閑話_従属の首輪
清十郎たちがオリハルコンを求めて鉱山へ向かっていた頃、留守を預かる魔王城の一角では、副将ジャブラがかつてない種類の頭痛に悩まされていた。
原因は、清十郎の傍らに侍っていた「人形」――元勇者パーティーの魔法使い・リゼアである。
事の始まりは、捕虜となった彼女の首に燦然と輝く『従属の首輪』だった。
リゼアの口から語られたその性能は、あまりに断片的で危うかった。
「対象のどちらか(主人か奴隷)が死ぬまで外すことはできない」という呪いのような制約。
何度か解体を試みた。
魔法による干渉はもちろん、あの鉄をも断つ異邦の刀をもってしても、銀色の金属には傷一つ付かなかった。
最初に降り立った勇者が作った品という話であるため、未知の素材でできている可能性が高い。
リゼアを殺して始末することもできたが、彼女は既に心が死んでいるような状態。
それに、魔族が触れれば命に関わる危険な首輪を放置するわけにもいかない。
この魔王城内において、これほど扱いにくい遺物もなかった。
首輪は宿主の自我を消し去り、主の命令を聞くだけの人形に変えてしまう。
清十郎が命じなければ、彼女は最低限の生活すら送れなくなってしまうのだ。
「リゼアさん、ボクがいなくなっても、掃除や洗濯、料理に水汲み…そういう『侍女』としての仕事をしてほしいんです。」
清十郎は当初そう頼もうとしたが、彼女が他の魔族と関わって余計なトラブルになるのを避けるため、「やっぱり、ボクとアーデルミノスさんの部屋の掃除だけをお願いします。それと、ボクたちがいない間はジャブラさんの言うことを聞くように。」と、範囲を狭めて指示を出した。
これが、すべての悲劇の始まりだった。
現在、残されたジャブラは地獄を見ていた。
「…お、おい、リゼア?そこはもう、十回は掃除したはずだが…。」
ジャブラが声をかけるが、リゼアは虚ろな瞳で無言のまま、アーデルミノスの部屋の床を磨き続けている。
清十郎の指示を、彼女の脳は「主の部屋を塵一つない状態に保つこと」と極端に解釈したらしい。
朝昼晩と清十郎とアーデルミノスの部屋を往復し、鏡のように磨き上げられた床をさらに、さらに磨き続ける。
常に虚ろな目で城内を徘徊し、一言も発さない得体の知れない存在として、強面な魔族の兵士たちですら「幽霊が出る」と怖がって苦情を寄せてくる始末だった。
ジャブラも試行錯誤はしたのだ。
「常に笑顔でいろ」と命じれば、感情の死んだ顔に引きつった笑みが張り付き、余計に気味悪がられて失敗。
「首輪をされる前のように振る舞え」と指示を出せば、急に「この蛇風情が、私に気安く触れるな!」と、魔法学院主席卒業のプライドだけを煮詰めたような高圧的な態度に変貌し、収集がつかなくなって却下。
「…これでは、言葉の通じぬ赤子を相手にしている方がまだ楽だぞ。」
ジャブラは大蛇の下半身をぐったりと横たえ、天を仰いだ。
そこへ、アーデルミノスから「帰還が遅れる」という念話が届く。
絶望的な報告に、ジャブラの意識が遠のきかけた、その時。
彼は、ふとリゼアが磨き続けている「鏡のような床」を見て、ある妙案を思いついた。
それは、あまりに単純で、しかし盲点だった解決策。
「…そうか。彼女の『行動』を縛るのではなく、『認識』を操作すればよいのではないか?」
ジャブラの瞳に、知将としての鋭い光が戻る。
この結果は、また別の話ーー




