4-92.【大討伐:救援】
前話あらすじ
彰弘たちにとって順調といえる経過の戦況であったが、それは相手にとっては当然逆である。
会戦から少し。オークたちは総攻撃を開始した。
左手の魂食いを己の背後にまで届くように横薙ぎに大きく振るい二体の動きを止め、同時に身体を傾け右斜め前からくる一撃を躱す。更に正面からくる四体目の攻撃に右手の血喰いを叩きつけ軌道を逸らした。
オークキングと、その取り巻きであったオークジェネラル複数体との交戦に入った彰弘はほぼ防戦一方である。相手がオークジェネラルだけで数も二体程度ならば、二振りの魔剣の力もあるので余裕とまではいかずとも既に倒せていただろう。しかし現在、彼の周囲にはオークジェネラルがそれ以上の数おり、更にそれらとは別格の強さを持つオークキングが一体いるのだ。例え注ぎ込む魔力量に比例して切断力を増す魔剣を持っていたとしても、相手の手数の多さから攻撃する機会をほとんど得られず今の状況になってしまったのである。
彰弘以外の面々もガルドの上から魔法や弓矢で攻撃している者たちを除いては防戦一方だ。
ウェスターはその場をほとんど動かずにオークロードの攻撃を凌いでいる。勿論、オークロードだけが相手ではない。他にも複数のオークが周囲にいるのだが、彼はオークロードの攻撃を防ぐ動きを大きくすることで、それ以外のオークを牽制し前側半分の領域にいる相手を攻撃の間合いに入らせないようにしていた。
ウェスターの後ろ側半分については、少し前から共闘しているジェールが担当している。素早く鋭い動きでオークを自分とウェスターに近づけさせないようにしているのだ。
ただ、この二人の動きは主に攻撃を防ぐためのものなので、相手の数はなかなか減りはしない。彰弘同様に相手の手数多さゆえに攻撃のための行動ができずにいるのであった。
この状態はベントたち三人もほぼ同じである。お互い背中合わせでオークと戦っており、前述の三人とは違い時折攻撃もしていた。しかし三人が三人とも攻守に劣ることはないものの逆に突出している部分があるわけでもないため、結局は防戦となっている。
魔法使いや弓師が足場にしているガルドの前にいるバラサとナリウスも例外ではない。前方で戦う彰弘たちを抜けてきたオークはある程度の数に達していて、この二人も攻撃よりも自らを、またガルドの上から攻撃する者たちを守るための動きをしていた。
唯一攻勢であるミレイヌたちではあるが、オークリーダーは兎も角としてオークジェネラルには苦戦している。斜め上からであり、ある程度密集しているために撃ち射れば当たるのだが、オークジェネラルの皮膚は頑強で深手を負わせるには半数が力不足であった。そうではない者たちもいるのだが、攻撃も放ってから僅かの間に攻撃線上に対象ではない別の個体が入り込むなどで狙った部位に当たらないことがあり、結果的に相手に与える傷が浅いという破目になっていた。
なお、ガルドの上にいるミレイヌは、魔力の消費を無視するなら例え狙ったオークの手前に別のオークが入り、そこに魔法が当たったとしても、そのオークを貫き元々の狙いであったオークへ深手や致命傷を負わせることはできる。しかし、その魔法は魔力回復のために用意した魔石を全て使っても十回できるかどうかだ。まだまだ多くのオークがいる現状では、その選択肢を取れるものではない。
彰弘たちとオークの集団の戦いは、良くも悪くも拮抗しているのであった。
◇
エダムの道案内で戦場に辿り着いたケイスは状況に目を見開くも、すぐさま既に戦っている者たちへ希望を与える。
「後少し耐えれば更に助けが来る! もう少しの辛抱だ!」
確率としては高いが、実際には必ず来ると言えないのだが、この場では少しでも志気を上げる方が良い。
ケイスは続けて一緒に来た者たちへと指示を出した。
「レグル、君たちは三名のところへ! ウラトとティオンは大岩の前で戦う二名の援護。私たちは前で戦う二名のところへ向かう!」
「ケイス!?」
指示を出したケイスに、彼のパーティーメンバーが声を上げる。
何故なら一番助けが必要そうな一人で戦う場所へ誰も援護に向かわせなかったからだ。
「今は無理だ」
しかし、ケイスは渋面でそう返した。
確かにオークキング含む数体のオーク相手に一人で戦う男も助けが必要であろうが、危うい均衡の上に成り立っている戦場に迂闊に手出しをしたらどうなるか未知数だ。中途半端な戦力で向かったら悪い方向に均衡が崩れ最悪の結果を招くかもしれない。かといって、ケイス率いるパーティー全員で向かうとなると、先ほど彼が口にした二名への援護はできなくなる。
ランクCの自負はあるし、一人で戦う男を援護したい気持ちもあったケイスだが、現状と自分たちの力量を考えた上で指示を出したのである。
「なさけねぇ」
声を上げた男はケイスの言葉と表情から意図を読み取り、戦いの場を睨むように見据える。
それから一拍。
「向かう先が終わったら、それぞれ近場の敵から掃討。行動開始!」
と、ケイスが号令を下した。
彼我の戦力は未だにオーク側が上であるが、個々が十全に力を発揮できればそれを覆せるだろう力が追加された。
仮にそれができなくても、更なる助けが来るまでなら耐え切れるだけの力が揃ったのである。
◇
彰弘たちが戦う場へケイスらが到着したころ。オーク集落内での戦いは終わろうとしていた。
南西側から突入した最大戦力のランクBパーティー光翼が指揮下の人員を引き連れて南東側に参戦し、オークキング以上の威容を放っていたオーク――後にオークエンペラーと指定される――が倒され統制を乱したオークどもを殲滅し始めたからである。
「あれなら俺らが急いで何かする必要はなさそうだ」
「ああ。完全に形勢は逆転してるしな」
ガイの言葉に頷いたセイルは周囲を見回す。
現在、彼らの近くで戦っている者は皆無であった。
オークエンペラーを倒してから、まだそれほどの時は経っていないが、オークの姿は周囲に見当たらない。オークも馬鹿ではないから強大な力で君臨していたオークエンペラーが地に伏した姿を見たことで、次は自分の番だということを察し一斉に逃げ出したのである。
勿論、その場にいた冒険者や兵士たちは何もせずにそれ見送ったわけではない。逃げるオークを可能な限り攻撃し倒してはいる。ただ、それでも全てを倒すことはできずに何割かに逃走を許してしまっていた。
「向こうの心配はない。こっちのオークは逃げた。とりあえず警戒しつつ纏めて、向かうのがいいんじゃない? ほら、ガイ頼むよ。あんたが一番年上で経験年数も長いんだからさ」
「俺かよ。まあ、いい。分かった」
男二人に近づきそう言うフウカに、ガイは仕方ないと周囲で息を整える冒険者や兵士に声をかける。
落ち着いてきたように見える戦場ではあるが、まだ完全に終息したわけではない。実際、彼らから見て南側では冒険者や兵士がオーク相手に戦っていた。
優勢であり勝利は間違いないだろうと考えられるが、だからといってこの場でのんびりとしているわけにもいかない。
「さてと……集合しろ! 問題はないと思うが残るオークの討伐に向かうぞ!」
ガイの言葉に周囲の冒険者や兵士が集まってくる。
そして形ばかりであるが整列を終えた人員をガイは見渡し、ふいにその途中で自分たち以外の何かに気づいた。
「なんだ?」
ガイの視線に映ったのは、慌てたような雰囲気で自分たちのところへと走ってくる四名の姿であった。
息を切らせ辿り着いた四名は、ケイスの指示を受けたリッツたちであった。
柵を破り全力で駆けてきた勢いのまま説明をするリッツたちであったから内容は途切れ途切れであった。しかし、要点だけは抜けなく声に出ており、その意図は十全に相手へと伝わる。
「ガイ。指示を仰いでいる時間はないぞ。行くべきだ。それに北といえばアキヒロが配置された場所のはず」
「分かってる」
ガイがこの場にいる面々を見渡し決断する。
「ここの指揮はキョウグ小隊長頼みます。南に行って光翼に伝えてください。魔獣の顎、清浄の風、竜の翼は北の救援に向かいます」
この場にいるほかのランクCを全て連れて行くことも頭に浮かべたガイだったが、今日の様子から遅滞なく救援に向かうためには今挙げた三パーティーだけの方が良いと考えたのである。
「よし行くぞ」
「現場までの案内役は第二部隊のところにいます」
ミリアに神の奇跡の一つである『癒し』を受けたリッツたちは平常となんら変わらぬ様子で向かうべき方角に目を向けた。
ちなみに『癒し』とは、疲れを一時的とることができるが、翌日酷い筋肉痛になるというものだ。
ともかく、北へ救援に向かう人員が決定し、急ぎ北へ向かおうとしたとき、それを制止する声が上がる。
それはオークエンペラーに挑み返り討ちにあった、ランクBパーティー穿つ疾風の生きている二人であった。
「今更何を言っている」
「分かっています。でも……」
言い淀む二人に険しい目を向けるガイ。
しかし、そのやり取りはセイルの声で強制的に終了する。
「ガイ。好きにさせとけ時間の無駄だ。行くぞ!」
一秒も無駄にできないと、セイルはその言葉を最後に駆け出す。
続くのは彼のパーティーメンバーの三人と救援要請にきたリッツたち。
更にその後を清浄の風が走り出した。
「ちっ。勝手にしろ」
最後に一瞥した後、ガイたち魔獣の顎も走り出す。
結果としてオークエンペラーに殺されたのは穿つ疾風の二人だけである。しかし、一歩間違えばガイ率いる魔獣の顎に共闘していた清浄の風。そして助けに現れた竜の翼も何人か死んでいた可能性がある。いや事によったら、それ以上の人数が殺されていたかもしれない。
ランクBになれるだけの力がありながらパーティーリーダーを含む二人を失ったとはいえ、戦いの最中に恐怖と意気消沈で役立たずになった者に、そして生きたオークが近くにいなくなり漸く動けるようになった者にガイたちの態度が冷たいのは仕方のないことかもしれなかった。
「行きましょう」
「ええ」
「二人をお願いします」
この場に残る人たちにもの言わぬ存在となった仲間を預ける二人に、救援に向かうガイたちを憤る気持ちはない。あるとしたら大事な人を失ったからといって全く動けなくなった自分たちにであった。
もしかしたら、近くで生きているオークを見たらまた動けなくなるかもしれないという恐れが二人の中にはある。だが、このまま終わるわけにはいかないという気持ちも確かにあった。
だから二人は走り出す。
北への救援に向かうと決めた二人の原動力は自分勝手なものである。だがそんなことは二人ともに理解していたし、現状問題とはならない。
今重要なのは大討伐に参加した者たちの中で、最速の二人が北への救援に向かったという事実だけであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
いつもより更に頭の中から文章が出てきてくれない現象が発生中。