4-96.【大討伐:凱旋】
前話あらすじ
少なくない被害を出しながらも大討伐は人種側の勝利に終わる。
深遠の樹海内の拠点で戦死者を葬送した大討伐隊は、それぞれが出発した街へと発つのであった。
大討伐隊がグラスウェルを出発してから五日目の昼過ぎ。
北門に続く大通りをゆるりと散策する影虎家族の姿があった。
影虎の服装は白衣に央常神社の白紋が入った白色袴、そしてその上に白色の格衣といったもので、なかなかに似合っている。着始めた当初は何となくといった違和感を自他ともに感じていたものであったが、それも最近ではなくなっていた。
そんな感じの影虎から一人分の間を空けて横を歩いているのは瑠璃だ。影虎の妻である彼女の服装は、夫と同様の白衣に緋袴、そして千早である。夫とは違い当初から全く違和感を覚えない様子であったのは、彼女自身が早々にその着衣を受け入れていたからであろう。
そんな二人の間で両手を繋がれ嬉しそうにしているのは穏姫こと国之穏姫命であった。世界融合の後に影虎夫妻の養子となった彼女は、少々肌寒さを感じる本日でも白衣に緋袴だけで上には何も着ていない。神の分身体であるので多少の暑さ寒さは問題ないのであった。
ちなみに影虎夫妻には実子の息子が一人いるが、彼は現在グラスウェルの北東にあるクラツという街の商家に婿入りしそこで暮らしている。
なお、余談だが瑠璃や穏姫はともかくとして、影虎の装束は元日本では特級位の者が身に着けるものであり、神主のそれに詳しい者がいたら眉をひそめるかもしれない。しかし今の世界は融合前とは違う。神社本庁自体は残り存在しているものの、国之穏姫命を祀る央常神社は元日本の神社とは意味合いが違っているので神社本庁が何かを言う権利はないのである。もっとも、その神社本庁は未だに世界融合後に残った神社に何かをできるまでには至ってないのだが。
それはさておき。
影虎家族が大通りを散策しているのにはわけがある。それは本日彰弘が参加した大討伐隊がグラスウェルに戻ってくることを穏姫が口にしたからであった。
穏姫とは国之穏姫命の分身体であり、その国之穏姫命は彰弘に自身の名付き加護を授けた存在と同義だ。意識さえすれば加護を持つものの状態を把握できるのが神でありその分身体である。
要するに彰弘がオークキングを倒し、また邪神の眷属であるポルヌアをも倒して、無事にグラスウェルへと本日帰還することが穏姫には分かり、それを影虎に伝えた結果、家族で彰弘を出迎えに赴いた。そういうことである。
なお、このことは彰弘の家にも伝えられていた。影虎たちは純粋な散策も兼ねていたために早めに出てきていたが、彰弘の下で働く使用人たちはやるべきことをやってから来ることになっている。両者は後で合流し、揃って彰弘を向かえる予定であった。
「来ないのじゃー」
人垣の中、影虎に肩車された穏姫が額のところに手で日除けを作り首を左右に動かしながら行列を確認する。
多くの冒険者や兵士による行列がパレードのように大通りをゆっくりと進んでいた。
正式なものは後日改めて行われる予定であるが、まずは住民が感じていた不安を払拭する必要があり企画されたのである。
行列の先頭から少し後ろには、このために作られたかのような屋根もなく乗る者の姿も隠すものもないが一見して立派であると分かる獣車が数台進んでいた。その上で笑みを浮かべ手を振るのは、今回の大討伐で見事な活躍をした者たちである。
オークエンペラーやオークキングを倒した者たちや、それら脅威と呼べる個体を倒すことはなかったものの獅子奮迅の戦いで大討伐成功に貢献した者などが、そこには乗っていた。
「むー。彰弘もあそこにいるかと思ったんじゃがなー」
目を凝らす穏姫であったが、やはりそこに彰弘の姿はない。
どのパーティーが何を倒したや、誰が活躍したなどの情報はこの小パレードが行われる前に喧伝されていたが、実はそこに彰弘の名前も彼のパーティー名も含まれてはいなかった。
それでも穏姫は事実を知り把握していたのだから、いるはずだと思い込んでいたのである。
勿論、穏姫が意識して彰弘を探していれば余程遠方にいるでもない限り現在彼がいる場所を把握することは可能なのであるが、それは無粋というものであり今はそのようなことをしていない。
「この中を進むのを嫌がったんでしょうね」
「初詣のときのことを考えると、そうかもしれませんね」
「このような催しの場合、条件はありますが必ずしも参加しなければならないというわけではありませんので恐らくはそうでしょう。まあ、功労者がアキヒロ様だけのような場合は、半ば強制参加となっていたと思いますが」
穏姫を肩車しつつ行列を眺める影虎がそんなことを口にすると、少し前に合流した彰弘の下で使用人を纏める立場に就いたミヤコが初詣のときのことを思い浮かべ同意する。
そしてその二人の後に続いて、彰弘の家の隣に建つストラトス家で侍女長の立場にあるパーシスが、穏やかな顔で行列を見つつ裏事情のようなものを説明した。
三人の会話は間違ってはいない。実際に彰弘はこのパレードのことを伝えられたとき、一拍の後に断りを返していた。彼は別に有名になりたいわけではなかったし、注目を浴びたいわけでもなかったからだ。
なお、パーシスが何故この場にいるのかだが、それは実質同じ敷地内と言える隣に建つ家の使用人たちが揃って外出するのを見かけ、そこでその理由を聞いたからである。ストラトスの意向というものがあることは確かだが、それを抜きにしてもパーシスたちにとっての彰弘というのは、数か月間を同じ場所で過ごしてきたといっても過言ではなく、無事である姿というのを早く確認したい程度には気にする存在なのであった。
「にしてもあれだな。折角、パレードを断って注目されないかと思いきや、俺らがこうも揃って待ってたら、それも台無しだな。いや、ここに来てる俺が言うのも何なんだが」
「……そういうことは早めに言ってください、ロソコムさん。今更ですがクキング夫妻が苦笑していた意味を理解しました」
同種ではない人には分かりづらい、おどけたような表情を浮かべるロソコムに、ミヤコが若干眉を寄せる。
自分の主があまり周囲から注目されることを好んでいないのだろうとは分かっていたミヤコであるが、今回のようなことは初めてであり、自分たちの行動が主人の意に沿わないものであろうことまで考えが至っていなかった。
これは他の使用人も同じであり、その表情は何か失敗したときのようなものとなっている。
例外なのはロソコムとミヤコの次女であり、まだ九歳のヒビキであった。前者はその性格から特に気にしておらず、後者はまだそれに気づいていない。
一方、パーシスたちはどうなのかというと、パーシス以外は彰弘の下の使用人たちと同じような顔をしていた。自分たちの主というわけではないのだが、そこには明確な身分差というものが存在しており、今回の行動は失敬に当たるのではないかと考えてしまったのである。
なお、苦笑でミヤコたちを見送った彰弘邸の使用人で料理全般担当のクキング夫妻はというと、家に残り今晩の料理の仕込みに力を入れていた。彰弘が無事に帰還したことを今晩の料理で祝うことこそが二人にとって最も気持ちを表せられるということなのである。
さて、それはそれとして、若干雰囲気が変わった使用人一同に向けてパーシスが声をかけた。ストラトスの下に長年仕えてきた彼女は今回のことが負であるとは決して考えていない。むしろ先々のためには必要だと感じていた。だから、主を迎えるには宜しくない状態になった面々の気を持ち直させるため、また今後にこの経験を活かせるようにと口を開いたのである。
「気にする必要はありません、とは言いません。が、気にし過ぎです。アキヒロ様はこの程度のことで、あなた方をどうこうするような方ではないはずです」
確かに彰弘は注目されることを好むわけではないが、仮に誰かの理由でそうなったとしても、即その誰かをどうにかするような人物ではない。勿論、その誰かが意図してそれを行い自身や自身の親しい人物に害となるようならば何らかの対応はするが、決して理不尽に行うことはない。
ミヤコたちも数か月とはいえ、同じ家で暮らしているのだから、そのあたりは大体のところ理解しており、パーシスの言葉に頷く。
「それに、……あの方には私たちに出迎えられることで注目されるくらいは許容していただく必要があるでしょう。偶然か必然かは分かりませんが、世界が融合してからまだ二年程度という短い期間で神の名付きの加護を二つも授けられ、この地での最高権力者……とはまだお会いにはなっていませんが、その前任である我らが主とも普通と言える程度には付き合うということまでなしている。先を考えたら、もう少し今の状況を受け入れていただくべきだと私は思いますよ。まあ、簡単に言えば、今回のことについてはそこまで気にする必要はないということです。あの方のためにも」
最後に茶目っ気のある表情を見せたパーシスに、彰弘の下の使用人のみならず、パーシスとともに来た使用人も一様に思考を巡らせる。
状況により対応を変える必要があるのは世の中にはままあることだが、主と使用人というのは明確な身分差というものがある分、普通のそれよりも難しいといえる。しかし難しいからといって、己が主の意のままに行動することが良いわけではない。多少外れたとしても、主のためになる行動をするべきであった。
幸いにも彰弘とストラトスは使用人に無理難題を押し付けたり理不尽なことをさせるような主ではない。パーシス以外のこの場にいる使用人の身分は奴隷であるが、その環境は恵まれているし本人たちもそれを自覚していた。
だから暫しの思考の後、穏やかな表情を覗かせ行列に目を戻したのである。
さて、そんな一連の流れを横で見ていた影虎たちはというと……。
「あらあらまあまあ」
「彰弘さんも大変ですねぇ」
「彰弘来ないのじゃ〜」
と、暢気ともいえる状態であった。
若干の違いはあるが、この世界で明確に力を持つ神の下、現界でその最高位に位置する影虎は、彰弘とそれほどの違いはないくらいには地位が高いのである。つまり、いずれは我が身なのであった。当然、彼の妻である瑠璃も似たようなものである。
ちなみに穏姫は神の分身体なので、わざわざ言う必要はないだろう。
ともかく。
大討伐から帰還した冒険者や兵士が大通りを進んで行く。
影虎家族、そして彰弘とストラトスの下で働くそれぞれの使用人たちの前に、彰弘たちが姿を見せるのは今暫くの時間が必要であった。
◇
影虎たちが出迎えする場所に陣取り、あれこれしていたころ。
彰弘とそのパーティーメンバーはグラスウェルの北門から少し離れたところで雑談をしていた。
理由は言うまでもなく、門が非常に混みあっていたからだ。
住民の不安を払拭するための小パレードのこともあり整然としているのだが、一万人近い人数が街へと入るのだから門の前は長蛇の列である。
「こりゃ時間がかかりそうだな。ま、食べる時間があると考えれば、むしろ良いことか」
「同意しますが、このペースだと夕暮れ前に何とかというところでしょうか?」
彰弘としては列に並んで少しずつ進むよりは暫くのんびりとして列が短くなってから行けばいいと考えていたが、想像以上に街に入るのが遅くなりそうであった。
大討伐隊がグラスウェルの北門前に到着したのは昼時の少し前であるが、昼を一時間ほど過ぎた後でも列の長さはそれほど変わっていない。
列が少し短くなると、それまで待機していた者たちがそこに加わっているからである。
「街に早く入りたかったのなら、パレードの話を受けたのなら良かったじゃない。食事はその後でも大丈夫だったのではなくて?」
「飯はともかく、それはごめんだ。面倒……とは違うが、性じゃない。断ることができないなら仕方ないが、そうじゃないなら遠慮する」
冒険者ギルドの職員からパレードへの参加要請はあったのだが、幸いにも今回はオークエンペラーを倒した魔獣の顎や清浄の風にオーク集落の中にいたオークキングを倒した光翼がいた。また、それらパーティー以外でも今回の大討伐で活躍した複数のパーティーや兵士の小隊もいたのである。
そのため、パレードを企画していた冒険者ギルドや総合管理庁は、彰弘の意見を受け入れたのであった。
ちなみにオークエンペラーを倒した内の残る一パーティーである竜の翼は、ファムクリツへ戻り、そこでグラスウェルでのパレードと似たようなことをしている。
「それはそれとして良く食べますねぇ」
「否定はしません。が、干し肉を齧りながらでは説得力がありませんよ」
「私は一つを少しずつです」
苦笑気味に言うウェスターをアカリが半眼で見返す。
確かにアカリの手には干し肉があり時折口に持って行き咀嚼しているが、彼女は言葉どおりに一つのそれをゆっくりとである。しかし彼女以外は雑談しつつも絶え間なく食べ続けていた。
これは大討伐の最中に普通のオークよりも強い個体を短時間で多く倒したことによる影響がここに来てアカリを除く四人に表れたためだ。
魔物を殺すと、その魔物がそれまでに受けた影響度合いにより、それを与えた者へと魔素が流れ込み吸収される。そして数日の内に――個々に違いはあるが――身体へと馴染み力となるのだが、その段階で相応の栄養が必要となるのだ。そのため、場合によっては食事などの方法により体内に栄養の素となるものを入れなければならない。もし何も摂取せずに体内の栄養消費が生命維持の危険域に達したら、折角強くなるための魔素が身体に馴染まずに体外へ排出されてしまうのである。
強くなることが生き残るために稼ぐために最善である冒険者にとって、折角吸収した魔素を無駄にすることは可能な限りしたくないのであった。
ちなみにアカリもオークリーダーを数体にオークジェネラルも一体倒しているが、彼女の場合は既に魔素の馴染みは終わっている。
「まあ、それはそれとしてですが、これ何のお肉なんですか? 今までに食べたことないほど美味しいんですけど」
「確かに食べたことないかもしれません。ここまで芳醇で旨みのある干し肉は」
「……誰にも言わないなら教えても良いが?」
「え?」
「気になる言い方ですね」
間を空けて言葉を返す彰弘にアカリとウェスターはお互いに顔を見合わせる。
そしてまずウェスターの方が口を開き、それにアカリが続く。
「分かりました、私は誰にも言わないと約束します」
「あ、わ、私もです」
そして知らされた事実にウェスターは目を見開き、アカリが思わず声を出す。
「へー。そうなんですかー……って、りゅ、いだっー!」
「ふぅ。何で、こう言った先から口にしようとする奴がいるんだか」
やれやれと干し肉を齧りながら首を左右に振る彰弘の前では、仰向けに倒れたアカリが額を押さえて涙目になっていた。
彰弘の指から放たれた神速のデコピンがアカリの額に直撃した結果である。
「自業自得ですよアカリ。誰にも言わないということは、声に出さない、誰にも伝わらないようにするということです」
「うう、分かってますよ。分かっていますけど、思わず驚きが声に出そうになったんです。でもいきなりデコピンは酷いと思います」
「分からなくはないのだけれど、声で制止してたら間に合わなかったのではなくて?」
笑みの顔で言うミレイヌの言葉はもっともだ。
声で制止しようとしても、間違いなくアカリの口から竜の一言は飛び出していただろう。額に強い衝撃を受けたからこそ、言葉は止まったのである。
「ともかく、迂闊に口にしない方がいいぞ。数百年生きているエルフでさえ久しぶりに食べた、今じゃどれだけ金を出しても余程運が良くないと食べられないと言ってたからな。影響は並じゃないだろう。ヘタしたら厄介な貴族なんかに目を付けられるかもしれん。まあ、それはそれとして、折角だから戻ったら干し肉以外も食べてみるか? 正直死ぬまでに消費しきれる気がしないんだよ。誰彼構わず振舞うのは問題あるだろうからな」
今回の彰弘が提供した干し肉は上位竜のものであるが、その肉は干し肉以外にも多量にある。邪神の眷属の攻撃を防ぐために使われた心臓などを使ったものは既にないものの、それ以外の物は誇張なしに恐ろしいほどの量が彰弘のマジックバングルに収納されていた。
なお、余談であるが竜――龍もだが――の心臓というものは存外に小さい。通常、人種も普通の動物も魔物も、心臓は血液を体内に循環させるためのポンプの役割を果たしているのだが、竜などの一部の存在が持つそれは血液ではなく魔力を循環させる役割を持っており、それらは魔力で血液までも体内を循環させているのである。そのため、全長が五十メートルあるものであっても、その心臓は数十センチメートル程度でしかないのであった。
「ここぞとばかりに被害者を増やすわね」
「問題ないだろ。美味いが不思議なほどに後に影響がないわけだし」
実際に竜の素材を使った料理は驚くほど美味く、その一瞬は他の料理が考えられなくなることもある。普通そこまで美味いものならば、その後の料理に物足りなさを感じてもおかしくはないのだが、竜の素材を使った料理にはそれがないのである。
「ま、今日のところは帰ったらクキング夫妻の料理を堪能するがな」
「私もお母さんの料理を堪能します」
そして会話を切り上げ彰弘は再び干し肉を食べ始め、アカリがまたちびちびと口を動かす。
そんな様子に残りの三人は笑みを浮かべ、自分たちも食事を続けるのであった。
◇
食事により魔素が身体に馴染むための栄養が充分となったころに、彰弘へとガルドからの念話が届いた。
その内容は、彰弘が深遠の樹海での戦いが終わり、その後で声をかけようとしても結局何だかんだでそれができなかった二人の人物を見つけたというものである。
「さて、飯は充分とったし、ちょっとお礼を言ってくる」
そう言って立ち上がった彰弘の視線の先には二人の女が、親子ほどに年の離れた男たちと会話している姿があった。
彼女らは彰弘がオークキングとの戦いでバランスを崩したときにオークジェネラルを彼の周囲から遠ざけた、ランクBパーティー穿つ疾風のメンバーであるモニカとシスである。
「良くてよ。でも、そろそろ良い頃合いだから早く戻ってきなさい」
「すぐ戻ってくるさ。お礼を言うだけだしな」
彰弘はその言葉を残して、その場から歩き出した。
そして目的の人物たちに近づき声をかける。
「お話中失礼します」
「ん? 丁度一区切りついたところだが……君は?」
会話が途切れた時を見計らい声をかけた彰弘だが、どうやらそれは正しかったようである。
まず彰弘へと言葉を返したのは目的の二人ではなく、その目的であった人物たちの会話先の男であった。
「ランクEの彰弘と申します。先の戦いでそちらのお二方に助けられたので改めてお礼をと考えまして。深遠の樹海内の拠点や夜営地では挨拶ができなかったものですから」
一応、現場ではお礼を述べてはいたのだが、正式にではなかったので彰弘としては改めてお礼をしたかったのである。
「ふむ。なるほ……ど?」
「どうかされましたか?」
何故か疑問系で受けられたため、彰弘は問いを口にした。
何やら男は自分の記憶を探っているようである。
それから少々の沈黙の後、彰弘に応対していた男が先ほどまで話していた二人の女に目を向けた。
「確認するが、彼がお前たちが言ってた彼か?」
「た、たぶん」
「嘘……でしょ。でも装備はあの後で着けてたのと同じだし、顔も同じ」
何のことやら分からず彰弘は、男と二人の女を交互に見る。
そしてまた少々の沈黙があり、今度はその場にいた別の男が口を開いた。
「なあ君。ちょっと対等な立場にいる者との会話と同じように話してみてくれないか?」
「……まさかとは思ったが。たった一度、それも少しだけでこうなるのか。そんなに違和感があるのか? このような感じだと思いますが、何分意識してやったことはありませんので、もしかしたら若干違うかもしれません」
口調や態度の違いというのは以外と無視できないものだ。
だからこそ公私などにより使い分けたりするのだが、彰弘の場合はその違いが大き過ぎたのである。
「で、どうだ? 二人とも」
「間違いありません、彼です」
「はい。それにしてもここまで違うとまるで別人……ごめんなさい」
どうやら本人認定はされたようである。
しかし、やはり釈然としないのか彰弘の顔は若干渋面であった。
そんな彰弘へと最初に応えた男が笑いながら話しかけてくる。
「まあ、そんな顔をするな。そこまで違うと彼女たちの態度も分からないではないからな。君からしたら納得いかないのかもしれないが」
「久しぶりだったもので、思わず顔に出てしまいましたか。ともかく、お礼を。あなた方が来なければオークキングはどうにかできたとしても、その後のジェネラルに殺されていたかもしれない。あのときは助かりました。本当にありがとうございます」
実際のところは不明であった。
オークキングを倒した後で、魔力を補充できていれば、その後にオークジェネラルに襲われても彰弘はそれらを倒すことができていただろう。しかしその確率は五分五分といったところではないかと彼は考えていた。
だからこそ彰弘は心からモニカとシスへと感謝の言葉を述べ、頭を下げたのである。
「いいえ。いえ、そうね。その言葉はありがたく受け取っておく」
「うん。でも、私たちからもお礼を言わせて。あの状況があったから、今の私たちがある」
「あの状況があったからこそ、私たちは折れかけていたものを辛うじて戻すことができたの。だから、ありがとう」
「あなたの、あなたたちのお蔭で私たちは先に進む切っ掛けを得ることができた。だから、ありがとうございます」
彰弘と同様に真剣な眼差しでそう伝えたモニカとシスが揃って頭を下げた。
その様子に何とも言えない表情を見せた彰弘だったが、彼女らのパーティーが半壊していること知っていた。だから変えた表情を元に戻し、顔を上げた二人に言う。
「気張り過ぎないようにやればいいさ。何事もほどほどが一番だ。勿論、ここぞというときには力を入れる必要はあるけどな。ま、そんなもんだ、じゃあな。……さて、門の列も短くなりましたので、私はここで失礼します。では」
砕けた口調の前半はモニカとシスに向けられ、改まったそれは二人以外の男たちに向けられたものであった。
全く違うそれに、言葉を向けられた両者が動きを止める中、彰弘が背中を向けて立ち去る。
その一拍後、モニカとシスが彰弘の背中に向けて再度頭を下げた。助言と呼べるほどの者ではなかったが、それが今の自分たちにとって重要であると思い至ったからである。
ちなみに残る男たちは、頭を再び下げた二人の様子に満足したかのように笑みを浮かべ、それをなした彰弘を見送るのであった。
◇
栄養補給の最中にバラサが口にした時刻となり、ようやく彰弘たちは街に入る手続きまで後少しというところである。
そんな待ち時間での会話は先ほど彰弘がお礼を言いに向かったときのことであった。
「なかなか面白かったわよ」
「言ってろ。まあでもパーティー半壊を酷く引きずることはなさそうで安心した。他人事ながらな」
「本当の目的はそっちだっかのかしら?」
「そこまでお人好しじゃない。お礼がメインで、そっちはついでだ」
「まあ、それが普通かもしれないわね」
実際、モニカとシスが自分を助けに来たのでなければ、例え事情を知っていようとも話かけることはしなかっただろう。ミレイヌも同じであった。
だからこそ、この話題はここで終わり、そして少しの間無言の時間が流れ、街へ入る手続きが始まる。
「よく、ご無事で。リーダーの方は身分証を提示願います」
彰弘たちの手続きを担当するのは、彼らが街を出るときと同じ者であった。
差し出された身分証を魔導具へと翳して確認を行う兵士の顔は疲れているように見えたが、どこか嬉しそうにも見える。知り合いと言える者が無事に帰って来たからだ。
当然、この兵士が知っている顔で帰ってこれなかった者もいるが、それでも軽く言葉を交わす程度には親しい彰弘たちが帰ってきたのだから兵士の顔に笑みが浮かぶのは分からないでもない。
「約束どおり、私たちだけで考えれば朗報よ」
「とりあえず五体満足で素材も大量だ。まあ、俺の鎧は壊れたが」
街を出るときに交わした言葉の結果を告げる彰弘とミレイヌに、身分証を彰弘へと返した兵士が言葉を返す。
「亡くなった方たちは残念ですが、ある意味それは仕方のないことです。ともあれ、無事でよかったです。今日はゆっくりとお休みになってください」
「ああ。じゃあ、またな」
「では、行くわね」
彰弘が身分証を仕舞い門を通り抜け、それにミレイヌとバラサが続き、最後にウェスターとアカリが兵士の前を通り過ぎる。
そうしてグラスウェルの街の中へと入った彰弘たちは、とりあえず北門から続く大通りを道なりに進んで行く。
「たったの数日。されど数日。帰ってきたって感じだな」
「同感ですね。北側はあまり馴染みがない私ですが、やはり街の中は落ち着きます」
「分かります。あ、母さんと父さんがいる。……メイドもいっぱい、いる。あ、あと神主さんたちも」
数日振りの街中をきょろきょろ見ながら歩いていたアカリが自分の両親を見つけ、そしてその近くに揃いの侍女服を着た集団も見つけた。
勿論、その侍女服の集団とはミヤコ含む彰弘の下で働く使用人とパーシスとともに来たストラトスの下にいる使用人たちである。そして神主たちとは、言わずもがな影虎たちであった。
「あそこに行くのはちょっと遠慮したい気持ちが……」
「いい加減になれるべきではなくて?」
「そうは言ってもなー」
平民が多いこの場所でその集団は非常に目立つ。
実際、小パレードと呼べるものが終わった今でも、かなりの数の人たちが若干離れた位置で何事かと興味の視線を向けていた。
そこに向かって歩いていくのは彰弘でなくても躊躇いが出るだろう。躊躇わないのは根っからの貴族であったり、そういうことに頓着しない性質の者くらいだ。
とはいえ、ここで道を曲がるわけにはいかない。
折角の出迎えを無視できる彰弘ではなかった。
「仕方ない、行くか」
若干緩みかけた足を、先ほどまでと同様に動かし進んで行く彰弘。その後を付けるように、ミレイヌとバラサにウェスターとアカリが続く。
そして集団の目前にまで辿り着いた彰弘が口を開いた。
「今、戻った」
「お帰りなさいませ、アキヒロ様!」
彰弘の言葉の一拍後、一糸乱れぬ所作で使用人たちが声を出し儀礼する。
ただの礼であり特別なものではなかったが、それが見事という以外なかったので見物人たちから思わず感嘆の声が漏れた。
そのことで気恥ずかしさを覚えた彰弘であったが、「お帰りなのじゃ」と張り上げられた穏姫の声に笑みを浮かべ顔を向け、また頭を上げた使用人たちへも同じ表情を向けたのである。
◇
こうして深遠の樹海表層での大討伐は終わりを向かえる。
事後処理やら何やらで暫くは関係各所は忙しないこととなるが、とりあえずは終わりであった。
勿論、素材を大量に運んできた彰弘も暫くはそれ関係で忙しくなるのだが、それはまた別の話である。
お読みいただき、ありがとうございます。
いつの間にやら日を跨いでしまいました。
そしていまいち切りどころが分からず、いつもの倍くらいの文量となっています。
次回は【グラスウェル魔法学園―サブタイトル未定―】となります。
では。