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ノックの仕方は、知っていますか?

「あらごめんなさい、ちょっとノックが強すぎたわ~」

 折れて吹っ飛んだふすまの向こう。ベッド上で、女が大口を開けていた。

 カーディガンを脱ごうとしたところだったようで、手首にまだそれが引っかかっている。なのに、中身はブラとパンツだけだ。それも、ずいぶん高級そうなおしゃれなやつ。

 私は普通の綿パンにスポーツブラだぞ。支えが必要なほど胸もないしね。

 私はくるりと、脇にいたばばちゃまに向きあう。

「あ、ばばちゃまごめんなさい、ちょっといろいろうれしいことがありすぎて力がみなぎってねえ、ノックの力加減間違えちゃったあ」

 私が蹴破るのを目撃していたばばちゃまは、冷静に部屋の中を見て、片眉を上げた。

 私は続ける。

「たいへ~ん、鍵の替えはあっても、ふすまの替えはないわよねえ。今日のところはご実家に帰って休まれたらどうかしら? 修理に日数がかかるかもしれないし、ご不便でしょうから、お荷物もいったん引き上げられた方がいいんじゃないかしらね? ねえ? ばばちゃまそう思わない?」

 ばばちゃまは、洗面所の向こうを見る。

 ユキさんと男衆が、呆然とこちらを見ていた。

 守ってくれなくていいですよ。私が守りますからね。うん。

「そうだね。ちょっと、いったんそのふすま出して、たてかけておいてあげな」

 ばばちゃまが出て来ていた隣室の人に声を掛ける。隣室の人は中の有様を見てぎょっとしたようだけど、だいたいの事情を察したらしい。

「大至急服を着て貴重品だけ持って出て来な。待つのは三分だ、いいね」

 隣室の人はぱぱっと折れたふすまを廊下に出して立てかけた。

陸奥(むつ)の。五味(ごみ)のばば様を呼んでおいで。食堂にいるだろ」

 ばばちゃまは男衆に声を掛ける。三人は、急いで逆もどりして行った。ユキさんを残して。

 あー、五味のおばさま。今日部屋に迎えに来てくれたんだよねえ。そのあと、あてられて倒れたってことだったけど、食堂で元気そうにお酒飲んでてよかった。

「ユキちゃん」

 ばばちゃまに呼ばれて、ユキさんがとてとてと小走りに寄ってきた。なんかかわいい。

「騒がしくて申し訳ない。落ち着くまで、みゆの部屋で休んでいておくれ」

 なぬ?

「はい」

 はいじゃないわ。

 そう思ったけど、辺り一面女だらけだ。私は急いで部屋の鍵を開けて、ユキさんを中に誘った。私の着替えを持ったままのまゆも巻き込んで、部屋に入る。

「おねえちゃん、何があったの?」

「ああ、あの人ユキさんの部屋に不法侵入しようとしてたのよ。泥棒さんかなあ」

「え? 大丈夫でした?」

「うん、入られる前だったから」

 ユキさんは、口元を手で隠している。なんか、笑いそうなのをこらえてる感じだった。何か面白いことありましたっけ?

「まあ座ってください」

 私はユキさんに勉強机の椅子を勧めて、自分はまゆと一緒にベッドに座った。

「部屋の鍵、大丈夫でした?」

「大丈夫じゃないかな、回りはするから。ふすまが動かないだけだよ」

 ユキさんはお札でいろんなことができる。だから、開かないようにするだけじゃなくて、侵入者もわかるようになっているんだろう。

「そういえば、明日は月曜ですけど、仕事どうするんですか?」

 むりやり確保されて帰れなくなったんだよね。

「先週ここにいた分は仕事扱いだから。明日は休みにしてもらったよ。明後日からしばらくこきつかわれるなあ」

 よくわからないけど、大丈夫ならいいか。詳しくはいつか訊こう。今はまゆもいるしね。

「ああ、そうだ、まゆちゃん、昨日、ジャム事件があったってところまでは下で聞いたんだけど、具体的に何があったの?」

 げ。

「あ! あれね!」

 まゆは、元気いっぱいに説明してくれた。さっきの女を含む二人が犯人だったみたいだと言って。

「鍵穴にジャムが絞りこんであったんだよ! お掃除なんて無理だよあれじゃあ! それで、鍵を変えてもらったんだよね、お姉ちゃん」

「そうね……」

 私は、ユキさんにその話を一切していない。まあ、する暇もなかったけどね。神社でも御簾の間でも食堂でも。食堂だって、宴会の理由は私が巫女に目覚めたからだとか言っておいて、お酒飲めないもんだからほぼ放置されてたんだから。

「じゃあ、みゆちゃんとまゆちゃんの部屋も俺の部屋と同じ仕掛けをしておこうか。俺の部屋は俺とばば様と亜希さんしか開けられないようになってるんだよ。みゆちゃんも開けられるように作り直さないといけないしね。そういう『護り方』ならできるよ、俺でも」

 荷物を取りに行くというので、ついて行った。まゆはテレビを観るからと自室に戻った。

 廊下には、ばばちゃまと親父と亜希さんがいるだけになっていた。

「みゆちゃんとまゆちゃんの部屋のお札を作ります」

「おお、頼む」

 親父はユキさんにそう返すと、また三人で小声で会議モードになった。私がぶち抜いたふすまは、立てかけたまま緑のテープで両脇の柱に貼り付けられている。ちょっと『くの字』になってるから脇から中が見えるかもね。

 とりあえず、親父も亜希さんも怒る気はないようで良かった。うん、ちょっと、ノックの力加減間違えただけだからね。足でやったのはお行儀悪かったけどさ。

 ユキさんは部屋の前に行くと

「これ、抜いてもらえる?」と言う。あの女が使っていた鍵だ。さわりたくないのかな。いろんな事情があるんだろう、なんせ新神宮様だからね。

 引っこ抜こうとすると、すぐには抜けない。何度か力を入れてひねると、すぽっと抜けた。

「鍵、曲がってますね」

 どれだけ頑張ったんだあの女。

「開いてるかな?」

 私はふすまを引いてみる。

「開いてますね。開けちゃいますよ?」

「うん」

 すーっと開ける。中は、本当にシンプル。文机とその前に座布団があって、その脇にカバンが置いてある。本当に、それだけ。布団やなんかは、押し入れに入っているんだろう。昔からの自室ではあるんだろうけど、普段いないからね。

 ユキさんはひょいっとカバンを掴んで出てくる。肩に掛けることも手で持つこともできるタイプのカバンだ。ショルダーストラップが長い。斜めがけしているのかな。

 私がふすまを閉めると、ユキさんは鍵だけ自分が持っていたもので掛けようとする。

「あれ? 回らないね」

「私やってみますね」

 ユキさんが持っていた鍵を借りて回してみる。なんか引っかかる。

「無理やり閉めようと思えば閉められそうですけど、どうします?」

「いいよそのままで、俺が開けられなくなるし。ふすま閉めたから、普通には開けられないしね」

 まあユキさんの力じゃ開かないだろうね。


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