竜将軍ともあろうお方が、こんな優男一人に手間取り、深手を負わされるとは。魔王軍の将軍というのも、名ばかりですな。」


男の嘲笑に、リザードマンの兵士が激昂する。


「貴様、何を――!」


「よせ、構うな。」


クラウハルトはそれを制し、表情を変えずに続けた。


「それよりも、ローデウス側が軍備を整えている。この事態をアマデウス様に報告せねばならん。」


だが、クラウハルトが腹の傷を押さえ、わずかに苦しげな表情を見せた瞬間、バルハート兵長の瞳に昏い光が宿った。


「報告、ですかな?そのような体では大変でしょう。少しここで休まれてはどうですか?」


そう言い、クラウハルトを見定めるような目を向ける。

その視線はもはや上官を見るものではなく、弱った獲物を品定めする猟師のそれだった。


「かたじけない。思った以上にローデウス側は前線を整えており、不覚を取った…。」


苦しそうに膝を屈し、腹を押さえるクラウハルト。

そんな彼を見下ろしながら、兵長は隠しきれない悦びに唇を歪める。


「…ここは私に任せて、アナタはゆっくり休むといい。そもそも、アナタと私ではそこまでの力の差はないはず、それをワガママで一人先行するなど無謀だったのですよ。」


嫌味を言いながら、ゆっくりと獲物の死角を埋めるようにクラウハルトの背後に回る。


「ローデウス側の情報も、私から陛下に伝えておきますから。アナタはここで…、」


腰の剣に、音もなく手がかけられる。


「死んでくださいっ!!」


男の態度が豹変した。

死角からクラウハルトの無防備な首を狙い、全力の剣が振り下ろされる。

だが、空気を断つ「音」が響いたのは、その直後だった。


「――ぎ、あぁぁぁぁぁっ!?」


絶叫。

バルハート兵長の右腕が、肘から先を失って宙を舞った。

鮮血が舞う中、男の視界に映ったのは、手枷をつけたままで刀を抜き放った清十郎の姿だった。


(…浅かったか?)


清十郎の流れるような二撃目――首を狙った一閃が放たれる。

兵長は反射的に魔力を暴発させ、展開した魔法障壁で死に物狂いにその刃を弾き、数メートル後方へ飛び退いた。


「手枷をしたままだと、やはり少し動きにくいですね。…残念です。」


清十郎が淡々と呟く。

軍全体が動揺する中、腕を失った兵長が顔を血に染めて叫んだ。


「クラウハルトが裏切った!奴は敵の将と通じているぞ!構わん、魔族どもを皆殺しにしろ!!」


その叫びが引き金となった。

バルハート兵たちが一斉にリザードマン兵へ牙を剥き、陣形は瞬時に崩壊、血みどろの乱戦へと突入する。


「将軍、この男は…一体何者なのですか!?」


混乱するリザードマン兵の問いに、クラウハルトが咆哮した。


「話は後だ!皆の者、バルハート兵を逃すな!裏切り者は奴らの方だ!!」


乱戦の渦中、清十郎はまるで舞い踊るように戦場を駆けた。


「五、六…。」


一歩踏込むごとに、バルハート兵が一人、また一人と物言わぬ骸に変わっていく。


「セ、セルス様に報告をっ!」


形勢が不利だと悟ると、兵長は残った左手で懐から笛を取り出し、鋭く吹き鳴らした。

上空に待機していたワイバーンが応じ、急降下して兵長をその足で掴もうとする。


だが、その程度の「速さ」は、清十郎の感覚の中では静止しているも同然だった。


「…逃がしませんよ。」


地面を蹴った清十郎が、滑空してきたワイバーンの懐へ潜り込む。

刹那、紫電のような二閃。

ワイバーンの両翼が同時に根元から切断され、巨大な影が悲鳴を上げながら地面へと墜落した。


「な、何者なんだ…貴様は化け物か!?」


震え上がる兵長に、清十郎は無機質な笑みを向けた。


「ヒィッ!だ、だが魔獣は我らの制御下にある!行け、殺せぇッ!!」


号令と共に、残されたポイズンスパイダーやローグベアが、制御を失った殺意を剥き出しにして清十郎へと殺到する。

しかし、すでに臨戦態勢を整えたクラウハルトの槍が、地を這う雷鳴となってそれらを迎撃した。


「ハァッ!」


クラウハルトが槍を一閃させると、巨躯を誇るローグベアの胸元が深々と穿たれ、鮮血が噴き出す。

腹の傷を感じさせぬ、重厚かつ鋭い踏み込み。

将軍の一撃に、魔獣は断末魔の叫びを上げる間もなく絶命した。


その横を、一筋の銀光が通り抜ける。


十一じゅういち十二じゅうに…。」


清十郎の動きは、もはや目で追える速さを超えていた。

ポイズンスパイダーが放つ毒糸を紙一重でかわすと、すれ違いざまにその八本の脚をすべて切断。

返す刀で巨大な複眼を貫く。

手枷をはめたままとは思えぬ、淀みのない「殺しの舞」だった。

クラウハルトは自身の槍を振るいながら、視界の端で踊るその背中を凝視していた。


(情念も、躊躇も、一切の濁りがない純粋な武…。)


将軍である自分ですら、時折肌が粟立つほどの冷徹な剣筋。

だが、同時にクラウハルトの胸中には、確信に近い期待が込み上げていた。


(この男ならば。この圧倒的な速さと冷酷さを持つ始末屋ならば…。術策に堕ちた我が王の隣にまで、音もなく辿り着き、あの忌々しい蛇の首を刈り取ってくれるのではないか。)


自分たち武人が誇りや忠義に縛られて踏み込めぬ領域へ、この男なら「仕事」として平然と足を踏み入れる。

クラウハルトは己の槍にさらに力を込め、残る魔獣たちを薙ぎ払った。


「清十郎殿、後ろは任せろ!貴殿の力、存分に見せてもらおう!」


「ありがとうございます。ではさっさと終わらせましょうか。」


清十郎が微笑むと同時に、さらなる銀光が爆ぜる。


数分後。

平原を支配していた魔獣の咆哮は完全に絶え、生き残ったバルハート兵は一人残らず地に伏し、組み伏せられていた。


◇◇◇


静寂が戻った戦場。

クラウハルトは、青ざめてへたり込む兵長と数人の生き残りを捕らえさせると、血に濡れた槍を収め、清十郎を隣に立たせたまま自身の直属部隊に招集をかけた。


「これより、お前たちに新たな任務を与える!」


将軍の鋭い視線が、忠実な部下たちの背筋を正した。

清十郎は再び、何事もなかったかのような「捕虜」の顔に戻り、手枷を揺らして静かに佇んでいる。

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