第三十話「霧原 零Ⅴ」
――やらなければ良かった。
そうした後悔というのは、後から気付く事しかない。
そしてその後悔は、時間が経てば経つ程に根強くなっていく。
この龍紋の力を使ったのは二回目で、あの時から全てが変わってしまった。
「……いや、もう後悔しても無意味だな」
吐き捨てるようにそう言いながら、俺は自分の部屋へと戻ってきた。
いや、戻ってきてしまったが正しいだろう。
あの場所に……あんな場所に長く居たくなかったからだ。
「今日の夜にでも出て行くか。ここに居る理由は、俺には無いんだから。そうだろ?」
シャワーを浴びながら、鏡に映る自分に問い掛ける。
馬鹿げた行動でしかない。だけれど、今の俺にそんな余裕は無かった。
かつて浴びた事のある視線は、久し振りでも来るモノがあると感じたから。
「――これの所為で、化物扱いだな。全く」
全く以って、不愉快である。
あの時も同じ目をした人が居て、俺に同じ言葉を言っていた気がする。
ただずっと、怯えながら……来ないでと、懇願するように。
『そんな事を考えても、もう今更だと思うよ?』
「…………そう思うか?」
『うん、とても無駄な事だと思う』
これは自分の投影だ。あの頃の、無邪気な頃に地獄を知った俺だ。
その幼い者が、幼いが故に抱いた最初の感情の化身。
『大人しく身を委ねればいいのに。そうすれば楽になるよ?』
「俺はお前みたいに無駄な犠牲は出さないさ」
『そうなの?制御出来る時間が限られてるのに?』
「すぐに屈服させるさ。俺はお前とは違うやり方でやる」
『そう。じゃあ仕方ない。もう少し待つよ。でも……本当にこのままで居られるかな?くくっ』
そう言い残して、幼い俺の投影は消えていった。
あれは俺とは違う存在であり、俺よりも化物な存在だ。
龍紋を発動する度、あれはその感情を具現化させようと侵食してくる。
幼い頃に抱いた感情を。復讐という目的を果たそうとする為の憎悪を。
◆
『あーあ、面白くなると思ったのにな』
『編入生も帰っちまったし、藤堂も戦意喪失』
『あれがこの場所で3位とか、がっかりだな』
観客席に居た者が、つまらなそうに声を大にして言った。
周囲に居た者たちがそれに便乗し、誰もが霧原零と藤堂亜理紗を侮辱し始める。
聞こえてくるのは罵声と非難の声。その声たちに自重さが無くなった途端――
「……うるさい。龍紋も使えない役立たずが、大きな声を出すな。次はその眉間を撃ち抜く」
――銃を上空に放ったのは、藍原桐華だった。
周囲の声は制止し、彼女は嫌悪を表した視線を動かす。
「へぇ~、きぃちゃんが苛立つなんて珍しい事もあるんだね」
「……水無月、今は貴女の相手をする気は無い」
「そう。ふうん、じゃあこうしようか!ここに居る全員の命を懸けて――」
白衣を着た少女は、両手を広げて大声をあげた。
第3体育館が、いや施設全体を何かが揺らし始める。
地面が開き、サイレンが鳴り響く。施設の各地でそれは出現した。
そして白衣の少女、水無月は笑みを浮かべて言うのだった――。
「――さぁ始めよう。ここからは命を懸けたデスゲームだ!クリア条件は、生き残る事だにゃん♪」




