Part.2
脳筋だが知りたがり屋さんな千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念な花浦和樹が挑む学園ミステリ。
10月、居館高校の中庭にある時計台が壊されることになった。しかし、時計台には昔いじめを苦に女子生徒が自殺し、彼女の幽霊が出ると噂されていた。
葉月と和樹は自称ジャーナリスト、八瀬川梨花とともに噂の真相を確かめるのだが……。
※ストーリー中、いじめや殺人の描写が含まれます。苦手な方は注意してください。
放課後。
わたしと和樹は中庭に向かった。
帰る支度をして、正面玄関を出たところだった。
「葉月、これからどうするんだ?計画とかはあるんだろ?」
わたしは首を縦に振った。
「まずは捜査状況がどうなったか聞かないと。あと襲われる理由も考えないとね。わたしは『時計台の女の子』の話が関係してると思うんだけど」
「そうかもしれないな。八瀬川は隠しカメラを設置するために来てたんだから」
とりあえず詳しい情報が欲しいので、さっそく捜査現場に乗り込む。
中庭をそっと覗くと、芝生や時計台の周りでは、刑事や鑑識が散らばって捜査活動がなされていた。
一方、時計台の隣では足利刑事と、彼の上司である堂宮警部がいた。
病院で梨花の様子を調査していたが、現場のほうに移動したようだ。
三人の警備会社の制服を来た男性の取り調べを行っているようだ。
一人は四十くらいの、顎髭を生やした男性。中背で少し太っている。
真ん中にいるのは長身の若そうな男性。取り調べを受けて緊張しているのか、少しおどおどしているようだ。
そして一番左には三十くらいの、恰幅の良い茶髪に染めている男性。わたしの偏見だけど、ヤンキー上がりのように見える。
「葉月、どうやって現場に入るんだ?」
和樹が耳打ちしてくる。
「わたしに任せて」
このまま行っても追い返されるだけだ。
わたしは財布から十円玉を取り出すと、そっと現場に向かって転がした。
「さ、行くわよ」
わたしは和樹に声をかけると、現場に突入した。
「すいませーん!お金落としちゃって……」
十円玉は足利刑事の靴に当たると、回転しながら横倒しになった。
刑事は十円玉を拾うと、眼前に走ってくるわたしと和樹に目をやった。
これは運がいい。
「あ、千山さんに花浦君じゃないか」
「刑事さん、拾っていただきありがとうございます!」
足利刑事は十円玉を渡してくれた。
その声に気づいたのか、堂宮警部も振り向いた。
「お前さんらは夏の時の。そうか、ここはお前さんらが通う高校だったな」
「お久しぶりです」
そしてわたしは時計台を眺めた。
「驚きました。友人が襲われて、意識を失ってるなんて……」
「被害者はお前さんの友人だったのか。気の毒にな」
「わたしも協力します。友人を襲った犯人が許せなくて」
警部は頷いた。
「そうか。お前さんの推理力は侮れないところがある。校内でも事件を解決しているそうじゃないか。とりあえず、被害者のことも聞きたい。協力を頼む」
ありがとうございます、とわたしは一礼した。
後から駆け付けた和樹は、わたしの肩を叩いた。
「良かったな、葉月」
「ええ。これで心置きなく捜査ができるわ」
わたしは梨花が何で夜に学校を訪れていたのか、そして時計台での幽霊の噂について話した。
その後、警部は捜査している刑事を集め、わたしと和樹が捜査に協力することが伝えられた。
まずは現在の捜査状況を聞き出したい。
「特に進展はないな。夜間に目撃者がいなかったから、とりあえず校内にいた警備員に来てもらったんだ」
三人とも市内にある同じ警備会社の職員だ。
四十くらいの顎に髭を生やした男性は、金山勉かなやま つとむさん(44)。市内在住で、昨日はちょうど当番日だった。
二十代前半とみられる若い男性は杉村洋二すぎむら ようじさん(23)。彼も市内に住んではいるが、今日は初めての警備ということで、金山さんに連れられて来た。
なお、金山さんは居館高校の元教師で杉村さんは高校の卒業生だった。
三十歳くらいの男性は、中瀬勇人なかせ ゆうとさん(34)。彼は居館の隣にある寝殿町ねどのちょう出身で金山さんと親しく、仕事終わりに居酒屋に行くため、学校を訪れていたという。ちなみに、通報したのは彼だった。
現場での犯行の痕跡の調査もされていたが、梨花を襲うのに使われたであろう鈍器や、犯人がいた痕跡がなかった。
時間が経過しているため、犯人が処分してしまったのだろう。
一応警部は鈍器を捜すために持ち物の確認をし、さらにごみ収集場や近くのコンビニなどにあるごみ箱を確認させているが、現在のところそれらしいものは出てこなかった。
そして周辺では怪しい人物が校舎を出入りする様子は見られなかったことから、内部にいた人間の犯行とみられていた。
その一方で、壊されたビデオカメラやドライアイス、そしてボイスレコーダーが時計台の周りに放置されてあった。
「でも、少なくとも犯人は梨花を襲う前に仕掛けの準備はできていたみたいね」
「どういうことだよ。幽霊の正体が分かったのか?」
わたしは頷いた。
多分、ドライアイスで靄を発生させボイスレコーダーで幽霊の声を再現したのだ。
そして、梨花を襲う前に仕掛けの設置は終わっていた。
その直後に警察と病院に連絡が入り、仕掛けを設置する時間はないからだ。
「カメラが壊されたのは犯行現場を映されてるかもしれないと思ったからか」
「そうね」
さらに警部は梨花が殴られた時の様子も教えてくれた。
「被害者は芝の上に前のめりに倒れていた。そして、右の左に殴られた傷があった」
額の左に傷。
警部によると、犯人は鈍器を右から左に振り下ろして殴ったという。
犯人は右利きの可能性がある。
目の前にいる三人の警備員を見てみる。
金山さんは右手でずれた眼鏡を直している。中瀬さんは左手に腕時計をしている。杉村さんは左手にコーヒーの缶を持っていて、時折コーヒーを飲んでいる。しかし、右手に包帯を巻いていた。親指と人差し指の間に包帯が挟み込むように巻かれ、どうやら手首をけがしているようだ。
わたしが注視しながら観察していたのが気に障ったのか、
「ちょっとなんなんだい、警部さん。そこの女子生徒は」
金山さんは声を上げる。
「関係ないのなら出て行ってくれないか」
「そうだぜ、お嬢ちゃん」
金山さんに続いて、杉村さんも。
やはりいきなり高校の女子生徒がしゃしゃり出たことが気に入らないのか。
警部は事情を説明してくれた。
「ああ、この生徒はこの事件の関係者さ。被害者がこいつの友人なんだ」
「すいません。大切な友人が今も助かるか、助からないかの瀬戸際にいるんです。梨花をこんな目に遭わなきゃいけなかった理由を知りたくて……。ご協力お願いします」
わたしは頭を下げた。
和樹も後に倣った。
「オレからも、頼みます」
警部はわたしと和樹の前に出ると、話を続けた。
「ということだ。悪いかもしれないが、協力させてもらうぞ」
「警部さんが言うなら……」
三人は不満げだったが警部さんの助太刀もあって、なんとか了解は得られた。
さて、容疑者の再確認だ。
犯人は右利き。三人を見る限り、金山さんと中瀬さんは右利き。そして杉村さんは左利きだ。これだけで言うなら杉村さんは容疑者から外れる。とはいえ、彼は右手をけがしているようで、今は動かせないのかもしれない。
一度訪ねてみることにした。
「あの、お兄さん。その右手の包帯は……」
「え、ああ。この前手首を捻挫しちゃって。それで動かせないんだ」
そう言って杉村さんは包帯をほどくと、手首を動かして見せた。
手首は赤く腫れあがり、杉村さんはほとんど腕を動かせないようだ。
「右手を怪我するとか、ついてないよなあ。おかげでペンも持てないし、スマホも触りにくいよ」
「右利きなんですか?」
「ああ」
杉村さんは左袖をまくり上げた。
ガーゼが腕に当てられている。つい最近、予防接種の注射を受けたらしい。
そして、犯行時間時のアリバイ確認。
十時ごろ、金山さんと杉村さんは学校内におり、金山さんは事務室に杉村さんはトイレに行っていた。
それぞれアリバイがなく、金山さんも学校に向かう途中だったがアリバイはない。
わたしは腕を組んで、考え込んだ。
和樹が横から耳打ちする。
「葉月、難しい顔してるみたいだけど、どうした」
「犯人を特定できる情報をもっと集めたいのよ。みんな右利きだし、誰もアリバイがないとなると犯人が分からないわ」
「持ち物を調べてもらうとか。血の付いた鈍器とか、服とかがあれば、それを鑑定してもらえばいいんじゃないか?」
わたしは首を振った。
「あれから大分時間が経ってるわ。もうどこかで処分されて……」
処分……。
そういえば、残っていたものがあったような……。
「そうだ。カメラよ。壊されてるみたいだけど、ビデオカメラのデータってSDカードに保存されるよね」
「ああ。壊れてなければ犯行現場を見ることができるかもしれねえな」
わたしは警部にカメラの確認は済んだのか尋ねてみた。
「カメラは向こうにあるが、SDカードがないんだ」
「どういうことですか?抜き取られたとか」
警部は頷いた。
「犯行の後すぐに別の警備員が救急車を呼んだから、犯人はすぐにその場を去った。その後、またここに戻ってSDカードを持ち去ったんだろうぜ。犯行時に持ち去る時間なんてあまりなかったようだからな」
「何でですか?」
病院や警察に通報があったのは十時五分。
犯行後数分後だったからだ。
だとしたら処分された可能性が高い。
でも、それだけの時間しかないのならあの人に犯行はできない。
あの人は犯人が逃げる様子を見ている。
だとしたら犯人はあの人だろうけど、決定的な証拠がない。せめてSDカードが見つかればいいが、今は別方面からアプローチするしかない。
そもそも動機は何なんだ……?
「ねえ、和樹。どうして梨花は襲われたんだと思う?」
「どうしてって、それを調べるために来てるんだろ?」
「そうだけど、『女の子』の噂との関係よ。わたしは幽霊と今回の事件は関係してると思うって言ったでしょ?火のないところに煙は立たないっていうじゃん」
そう、あの噂をカモフラージュにして犯人は何かを隠したかったと思えてならなかった。
あの時計台に何かあるのだ。
「じゃあおまえは犯人が噂を流したって言うのか?」
「さあね。でも、あの噂何十年も前から流れてるって言うじゃん。きっと噂のもとになった事件があるのよ。それを調べてみない?」
「そうだな」
そして、図書室。今日は夜六時までなら開いているので、みんなテスト勉強に利用していた。
だが、わたしと和樹は過去の出来事を調べるために来ている。
『居館高校史』という十センチくらいの分厚い本が「持禁」シールが貼られた状態で保管されている。
本棚の一番上にあったので、身長の高い和樹にとってもらった。
さっそく広げて、片っ端から調べていく。
居館高校は昭和十年に創立された居館市内では一番古い高校だった。
丹念にページをめくると、時計台に関する記事が見つかった。
それは今から十五年ほど前の出来事であった。
[平成○×年七月十八日。本校にて失踪事件が発生する。失踪したのは本校の二年の女子生徒。生徒は時計台に行くと友人に伝え、時計台に向かったという。実際に彼女が時計台にいるところが目撃されているが、翌日彼女は登校しなかった。当日女子生徒は帰宅しておらず、家出したものと思われたが、現在も行方不明である。女子生徒が時計台にいたとき、不審な人物や車両は確認されておらず、現在も未解決のままとなっている。なお、女子生徒は学校内で他生徒からいじめを受けており、友人や教師に相談を持ち掛けていたという]
「本当にあったんだな。時計台で」
「そうね……」
多分、これが『時計台の女の子』のもとになった事件だ。
でもおかしい。
噂では女子生徒の『女の子』がいじめを苦に“自殺”したのに、この事件では女子生徒が“失踪”している。
失踪の直接の原因がいじめなのかはわからないけど、なんで“失踪”を“自殺”と言い換えて噂が流れたのか……。
「葉月、どうしたんだ?」
和樹が顔を覗かせる。
「噂って事実を含むとは限らないよね」
「ああ。おまえは『女の子』の噂が嘘だったって言いたいんだろ?」
わたしは首を縦に振る。
「そうなんだけど、噂を流すメリットは何かないかなって思ったのよ」
わたしはもう一度記事を読み返した。
そういえばもうすぐ時計台は取り壊される。
その時、わたしの頭の中に何かが浮かんできた。
「やっぱり、犯人はこの事件を利用したんだ。きっとあの近くに何か埋められてるのよ」
「取り壊されるとばれるからか?」
わたしは頷いた。
噂を流すメリットは時計台に近づけさせないようにするため。
そして、真の目的を達成するためだ。
「そして、先生や生徒を近づけないようにして埋めたものを取り出すつもりなんだわ」
「でも、何を埋めたんだよ」
その見当はついているけど、正直言って想像したくない。
これで犯人の真の目的はわかった。だけど犯人は近いうちに行動を起こすはずだ。それまでに手を打たないと。
(Part.3へつづく)




