4-EX08.【グラスウェル魔法学園―卒業です―】
前話あらすじ
闘技会という卒業試験で魔法を使うそれに参加できなくなった香澄たちだったが、魔法を使わない戦い方も大事だと考え、卒業試験へ向けて気合を入れる。
そして優勝こそはできなかったものの、満足のいく戦いを彰弘へと見せることができたのであった。
卒業式は驚くほど早く終わった。
わたしの経験した卒業式は小学校のときのだけだったけど、やっぱり早いと思う。
来賓の挨拶は普通にあったけど送辞と答辞はなかったし、卒業式の最中に卒業証書の授与がされたのは卒業生代表のクリスちゃんだけだったから。
今年度のグラスウェル魔法学園の卒業生は二百三十八人もいるから、ひとり一人の名前を呼んで授与してたら、以下同文でもちょっと想像したくない時間がかかっちゃうから代表者以外は卒業式後のホームルームで担任の先生からっていうのは悪くないと思う。
ともかく、卒業式は終わった。最後のホームルームも終わった。
まあ、でも今日一日はまだグラスウェル魔法学園の在学生だ。
とりあえず、最後の学食を堪能しようかと思う。
ちなみに卒業生の寮での食事は明日の朝までとなってます。
「はい、おまけ付きトンカツ定食だよカスミちゃん」
「ありがとうございます。……これで最後だと思うと残念です」
「あたしたちも残念ではあるさね。後にも先にもあんたたちのように、その量をいい笑顔で食べる子は来ないだろうからねえ。ま、それはそれとして、卒業おめでとう。がんばんなよ」
「はい。ありがとうございます。では、これ堪能させてもらいます。いただきます」
「ああ、味わっとくれ」
笑顔のおばちゃんに笑顔を返してから、みんなが座っている席へと向かう。
そこに見えるのは離れていても分かるおまけ付き? の料理の数々だ。
瑞穂ちゃんの前にあるのはカレーライスだった。いつもは深皿に白米とカレーが一緒に入っているのに、今日はその深皿が二つ。片方がカレーでもう片方が白米みたい。
六花ちゃんは生姜焼き定食のようだ。ぱっと見だと普通に見えるけど、同じ料理を選んで隣に座っているパールちゃんの目の前のものと比べると違いがよく分かる。あれは確実に四倍の差がある。
紫苑ちゃんはわたしと同じでトンカツ定食。どんぶり山盛りの白米は、その山がいつもよりちょと高い。キャベツの千切りとトンカツはおまけということで今までの倍だ。
んー、わたしたち四人は量が倍って感じみたい。おまけというか二人前? みたいな。
他の人のおまけは……よくわからない。後で聞いてみようかな。
ちなみに家畜の豚はいないので、これらの料理に使われているお肉は全部オークのもの。
あ、追加の一品は奇遇にもみんなが学食のおばちゃん特製いろいろ野菜の浅漬けを選んでる。美味しいから仕方ないよね。実際、わたしも今日は、というか今日も選んだしね。
いただきますから少し時間が経ち、今はまったり食後のお茶時間。
食べ終わった後の食器はもう片付けて、今目の前にあるのは緑茶が入った湯呑みだけ。
「いやー、食った食った。相変わらずおいしかったし満足満足」
満足そうにお腹をさする瑞穂ちゃんのそこは、流石にちょっと膨れている。
かくいうわたしも同じような感じになっていて、六花ちゃんや紫苑ちゃんも同様だ。
「ミズホが先に注文しておまけの内容が分かって良かったよ。何も知らなかったら、まだ目の前に料理が残っていたかもしんない」
あ、おまけはみんな二倍盛りなんだ。
それはそれとして、湯呑みに口をつけた後でセーラちゃんが呆れたような目で瑞穂ちゃんを見ていた。
まあ、普通はおまけの内容が量が二倍の料理とは思わないもんね。そしてそれを食べきれるもんじゃないかも。
わたしたちの場合、一応いつもは腹八分目で済ましていたから二倍くらいなら美味しく食べられる。もっとも、流石にすぐに動くのは厳しいんだけど。
「残したら食べてあげたのに」
「マジか!?」
「マジマジ」
この場にいるみんながおまけ付きにして、そのおまけ部分全部は無理だけど、まあまだ多少は入るかな。
とまあ、こんな感じで食事について雑談をしてたんだけど、流れは今後のことに移っていく。
「そういえばカスミさん。あなた、この後のご予定は?」
「寮に戻って明日帰る準備をするかな」
ルクレーシャちゃんが聞かなくても分かるだろうことを聞いてきた。
卒業生は卒業式があった日から十日間以内に退寮する必要がある。新入生が入ってくるから、いつまでも居座ることはできないからね。
新入生といえば、わたしたちがいる間には日本人こなかったなあ。
まあ、魔法が使えなければここには入れないし、仮に使えたとしてもお金が厳しいか。わたしたちには彰弘さんがいたから何とかなったけど、普通は無理っぽいもんね。
でも卒業できれば返さなくてもいい奨学金制度が来年から適用されるってことで、来年度には何人か入学するみたい。
うん、頑張って欲しい。
そういえば下級生との交流がほとんどなかった気がする。自分と自分たちのことで精一杯だったせいかも。
一応、年齢的にいったら瑞穂ちゃんを除くみんなは下級生みたいなもんだけど……やっぱり、これはちょっと寂しい感じかな?
「それは分かってますわ。そうではなくて卒業した後のことです。冒険者を続けるということは聞いていますが、ずっとグラスウェルにいるんですの?」
「ああ、そういうこと。少なくとも今年の十一月十一日過ぎにランク昇格試験受けるまでは冒険者。その後はちょっと未定かな? 彰弘さん次第だよ」
十一月十一日を迎えると六花ちゃんが十五歳になる。それはつまりこの世界で成人となるということで、冒険者ギルドのランクEへのランク昇格試験を受けられるようになる。
彰弘さんはそのときまでご家族を探しに行くのを待ってくれるということだから、少なくともそのときまではグラスウェルで冒険者してるはず。
ちなみに、ランク昇格試験を十一月十一日以降にしてもらえるということは冒険者ギルドに確認済。一応、予約みたいなのも入れてある。
「……その、皇都へと行く予定はありますの?」
「うーん。寄るとは言ってたけど……六花ちゃん紫苑ちゃん、どうなのかな?」
今度パーティーに入るウェスターさんって人の用事だかで行くと言ってた気がする。それに確かご家族がいるだろう場所までの道のりの近くに皇都があったような。
「うん。寄るって」
「はい。そう聞いています。予定に変更がないならば寄るはずです。ミレイヌさんたちと入れ替わりでパーティーに加わるウェスターさんの用事を手助けするために寄るとか。彰弘さんの実家があった土地はアルフィスの近くに融合したらしく、そこに行くには皇都付近を通るのでついでだと言ってましたね」
確かバル・バルスとかって貴族の子息が、ウェスターさんて方に好意を持っている人と無理矢理結婚しようとしているのを阻止するためとか。
あれ? バルス? 確かルストくんの家名もバルスだったような。
ちなみにアルフィスっていうのは、メアルリア教の総本山のこと。
「そう。……もし良かったら、あなたたちが行くときに私たちもご一緒していいかしら?」
「それは彰弘さんに聞いてみないと。でもなんで? 多分皇都に行くのは一年後くらいになるよ? それに皇都に帰るならルクレーシャちゃんたちは普通に護衛がいるでしょ?」
「勿論、いますわ。正確にはお父様に護衛を遣してもらうといいのが正しいのですけれど」
ルクレーシャちゃんは伊達に侯爵令嬢じゃない。
グラスウェルにある別邸にも護衛はいるんだ。だからわざわざわたしたちと一緒に行く理由はないはず。
「なら、別にわたしたちと一緒じゃなくても」
「つまらないのよ」
「え?」
「だから、つまらないの。お父様が遣してくれる護衛というのは、私たちの世話まで含まれてしまっているのよ。つまり、グラスウェルを出て皇都サガに着くまで、私たちはすることがないの。クリスティーヌ様なら分かっていただけますよね?」
「ええまあ。想像はできます。ルート侯爵様がお遣しになる護衛なら道中は安全でしょうけど、何もさせていただけないでしょうね。移動中はずっと獣車の中。野営するにしても、諸々その方たちが行ってしまうでしょうし……確かにつまらないかもしれません。それが良い。それが当たり前というご令嬢もいらっしゃることは確かですけどね」
うわぁ。身分があるのも大変だ。
どうなるかは分からないけど、彰弘さんに話をしてみるくらいならいいかな。
「六花ちゃん、紫苑ちゃん。彰弘さんに話をしてみるくらいはいいかなと思うんだけど、どうかな?」
「話くらいは良いと思いますよ。昔の彼女だったらごめんですが、今の香澄さんにデレている彼女でしたら」
「うんうん」
「デレてなんていなくてよ!? ですわよね、カスミさん!」
「はいはい。デレてないデレてない。とりあえず話してみるから、頼むのは自分たちでね」
「あ、はい。ありがとうございます」
素直なのは良いことだね。
それはそれとして、デレてるかデレてないかを本人に聞くのはどうなのかなって思うよルクレーシャちゃん。答えられるわけがないじゃない。
緑茶のお代わりを淹れてもらって雑談タイム延長戦。
話題はウェスターさんて方を皇都で手助けする云々って話になった。
「そういやさ。その皇都でのウェスターさんの相手……えっとバル? だっけ? 確かルストと同じ家名だよね? 関係あんの?」
そんな瑞穂ちゃんの言葉が今の話題となった切っ掛けだ。
「この国内の貴族の家名は唯一無二らしいので無関係ではないでしょう。子息というわけではないのでしょうね。年の離れた兄弟といったところでしょうか? 騙ってたら奴隷行きですし」
貴族の家名はかぶっていることはないという話。正確にはライズサンク皇国内ではらしいけど。
だから、必然的にルストくんはその相手の家族ということになる。
ちなみにAという家名の貴族家の子息やら息女が新たに貴族となった場合は、国から新しいBという家名をいただけるらしい。
「全く気にしてなかったから答えが見つからないね」
「うんうん。彰弘さんも気にしてなかったー」
「少しだけルスト様が不憫に思えますわ」
わたしの言葉に六花ちゃんが頷く横で、ルクレーシャちゃんがそんなことを言う。
仕方ないと思うの。興味なかったんだから。
「とりあえず説明しますわね。ルスト様はバルス侯爵家の三男にあたります。そして件のバル様は長男ですわね。世界融合後のことは情報を仕入れていないので分かりかねますが、剣の腕前が良くて皇都で兵の中隊を率いる立場であったと記憶しています。ちなみに次男はルーバス様といい文官として有能ですわ」
「補足しますと、バルス侯爵はルーバス様を後継にとお考えのようだと、昨年皇都に行って来たお父様が言ってました。元々バルス家は文官筋であったことに加えて、最近のバル様はミーナ様のことで職務が疎かになってきているとかで」
ルクレーシャちゃん、クリスちゃんと話が繋がる。
ん〜、疎かになっている理由が気になるところではあるよね。
「ミーナ様って、それはウェスターさんが助ける、でいいのかな? その彼女の名前だよね?」
「はい。ヴェルン子爵家の長女で私たちと同年代の女の子です。成人年齢となり結婚が可能となったことで、バル様が行動を起こし始めたらしいということのようです。ちなみにミーナ様はバル様との結婚は完全拒否で御両親も同じ意見のようです」
「ありゃ、それで迫っちゃダメでしょ。にしても一刻の猶予もないんじゃ?」
瑞穂ちゃんの意見に賛成、無理矢理は良くないよ。
にしても、本人自体はまだ貴族ではないにしても子爵家と侯爵家では違いすぎるから確かに猶予なんてなさそう。
「まあ、この話だけではそう捉えられるのですが、実際にはそこまでではないらしいです。まず貴族家同士の結婚となると、家の問題ですから例え強引に進めようとしても進められません。かといって相手を攫うなんてことをしたら、それこそ破滅です」
「そこまでではないと」
「はい」
そのバルという人はまだ常識的な範囲での求婚行動をしている、ってことかな。
そんなことをわたしが考えているとクリスちゃんが追加で情報を出してくる。
「それにウェスター様がグラスウェルへ引っ越せざるを得ない状況になってしまったことで体調を崩し入学が一年遅れたため、ミーナ様はまだ来年度も皇都の学園に通います。ですから余程バル様が非常識なことをしなければ大丈夫です」
「ん? 学園に通ってると大丈夫なの?」
「完全にとは言い切れませんが。ミーナ様が通っているのは貴族の子息子女のみが通う学園で全寮制とのこと。そんなところで事を起こしたら、例え侯爵家といえども無事では済みません。当然、警備も普通じゃないくらい厳重で生半可なことでは侵入すら不可能です。それにバルス侯爵様はご子息に対しては基本的にとやかく言うことはないようですが、家のことや犯罪に関わることになるのを黙っているような方ではない、とはお父様の言葉です」
何とも言えない感じかなー。
ウェスターさんのこともバルって人もこともよく知らないし。
でも、話を聞く限りだとバルって人が悪者かな。
「まあ、あれですね。とりあえず良い結果になることを祈りつつ戻りましょうか。いつの間にか私たちだけになっていますし。話はまた寮に戻ってからで」
ふいに紫苑ちゃんがそんなことを言ったので周囲を見回してみると、確かに生徒はわたしたち以外誰もいなかった。
ちょっとだけ急いで湯呑みを返却カウンターに置いて、片付けをしていた学食のおばちゃんたちに遅くなったお詫びと三年間のお礼を告げる。
そして励ましの言葉をいただいてから、わたしたちは寮へと向かうのだった。
それにしてもクリスちゃん、よく情報持ってたなー。
お読みいただき、ありがとうございます。
彰弘と六花たちが離れて暮らす三年間終了。
次回からは一緒です。