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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-100.【グラスウェル魔法学園闘技会:後編】

 前話あらすじ

 紫苑の勝利に終わった彼女と六花の試合はなかなか見ごたえのあるものであった。

 残念ながら、その紫苑は次の試合で負けてしまったが、彰弘と関わりの深い残る二人の瑞穂と香澄は準決勝へと駒を進めるのであった。





「娘たちが世話になった。ありがとう」

「ありがとうございます」

 闘技会の前半が終わり昼食を食べた後。

 彰弘たちは残る休憩時間で世間話でもしようと親と子で分かれた。そしてその親側が集まる場でミレイヌの両親であるホーン子爵とその奥方が、その場の面々に断りを入れた後、彰弘に向けて礼の言葉とともに頭を下げた。

「いえ。彼女らなら仮に私と会わずとも、大丈夫だったと考えますが」

 最初は何に対しての礼なのか分からなかった彰弘であったが、すぐに何のことかを思い出す。

 ゴブリンの集団から街の方向へと逃げたこととミレイヌの暴言によりそれまで組んでいたパーティーの解散に端を発した、彼女とバラサに向けられていた負の性質を持つあれこれが、彰弘とパーティーを組むようになってから少し経ちなくなったことであると。

「……いや、やはり君と組むことになったお蔭だろう。確かに君と組む組まないに関わらず周囲の状況は改善されただろう。しかし冒険者ギルドが証拠を固め動き出せた時期を考えると……やはり娘たちが潰れてしまっていた確率が高い」

 ミレイヌとバラサが精神的に追い詰められた最もたる要因は、どれだけ真面目に依頼をこなそうとも一向に改善されない悪評や批判の声であったが、実のところ同業者や関係者の大半は二人が真摯に依頼をこなし始めると許していたのだ。

 しかし、貴族階級を嫌う一部の者が一般人を使ってまで頑なに悪評をばら蒔き続け、ミレイヌとバラサが精神的に追い詰められるまで状況を長引かせていたのである。

 そしてその精神的な負担は彰弘とパーティーを組むころには限界に近くなっていたのだ。

 ミレイヌとバラサの二人は彰弘がパーティーに加えてくれたことで、誰にも受け入れられないという思いが多少なりとも軽減され精神を安定させることができていたのである。

「分かりました。パーティーに加えたことにより、二人が助かったというのは私としても喜ばしいこと。ありがたく頂戴しておきます」

「そうしてもらえると助かる。いや、娘のいる前ではなかなか言い難くてな。そうだ、後日礼として何か贈ろう。希望はあるかね?」

「いきなり言われましても……ではなく、そこまでは受け取れませんよ。私もあの二人と組んだことによる恩恵があったわけですから、もう充分です」

 これで彰弘が積極的に動き何かしたならば、まだ受け入れる余地もあったかもしれないが、実際のところは何もしていない。言葉だけで充分過ぎるというものだ。

「それ以上は後日でよかろう? ちょうど面白そうな客人がきたことだしな」

 最低限必要なやりとりは終わっているからこそ出されたストラトスの声に、その場の面々の視線が元領主の示す方へと向けられる。

 ストラトスが言う面白そうな客人とは年のころ十五、六といった、なかなかに見栄えする容姿の男であった。









 双子にしか見えない瑞穂と香澄の試合が闘技会の舞台上で繰り広げられていた。 瑞穂の鋭い剣を香澄の力強い剣が弾くがそれで攻防が止むことはなく、次々と金属と金属のぶつかり合う音が舞台上から聞こえてきている。

 現在、行われているのは武技戦クラス準決勝第二試合。付け加えるならば、魔法戦クラスと魔技戦クラスの準決勝は既に終わっていて、この試合は準決勝としては最終試合だ。

「良い試合で見ごたえはある……が、どうにも集中できん」

 独りごちる彰弘に向けられる周囲の視線はどこか生暖かい。

 昼食のための昼休憩の時間のことだった。

 ホーン子爵夫妻から娘のミレイヌとその従者のバラサのことで礼を言葉を受け取った彰弘のところへルストと名乗る男が現れ、いきなり決闘を申し込み、それを面白がったストラトスや偶然通りがかった学園長が飲んだのである。それだけならば彰弘の言葉はないのだが、よりにもよって決闘の場に闘技会のエキシビションを提示したのである。

 まあ、それだけならば彰弘には断るという選択肢もあったのだが、不幸なことに元領主、現領主、学園長、他にも複数の貴族等々が、この会話を耳にできる距離にいた。そんな状況で決闘を断ることができるわけがない。

 仮に断ったとしても罰則などはないのだが、後々のことを考えたら如何に目立ちたくないと考えている彰弘でも受けざるを得なかったのである。

 なお、決闘の理由であるが、それは彰弘と戦い勝てたならば、香澄が交際を考えるからというものであり、少し考えれば明らかに方便だと分かる類のものであった。

 今の彰弘は冒険者のランクEという立場にいるが、その実力はそれに収まるものではなく、勝つには最低でも冒険者のランクC相当の実力が必要であるからだ。

 ついでに言うと、仮に何らかの幸運があり彰弘に勝てたとしても、香澄は付き合うことを考えるだけで、実際に交際すると言ったわけではない。

「しつこいやつを諦めさせる手段だろうけどなぁ」

 早さで勝る瑞穂の剣が香澄の防御を掻い潜る。そしてそれはそのまま首筋へと当てられた。

 準決勝最後の試合が終わった瞬間である。

「後、三試合か。さて、どうしたもんか」

 勝者を告げる声が響く中、舞台上に仰向けになり両拳を空に突き上げる瑞穂と、その横に疲労で座り込んだ香澄の姿を見ながら、彰弘は決闘をどのように終わらせるかに頭を悩ませるのであった。









 闘技会の決勝は武技戦クラス、魔法戦クラス、魔技戦クラスの順に行われた。

 武技戦クラス決勝戦は香澄に勝った瑞穂と、紫苑に勝利した生徒を退けたルストの対戦であった。疲労が抜けきらない瑞穂の攻撃を難なく受け止め受け流し回避し、余裕を持ってルストが勝利している。

 仮に万全の体調であったとしても武技だけでは瑞穂が勝つ確率は高くないだろうと思われるだけの動きをルストは見せていた。

 次の決勝戦は魔法戦クラスだ。この試合は第一回戦第一試合で勝利したミナと彰弘の知り合いであるベントの妹であるパールの対戦であり、勝者はミナである。闇を相手の顔周りに展開し不意をつこうとしたパールを、ミナは自身の周囲に散らせた極小の氷の粒で察知し相手の魔法を回避。そしてその直後、軽いデコピン威力の氷の散弾を発射しパールを降参させたのである。

 そして最後に魔技戦クラスの決勝戦だが、こちらは現領主ガイエル伯爵の娘であるクリスティーヌと、皇都の法衣貴族ルート侯爵の娘のルクレーシャの対戦であった。双方試合開始直後に魔法名だけで放った魔法をぶつけ合い、そのまま接近し剣で数度斬り結び、一旦お互いに離れ双方が詠唱付きの魔法を撃ち出すという、なかなかの戦いをみせており、まだまだ技術は未熟ではあったが将来の逸材になることは間違いといえた。

 なお、この試合の勝者はルクレーシャである。罠師の技術をも習得しようとしているクリスティーヌよりも戦闘に特化している分、ルクレーシャの方が武技も魔法も少しだけ上だったのである。









 とりあえず闘技会の全試合が終わった。

 魔技戦クラスの決勝を戦ったクリスティーヌとルクレーシャを、そのまま舞台上に残したまま、各クラスの準決勝まで進んだ生徒の名前が呼ばれる。

 すると、その名前を呼ばれた生徒が舞台へと上がり、残っていた二名と合流した後で貴賓席に向けて横一列に整列した。

「将来を担う若者の力、しかと見せてもらった。だが、まだまだ君たちには先がある、強くなれる。これからも弛まぬ努力で上を目指せ。期待する! 以上、闘技会を閉会する……と、例年ならばここで終わりだが、今年は君たちの少し先にある力というものを体験してもらおうと思う」

 領主であるガイエル伯爵が例年通りの言葉を述べ終わると思われた闘技会だったが、その領主の口から続けて出された言葉に会場で参観していた者たちならず、闘技会の主催であるグラスウェル魔法学園の教師たちも少々ざわめいた。

 最低限必要と思われる人員にしか通達できていなかったのである。

「では、アキヒロ・サカキ。舞台上へ」

 ある程度、落ち着きを取り戻した会場内に伝えられたその名前は一般的に有名ではなく、ほとんどの者が首を傾げる。

 しかし、「少し……か?」「ランク的には少しと言えなくもない」といった会話や、「増長させぬためには良いかもしれん」「だが下手をするとやる気を削ぐのではないか?」などから知る者もいることが窺えた。

 そのような会話がなされる中、彰弘が立ち上がる。

「さて、行くか」

「カスミのために頑張るのじゃ!」

「本当に、すみません」

「すみません、お願いします」

「気にしなくていいさ。できないことを言われたわけじゃないからな。ちょっと行ってくる」

 穏姫の応援や決闘の発端となった香澄の両親の言葉などを背中に受け、彰弘は二メートル下の地面へと飛び降り、そして舞台へ向けて歩いて行くのであった。









 彰弘が生徒たちに近づき、足を止めると再びガイエル伯爵が言葉を発する。

「彼がアキヒロ・サカキだ。冒険者でランクはEだが、力はそのランクを超えていると言われておる。生徒たちがとりあえずの目標とするには頃合いであろう。さて、舞台の上にいる生徒諸君。彼と戦ってみたいという者は一歩前に出たまえ」

 服装を見てとても冒険者であるとは取れなかったのだろう。参観者らからざわめきが漏れる中、彰弘は表情を変えずに整列している生徒たちの様子を窺う。

 技術的には自分よりも上であっても、闘技会で見た限り脅威となるような生徒は一人もいない。正確にいうと香澄や瑞穂が万全であり且つ全力でかかってくるなら脅威となり得るかもしれないが、二人は未だ体力が回復してなさそうである。

 つまり仮に全員に襲いかかられようとも、彰弘は手加減できる状況であり、わざわざ態度に出す必要を感じなかったのである。

 まあ、単純にここで異論を口にするのが恥ずかしいということもあったが。

 それはともかくとして、やがて二名の生徒が前に出た。

 一人はこのエキシビジョンというべき催しをすることの要因となったルスト。

 そしてもう一人は、ルストに準決勝で敗れはしたが確かな実力を持つ男だ。ちなみにこの男の名前はゼファーという。

「ふむ。二名だけか?」

 ガイエル伯爵の言葉に舞台上の生徒が頷いた。

 香澄と瑞穂は元より戦うつもりはなく、その他の魔法戦クラスや魔技戦クラスに参加していた生徒たちは減少した魔力が戻っていない。そうでなくても、何かと目立つ存在だった香澄と瑞穂がいるグループの中で度々名前を聞き強いとされている存在相手に戦う気が起きなかったのである。

「よろしい。では始めようか。誰か彼に武器を。戦う者以外は舞台下へ降りよ」

 彰弘を直接知らない生徒が早々に移動を開始する中、香澄と瑞穂が自分が使っていた剣をそれぞれ彰弘へと差し出す。

 それの代わりというわけではないが、彰弘は脱いだコートとスーツの上着をそれぞれ香澄と瑞穂に預けた。

「あっははは。ある意味燃えるシチュエーションだよね、これ。男にとっても女にとっても」

「うう。すみません、彰弘さん」

「香澄の提案とは思わなかったが、さては……」

「あ、あははははー。ま、まあ、彰弘さんにとっては軽く運動する程度だから。あははー」

 自分の提案だと知られたからか瑞穂はあらぬ方向を見て笑って誤魔化す。

 そんな彼女の態度にため息一つ吐いた彰弘は香澄に向き直り、コートと上着を脱ぐ際に地面へと降りていたガルドを拾い上げ彼女へと渡した。

「そんな顔しなくてもいい。悪い虫くらい払ってやる。ガルドを頼むな」

 ガルドを受け取りはにかみながら「ありがとうございます」と言う香澄に彰弘は笑みを返す。

 そしてその後で彰弘は自分を見据えてくる二人の男へと視線を向けた。

「お願いします」

「彰弘さん、がんばってねー」

「あ、あの、頑張ってください!」

 彰弘が対戦者の二人へ目を向けてから少し。

 香澄と瑞穂にクリスティーヌが彰弘へと声をかける。

 予想通りと予想外。

 特にクリスティーヌ声の大きさは正に予想外のことであり、彰弘は思わず彼女へと振り向く。

 すると、あわあわと口に手を当てて顔を俯かせるクリスティーヌの姿があり、その様子に彰弘は若干苦笑気味であったが、「ありがとな」と優しさを感じさせる声を返したのである。









 舞台上に残ったのは彰弘と対戦者の二人、そして審判の四人だけだ。

「基本ルールは闘技会の武技戦クラスに準じます。ただし試合数は時間とアキヒロ殿の実力に鑑みて一対二の一回。勝敗条件はアキヒロ殿に一太刀まともに入れられたら生徒側の勝ち、生徒が動けなくなったらアキヒロ殿の勝ちとします。何か質問は?」

「特にないな」

「アキヒロさんの防具がないこと以外は特にありません」

「ゼファーに同じだ」

「二人が着けている革鎧よりも、今俺が着ている服の方が丈夫だし、頭は……これでいいだろう」

 マジックバングルから出した鉢金のようなものを、さもズボンの後ろポケットから出したように見せかけ彰弘は頭に着ける。

 防壁の外に行く際も頭には何も着けない彰弘であったが、やはり頭を守る防具も必要だとは考えていた。しかし、どうにもしっくりとくるものがなく、今はいろいろと選んでいる最中なのである。そしてその中で今のところ一番合っているのが、この鉢金もどきであった。

「両者ともに良いですね? では離れて」

 彰弘が鉢金もどきを装備し終わるのを待って審判が声を出し、それに応じて、彰弘が数歩下がり、ルストとゼファーも試合開始位置まで下がる。

 それから一呼吸。

「闘技会エキシビジョン。始めっ!」

 審判により試合が開始された。









 エキシビジョンの結果から言うと、やはりと言うべきか彰弘の圧勝であった。

 僅か十分程度の戦闘時間であったが、彰弘は息を乱すこともなく立っている。対してルストとゼファーの二人は舞台の上で大の字になり倒れていた。

 ルストとゼファーの剣技は確かに彰弘よりも優れていた。しかし、身体能力という面において彰弘とその二人の間には雲泥の差があったのだ。

 どれだけ技術が高かろうと、それを覆すだけの身体能力を持つ彰弘にルストとゼファーは手も足も出なかったと言える。

「まず、ゼファーだったか。君は良いバランスをしていると思う。剣を合わせて改めて感じたが、技術という面では明らかに君が上だ。だから技術を磨くことを疎かにしない程度に今以上に身体を鍛え魔物を倒していけば、相当に強くなるはずだ」

 息絶え絶えのゼファーが頷くのを見てから、今度はルストへと彰弘は向き直った。

「で、ルストだが……技術だけでどうにかなる領域は、そんなに広くはないぞ。俺は三年程度の経験しかないが、どれだけ技が優れていようともそれを使う身体が弱ければ敵わない相手を複数知っている。例えばオークだが、あいつらも普通のやつはそれほどじゃないが、リーダー級となると今のお前の力じゃ薄皮一枚がやっとだ。それより上となると傷を付けるどころか、近づくことさえ難しいだろうな。技術はとんでもないんだ。強くなりたいなら、まずは身体を鍛えろ」

 悪態さえ出てこないルストに、それよりはまだ多少ましだが未だに起き上がる様子のないゼファー。

 多少やりすぎた気がしないでもない彰弘であったが、とりあえずの目的は達したと審判へと目を向ける。

 するとそれを待っていたかのように、審判は勝者である彰弘の名を声に出したのであった。









 こうして本当にグラスウェル魔法学園の闘技会は幕を閉じる。

 最後のエキシビジョンにより、その後誰が何を考えどういう行動を取るかは定かではないが、とりあえず彰弘の周囲にだけ関していえば悪くない結果となった。主に想いという面で。

 誰であるかは今更言うまでもないだろう。

お読みいただき、ありがとうございます。



どうにこ文章が出てこず、いつの間にか昼寝に移行しているここ数話。

平日にゆとりがないのがいけないんだと思う、うん。



二〇一八年 四月二十二日 十四時十一分 誤字修正


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