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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-99.【グラスウェル魔法学園闘技会:中編】

 前話あらすじ

 グラスウェル魔法学園闘技会開催。





 十二月にしては風もなく暖かさすら感じる午前。

 グラスウェル魔法学園の闘技会は少々の忙しなさがありつつも滞りなく進んでいた。

 闘技会という名の卒業試験を受ける生徒の数は全部で七十五名。この人数は今年卒業する予定人数の約三分の一であり全体から見ればそう多いという感じはない。しかし、これだけの人数が最低一回は一対一で戦い、更にはトーナメント形式であるため、全日程を消費するには試合と試合の間隔を短く設定する必要があったことが忙しなさの主な要因となっている。

 また忙しなさの一因は最も出場者数の多い魔法戦クラスの試合の短さにもあった。今はまだ魔法使いの卵と言える彼らは、極一部の者を除いて技術も魔力量もそれなりでしかなく短時間決戦になりがちだ。事実、大半の者が試合開始と同時に自らが使える最大の魔法を詠唱し始め、そしてその魔法が勝敗を分けるという結果になっており忙しなさを出していたのである。

 なお、武技戦クラスは魔法戦クラスほど試合時間は短くなかったが、それでも長いとまでは言えなかった。こちらも大抵の生徒が最初からお互いに全力といえる力で戦い合ったからである。まだ実力的にはあらゆる面で卵の段階であるのは魔法戦クラスに出場した生徒たちと同様なのであった。

 ちなみに魔技戦クラスの試合は出場人数が少ないため、今の段階ではまだ行われていない。午後になってから行われる予定である。

 ともかく、少々の忙しなさはあるものの、グラスウェル魔法学園の卒業試験の一つである闘技会の日程は、大きな問題もなく進んで行くのであった。









 闘技会の午前日程を六割ほど消化した後に登場したのは、漆黒の長い髪を持つスラリとした体型で背の高い少女と、それよりも頭一つ分は背が低いちょっと丸顔の少女の二人であった。

 その二人は同時に舞台へ上がると貴賓席へ向けて一礼を行い、そしてお互いに向き合った後で貴賓席とは逆側へと僅かに顔をやりにこりと微笑む。

「では六花さん。全力で」

「もちろん!」

 漆黒の髪の紫苑が鞘から刃引きの剣抜き放ち、丸顔の六花が同様の行動で応える。

 それから数秒。

「武技戦クラス第一回戦最終試合。シオン・サカキ対リッカ・サカキ。始め!」

 そう、審判を務める教員が試合開始の声を上げた。









 まず動いたのは六花である。膝を曲げ自身の身長の半分くらいまで頭の位置を下げた彼女は、その高さのまま目の前で静かに剣を構える紫苑へと疾走。そして横薙ぎに剣を振るう。

 それを紫苑は後ろに下がること躱し、すぐさま身体が開いた六花へ向けて上段から剣を振り下ろす。

 しかし、その紫苑の攻撃が相手に当たることはなかった。

 横薙ぎを放った後も速度を緩めずに直進した六花は紫苑の脇を抜け、剣が振り下ろされたときには既にその後ろへと過ぎ去っていたからだ。

「はじめてやりましたが……魔法がなくても、やりにくいですねっ!」

 ギィン、と音を鳴らして背後からの攻撃を紫苑が振り向きざまに受け止める。そして力任せに剣を持つ腕を振るった。

「紫苑さんこそ。防がれるとは思わなかった」

 紫苑の力を利用して後ろへと跳躍し間合いをとった六花がにっこり笑顔を見せる。

 実のところ、世界が融合してからこの二人は魔法なしでお互い相手に模擬戦を行ったことない。特にこの闘技会の武技戦クラスに出場するしかないことが判明してからは意識してやらないようにしていた。

 格好の模擬戦相手ではあるが、この闘技会のことを考えて面白そうだからという理由でそれをしてこなかったのである。

 ちなみにこの二人と似たような立場の瑞穂と香澄もお互いに、また六花と紫苑と魔法なしの模擬戦をしたことはない。

「では。今度は私から行きます」

 そう言うが否や紫苑が六花に向かう。そして繰り出されたのは突きであった。

 刃引きされており剣先も丸められているが、万が一目にでも刺されば致命傷となりかねない攻撃に参観者の一部が声にならない悲鳴を上げる。

 しかし攻撃を仕掛ける紫苑も、そしてその攻撃を受ける立場の六花も、そんな周囲に頓着する様子はなかった。

 最初の一突き目を首を傾げることで避けた六花は続く二突き目を自らが持つ剣で弾き、僅かに体勢を崩した紫苑へと密着する。そして剣を持っていなかった左掌を相手の腹部に当てると、思い切り前方へと突き出した。

「うぷっ」

 よろけながら腹部の圧迫により上がってくるものを飲み込んだ紫苑は、次なる攻撃を警戒して剣を大きく横に薙ぐ。

 すると、それは見事に攻撃を続けようとした六花の動きを止めることに成功した。

「危うく見せてはならないものを衆人の前で晒すところでした」

 おとと、とたたらを踏む六花を苦いものを食べたような顔で見る紫苑。

 それに対する六花は相変わらずの笑顔だ。

「拳も武器。今のは掌だったけど」

 武技戦クラスで使用できないのは魔法である。だから今二人が握っている剣以外にも、出場する生徒の得物は槍だったり弓矢だったりと様々だ。

 そして中にはナックルと呼ばれる拳を守り攻撃力を増す武器を選んだ者もいた。

「剣技だけじゃないよ?」

「そうですね。異論はありません」

 その言葉を最後に二人の顔付きが変わる。

 六花の顔から笑みが消え目が細くなると、それに呼応するように紫苑の切れ長の目もまた鋭さを増す。

 そして一拍。両者が動く。

 二振りの剣が硬質な響きを奏で、手足による打撃音が打楽器のように打ち鳴らされる。

 技術的にはまだまだ未熟な域にある両者であったが、その実力は拮抗しており見る者を感嘆させるに足る試合を繰り広げたいた。

 そしてそれはいつまでも続くと錯覚させられるものであったが、やがて均衡が崩れる。

「はぁっ!」

 舞台際で紫苑の蹴撃が六花の肩を捉える。

 当然、六花も身体の位置を調整してその衝撃を和らげようとしたが調整しきれずによろけた。そしてその拍子に舞台際だったことが災いし片足で空中を踏んでしまう。

「お? おおぉぉぉう!?」

 舞台上に残った片足を基点に体勢を整えようとする六花だったが、紫苑の蹴撃により身体の半分以上が舞台の外に出ている。

 数分間休みなく戦い続けたことに加え、身長差による紫苑の上部から攻撃の数々が六花の体力を奪っていなくとも、流石に整えるのは無理な体勢であった。

 果たして六花の身体は舞台外の地面に着いた。

「り、六花さん!」

 舞台の高さは地上から三十センチメートルほどと、それほど高くはない。

 それでも目の前から姿を消したように見えた六花を追い、紫苑は慌てて舞台下を見る。

「お尻が痛いです」

「それ以外は大丈夫ですか? 頭を打っていたりはしませんか?」

 目から鋭さが消え心配そうな顔をした紫苑が舞台下に降り、自分のお尻さすっている六花の隣に屈み込む。

 そんな紫苑に六花は笑顔で大丈夫だと答えた。

「そうですか。一安心です」

「えへへー。舞台に戻ろ。って、おおぅ?」

 ほっと息を吐き出した紫苑の横で立ち上がった六花であるが、自分が思っている以上に彼女は体力を消耗していたようだ。立つと同時に少しよろけてしまう。

 それを見た紫苑は咄嗟に立ち上がり六花の身体を支えた。

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

「うん。ほんとーにだいじょぶ。でも、つかれたー」

 少しの間、六花を見つめた紫苑は、その言葉に嘘はないと感じ再び安堵の息を吐き出す。

 それから二人は舞台に戻り審判による勝者決定の宣言を聞き、参観者へと頭を下げた後、自分たちの席へと戻るのであった。









 舞台を降りる二人の後姿を見る彰弘の顔に笑みが浮かぶ。

 六花による紫苑への掌打や紫苑による六花への突きなど、なかなかに危険で息を呑む展開もあったが、総合的にみて非常に良い試合であったからこそ、そして大事はなかったからこそである。

「な、なんか凄かったのじゃ」

「う、うん。ちょっと怖かったけど……すごくカッコよかった」

 驚きながらも賞賛に近い意見の穏姫やカナデ。その横ではそれぞれの両親が今まで想像できなかったものを見たように表情を固めている。

「あの()たちには、あんな顔もあったんですね。うちの()もそうなのかな?」

「そうなのかしら?」

 正二や瑞希はいつもとの違いに衝撃を受けたようだ。そして同じ時間を過ごし同じように行動している、まだ試合のない自分たちの娘二人のことを思った。

「あれがもし真剣であったら……どうなってたのでしょうか」

「うん」

 そして、ある種の恐怖に似た何かを感じていたのは彰弘の下で働くミヤコとソウタ、それからその娘のヒビキであった。

 幸いなのは別に忌避感を覚えたわけではないことである。

 ミヤコたちは恐怖のようなものを感じたが、それは六花や紫苑自体を恐れる類ではなく、刃のついた武器を使った場合にどうなるのかを想像してのことであった。

 ちなみに二人の娘はもう一人いるが、それはカッコよかったと言ったカナデである。

「流石に無傷じゃないだろうな。血塗れまではいかないが、ある程度の切り傷は負うってところか。あのくらいなら後遺症が残るやら致命傷やらにはならないさ」

「アキヒロ様は怖くはないのですか? あの()たちが怪我をするのが」

「できれば怪我を負ってもらいたくない。ただ、だからといって止めるつもりもない。勿論、人の道を外れるようなら全力で止めるが……そうでなければ好きにさせるつもりだ」

 放任主義というわけではない。だが、彰弘はできるだけ本人たちの思いや志を尊重するつもりであった。だからこそ彼は四十という超えた今現在も強さの上を目指しているのだ。

 なお、彰弘とともに参観に来た残る二人と一体の表情は試合前後でそう変わってはいない。

 ある程度慣れているパーシスとエレオノールも驚きはしたが、年齢的に見てまだ六花と紫苑の動きは辛うじて常識の範囲内であったからだ。

 ガルドについては竜種であり、ただ単に表情が分かりづらいだけであった。ただ、彼は内心で賞賛の言葉を六花と紫苑に送っている。

「まあ、それはそれとして、今は試合に集中しようか。魔法の方はともかく、武技の方は技術だけなら俺とそう違いがないから、いい勉強になる」

「承知いたしました」

 彰弘の言葉で面々の顔が舞台上へと移る。

 そこではシード扱いであった香澄が戦う、武技戦クラスの第二回戦第一試合が始まろうとしていた。









 午前が終わった。

 彰弘の周囲で言えば、六花に勝った紫苑は第二回戦で実力者との対戦となり惜しくも敗れた。体調が万全であったならば勝てていたかもしれないが、六花との対戦による体力の消耗は多少の時間を置いただけでは回復しきれないほどであったようだ。

 一方、武技戦クラスでシード扱いであった瑞穂と香澄の両名は午後に行われる準決勝に駒を進めていた。

 瑞穂の対戦相手は学園の寮で同室のセーラであったが、実力的には瑞穂の方が上であり順当といったところだろう。

 香澄についてはそれほど関わりのなかった男子であったが、こちらも彼女の方が実力は上であり、危なげなく勝利を得ていた。

 なお、武技戦クラス以外について、多少なりとも彰弘と関係のあるところで午後に対戦があるのは、魔法戦クラスからは第一回戦第一試合で勝利したミナと六花と寮で同室のパールだ。そして魔技戦クラスでは現ガイエル伯爵の次女であるクリスティーヌといつの間にか香澄の親友と周囲に認識されているルート侯爵の三女のルクレーシャである。

 もっとも、魔技戦クラスの場合、出場人数の少なさから午前に試合はなかったので、午後の試合となることは必然なのであるが。

 ちなみにルクレーシャといつも一緒にいるナミとカナは武技戦クラスに出場していたが、両者ともに第二回戦で敗退していた。

 ともかく、グラスウェル魔法学園の闘技会は、こうして午前の日程を滞りなく終わらせたのである。

お読みいただき、ありがとうございます。



後二話で新しい展開に。

やっと彰弘と六花たち四人+αが合流します。

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