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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-98.【グラスウェル魔法学園闘技会:前編】

 前話あらすじ

 大討伐の数か月後。彰弘は使用人を連れてという目立つ状態で、グラスウェル魔法学園の卒業試験である闘技会の参観へと向かう。





 緊張に興奮や期待と不安といった様々なものが少しずつ入り混じった学園の敷地内を進み、彰弘たちは一つの建物へと入る。

 そこは悪天候であっても学園生たちが身体を動かす授業などで使う、所謂世界融合前の体育館と同義の建物だ。そのため、普段であれば数十名が充分に動けるだけの広さを持つ空間というだけであったが、今は貴族も立ち寄る休憩所として問題ない程度には整えられていた。

「雰囲気は悪くはないが……こりゃ、長いは無用か」

 背後に控えるミヤコが差し出した手へと、脱いだコートを預けた彰弘は休憩所を見渡す。

 なかなかに自然な動作であるのは、周囲からの助言を受け入れ、また彰弘自身がそう努めた結果である。今の世界の主従関係としては別段おかしなことではない。

 もっとも、世界融合前の彰弘だけを知っている者がこの光景を見たら、いろいろと突っ込みたくなるだろうが。

 それはそれとして、休憩所にいるのは貴族かそれに近しい者たちばかりのようだ。服装を見ても立ち居振る舞いを見ても平民と目される者は皆無であった。

「今日はこの季節にしては暖かく外にいても苦ではありませんから、平民の皆様がこの場にいなくても不思議ではありません」

 言葉と表情から彰弘の気持ちを察したパーシスがこの場の現状を口にする。

 平民を見下す貴族はそう多くないが、多くないというだけであって皆無ではない。不要な面倒事を被らないためにも、平民は余程の事情がない限り貴族が集うだろう場所へは近づかないのであった。

 ちなみに休憩所はこの建物だけではない。外であり屋根や壁はないが他にも数箇所用意されており、平民はそちらにいたりする。

「ま、そのへんの事情はともかくとして、と」

 彰弘が再び周囲を見渡した。

 今回、少々特殊だが平民である彰弘が貴族が集っているであろうこの場所に来た目的は何も貴族との縁を結ぼうとしたわけではなく、今回の闘技会の席を融通してくれたストラトスにお礼を含めた挨拶をするためであった。

 既にお礼自体は事前に済ませていたが、当日の闘技会開催前と後での挨拶は常識の範疇だと彼は考えていたのである。

 が、目的であるストラトスの姿は見当たらず。

 そのため、さてどうしたものかと彰弘が思案気な表情をしていると、横から耳慣れた声がかけられた。

「少し表情が面白くてよ」

「失敬な」

 微笑ながら近づいてきたのは、パーティードレスとまではいかないものの、間違いなく礼装であると分かる装いのミレイヌである。

 彼女の斜め後ろにはバラサが控えており、彼もまた執事服のような礼装であった。

「ふふ。それは失礼。それはそれとして、誰かを探しているのかしら?」

「ああ、ストラトスさ……まに挨拶でもと思ってな」

 彰弘の返答に間があった理由を察し失笑しそうになったミレイヌは、それを何とか押さえ込む。

 その様子に、仕方ないだろうがという表情を彰弘が浮かべる。

 今のこの場は名目上では闘技会を見に来た誰もが使える休憩所となっているが、実際には貴族とそれに近しい者だけの場になっている。そんな場で迂闊にいつも通りの『さん』付けで元領主を呼んだとなれば、いらぬ問題を抱える可能性があった。だからこそ、彰弘は『さん』と言ってしまいそうなところを無理矢理に『様』としたのである。

 そしてそれがミレイヌのツボに入りそうになったのだ。

「ぷふっ。失礼、ストラトス様なら少し前にガイエル伯爵様たちとご一緒にここを出て行ったわ。今頃は学園長のところのはずよ」

「お嬢様の仰るとおりかと。ストラトス様とガイエル伯爵様は貴族の方々と挨拶を交わした後、学園長に会い、それからその学園長と直接会場へ向かう予定と記憶しております」

 バラサが口にした一連の流れは例年どおりだ。

 年により多少時間が前後することはあるが、その流れだけは変わらない。

「申し訳ありません。読み違えました」

「二人が気にする必要はない。のんびりとしてたのは俺だし、約束をしてたわけでも今この段階で絶対に会わなければならないわけでもないからな」

 頭を下げるパーシスとエレオノールに彰弘は気にするなと伝える。

 彰弘はあくまで可能なら挨拶をしておきたかったというだけだ。だから彼はストラトスに今会えないとしても誰かを責める気持ちはなかった。

「さて。となると、ここにいる意味はなくなったわけだ。会場にでも行くかな」

「そう? 折角だから一人くらい貴族に挨拶をしていっても良いのではなくて?」

「別に貴族の知り合いを増やしたいとは思わないんだが」

「言い方が悪かったわね。父が一度あなたと話してみたいといってるのよ。挨拶だけでもしてくれると助かるのだけれど」

 ミレイヌの視線の先を彰弘が追うと、四十代半ばくらいの男がそれよりも少しだけ若く見える女を連れて近づいてくる姿が見えた。華美ではないが品の良い服に落ち着いた所作の二人は、なるほど貴族とその妻に見える。

「母親似なんだな」

「分かって?」

「ああ。そっくりというわけじゃないが、似てるよ」

 近づいてくる男女から一旦目を離し、そんな会話をミレイヌと交わしてから彰弘は目の前にまできた二人に向き直る。

 この後、両者はお互いの自己紹介の後、少々の時間とりとめのない会話を行う。そしてそれが一区切りついた後、揃って休憩所を後にしたのであった。









 闘技会が行われる会場は正方形の舞台を円状に囲むように参観席が設けられた、別段珍しくはないすり鉢状の形をしていた。

 参観席は舞台からおよそ十メートルほど離れていて地面から二メートルほどの高さに最前列がある。この距離と高さは、舞台で戦うのが学園に通う一般的な生徒であることを前提に設計されていた。これならば参観者にまでは被害が及ばないというわけだ。

 懸念事項としては弓矢などの飛び道具系統の使用だが、これにしても参観者は舞台を見下ろす形で見ることになるため、戦う者が故意に狙わなければ参観者が被害を被ることはまずないと言える。

 なお、皇都にある闘技場などは舞台から観客席までの距離は変わらないが、観客席の高さは倍以上となっていた。これは学園に通う生徒とは比べ物にならない実力者が戦うために観客の安全を考慮しているのである。

 さて。皇都の闘技場はともかくとして、学園の闘技場に辿り着いた彰弘たちは指定された席に着いて闘技会の始まりを待っていた。

 彰弘たち以外の参観者も、そして舞台の上で戦う生徒たちも今か今かと開始を待ちわびている。

 既に学園長による開会の挨拶は終わっていた。後は開始の合図を待つばかりだ。









 学園長の話が終わり少し経ち、貴賓席の真下に設けられた生徒用の席から二名の生徒が舞台へと降りてきた。グラスウェル魔法学園卒業試験の一つ、闘技会の魔法戦クラス第一回戦第一試合を行う二名だ。

 貴賓席の正面に位置する席だったため、その二名の顔を見ることができた彰弘は、片方が見知った顔であることに気がついた。

「確かいつも香澄と話していた子の後ろにいた……。六花たちは直接戦闘はともかく、魔法の実力は学園内でトップクラスで、氷系統の魔法が得意だとも言ってたか」

 そして探り当てた記憶を彰弘は呟く。

 グラスウェル魔法学園が長期休みに入るたびに香澄と何やら話している生徒の少し後ろで、そのやり取りを微笑ましそうに見ている三名の内の一名が、今出て来た二名の内の片方であった。

 彰弘が記憶を探っている間にも時間は過ぎていく。

 二名の生徒が舞台に上がり貴賓席へ向き直ると、それに応じて貴賓席の中央に座っていた男が立ち上がり拡声の魔導具を手に取った。

「今年の春。大討伐で活躍したのは君たちの先達であった。直接戦った者、後方で支援していた者。そのどちらもが力を尽くしたからこそ大討伐は成功した。そんな彼らの後輩である君たちの力を私に見せて欲しい。無論、直接戦うではない君たちの力も後日確実に私は見る。だがまずは、今日この場で戦う君たちの力を私に見せて欲しい! ガイエル領領主クリストフ・ガイエルの名において、今ここに闘技会の開催を宣言する。魔法戦クラス第一回戦第一試合、ミナ・アムト対グラフ・メイグフ。始めよ!」

 クリストフの宣言に歓声が沸く。

 そしてそんな中。戦うために舞台へと上がった二人は領主へと一礼した後、素早く相手との間合い取り魔法の詠唱を開始する。

 魔法戦クラスで使える戦闘手段は魔法のみ。基本的には相手よりも早く、魔法で攻撃した方が勝ちとなる確率が高い。しかし、当然のことながら早さを重視するあまり、放った魔法が相手へと届かなければ意味がないし、仮に届いたとしても有効打……いや勝ちを手中にできるだけの威力がなければ、こちらも意味がなかった。

 だからこそ、ミナとグラフの詠唱は相応に長いものであるが、それでも歓声が一旦止み参観者が舞台上の二人に注目するころには両者の詠唱は終わる。

「吹き飛ばせ! 『ガルウィンド』!」

 先に魔法名を口にしたのはグラフであった。

 闘技会の初戦は領主に名を呼ばれるということから、魔法戦クラスに出場する中でも上位者同士の対戦となる。

 勿論、グラフという男もそれなりの実力者であった。事実、彼の魔法はひと一人を吹き飛ばせるだけの威力を持っていたのだ。何の問題もなく相手へとその魔法が到達していれば、対象を舞台から落とすことができるはずであった。

 だが、そうはならない。

 グラフの一瞬後にミナが魔法を完成させたのである。

「『アトミゼーション・スフィア』」

 よく通る声が聞こえた瞬間。グラフの作り出した魔法は何もそこにはなかったように消え去った。

 グラフの手前で発動したミナの魔法が、彼の作り出した風の渦を霧散させたのである。

「は?」

 思わずグラフの口から言葉が漏れた。 

 彼は魔法同士が衝突するだろうと思ってはいたのだが、まさか発動直後に消し去られるとは考えてもみなかったのである。

 だからこそ、思考に隙が生まれた。

 そしてその隙は、この試合の勝敗を決めるものになる。

 自らの魔法が効果を発揮し相手の魔法を打ち消したと見るや走り出したミナは、相手のすぐ目の前で足を止め、手に持つ杖の先端を相手の鼻先数センチメートルへと向けた。

「無限に出でよ、氷結の弾丸。『アイスバラージ・エンドレス』」

 そしてそこから無数の氷の粒を発射させる。

 隙を見せ、ミナの接近を許したグラフに成す術はなかった。

 一発一発の威力はそれほどではなく、精々が軽く殴られる程度だ。しかしそれが絶え間なくグラフの顔面に打ち付けられたのだ。

「ちょ、ちょっと待て。ストッぶふー」

 初弾を受けたグラフの咄嗟の行動は、回避でも防御でもなく言葉による制止であったが、この場でそんなものが聞き入れられるはずもない。

 哀れグラフは延々と続けられる氷の弾丸でできた布団の中に沈んだのである。

「勝者、ミナ・アムト!」

 審判をする教員がミナの勝利を告げた。

 傍から見たら一方的に見える戦いに会場が静まる中、ミナが貴賓席へ向けてお辞儀をする。そして何故か少しだけ顔の位置をずらして再度のお辞儀。その後、彼女はゆっくりとした足取りで自分たちが待機する場所へと戻っていくのであった。









「男の方はいいとこなかったな。ま、しかしなかなかに面白かった」

 第一試合が終わった後、彰弘がそんな感想を漏らした。

 最初に攻撃ではなく相手の攻撃を防ぐ手段を用いて、それを無力化。その後の容赦ない攻撃。ミナが対戦相手のことを知っていたからこその戦法だろうが悪くはない戦い方である。

 グラフが放ったのが風系統の魔法で不可視に近いものであり、ミナがそれを防ぐために使った魔法も見えるものではないため、いまいち盛り上がりには欠けていたが、分かる者には分かる面白い戦いではあった。

「最後のあれは香澄さんリスペクトでしょうか」

 二度のお辞儀をしたミナを見たミヤコがふいにそんなことを口にした。

 ミナのことを直接知っているわけではないが、学園が長期休みのときにいろいろと六花たちから話を聞いている彼女だからの言葉である。

「どうかな? 氷姫なんて呼ばれているようだから、その可能性は無きにしも非ずかもな。まあ、確かに最後の魔法と試合が終わった後のお辞儀には、その意味があったような気がしないでもない。もっともお辞儀の先はルクレーシャ嬢だったか、その彼女かもしれないが」

 一年を超えて呼ばれ続けているのに未だに恥ずかしがる香澄の姿を思い浮かべ彰弘が笑う。

 そんな感じで会話を続ける彰弘たちの耳に今度は武技戦クラスの第一回戦第一試合を行う二名の名が届く。

 グラスウェル魔法学園の闘技会はこうして始まったのである。








 ちなみにこの闘技会の試合内容については、彰弘が逐一説明することによりミヤコ含めた周囲の者たちはどのような流れで試合が進むのかを目で見て分からずとも把握できていたりする。

 まあ、完全な余談である。

お読みいただき、ありがとうございます。



昼寝のつもりがたっぷり睡眠。

週末の生活リズムが狂ってる。

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