第44話:はじめての奴隷
時間かかってしまいましたが奴隷購入回です。
前半部分に若干のグロ要素があります。
妹が去った後、俺は妙に気疲れしてしまい、ダンジョンに行く気になれなかった。
折角良い寝具をお土産に貰ったので、これの寝心地を試したかったのもある。
翌日、俺が目覚めたのは昼過ぎだった。
敷布団と羽毛布団、高級枕が非常に気持ち良かったのもあるが、やはり精神的、肉体的に疲れていたんだろう。
じゃあ今日はもう休みにしてしまおう。
しっかりと休んで疲労を抜いて、また明日から頑張った方が良い。
昼食を摂った後、俺は魔石の還元やアイテムの錬成をしてその日を過ごした。
夕飯を摂った後、風呂を沸かす。
檜で造って貰った高級感溢れる風呂だ。
そう言えば、野宿だからと謎の理論で風呂にも入っていなかった。
体の汚れ自体は『クリーン』でなんとかできていたからなぁ。
うん。湯に浸かっていると、体に残っていた疲労が抜けて行く感じがするぜ。
風呂を出た後、氷で冷やしておいた清涼な水を一杯。
くぅーーーーー、沁みるねぇ!!!
風の魔法で素早く髪を乾かし、ホカホカの体のまま布団へ潜り込む。
ああ、あったかくてここちよい……。
翌日は昼前に起きた。
都合三日、ダンジョンに行っていない。金は余っているけど、流石にサボり過ぎた感がある。
まぁ、他の都市へ強壮剤なんかを販売しても怪しまれないようするための冷却期間だったと思えば丁度良いな。
ガルツへ行き、昼食を摂り、ダンジョンの入口でクレインさんと軽く会話する。
ダンジョンの中へ入った後は『テレポート』で十三階層へ。
そこで三時間程モンスターを狩って、ギルドで魔石を売却した後、『テレポート』で強壮剤をフィクレツへ売りに行く。
あー、デリホルやシュブルドリンクを造るために、そのうちコカの葉を取りに行かないとなぁ。
夕食を摂って、家に帰り、風呂に入って寝た。
朝から肌寒く、布団の暖かさが心地良かった。
一度朝に目を覚ましたものの、そのまま二度寝していまい、起きた時はもう昼の三時だった。
これはダンジョンに行ってもまともに探索できないと考え、そのまま三度寝。
翌朝も同じく寒かった。
窓を叩く雨の音が聞こえていたので、どうやら外は雨らしい。
ドアを開けて外を見ると、結構な土砂降りだった。
あー、これは駄目だなぁ。
そう言えば、この世界の雨具って動物の革を鞣した外套くらいしかないんだよなぁ。
傘っぽいのもあるけど、畳む事ができないからなぁ。
今日は休みだな。仕方ない仕方ない。
翌日はガルツへ行かずにエレニア大森林へ『テレポート』する。
コカの葉を採取に来たんだ。
販売効率を考えれば、強壮剤よりデリホルの方が良いし、シュブルドリンクの方が尚良い。
魔法の石を大量に獲得している事はバレているだろうから、ウィッカーマンの魔石を大量に持ち込んでも問題無いだろうという判断だ。
とは言え、これもあまり頻繁に販売する事はできない。
ガルツからエレニア大森林までは街道を無視して東へ真っ直ぐ向かっても、徒歩で二日はかかるからな。
まぁ、マンネリ防止には丁度良い気分転換になるだろう。
コカの葉を含めて幾つか薬草やアイテムの元になる茸類を採取。森の中で『錬成』を行い、ガルツへ。
強壮剤やデリホル、シュブルドリンク。元気ドリンク、マジックヒーリングポーションを売却する。
コカの葉はかなり多くの薬品系アイテムの素材になるから、今後もある程度の数を確保しないとな。
家に帰った後、森の中で狩った動物のうち、一頭の猪を血抜きと臭みを取るために川に沈めた。
翌日も昼過ぎに起きた。
今日は昨日、エレニア大森林で狩った動物を解体する事にする。
『マジックボックス』に入れておけば保存が可能なので、一頭ずつ解体しても残りが無駄にならないのが良い。
昨日沈めておいた猪を引き上げ、解体開始。
以前にも経験したので、今回はよりスムーズに解体が済んだ。
流石に一頭丸ごとは多いから、腹の肉を300gほど分けて、後は『マジックボックス』に放り込む。
終わった時には夕方だったので、今日もダンジョンへは行かずに、そのまま夕食にする。
フライパンがこの世界にあったのはラッキーだった。
マルガリンで油をひき、猪肉を焼く。
塩と胡椒で味付けしただけのシンプルなものだったけど、十分美味かった。
考えてみれば、新鮮な野生動物の肉は金になる。
なにせこの世界は運搬技術も保存技術も発達していない。
『リトルマジックボックス』を使える者は貴重だし、そんな人間がただ荷物運びをするなんて事は無い。
肉は基本的に年老いて農耕などの手伝いができなくなった家畜のそれしか出回らないからな。
そんな訳でルードルイへ昨日解体した猪肉を売りに行く。
隧道が潰れた事で、物資の流入が若干落ち込んだせいか、かなりの高額で売れた。
ついでに強壮剤などのアイテムも売却しておく。
昼食はルードルイで摂り、夕食は家に帰った後、売らずに取っておいた猪肉の残りを食べた。
今日はスープにしてみた。一昨日エレニア大森林で香草も幾つか採取しておいたからな。良い感じで臭みが取れ、味が引き締まって美味かった。
明日は鹿を解体するため、猪と同じように川に沈めておく。
今日も昼過ぎに起きて、予定通りに鹿を解体する。
鹿の解体方法も『常識』にあったので、問題無く解体できた。
夕食には鹿のもも肉を焼いて食べた。
猪より締まっている気がした。まぁ、腹の肉とももの肉じゃ肉の質自体も違うか。
鳥肉より若干硬いか? うーん、流石に繊細な味の違いまではわからん。
一緒に鶏肉を食べて、比べたなら違いもわかるんだろうけどな。
明日は鹿の肉をルードルイへ売りに行くつもりだ。
『センスアトモスフィア』から警報が発せられた。それを目覚ましに俺は覚醒する。
時計を見ると、朝の十時過ぎだった。
俺の眠りを妨げるのは誰だ……!?
『サーチ』で確認すると、五人の人間が川の向こうから家に近付いて来るのがわかる。
布団から抜け出し階段を上がる。二階の更に上、屋根裏部屋へと向かった。
そこにある明り取りから外を確認。
薄汚れた服に草臥れた革の鎧。纏った雰囲気はどう見ても堅気じゃないな。
『アナライズ』で見ても軒並み『盗賊』の職業を持っている。
見敵必殺!
へたに警告なんかを与えてる間に家を傷つけられたらたまらない。
近付かれる前に殺す事にした。
決して、安眠を妨害された腹いせじゃないからな。
弓を構え、明り取りから矢を放つ。
距離にして200メートル程。間違いなく弓矢の必中射程は超えている。並みの射手じゃ届く事すら難しいかもしれない。
けれどこれを可能にするのが、俺のチート身体能力とスキルだ。
矢が一人の野盗の頭を射抜く。直撃を受けた盗賊はそのまま倒れ伏した。
以前は数発かかっていた盗賊を一撃。まぁ、奴らの種族LVが護衛クエストの時に襲って来た野盗よりかなり低いってのもあるけどさ。
更に『乱れ撃ち』でもう一人。『乱れ撃ち』でもう一人。『乱れ撃ち』でもう一人。
残った一人にはわざと狙いを外して肩に撃ち込む。
その場に立ち竦んでおろおろしていた野盗は、痛みにのたうち回っている。その近くに矢を撃ち込んでやると、動きがぴたりと止まった。
もう一本撃ち込むと、痛みを忘れたかのうような機敏な動きで跳ね起き、逃げ始める。
幾らなんでも、たった五人の盗賊団って事はないだろうから、これであいつらのアジトにこの家の情報が伝わる筈だ。
近付くだけで殺される家だと。
もしも拠点さえもたない、たった五人の小規模盗賊団だったとしても問題無い。それなら見逃した奴はどこかへ消えて二度とやって来ないだろうし、同業者に情報を売ってくれる可能性もあるしな。
逃がした野盗が見えなくなってから、『テレポート』で死体の場所へと移動する。
装備も持ち物も大したことは無かったので、そのまま重ねて燃やす事にした。
ただ、そのうち一人の野盗の上半身だけ切り取り持ち帰る。
別に変な趣味は無い。
これは以前にも説明した職業『捕食者』獲得のための必要な行為だ。
条件の一つ、同族を食らう事。
具体的には心臓か脳みそ。あるいは体の三分の二以上。
これから先、上手く今回のような状況が整うとは限らないから、今のうちに条件を満たしておこうと考えたんだ。
レト川で血を洗い流しながら野盗の胸を割く。
なんとなく、脳みそよりは心臓の方が食べやすい気がしたんだ。
ちなみに死後一時間以内。調理不可という条件もついてるからな。
心臓を切り取った後の遺体は、他の野盗と同じように火葬にした。
心臓の味は、まぁ、説明させないでくれ……。
ちょっと思い出したくない。
焼き鳥のハツは平気なんだけどな。猪の内臓も特に気にならなかったし。
やっぱり、同じ人間だと違うんだな……。
この日は外に出る気にならず、気分が悪いので布団で休んでいたら、そのまま眠ってしまった。
翌日も気分は優れなかった。
昼過ぎに起きて、ダラダラしていたらいつの間にか日が暮れていた。
何も食う気が起きなかったので、水だけ飲んで、風呂に入って寝た。
翌日は雨だった。
気分は大分マシになったけれど、ダンジョンも、鹿肉の売却に行く気にもならず、一日だらだらして過ごす。
翌日も雨。鹿肉の売却は諦め、自分で食べる事にした。
内臓はまだ受け付けなかった。
翌日は晴れたが、敷地内に生えている野草を集めていたら疲れてしまったので、ダンジョンへは行かずに過ごした。
日本の野菜とはまた違うけれど、緑物も食べた方が良いだろうからな。
鹿肉と和えたら結構美味かった。
起きたら三時を過ぎていたので今日は休み。
昼飯を食べてダラダラしていたら、いつの間にか眠ってしまっていて、日が暮れていたので今日は休み。
朝早くに目覚めたので、まだ『マジックボックス』に入っている猪を解体していたら疲れたので今日は休み。
昼過ぎに外に出たら、ドピーカンの太陽が空気読めてないくらい眩しかったので今日は休み。
若干肌寒かったので布団の中でダラダラしていたら日が暮れていたので今日は休み。
また雨が降ったので今日は休み。
今日は仕送り日。女神がいつ出て来ても良いように家で大人しくしていよう。
「最近ひどいと思いますよ」
魔法陣から出現した女神は、突然そんな事を言った。
「何が?」
「まずその恰好です」
恰好? 寝間着用の麻の服だけど?
「服もそうですが、何故寝たままなのですか?」
俺は布団に寝そべったまま女神を出迎えた。いや、寝室な上、寝てる俺の目の前に現れるからだろう。
「私も暇ではないので、いつも見ている訳ではないのですが」
何かに耐えているような表情で女神はそう前置きした。
「大体見てる時は寝ているんですけど……?」
「そりゃ偶々そういう時だってだけじゃないか? ほら、人は一日の三分の一を睡眠に使ってるんだから、偏る時もあるだろ」
「いえ、それは絶対に違います」
断言されてしまった。
まぁ、フェルディアルの言う通りだったとしても、俺には俺で、事情があった訳だから。
「いいんですけどね。きちんと毎月の仕送りと手紙さえ渡していただければ。けれど、咲江さんの願いの内容はわかっていますよね?」
「そりゃ勿論」
咲江さんってのは俺の母さんで、母さんの願いは、俺に仕送りをしてもらう事じゃない。
俺が真人間になる事だ。
きちんと働き、結婚し、子を成し、育て、老いて、死ぬ。
それが、母さんが俺に望んだ事だ。
「一度、ご自身を顧みる事をお勧めします」
金貨一枚と手紙を受け取ったフェルディアルは、その言葉を残して光の中へ消えた。
うぅむ、なんか今までの女神とは違う感じで調子狂うな。
自身を顧みる……ねぇ。
言葉通りの意味じゃ、ないよな。あのやり取りだと……。
ふむ、『セルフアナライズ』……。
状態:怠惰(重度)
あ…………。
「このままじゃいけない!」
『サニティ』をかけて平静を取り戻した俺はそう叫んだ。
はっきり言おう、正気に戻ったと。
俺が状態異常に陥っていた理由は幾つかあるけど、大きなものは三つだ。
一つは目的の喪失。
この世界に来た頃は、色々目新しくて楽しかったし、各地の神殿を巡って、今後の生活に有利になるよう洗礼を受ける、という目的があった。
つい一ヶ月前までは、家を建てている間、魔法の石を集めるという目的があった。
けれど今はそれがない。
三千万円分の仕送りをするという大きな目的はあるものの、それに関しては現在、金があるので意識が薄れていた。
一つは金がある事だ。
先の仕送りの話じゃないけれど、本来仕送りをするために金を稼がなければいけないのに、今二千万近い大金を手にしている。
はっきりと目減りするまで稼ぐ意欲は湧かなくなるだろう。
そのせいで十二年間で培われたニート根性が再び顔を出してしまったんだ。
一つは孤独だ。
俺は人に期待されたり、称賛されたりするのが好きだ。
思えば、こちらの世界に来てすぐにセニアに出会い、一月近く彼女が一緒に居た。
恰好をつける相手が傍に居たんだ。俺のした事に対して、驚き、尊敬してくれる人間が傍に居た。
しかし今は居ない。
どれだけ俺が偉業を成しも、これを讃える人間が居ない。
できる限り人目につかないようにしているのに、人に褒めて欲しいなんて、矛盾もいいところだけどな。
という訳で俺は、奴隷を買う事にした。
まぁ、落ち着いて聞いてくれ。
まずこの世界の奴隷の衣食住は主人が責任を持って用意しないといけないから、奴隷を養うという目的が発生する。
奴隷を買う事で金が目に見えて減る。だから稼ぐ必要が出て来るんだ。
奴隷が傍に居るから、恰好をつける必要があるし、褒めても貰える。
ほら、俺が怠惰に陥った原因、その大きなものが全部消えた。
だから奴隷を買おう。
この世界では、というかエレノニア王国では奴隷の売買は合法だ。
勿論、王国から認可を受けた業者が、相手の合意の上で売買を行った場合の話だ。
また合意を得る相手は本人とは限らない。その保護者の場合だってある。
子供がどれだけ泣き喚いて抵抗しても、親の許可さえ取っていれば、奴隷として連れ去り、売却しても合法なんだ。
文化的に未成熟だと言ってしまえばそれまでだけど、まぁ、子供の人権をどこまで認めるかは、現代日本でも度々議論になるからな。
一概に悪だとは言えない。
さておき、エレノニア王国では奴隷の売買は合法だ。
奴隷になる人間の多くは、金が必要だけど資本が自分の体しか無いヒト達だ。
借金が返せなくなった町人、没落した貴族、不作などで税金が払えなかった農民。
犯罪奴隷なんてのもいるけれど、基本は自らの意思で、自らの自由を金に換えたヒトだ。
奴隷を買った人間には、その奴隷に衣食住を提供する義務があるし、一般的に他の人間に行ったら犯罪になってしまうような命令は課す事はできない。
これらに違反した場合、奴隷から訴えられる可能性もある。
奴隷という言葉が悪ければ、転職の自由が無い住み込み社員が近いだろうか。
ちなみに、奴隷が非人道的だからと言って、奴隷制を無くしてしまうと、この国は潰れる。
まず貧農などで口減らしができなくなって餓死者が続出する。
口減らしはつまり殺すという事になる。
奴隷の売買が可能なら、口減らしと同時に金が手に入り、それで食料を買う事ができたけど、これが不可能になるので、奴隷制が存在していた頃より、各村で間引かれる人間は多くなる。
街では労働力が減少する。村から働き手が売られて来ないし、全体的な人口が減っているんだから当然だ。
人口、農業、工業、商業と順番に衰退していって、最後には国の崩壊にまで至る。
まずちょっとした冷夏や日照りで不作になり、すぐに食料が不足し、簡単に飢饉が発生する状況をなんとかしなければ、奴隷制の廃止なんて理想論でさえない。
まぁ、何が言いたいのかというと。
このくらい理論武装をして自分に言い聞かせないと、二十一世紀の日本出身の身としては、奴隷の購入は非常にハードルが高いという事だ。
俺が家を出て向かったのはガルツの奴隷商。
奴隷の質や量なら王都やルードルイの方が良いだろう。
けれど、ガルツは迷宮都市という特徴を持っている。
戦闘可能な奴隷は、ガルツで購入するのが一番良い。
できれば一緒に迷宮に潜れる奴隷が欲しかった。
今の俺が一番活躍できるのは間違いなく戦闘だ。奴隷にその様を見せる事で、俺の自尊心を満たし、勤労意欲を刺激してもらうつもりだった。
勿論、戦闘に向かない奴隷でも、俺がサポートしてやれば荷物持ちくらいはこなしてくれると思うけど。
とにかく第一目標は戦闘可能な奴隷。
一緒に住む事と、今後、奴隷かどうかはともかく、同居人が増える可能性がある事を考えると、女性がいいな。
戦闘のできる女性奴隷となると非常に珍しい存在だ。
それこそ、そんな奴隷は王国内ではガルツにしか居ないだろう。
大通りから外れた場所に、それはあった。
三階建ての煉瓦製の建物。窓の全てには内側から板がうちつけられていて、建物の大きさに似合わない、人一人が何とか潜れそうなくらいの小さな扉がついている。
いかにも怪しいその建物には、きちんと看板がかかっていた。
ウェンドロ商会。
そしてその名前の横には鎖の意匠が描かれている。
奴隷商館だ。
裏通りとは言え、堂々と看板を出しているのは、この店が合法的な奴隷商だからだろう。
「すー、はー……」
一度と言わず、二度、三度と深呼吸をする。
『サニティ』『サニティ』『サニティ』……。
油断するとすぐに状態異常を発生する豆腐メンタルに魔法でドーピング。
そして俺は、奴隷商の扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、すぐに一人の青年が声をかけて来た。
茶色の髪をした、一見すると好青年っぽい商人だ。
けれど、その目に宿すこちらを値踏みするような光が、彼が外見通りの人間ではない事を教えていた。
「奴隷を一人買いたい。戦闘可能なら良いが、五体満足なら構わない。女性を希望する」
俺は予め用意してあった言葉を奴隷商に伝えた。早口になっちゃったのはご愛敬。
「かしこまりました。他のご要望はございますか?」
「基本は家事だな。持ち家がある。その合間に俺と一緒にダンジョンで戦闘を行う感じだ。予算は十五万まで出る」
「ほう。それは……」
俺が予算を伝えると、奴隷商の目は妖しく輝いた。
一般的な奴隷の相場は一万前後。勿論、条件が色々付随すれば、その分高くなる。
十万以上予算をかければ、没落貴族の令嬢だって買えてしまう。
競売にくらいしか姿を現さない、亡国の姫なんかは、希少価値もあって手が出ないけれどな。
「すぐに我が商館に所属している女性奴隷に条件を伝えましょう。希望者全員と面談なさいますか?」
「ああ、頼む」
合法的な奴隷商、それも、まともな奴隷の扱いをしている場所なら、客が奴隷を指名して、無理矢理連れて行くなんて事はできない。
客の条件を伝えて、希望する奴隷だけを紹介する場合が殆どだ。
その後も、細かい契約などの条件面で折り合わなければ、奴隷の側から断る事も普通にある。
とは言え、あまりにも売れ残ると、奴隷商側から詐欺で訴えられてしまい、犯罪奴隷に落とされてしまうので、そこそこ条件が良ければ、奴隷は基本的に購入を拒否しない。
「全員が入れるような大きな部屋はあるか? そこで一篇に見よう」
「よろしいので?」
「一人ひとり面談するのは面倒だし、その時だけ調子の良い事を言うかもしれないからな。全員を一度に見比べて、直感で選ぼうと思う」
「かしこまりました」
暫く商人が応対した部屋で待たされた後、準備ができたと別の部屋へ案内された。
そこは窓が無い個室で、部屋の中央にソファが一つ置かれていた。
ソファに座るように促されたので、素直に従う。
しかし、狭くないか? 何人の奴隷が居るのか知らないけれど、流石にこの部屋に全員は入らないだろう。
そう思っていると商人が手をぱんぱん、と叩いた。すると俺が入って来たのとは別の扉が開き、数人の女性が入って来る。
年齢も人種も、種族も様々な女性達。みな裸に薄布一枚つけただけの姿なので、若干落ち着かない。
ひのふの、六人か……。
「すみません。やはりダンジョン探索がネックとなったのか、希望者があまりおらず。積極的に拒否した者以外は全員集めたのですが……」
「いや、いい。無理矢理連れていっても邪魔になるだけだからな」
奴隷商の言葉に俺は納得した。
まぁ、ガルツの奴隷商に居るからって、全員が戦闘可能って訳じゃないよな。
連れて来られた女性達も、俺をじっと見つめる者、目を逸らす者、熱の籠った目で見る者と様々だ。
「家は城壁の外だ。台所、トイレ、風呂がある。個室も与える。ダンジョンへは荷物持ちだけじゃなく、戦闘にも参加してもらう。今の段階で契約を望まない者は部屋を出ろ」
言うと、二人の女性が奴隷商を見た。奴隷商が無言で頷くと、退室していく。
おそらく、城壁の外、というのが問題だったんだろうな。だと思ったから最初に言った訳だし。
種族や年齢、現在の強さ、獲得職業の有無なんかは『アナライズ』で見ている。出て行った二人は特に惜しくないステータスだった。
まぁ、職業や種族LVなんかで、掘り出し物的な奴隷はこの中に居ないんだけど。
テンプレだと潜在能力的に凄いのが混じってそうだけどな。
残ったのは四人。
人間が二人、エルフが一人、獣人(犬族)が一人。
戦闘力で言えばエルフか獣人だろう。でも獣人って家事不得手なんだよな。ステータスからは予想できないけど、『常識』の中では割とそういう認識だ。
寿命も短いから、活動期間が短いのは問題かもしれない。
となると長命のエルフって事になるんだろうけど、今度は寿命の長さに付随する、成長の悪さがネックになる。
現時点でそれなりの戦闘力を有しているならともかく、これから育てる事を考えると、これは手間だよな。
となるとやはり人間の二人。
片方は20歳でステータスもそこそこ。唯一『戦士』の職業を持っている。
そしてもう一人。
年齢は12歳とこの中で一番若い(獣人除く)。灰色の長い髪が特徴的で、有体に言って美少女だ。
奴隷らしくというとあれだけど、手足は木の枝のように細く、薄い布の上から、体に起伏が無いのがわかる。というか、間違いなく栄養不足による発育不良だ。
こちらを見ずに、どこか空中の一点を焦点の合わない目で眺めている。
うーん……。ステータスだけで考えるなら戦士の女性なんだけど、この少女。俺がここで買わないとどうなるんだろう?
奴隷としての扱い以前に、なんかもう、生きる事自体を諦めてないか?
うむ、マズイ。妄想が悪い方向へ翼を広げていってしまってるな。
成金趣味の汚っさんにアレコレされる様が思い浮かんでしまった。
当然、ここの女性はみんなその可能性がある訳だけど……。
「その娘をもらおう」
できれば全員買ってやりたいけれど、それは間違いなく偽善でエゴだ。
それが悪いとは思えないけれど、いきなりそんな人数を抱えて、まともに生活できるのか? という不安がある。
これから人を増やす事もあるだろうけど、その前に、少人数と生活して慣らしておきたい。問題点の抽出も可能だろうし。
「よろしいのですか? この娘は積極的に拒否しなかったので連れて来ただけなのですが、そもそも、積極的に動く事があまり……」
「家事は教え込めばいいが、戦闘に関しては成長して貰わなければならない。獣人は寿命の関係で活躍期間が短い。エルフは成長が遅い。となると人間のどちらかだが、それなら若い方がこれからの成長に期待できる」
俺は建前としての選考理由を口にする。
流石に、一番薄幸そうだったから、とは言えない。
「この娘は2万デューとなりますがよろしいですか?」
おそらくふっかけられている。相場はわからないけど、何となく、そう感じた。
けれど相場がわからない以上値切る事もできない。
それにこの娘がいいって言っちゃった訳だし、不満点を指摘したら、じゃあ他の娘でって言われるだけだもんな。
慌てて否定したら余計足元を見られるだけだろうし。
「100デューを追加するから身なりを整えてやってくれ。それから、他の三人には迷惑料として50デューずつを渡す」
「よろしいので!?」
奴隷商が驚いた。即決した事もそうだけど、他の奴隷にも金を払うと言ったからだろうな。
俺が三人に金を払っても、その金が三人のものになる可能性は低いけど、まぁ、そこから先は俺が気にする事じゃない。
奴隷商と共に四人が退室し、再び俺は待たされた。
暫くすると扉が開き、奴隷商と俺が買った少女が入って来た。
簡単な布の服に身を包んで、靴を履いただけの姿だけれど、先程の布切れ一枚に比べれば十分に整ったと言えるだろう。
あの服に100デューの価値があるとは思えないけど。
逆にこの奴隷商館に100デューの価値がある服が無いって事だろうけどな。
相変わらず少女はこちらを向いているようで見ていない。
「名前はサラと申します。両親が奴隷なので、奴隷として育てられました。先日12歳の誕生日を迎えました」
奴隷商が少女に代わって紹介する。
両親が奴隷の場合、この国だと子供は自動的に奴隷となり、奴隷商に引き取られる。
奴隷の主人の中には、自分の手元に置いておいて、忠誠心を刷り込ませる場合もあるけれどな。
ちなみに子供の売買は本来禁止されている。両親が奴隷の場合のみ、子供は奴隷商に相応の値段で引き取られる。その後は12歳になるまで販売できない。
12歳になるまでの養育費を考えると、2万ってのはむしろ安いのかもしれない。
いや、どうだろう? 現代日本なら間違いなく安いんだろうけど、この世界だしな。
衣食住は最低限だし玩具のようなものも与えなくていいし、教育費もかからないし小遣いもいらない。
意外に2万で収まるのかもしれない。あとは、子供の奴隷を引き取る事で、奴隷夫婦を所有している人間や家との繋がりを強化する事が目的とかな。
「では奴隷の契約を行います。契約内容をこちらにご記入ください」
言って奴隷商は一枚の羊皮紙とペンを渡して来た。
基本的にはデフォルトの契約を必要かどうかチェックするだけだ。
最後に羊皮紙の後半部分の余白に、特別な条件を入れる場合はそれを記入するだけ。もちろん、特別な条件は奴隷の合意が必要になるけどな。
衣食住は主人が用意する。これに対し不満があるなら、奴隷は訴えを起こしても良い。
主人の命令に奴隷は原則従わなければならない。ただし、犯罪行為への加担、示唆はこの限りではない。
奴隷は主人を害してはならない。
奴隷は主人の許可無く転居転職する事はできない。
奴隷の所有権は主人の許可無く他者に移譲する事はできない。
これがデフォ。
条件を追加するなら奴隷と直接交渉する事になる。
「最初に言った通り、家事が基本。後は俺と一緒にダンジョンに入って戦闘をする。それと、これから俺との生活で知り得た情報は一切他人に公開してはならない。以上だが、何か異議質問はあるか?」
しかしサラは特に何の反応も示さない。
「答えてくれ」
しかしサラは何も喋らない。まだ主人じゃないから命令に従わなくても良いと思ってるんだろうか?
できれば本人が了承した上で奴隷契約を結びたかったんだけど。
まぁ、奴隷になる事に対して、本人の了承なんて見せかけでしかないからな。
「……特に反対もしないみたいなので契約を結ぶ」
「わ、わかりました」
奴隷商は俺が渡した羊皮紙を手にすると、何やらもにょもにょ口にする。
多分、奴隷契約のための呪文を詠唱しているんだろう。
すると彼が手にした羊皮紙が発光し始め、光の玉となって、テーブルの上に置かれていた首輪へと吸い込まれる。
それは隷属の首輪。これを首にはめられた者は、相手の命令に絶対服従になるという代物だ。
中央に赤い宝石があしらわれていて、これが魔力の源。ここに主人となる人間の魔力を通す事で登録が完了する。
羊皮紙が吸い込まれたのは、その羊皮紙に記された内容が奴隷を縛る契約になるからだ。
奴隷商が俺に首輪を渡す。
俺はそれを持ってサラに近付き、彼女の細い首に黒い首輪を当てた。
するとすり抜けるように首輪は形を変える事も無く、サラの首にはまる。
最後に宝石に指をあて、魔力を込めると、宝石が一度大きく輝く。
これで契約が完了した。
「右手を挙げろ」
俺の言葉に従い、サラが右手を挙げる。
契約がちゃんと完了したかどうかを確かめるなら、もっと抗いたがるような命令を下すべきなんだけど、俺にはそれが思いつかなかった。
『常識』の中にも無かったし。
まぁ、これまでの彼女の無気力無反応ぶりを考えれば、右手を挙げただけでもその確認は十分だろう。
「では、もらっていく」
俺は2万と100デューを支払い、更に約束していた通り、150デューを追加で渡す。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております」
そう言って頭を下げる奴隷商の言葉を背中に、俺はサラを連れて奴隷商館を後にした。
名前:サラ
年齢:12歳
性別:♀
種族:人間
役職:奴隷
職業:なし
状態:疲労(中度)飢餓(軽度)消沈(中度)
種族LV1
職業LV:取得職業なし
HP:9/25
MP:3/17
生命力:18
魔力:9
体力:12
筋力:13
知力:14
器用:20
敏捷:11
頑強:21
魔抵:18
幸運:8
装備:布の服 革の靴
保有スキル
奴隷の心得 清掃
ちなみにサラの能力な。何のサプライズも無く弱い。
ちなみに、人間の種族LV1での平均的な能力は30前後だ。
勿論、これは成人の場合だから、年齢的には成人とは言え、まだまだ子供として扱われるサラはそれより能力が低くて当たり前なんだが……。
状態異常がやべぇな。この消沈って『サニティ』かけると消えるのかしら?
状態:疲労(中度)飢餓(軽度)
あ、消えた。
よし。疲労は休めばいいから、後は飢餓だ。空腹より先に行っちゃってるって事は、日頃から碌な量が食べられてないんだろう。
これは別に先の奴隷商館が奴隷の扱いがひどいって事じゃない。むしろ、ちゃんと食べさせて貰えてたならそれは良い場所だ。
合法の奴隷商館でも、餓死や不衛生からくる体調不良での死亡は普通にあるらしいからな。
それに奴隷商館では本当に必要最低限の衣食住の保障だけにしておかないと、誰も売られたがらなくなるからね。
詐欺罪で訴えられるとは言え、奴隷商には何の得もないし。
「よし。サラ、まずは飯にしよう。何か食べたいものはあるか?」
「…………」
「何か喋ってくれないか?」
「…………」
しかし無言。どうやら命令と認識されなかったようだ。
「食べたいものの希望を言え」
「お肉……」
答えた瞬間、彼女の眉間に皺が寄ったのを俺は見逃さなかった。
特に速い反応という事でもない。俺でなくても見逃さなかっただろう。
「よし。肉だな。種類で好き嫌いはあるか?」
「…………」
「答えろ」
「ありません…………」
「……色々面倒だから、命令にしなくても答えてくれると助かる」
「…………」
「屋台で軽く食べるか、食堂でしっかり食べるかどっちがいい?」
「…………食堂」
「よし! わかった!」
俺が応えると、サラがびくり、と体を震わせた。
俺の声がでかかった事と無関係じゃないだろうな。ようやく反応して貰えた事でちょっとテンション上がっちゃった。
こうして俺は、日本に居た頃を通しても、初めて奴隷を購入したのだった。
まぁ、二十一世紀の日本で奴隷を購入した事のある奴って、その方がヤバイけどさ。
奴隷を購入しました。
名前がギルドの受付嬢と同じですが、これはサラという名前がこの国では割と多いためです。
何故多いかはそのうち書くと思います。
さらっと書く事になると思いますけど。サラだけに!




