第46話:サラとの生活。二日目
サラとの同居生活二日目です。
特にイベントやトラブルは起きません。
翌日は昼前に目が覚める。
ここ数日だと早い方だな。サラのために朝食作らないと、って気がしたんだろうか。
寝間着の麻の服から、部屋着用の木綿の服に着替えて部屋を出る。
リビングの端に置いてある、洗濯物入れ用の籠に寝間着は入れた。
本当ならもっと洗わなくても大丈夫だとは思うけど、まぁ、洗濯を教えるなら一緒くたの方がいいだろう。
朝食を作る前にサラの部屋の扉を叩く。
「はい」
すぐに返事があった。
こいつ、多分起きてずっと待ってたな。
奴隷っていつもどのくらいに起きるんだろうか?
それによっては、今後、朝をサラの自主性に任せるか、それともこっちから指示するかが変わるな。
あんまり朝早いとなぁ。
「着替えて出て来い。クローゼットに昨日の服が入っている筈だ」
そういや下着も買ってないな。後でまとめて買いに行くか。
俺の予備を貸す訳にはいかないからなぁ。
「お待たせしました」
暫く待っていると、ゆっくりと扉が開いてサラが出て来る。
寝癖凄いな。髪長いし、くせ毛って訳じゃないみたいだから、これは仕方ない事なのかな?
うん、ブラシも買いに行こう。今あるのって馬用に使ってた奴だけだからな。
「よし、今から朝食を作る。と言っても、朝は簡素にいくぞ」
「……はい」
お、返事をしてくれるようになったな。昨日のハンバーグ作戦はかなり功を奏したみたいだな。
「パンと野草ジュース。それから何か一品ってところだ。一品に関してはお前の裁量に任せる。置いてある食材なら好きに使っていいぞ」
とは言え、小麦などを含めて日持ちするものしか置いてないけどな。肉とかは『マジックボックス』の中だし。
まぁ、朝から肉出されても困るから丁度良いっちゃ丁度良いけど。
パンは早めに現代日本の、とまでいかなくても、せめてイースト菌で発酵させてから焼いた奴に移行したい。
イースト菌というか、パン酵母自体は今作ってる。切り分けた林檎密封した瓶に水と一緒に入れてあるだけだけど。
確かこれでできる筈。
その後の手順はわからないのでこれも『錬成』に頼るつもりだ。
まだ酵母菌ができてないので持っても何ができるか頭に浮かんで来ないけど、多分いけるだろう。
「この煮汁をパンにかけて食べる」
言って俺は『マジックボックス』から40センチ程の高さがある陶器の壺を取り出す。密封されていて、中には以前に度々作っている、香草と薬草と動物の肉を煮たスープが入っている。
『マジックボックス』に入れておけば劣化しないから保存に便利。しかも継ぎ足して作る事で味がどんどん熟成されていく。
これで硬い黒パンもオートミールっぽくなる筈だ。
朝食としては丁度良いんじゃないかな?
木製の食器を棚から二つ出して、それぞれに黒パンを一つ置く。
その上から煮汁をかける。『マジックボックス』で時間が止まっていたので、煮汁は湯気が立っていた。香草と肉の混ざった程好い匂いがリビングに広がる。
「次に野草ジュースだけど、これも基本俺が持ってるから。普段は俺に言ってくれれば出してやる」
言いながら俺は『マジックボックス』から煮汁の壺と同じような密封された陶器を取り出す。
柄杓で中身を掬って、陶器のカップに注ぐ。緑色の液体で、まんま青汁だ。
『アナライズ』で確認し、栄養価が高く、健康に良いものを厳選して摺って煎じて薄めた野草汁を試しに『錬成』してみたらできた代物だ。
味はまぁ、普通に苦くてまずい。飲めない程じゃないけどな。
砂糖や蜂蜜、花の蜜なんかで味を調えたいところだけど、俺には無理だ。
今度妹に渡して調整して貰おうと思っている。
ひょっとしたらもう作ってるかもしれないけど。
「これは苦いが体に良いから毎朝必ず飲む事。まずはお前の栄養失調を治す」
「……はい」
俺の言葉を受けて、サラは自分の胸を見た。
いや、そこだけの話じゃないから。むしろ昨日風呂で見た感じだと、手足の細さの方がヤバイから。
槍振るっただけで折れそうだったもんよ。
「そして残りの一品だが、今日は目玉焼きにする」
「……なんの? ですか?」
「野鳥だ。今日のは鴨だな」
「小さい、ですよね?」
「うん? まぁ、なら二つ使ってもいいだろう」
そして俺が『マジックボックス』から卵を取り出すと、サラはあれ? という顔をした。
あ、こいつ目玉焼きって、目玉を使った料理だと思ったな。
確かに、鴨の目玉だとそりゃ小さいか。
まぁこの卵も、現代日本で見られる一般的な鶏の卵より一回り程小さいけどな。
うん、確かに二つ分は欲しいかもな。
まぁ、今日は一つずつにして、サラが物足りなそうなら明日から二つ使う事にしよう。
明日は玉子焼きの予定だ。
フライパンにマルガリンで油を引き、卵を割ってそこに落とす。
じゅわーっといい音がする。
俺は目玉焼きは半熟の方が好きだけど、この世界で半生の卵なんて怖くて食えない。
『キュアポイズン』でいけるんだろうか?
まぁその辺の実験はまた今度する事にしよう。今日はじっくりと、黄身がはっきりとした黄色に変わるまで熱を通す。
木ヘラで掬って木皿に盛り付ける。
「目玉みたいに見えるから目玉焼きだ」
「…………」
おお、耳まで真っ赤だ。
ナイフとフォークを置いて、席に着く。
「座れ」
だから床じゃない。
サラが椅子に座ったところで両手を合わせる。サラも真似して両手を合わせた。
「いただきます」
「……いただきます」
サラはしかし料理に手をつけず、俺をじっと見ている。
俺はその視線を気にせず、まずナイフとフォークを使って目玉焼きを切り分け、口に運ぶ。
次いで、木匙でパンを崩して一口食べた。
青汁を一口飲む。うん、苦い。
一連の動きを見ていたサラは小さく頷き、俺と同じようにナイフとフォークを使って目玉焼きを食べ始めた。
やっぱり、何にどの食器を使えばいいかわかってなかったのか。
パンよりは煮汁の方が気に入ったみたいで、サラは先に煮汁をからっぽにしてしまった。物欲しそうな目をしていたので、煮汁を再びパンにかけてやった。
目玉焼きも気に入ったようだ。今度塩や胡椒で味付けしてやろう。
青汁はやっぱり苦かったらしい。それでもなんとか飲み干した。暫く眉根が寄っていたので、水を一杯飲ませてやった。
「ごちそうさまでした」
朝食を終えて食器を片付ける。
「さて、これから家事を教える。まずは洗濯だ。基本的には風呂上り、入る時に脱いだ服を家の出入り口近くの籠に入れておく。今日は寝間着も入っているけどな。寝間着は一週間に一度洗濯する。風呂上がりに体を拭いた布、トイレに使った布も一緒に洗濯する」
二人分とは言えそこそこの量だ。これ、サラだと持てないんじゃないか?
今度籠を増やしておこう。
「洗濯は外で行う。ついて来い」
俺が洗濯籠を持って外に出ると、サラも慌ててついて来た。
不安そうな目でこちらをチラチラ見ている。多分、洗濯物を持つよう言った方が良いのかどうか迷ってるんだろう。
気にしないでおく。
「洗濯をするのはここだ」
敷地内にコンクリートで足場が作られた場所がある。家より上流に作られたそこが、洗濯場所として予定している所だった。
流れているとは言え、なんとなく、トイレより下流では洗濯したくなかったからな。
「洗濯の仕方はわかるな?」
「はい」
「とは言え基本は『クリーン』で足りる。これは『洗った』という心の充足を得るための行為だ」
「はぁ……」
曖昧な返事だ。けれど、それができるくらいには俺を信用してくれたという事かな?
「よし、とりあえずやってみせろ」
「はい」
正直、俺も洗濯機を使わない洗濯なんてした事が無いから、こればかりは教える自信が無かった。
『常識』の中には確かにあるけどさ。
川に近付いたサラは、コンクリートの足場の上にしゃがみこみ、籠から洗濯物を取り出して、川の水で洗い始める。
「石鹸をこすりつけて泡立たせるんだ」
「はい」
俺が指示するとすぐにそれに応える。
うん、素直だし、中々動きも良い。
「洗い終えたらしっかりと絞り、その後はここへかけて干す」
流石に脱水をサラ一人に任せるのはマズイと思ったので俺も手伝った。
ぎゅっと絞ったらそれだけで水分が全て失われてしまった。流石の筋力だ。
むしろ、布を引き千切らないよう手加減するのが難しかったくらいだ。
庭に設置しておいた物干しに、木製のハンガーにかけた洗濯物を干していく。
サラも見様見真似で洗濯物を干す。背伸びしてハンガーをかけていく姿は微笑ましいけれど、もうちょっと低く作れば良かったか?
俺が使う事を最初は想定してたもんな。
洗濯バサミみたいなのは無いけど、留め具はあったから風に飛ばされる心配はないだろう。
「昼を過ぎて乾いていたら回収する。取り込んだら畳んでしまう。これはまた後でな」
「はい」
そして俺は空の籠を持って家へと戻った。サラも後についてくる。
「さて、次は掃除だ」
「はい」
清掃のスキル持ってたけど、これどの程度のものなんだろう?
「掃除の経験は?」
「あります」
「これらの道具を使った事は?」
「ありません」
俺が見せたのは、この世界でも普通に使われている箒と塵取り、そして雑巾だった。
しかしサラはきっぱりと否定する。
ちょっと、嫌な予感がする。
「じゃあどうやって掃除をしていた?」
「指と舌です」
予感はあたった。というか、若干予想の下だった。
素手は予想できた。けれど、舌は……。
「うちではこの道具を使う。素手も舌も無しだ」
「わかりました」
素直に応じるサラ。どうやら、それがおかしい事くらいはわかっていたらしい。
「一部屋ずつでいいから、こうやってまずは掃いていってだな、ある程度埃やゴミが集まったら、こう、塵取りでさらう。塵取りの中身はこのゴミ箱に捨てろ」
「はい」
実践して見せる俺を、サラは興味深そうに見ていた。スキルがあるだけあって、掃除は好きなのかもしれない。
「ゴミは溜まったら外に捨てに行く。家の傍でいいから穴を掘って捨てろ。いや、後で穴を掘っておくからそこに捨てればいい。俺が適当に燃やしておく」
「わかりました」
基本自然由来のものしかないから、有害物質なんか出ないだろ。
埋めておくだけでも土に返るかもしれないけど、まぁ、燃やした方が早い。
「掃き掃除が終わったら次は拭き掃除だ。桶に水を溜め、雑巾をつける。すぐに引き上げて水を絞った後、こうやってかけていく」
一般的な雑巾がけのフォームで俺は壁の端から端までを一往復して見せる。
「一通り拭き終えたら、別の乾いた雑巾を使って同じように拭け。乾拭きという」
「はい」
「壁や階段の手すりなんかは数カ月に一度の掃除で良い。それをする時は俺が言う。時間があればやっても構わないが、基本は放置で良い」
「はい」
一通りやって見せた後、とりあえずリビングの掃除をサラに任せる事にした。
俺は何か違うところがあればすぐに教えてやれるよう、二階へ上がる階段の途中に腰かけて待機する。
その間の時間が勿体無いと思ったんで、まだ『マジックボックス』の中に入れっぱなしになっている魔石の還元や素材の『錬成』を行う事にする。
『マジックボックス』の中で行えば辺りを汚さないし、折角できたものを零したり、落として壊したりしなくて済む。
サラは丁寧に箒をかけている。ある程度掃いたら、塵取りを手にして埃をさらい始めた。
塵取りと床の間に誇りが溜まってしまうんだろう。一度掃いてから、塵取りを上げて少し下がり、また掃き入れる、を繰り返している。
「ぷ」
壁にお尻が当たった。思わず吹き出す。
聞こえたのかどうかはわからないが、サラは無言のまま、今度は角度を変えて掃き入れ始めた。
もう一度壁に接触する前に、サラは埃を掃き入れる事ができたようだ。
ゴミ箱に捨てて、雑巾を手に取った。
「…………」
雑巾を絞る手が震えている。
HP13/26
状態:疲労(重度)
少し成長の跡が見られるか。
じゃなくて、HP減り過ぎだろう。
疲労も既にやばい事になってるし。
あんまりアイテムで薬漬けにするのもアレだしなぁ。
という訳で第三階位の自然魔法『オートヒーリング』と第二階位の世界魔法『エナジーサークル』を無詠唱でかけてやる。
『オートヒーリング』は一定時間毎にHPが徐々に回復する魔法。
『エナジーサークル』は一定時間事に疲労が下がっていく魔法。
更に第四階位の真理魔法『スタミナタンク』をかけてやる事で、疲労が悪化するのを防ぐ。
それでもちょくちょく『アナライズ』で確認してやる必要があるな。
まぁ、根気よくいこう。
というか、スキル清掃、仕事しろ。
「よし、そこら辺で休憩にするか」
リビングの掃除が終わった頃、俺はサラにそう声をかけた。
「道具を片付けて昼飯にするぞ」
「はい」
既にサラは疲労の色が濃い。あれから、『オートヒーリング』と『エナジーサークル』を四回ずつ。『スタミナタンク』を一回かけ直すはめになった。
やっぱりステータス低過ぎだよなぁ。これは無理をしてでも早いとこダンジョンへ連れて行ってLVを上げないとな。
還元と錬成とサラの監督で忙しくて、昼の献立を考えてる時間が無かった。
まぁ、折角なので昼は外で食べよう。今後、ダンジョンへ行くなら昼は外食が多くなるだろうし。
「よし、ガルツへ飛ぶぞ。つかまれ」
「え? あ、はい」
どうやら、俺が『テレポート』を使える事を忘れていたようだ。
というか、サラは『テレポート』だとわかってないよな、多分。
サラと手を繋いで『テレポート』。ガルツの城壁の傍の楠の根元へ飛ぶ。
そこからは徒歩でガルツ内部へ。
「何か食べたいものはあるか?」
「……お肉」
好きだな、お前。個人的な嗜好か? それとも子供だからか?
まぁいいや。一緒に野菜のスープも食べさせれば栄養の偏りも少なくなるだろう。
最悪青汁飲ませればいいし。
「!? ……え?」
突然背筋を震わせ、きょろきょろと周囲を見回すサラ。
ほう、悪寒を感じるくらいの事はできるか。
適当な店に入って野鳥のソテーと芋と野草のスープを注文する。
またサラが床に座ろうとしたのでフライング気味に注意しておいた。
スープが二つ来たのを見た瞬間顔を顰めたのは、やはり野菜が嫌いだからだろうな。
子供らしいところもあるじゃないか。
「スープもちゃんと飲め」
積極的にスープに手を付けようとしないので、仕方無く命令する。
瞳と顔から感情が消える。まるで初めて奴隷商館で見た時のようだ。
そんなに嫌か。
命令で無理矢理食べさせている事に罪悪感を覚えるものの、これもサラの健康のためだと心を鬼にして命令を解除しないでおいた。
時折上目遣いでこちらを睨んで来るのをやめろ。効果が無いとわかって、潤んだ瞳で見上げてくるのもやめろ。
昼食後、折角なのでサラの普段着を買おうと思った。
オシャレに関してはガルツじゃ期待できないけれど、そもそも俺もファッションセンスがある訳じゃないからな。逆にオシャレな店とかは無理かもしれん。
ガルツにも普通に暮らしている人がいるのだから、冒険者用の武具以外の服もあるだろう。
そこそこ大きな商館に赴く。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
店に入るなり、身なりがきちんと整った中年の男性が話しかけて来た。
俺一人ならこの時点で回れ右するところだけど、今は背後にサラが居る。
カッコつけるためにサラを買ったんだ。カッコつけろよ、俺。
「この子の服を幾つか買いたい」
「なるほど……」
俺がサラを紹介すると、店員のテンションがあからさまに下がった。目線はサラの首元。隷属の首輪に注がれている。
「500くらいまでなら出せる。部屋で着るようの服を2~3着と下着をそれで用立てて欲しい」
「かしこまりました。女性の店員を呼んで参りましょう」
俺が予算を言うと店員の目がギラリと輝いたのがわかった。わかりやすいな、おい。
待っている間、適当に展示されている商品を眺める。
木綿や麻が素材の普通の服が並んでいる。値段も相応。10前後のものが多い。
店は大きいけど、高級店って訳じゃないんだな。
「お待たせいたしました。お嬢様の服をお探しとのことで?」
お嬢様と来たか。まぁ、普段着に500デューも出すとなれば、そのくらいのおべっかは使って来るか。
隷属の首輪はスルーする事にしたようだ。
「普段家の中で着る普通の服が欲しい。あと下着も。本当に、本当の本当に、変な目的では使わないから、できる限り普通の服をお願いする」
念を押した方が怪しくなるのはお約束だな。
だから女性店員さん、その全てわかってます的な笑顔、やめてください。
「こちらなどはいかがでしょう? 当店で一番人気のものですよ」
言って見せて来たのは、紺を基調にしたワンピースタイプの服だった。
ていうかメイド服だった。
「作業着じゃなくて普段着が欲しいんだが?」
「作業着だなんてとんでもない。こちらは女性の魅力を引き出す衣装で……」
やっぱり勘違いしたままだよ! あと衣装って言っちゃった。コスプレじゃんか!
「いや、真面目に、本当に、普通の服が欲しいんで」
「……ほんとに?」
「本当に」
「フリではなく?」
「ガチで」
「…………………………失礼いたしました」
深々と頭を下げる女性店員さん。理解してもらえたようで嬉しいよ。
「ではこちらなどはいかがでしょう? これから暑くなってまいりますし、長袖よりはやはり半袖の方が……」
女性店員さんはようやっとまともな接客をしてくれるようになった。
見せられても俺は良し悪しがわからないので、店員のおすすめをそのまま3着購入した。下着はシンプルなデザインのものをチョイス。
しめて87デューだった。
うん、500は言い過ぎたよな。そりゃ店員さんも目的な特殊な特別な服を出してくるわ。
「いいんですか?」
「ああ、勿論」
やはり奴隷である自分が服を買って貰う事に違和感があるのか、サラは俺に何度も確認して来た。
主が奴隷の衣食住を保証するって言っても、奴隷のために服を何着も仕立てるのは稀だからな。
一着の服を着続けるのが普通らしいし。
夕食用に幾つか食品と調味料を購入して帰路につく。
家に戻ると、まずは洗濯ものの取り込みを教える。
勿論、畳んでしまうまでだ。
ちなみに俺には服の畳み方に特別な拘りはない。それっぽく見えればそれでオーケーだ。
サラも特に無いようで、適当に畳んでいた。
「基本的に午後は勉強の時間に当てる。読み書き計算、簡単な魔法だ」
「はい」
正直教師が俺で良いのか? という不安があるけど、『常識』頼りでなんとかしよう。
できれば『錬成』もできるようになってもらいたいけど、これはまだ先だな。
『錬金術師』になるためには中和剤の作成の他に、ステータスも必要になるからな。
サラじゃ全然足りてないんだよ。
夕食は天ぷらだ。
唐揚げとどっちにしようか迷ったけれど、醤油とかが無いから、ただの鳥のフライになっちゃうもんな。
それはそれでいいけどさ。
天ぷら粉なんてのは無いから、小麦粉を水で溶いてそれっぽく仕上げる。今回は卵も入れた。
ただ焼くだけのハンバーグと違って、高温で揚げる天ぷらなら大丈夫だろう、という判断だ。
山菜をメインに茸と鳥を天ぷらにする。
衣をつけ、熱した油に放り込むと、いい音を立てて油が爆ぜ始めた。
「…………」
隣で手順を覚えようとしていたサラはその光景をぽーっと眺めている。おい、口半開きになってるぞ。
あー、天つゆないなー。どうすっかなー?
まぁ、塩でいいか。
そんなつもりは無いのに通ぶった食べ方になってしまった。
とりあえず大皿に山盛りにして、それぞれが欲しい物を取っていくスタイルにする。
正直これだとサラが野菜を食わないんじゃないかという危惧もあったけれど、肉は少なめにしたからな。
腹いっぱい食べようと思ったら、自然と野菜にも手が伸びるって寸法だ。
ちなみに天ぷらは大葉、椎茸、エリンギ、フキ、ゼンマイ、鴨のムネ、モモだ。
折角だからフライドポテトも作ってみた。
更に盛られた揚げたてほかほかの天ぷらを前に、サラの目がきらきらと輝いてる。今にも口から涎が垂れそうだ。
「座って」
だから床じゃない。
サラが椅子に座ったところで両手を合わせ、
「いただきます」
「いただきます」
直後に物凄い勢いで天ぷらに手を伸ばすサラ。
あ、熱いから気を付けて。
「あっ……」
遅かった。肉の天ぷらを鷲掴みにした手をサラは引っ込めた。ふーふー、と息を吹きかけている。
「ほら、『ヒーリング』」
魔法でサラの火傷を治してやる。
「フォークを使え。天ぷらは逃げないから」
流石に我を忘れたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてフォークを掴む。ムネ肉に突き刺し、口に運ぶ。
「あふ、あふ、ふ、ほふ……」
ハンバーグの時と同じく、熱さと戦っている。
やっぱり箸必要だよな。フォークとナイフだけじゃ限界があるか。俺が作る料理って基本的に日本のものだし。
まぁ今後予定しているものはなんとかフォークでいけないくもないかな?
とりあえずこんなものもあるよって事で、明日の夕食までに箸を準備しておいて、俺が使って見せるか。
結構多く作ったのに、フライドポテトも合わせて天ぷらはあっという間に無くなってしまった。
それだけ気に入ったのか、単にサラが大食いなのか。
「「ごちそうさまでした」」
夕食の片づけを終えたら風呂に入る。やはりサラは難色を示したけれど、ちゃんと体と髪を洗えるか確認する意味もあって、今日の混浴は我慢して貰おう。
明日からは一人で入ってもいいからさ、今日だけ。な?
心なしかサラの血色が良くなって来た気がする。
昨日の今日だとそんなに変わらないと思うけど、手足に若干肉がついたか? とりあえず腹が膨れているのは夕食の食べ過ぎだな。
相変わらず髪は灰色のままだが、光沢の輝きが昨日より強くなった気がする。
よしよし、順調に健康体へと近づいて行ってるな。
風呂から上がったら、髪を乾かし、歯磨きをして、トイレを済ましてお休みなさい。
明日は依頼しておいたサラの装備ができる。
受け取ったらサラ用の槍を購入し、そのままダンジョンへ潜るとしよう。
頑張って強くなるんだぞ? サラ。
次回はいよいよ、サラのドキドキダンジョン初体験です。