第一話_無謀な作戦
「では皆さん、よろしくお願いしますね。」
清十郎は、両手首に重厚な魔封じの手枷をはめられた状態で、静かに微笑んだ。
その傍らにはクラウハルトが厳然と立ち、彼を「捕虜」として連行する形を取っている。
「セイジュウローさん…本当に、たった一人で行くつもりですか?」
リュウが悲痛な声を上げ、数歩詰め寄る。
その背後では、シロとクロが落ち着かない様子で地面を蹴っていた。
「ボクはもともと始末屋ですから。こういうのは慣れっこですよ。」
清十郎は冗談でも言うかのように軽く笑い、隣の騎士へ視線を向けた。
「では行きましょうか、クラウハルトさん。アマデウス様の元へ。」
二人は巨大なギガントバジリスクの背に乗り、ゆっくりと村を去っていく。
その背中が見えなくなるまで見送りながら、リュウや『黒鉄の翼竜』の面々は、昨夜の焚き火の前で交わされた作戦を思い出していた。
◆◆◆
「一人で乗り込む?!」
昨夜、清十郎の口から出た提案に、一同は耳を疑った。
清十郎が提示したのは、諸悪の根源『セルス=バルハート』の暗殺。
クラウハルトに「捕まった」という体裁でアマデウス領へ潜入し、元凶を直接始末するという、あまりに無謀な作戦だった。
「ボクの仕事は、もともとこういう闇に潜んでの始末…いわゆる暗殺ですから。正面から軍を動かすより、ボク一人が動いた方が波風も立たないでしょう?」
清十郎は、茶でも啜るような平然とした態度で笑う。
「アネゴがそんなの許しちゃくれねぇよ!アニキを行かせちまったら、俺たちが殺される!」
「そうだぜアニキ、無茶しすぎだ!」
シロとクロが必死に食い下がるが、清十郎は「よろしく伝えておいてくださいね」と、どこ吹く風で受け流す。
「確かにあんたの強さは底が知れねぇ。だが、魔王城にたった一人で乗り込むなんて、危険の次元が違うぜ。」
ランドの真っ当な危惧に、それまで沈黙を守っていたクラウハルトが重々しく口を開いた。
「…案ずるな。万が一の場合は、私がこの命に代えても彼を守ろう。」
「期待していますよ。」
清十郎は、死地へ向かう者とは思えない柔らかな笑みを浮かべていた。
◆◆◆
バジリスクの巨躯が森の霧の中に消え、完全に姿が見えなくなったところで、リュウがぽつりと呟いた。
「…結局、俺たちじゃ止められなかったな。」
「昨晩のあの戦い…そして、あの恐ろしい殺気。あの人なら、マジで一人で全部片付けちまうかもしれねぇ。」
リクラットが喉を鳴らし、昨夜見た「死」の残像を振り払うように頭を振った。
場合によっては、ここにいる全員が彼の手で惨殺されていた可能性すらある。
そう考えると、清十郎という男の異常さに悪寒が走る。
「セイジュウロー様…」
シャゼルが熱っぽい視線を森の奥へ向ける横で、マーベルがため息をつく。
「危険な男に憧れるのは分からんでもないが、ありゃ本物のバケモンじゃぞ?」
「まずは俺たちにやれることをしなきゃな。俺たちと『鳳仙花』は、すぐにローデウス様の魔王城へ向かう。この状況を報告しなきゃならねぇからな。」
リュウの視線の先には、火の魔法を操る一つ目の魔族二人と、小斧を携えた牛角の魔族からなるB級パーティー『鳳仙花』が控えていた。
魔獣の多い森を抜けるため、リュウたちは彼らと共闘して報告に走ることを決めたのだ。
ランドは大剣の柄を握り直す。
「俺たち『黒鉄の翼竜』と残りの連中は、万が一に備えてこの村に残る。バルハートの密偵や残党が来るかもしれねぇからな。」
その脇を固めるのは、昨夜の清十郎の洗礼を経て絶対の忠誠を誓わされたC級『蒼銀の牙』の三人。
そして、機動力に長けたB級『ライトニング』の三名。
総勢十六名の冒険者たちは、清十郎という劇薬が残した余韻を噛み締めながら、それぞれの持ち場へと動き出した。
◇◇◇
揺れるバジリスクの背の上。
「それで、セルス=バルハートという王女は、一体どういう御仁なんですか?」
清十郎が、拘束された手を所在なげに動かしながら尋ねた。
クラウハルトは前を見据えたまま、忌々しそうに眉根を寄せる。
「…私も一度しか見たことはない。だが、掴みどころのない、凍てつくような目をした女だった。アマデウス様にどのような術策を用いたのかは分からんが、あの女が何かを仕掛けたのは間違いない。我が槍が届かぬ場所で、心を蝕むような毒を撒く蛇よ。」
拳を握りしめるクラウハルトの言葉を聞きながら、清十郎は「ふむ」と相槌を打つ。
「なるほど。情報が少なすぎますし、彼女が本当に全ての原因なのかも分かりませんが…。」
清十郎は、空を流れる雲を眺めながら、さらりと言ってのけた。
「とりあえず可能性があるなら、始末してみればいいですね。それで解決すれば儲けものです。」
そのあまりにも命を軽んじた――あるいは合理的に割り切った物言いに、クラウハルトは思わず声を上げて笑った。
「…ハハッ!本当に恐ろしいのは、魔王でも勇者でもなく、お前のような男なのだろうな、朽木清十郎。」
「お褒めに預かり光栄です。」
清十郎の微笑みは、どこまでも澄み渡り、そして何も映してはいなかった。




