4-94.【魂喰い】
前話あらすじ
セイルたちの到着もあって、彰弘たちはオークの殲滅を完遂する。
しかし、その直後何者かの魔法が彰弘を狙うのであった。
誤算。
この世界では邪神とされたドルワザヌアの眷属であったポルヌアの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
当初の予定では昨年斬り飛ばされた腕の修復を終わらせ、且つ自分の力が完全に戻り殺すに余裕となったところでポルヌアは彰弘に仕掛けるつもりであった。しかし、標的のことが気になり向かった先のグラスウェルで見た彰弘は、自分の想像以上の早さで力を得ていたのである。そしてそれ故に腕の修復自体は終わったが力の回復はまだ十全ではないこの時期にも関わらず行動に出たのだ。
十全な状態ではなくとも彰弘を殺せるだけの力をポルヌアは有しているし、その上で大繁殖したオークの一部を操り、元よりも強く成長させて彰弘を攻撃するように仕向けた。多少の計算違いがあったとしても殺せるはず。事によったらポルヌア自身が手を下すまでもなく標的を亡き者とすることができるはずであった。
しかし、ポルヌアが最後に見たときの状態から計算したよりも強くなっていた彰弘に、グラスウェルでは真の実力を見ることができなかったガルド。更にけしかけたオークが中途半端に頭を働かせ、一気に攻めなかったという誤算があった。
「街で攻撃するべきだった?」
魔法で彰弘を攻撃しながらのポルヌアは思わずそんな声を漏し、すぐに否定する。
確かに最初にグラスウェルの中で彰弘を見たときに攻撃を仕掛ければ、ポルヌアは彼を殺すことができただろう。しかし彼女は、分身体ではあるが正真正銘の神の気配を感じていたし、また自分を倒すことが可能な力を持つ複数の存在も感知していた。つまり、それは自分自身も命を落とす確率が高いということだ。
「なら、どうしたら良かったのかな? ううん。そもそも何でこんなことに」
攻撃の手が休むことはないが、ポルヌアの思考は全く別のことを考え加速する。
勿論、事の始まりは消滅寸前の自分たちの宇宙から、この世界に来たことであった。だが、ポルヌアが今考えているのはそこまで過去のことではなく、そこよりは少しだけ今に近い過去のことだ。
折角、生きて存在できる場所へと辿り着いたのに消滅させられるのは嫌だと思い、身体と力の回復と平行してこの世界の理を取り込み自分を覆い隠し情報収集のために行動した。そして、その一環で神域結界と呼ばれていたものを見に行ったのである。
ここでポルヌアの脳裏に疑問が浮かんだ。
何故自分は普通に街へと入り人と話しても問題ないくらいに自分の正体を隠すことができていたのに、危険かもしれない神域結界をあの時点で見に行ったのだろうか。いつまでもあるわけではないという噂を聞いたからだと考えられなくもないが、今考えたらそれだけのことで危険かもしれない場所へ近づくのはおかしい気がする。そして、その後の行動も……。
「あれ? 正体を隠すことができていたのに危険かもしれない神域結界を見に行く……? おかしい? あれ? 今考えたら?」
自分の行動を思い返す思考が変なことに気づいたポルヌアは、違和感を感じた思考を口に出す。
見に行ったのはおかしくない。危険というならば街の中だろうが外だろうが、神域結界の近くだろうが遠くだろうが同じことだ。
おかしいのは神域結界を見に行ったときに、あの四人に発見され話しかけられるまで自分が逃げもせずに、その場にいたことだったと。そして今この中途半端な状態で標的である彰弘へと攻撃を仕掛けてしまったことだと。
彰弘を殺すだけならば、彼が街の外に出て周囲に人がいないときに、もしくは彼以外がいても少数のときに攻撃をすればいいだけだ。それなのにポルヌアはわざわざこの段階で仕掛けたのである。
これはつまり彰弘を殺す以外の別の思いがポルヌア自身が自覚しないままには育ち、表に出てきたためであった。
「ああ、そうか。わたし……限界だったんだ」
魔法を放つために上げていたポルヌアの腕が下がり、その視線が木々の間に見え隠れする彰弘の姿のみに固定された。
◇
木と木の間を駆け抜ける彰弘が向かう先は、今も止まぬ魔法の使い手がいる場所だ。そんな彼の後ろには今現在可能な最大にまで身体を大きくしたガルドが、大人の胴体と同じくらいの太さの幹を持つ木をなぎ倒しながら追従する。
彰弘の見た目は、ぼろぼろといってもよいありさまであった。ブーツは足首から上の部分がなくなっているし、グローブも前腕部を覆っていた箇所は既にない。胴体を守っていた鎧も今は辛うじて、それを身につけていただろうことが分かる程度にしか残っていなかった。
それでも走る速度に衰えがないのは、見た目に反して身体には怪我と呼ばれるようなものを負っていないからだ。
ケインドルフが造った魔鋼製の板にカイエンデが魔導回路を刻み、国之穏姫命が仕上げた神言・竜心血鱗という魔導具が完全に効果を発揮した結果である。
ガルドが彰弘に追い付き現時点でなれる最大の大きさとなり上空や背後からの魔法を完全に防ぐようになるまで、神言・竜心血鱗は見事に魔法を防ぎ、彰弘を守ったのであった。
なお、彰弘への攻撃はガルドが魔法を防ぐようになってからも止まったわけではない。しかし上空と背後からの攻撃はガルド防ぎ、それ以外の方向からのものは彰弘が二振りの魔剣を使い切り払っていた。
「(主よ、途切れたぞ!)」
「ああ。そして見つけた!」
魔法による攻撃が止んだ中を彰弘とガルドが加速する。
そして接近。
急停止した両者の内、前にいた彰弘は二振りの魔剣にオークキングを斬り殺したときと同じかそれ以上の魔力を注ぎ込み、眼前の相手へと斬りかかろうとして何故か動きを止めた。
「レディとの面会に土埃のプレゼントなんて、ありえなくない? でも、待ってた」
彰弘が斬りかかろうとした相手である邪神の眷属のポルヌアは、そう言うと穏やかな笑みを浮かべたのである。
斬撃を思わず止めてしまった自分自身へと内心で悪態を吐いた彰弘は、すぐに攻撃できる体勢のままポルヌアと対峙していた。
「もう攻撃なんてしないよ。信じらんないかもしれないけど」
「確かに信じられるもんじゃないな」
何かを悟ったような笑みを浮かべるポルヌアからは攻撃を仕掛けてくる気配は全くない。
しかし、だからといって警戒を緩めることができるものではなかった。
「さて、と。他の人が来ると面倒だから単刀直入に言うね。あなた、わたしを喰ってくれない?」
「……は?」
何の脈絡もないポルヌアの言葉に、彰弘の口から少々間抜けな音が漏れた。
無理もない。先ほどまで魔法で自分を殺そうとしていただろう相手が、自分を喰えとはどういうことか。そもそも喰えというのが何を意味しているのかさえも分からない。
「ああ、うん。分からないか。限界みたいなんだよね、わたし。一緒に来たみんなはいなくなっちゃったしさ。この世界で生きてこうと思えばできなくはないんだろうけど、それは不老のわたしにとって地獄でしかないし」
どれだけ、この世界の理で自分を覆い隠したとしても、本来の理が消えるわけではなかった。その状態で生き続けるということはポルヌアにとって耐え難い苦痛でしかない。
仲間も何もいない状況で数年を過ごしたポルヌアは、つい先ほどそれを自覚したのである。
「独りで何かできるほどわたしは強くなかった。でも、この世界に消滅させられるのも嫌。多分、普通に殺されたらこの世界とは異なる理を持つわたしは完全に無となるんだと思う。確定しているわけじゃないけど、今まで調べた情報からの推測だとそう。だから、わたしを喰って。あなたなら、あなたのその剣ならそれができるんでしょ」
ポルヌアの目が彰弘が左手に持つ魔剣に向けられた。
魂喰い。血喰いと同じく注ぎ込まれた魔力で切断力が増し、生物を斬りつけると同時にそこから魔力を吸い取り自己修復をする魔剣である。そして相手が同意すれば、その相手の魂を喰らうことが可能だ。
この魔剣の能力に彰弘が持つに至った魂を喰らい自らの魂と同化させることのできる能力が合わされば、確かにポルヌアの言うことが可能であった。
だが、彰弘は即答しない。できるわけがない。
相性による激痛はこの際置いておくにしても、異なる世界の理を持つ魂を何の弊害もなく吸収できるわけがないだろうからだ。仮に何の弊害がなかったとしても魂を喰らうには、魂喰いで相手を殺す必要がある。
一度止めた手を再び動かすのは並大抵のことではなかった。
「困ったね。まあ、普通はそうなるよね。確かにどんな害があるか分からないし。でも、もう一つの方は考えるまでもないことだね。わたしは異なる世界からきた存在。そしてその存在というのは、この世界ではそこに在るだけで悪影響……ううん、事によったら大災害を撒き散らす。今はこの世界の理で覆えているからいいけど、いつこの覆いが外れちゃうか分からないよ? だから今ここで、あなたはわたしを殺すべき。魂のことはわたしの我侭だから別として……どう?」
「どう? じゃねぇよ、全く。あのまま攻撃してくれていれば普通に殺せたものを。そんな顔と態度じゃ躊躇いが出るだろうが」
「あはは、ごめんね。でも、もう攻撃する気力はないの。ほんと、ごめん」
穏やかな笑みから心底申し訳ないと思っている表情へと変化したポルヌアの顔に、彰弘は左手の力を入れる。
今の状態のポルヌアであればともに過ごせるのではないか。そしてそうすれば彼女が独りであると感じることも解消できるのではないか。そんなことが頭を過ぎる彰弘であったが、それは希望的観測でしかない。
「ガルド、壁になってくれ」
「(心得た、主よ)」
背後から聞こえてくる声に時間の猶予はないと彰弘はガルドに念のための頼みを伝える。
そしてそれにガルドが応じ巨体を動かすと、彰弘は左手の魂喰いに魔力を注ぎ込んだ。
「あは」
「悪さするなよ」
「努力するよ。ありがとっ。ばいばい」
彰弘の左手が動き、ポルヌアの胸に魂喰いが差し込まれる。そして魔剣の能力が発動し瞬時の内に剣身へと一つの魂が吸い込まれ、その持ち主に流れ込む。
彰弘が魂と呼べるものを喰らったのは三度目。最初のときは激痛というのが生ぬるく感じるほどで、二度目は自身の魂とほぼ同じである擬似的な魂であったために痛み全くなかった。
では、今回はどうなのか。
痛みはない。だが、変わりにほんの少しだけ悲しみのようなものを彰弘は感じた。
「やれやれ」
魂喰いをポルヌアの身体から引き抜いた彰弘は、木の幹に寄りかかるように腰を落とした彼女の死体を見つめる。
ポルヌアの表情は穏やかであり、ただ気持ちよく眠っているかのようであった。
「(主よ。異常はないのか?)」
「「(私の魂を口にしてて良かったわね)」
「……女神様のお墨付きで大丈夫らしい。さてと、このままというわけにはいかないよな」
ガルドに答えようとして飛び込んできた念話の内容に驚きながらもほっとしつつ、彰弘はポルヌアの死体をどう扱うかを考える。
そして、証人は必要だろうと、彰弘は自分の後を追ってきた面々を待つことにするのであった。
小さくなったガルドを肩に乗せた彰弘のところへ、セイルたちが到着したのはポルヌアが死んでからすぐのことであった。
「まさか、これが邪神の眷属だってのか?」
見開き木の幹にもたれかかり眠っているように見える胸を血で濡らす少女を見て、セイルが目を見開く。
それに肯定を示したのは実際にポルヌアの顔を見たことのある潜む気配のジェールたちとミレイヌにバラサであった。
「それにしても随分と穏やかな顔ではなくて?」
「理由は分からんが、最後は俺の剣を素直に受け入れてた。多分、俺らには分からない思いなんかがあったんだろうさ」
自ら死を望み受け入れたような表情は、彰弘とガルド以外のこの場にいる面々からしたら不思議としか言いようがないものであった。
しかし、彰弘がその理由を説明することはない。アンヌからの念話により問題はないだろということは分かっているが、事情を話せば面倒事になりそうであった。
「もういいか。『浄火』」
誰に何を言うでもなく、彰弘がいきなり魔法を行使する。
その魔法は人種が亡くなった際に使われる、本来なら神官にしか行使できない神の奇跡の一つであった。
「おいおい。いきなりかよ。てか、お前そんなの使えたのか」
「邪神の眷属だったという証拠は得られませんでしたが、ランクCの証人はいます。それに近い内に神託という形で各神殿の教主に下されるでしょうから問題はないと思いますよ。浄火については前例がありますし、アキヒロさんなら不可能ではないかと」
いきなりであり、また浄火を彰弘が使ったことに驚くセイルを始めとした面々へと、メアルリア教の高位司祭であるミリアが口を開く。
そしてそのミリアはこっそりと彰弘に向けて笑みを浮かべた。彼女のところへはメアルリア教の一柱であるルイーナから念話が届いていたのだ。
「流石に疲れたな」
「(主よ、乗っていくか?)」
「(そうさせてもらおうか)」
ガルドの心遣いに彰弘は笑みを浮かべてから青白い炎へ目を向ける。
その場の誰もが思い思いの表情で見つめる中、ポルヌアの身体を送る青白い炎は次第に小さくなっていくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
潜む気配というパーティー名を、何故か沈黙する気配と打ってたー。
過去投降分も間違えてる可能性あり。
見つけ次第直す所存。




