5-04.【準備と確認期間の仕上げ】
前話あらすじ
使用人たちに盛大に見送られ出発した彰弘たちは、待ち合わせの広場でちょっとした騒動に遭遇する。
しかしそれはここ数年の定番だったらしく大した問題にならず、彰弘たちはその場を後にするのであった。
断罪の黒き刃がパーティーを二つに分けて行動し始めてから、一か月ほどが経つ。
彼らはこの期間を冒険者パーティーとして今後本格的に活動するための準備と確認に充ててきていた。
それは個々の戦闘能力の把握に冒険者として必要な知識の共有や、パーティーメンバー同士の相性とそれを踏まえた上での連携。また防壁の外での警戒の仕方や森林の歩き方などである。
だからこそ彼らは、今まで余裕を持ってそれらができる森林前の草原や森林の浅い部分で行動していたのだが、今日に限っては何故か森林の中層と呼ばれる場所にまで進んでいた。
そこは深部ほどではないが定期的な魔物狩りが行われる対象範囲外で、草原や森林の浅い部分と比べると数段危険度が上の場所である。戦闘を行うことが目的ならばまだしも、それ以外を行うには些か適しているとは言い難い場所であった。
だが、彼らは昨日までで当初の目的をひとまず達成している。そのため、一つの区切りとして、またこれまでの仕上げとして、今日この場へと足を踏み入れたのであった。
◇
「六花ちゃん、リーダー級を!」
「まかされたー!」
自分の声に六花が応え走り出すのを一瞥した香澄は、その場に残る四人へと指示を飛ばす。
「ルクレーシャちゃんとカナちゃんは右側の二体をお願い! パールちゃんは六花ちゃんのフォローを! ミナちゃんは弱った相手を確実に仕留めて!」」
「っ! 良くってよ!」
「心得ました!」
「はい!」
「分かりました!」
指示をした全員が行動を起こすと同時に香澄も走る。その手には無論抜き身の魔剣が握られていた。
グラスウェルの東にある森林の中層にまで足を踏み入れた彰弘たちが二手に分かれたのは今までと同様で、今日彰弘と行動をともにしているのは、六花、香澄、パール、ルクレーシャ、ミナ、カナである。
そんな彼らが今までよりも危険度が高い故に慎重に進んでいると、魔物特有とでもいうべきか、それと分かる気配が近づいてきた。
そしてつい先ほど、五体のオークと遭遇したのである。
現れたオークの内の一体は身体が他の個体よりも大きくリーダー級であった。
ただリーダー級の魔物とはいっても、所詮はオークのリーダー級だ。六花と香澄なら魔法を使えば難なく倒せる程度でしかない。
しかし今回は六花も香澄も魔法を使うつもりはなかった。目指すところは彰弘の横であり、後ろではないのだから、この程度の相手を恐れて離れたところから攻撃するつもりはなかったのである。
勿論、今いる仲間であり友達である人たちが致命的な危機に陥るようなら話は別であるが、その彼女たちも別に無力というわけではなく、今の状況なら問題はない。
だからこそ、今回指揮をすることになった香澄は、まず六花をリーダー級に向かわせてから残り面々に指示を出し、自分もオークへと向かったのである。
「さて、リーダーに向かった六花をパールにフォローさせるのは良いとして……ルクレーシャとカナがオーク一体ずつ。で、香澄が一体を受け持つか。残る一体はどうするつもりだ? ミナがオークを倒せるほどの魔法を撃つには少し時間がかかるはずだが」
余程のことがない限り手を出すつもりはないが、それでも万が一を考え彰弘も二振りの魔剣を抜き戦況を見守る。
早々にオークリーダーと接敵した六花は自分だけで倒すつもりはないようだが、相手の意識が他へといかない程度に攻撃を繰り出していた。
その六花をフォローするパールは、相手を倒すほどではないが無視できるほどでもない魔法を良いタイミングで放っている。伊達に六花と三年間同じ部屋で過ごしていたわけではないようで、その息はぴったりといった感じであった。
オークリーダーの右側にいた二体のオークへと向かったルクレーシャとカナは正面から当たることはせず、お互いをフォローしながら相手の攻撃を引き付けている。無論、少なからず斬撃を出しており、いくつかの斬り傷を与えていた。
ミナについては、未だ魔法を使うために集中している。彰弘の予想どおり、彼女の実力でオークを倒すには少なからず時間がかかるのである。
そして最後の一人香澄はというと、左側にいたオーク二体の内の一体へと一直線に向かっていた。
「一体はこっちへ来そうだが……」
香澄を正面に捉えたオークは彼女へと棍棒を振り下ろそうをしているが、残る一体は彰弘たちがいる方を見ている。
少なくとも香澄の相手をするようには見えなかった。
しかし、そこは香澄も分かっていたようだ。自分の正面にいたオークが棍棒を振り下ろすと同時に彼女はその攻撃範囲から身体をずらし躱すと跳躍する。
「行かせないっ!」
オークの棍棒を躱した香澄の身体はほぼ真横へと跳んでいた。そしてその先にあるのは、香澄を狙わずに後方で魔法を使う二人へと向かおうとしていたオークである。
「っと、そうきたか。確かに今の香澄なら可能だよな」
タイミングが良かったのか、はたまたそれを狙っていたのか、香澄の着地点は剣を横に薙げばオークの膝を強打できる場所であった。
オークと戦ったことはそれほどないが、グラスウェル魔法学園在学中も定期的に六花たちと防壁の外へ出て魔物と戦っていた香澄の戦闘経験は同年代のそれを優に超えている。だからその絶好の好機を彼女が逃すことはなかった。
「はあっ!」
香澄の手にある魔剣が鈍く光り切れ味と強度を増す。そしてそれは寸分の違いなく、オークの左膝へと叩きつけられた。
結果は上々だ。
切断されることはなかったオークの膝だが、歩くことすらできないほどに砕かれていた。
「ミナちゃんっ!」
香澄の声が森林に響く。すると、今まで魔法を使うために集中していたミナが、その言葉が合図だったように魔法名を力強く口にした。
「撃ち砕け! 『フリージングシェル』!」
ミナの杖から放たれた氷の砲弾が膝を砕かれ動きを止めたオークへと迫り、そして着弾し絶命させる。
当たった箇所が良かったこともあるが、やはりここはミナの実力を褒めるべきであろう。
香澄の声に応えたミナの魔法は、膝を砕かれ動きを止めたオークの腋のすぐ下へと横から突き刺さった。オークのそこは人種と変わらず、身体の中でも脆い部分の一つではあるが、それでも通常のランクF冒険者の魔法では一撃で仕留めることはできないからだ。
「次!」
絶命したオークの身体が倒れるさまを見届けもせずに、香澄の目が先ほど自分に棍棒を振り下ろしてきたオークへと向けられる。そして彼女は駆け出し斬撃を振るう。
今はまだ魔法を使わなければオーク相手に圧勝できる力のない香澄であるが、圧勝できないだけで勝てないわけではない。
そのオークは最終的にミナの魔法により瀕死となり、香澄が魔剣を心臓に突き刺したことにより物言わぬ躯となった。
そこから戦闘が終わるまでは十分もかかっていない。
左側にいた二体のオークを屠った香澄とミナが右側で奮戦するルクレーシャとカナの援護に向かい、危なげなくそこにいた二体を倒す。
そしてオークリーダーはというと、香澄たち四人がオーク四体を倒したころには身体中に無数の傷を負い瀕死の状態であった。
「『ダークウェブ』!」
最後の足掻きとばかりに棍棒を振り上げたオークリーダーへとパールの拘束魔法がかかり、動きが一瞬止まる。
そしてそこへ半眼で笑みの消えた六花が襲い掛かった。
僅かに曲がっていたオークリーダーの膝へと跳躍して足をかけた六花は、そこを足場にして更に上へと跳ぶ。そして相手の顔の正面まで上昇したところで魔力を込めた魔剣を一閃。狙いは喉笛である。
六花が大量の血を噴き上げるオークリーダーの身体を蹴り距離をとり地面に着地した。そして少しの間、彼女は警戒を維持していたが、やがて自分が喉を斬り裂き蹴って倒した相手の身体から靄のようなものが出てくるのを確認すると表情を戦闘前のものへと戻した。
「こんぷりーとっ!」
六花の声で、極度の緊張状態だった場が僅かに緩む。
緩みきらないのは、このひと月で散々彰弘やウェスターに注意されたことが身についている証であった。
五体のオークの身体の上に魔石ができたことで、それぞれが武器を鞘に収める。
「さて、いつもならここで剥ぎ取りとなるんだが、今日は省略しようか。これなら次からは向こうと一緒に行動できるな。皆良くやった」
パールやミナと一緒に近づいてきた、笑みを浮かべる彰弘の言葉に六花たちの顔が綻ぶ。
無論、ウェスターの評価次第では二手に分かれての行動期間が延長されることもあると誰もが分かっていたが、それでも彰弘に褒められ今後の行動について許可が出たことは、ほっとしたし嬉しかったのである。
この後、魔石から離されたオークの死体は彰弘がマジックバングルに全て回収した。そしてウェスターたちと合流した後にグラスウェルへと戻ったのである。
なお、ウェスターも次からは全員一緒での行動に異論はないとの評価を下していた。彼らの相手はフォレストウルフが十体ほどであったが、それとの戦いぶりは今回設定していた基準点を上回るものだったからだ。
ともかく、こうして断罪の黒き刃が本格的に活動するための準備と確認の期間は無事に終わるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
区切りの関係で少々短いです。