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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-88.【大討伐:皇帝】

 前話あらすじ

 順調と言える南西側部隊と違い、南東側の部隊はオークの奇襲を受けて危機的な状況へと陥ってしまう。

 それでも何とか事態を打開しようと冒険者や兵士たちは奮闘する。

 そして、そんな南東側の部隊の状況をしった南西側の部隊の指揮官は、南西側の状況を把握した上で救援部隊を送ることにしたのであった。




 頭上から振り下ろされる大剣を左腕のバックラーで受け止めるのではなく、右手に持った長剣を横から叩き付けることで軌道を逸らし回避する。そしてできた一瞬の隙に返す刃で斬りつけ、即座に後ろへと跳ぶ。

「ちっ、駄目か」

 刃を受けた部分を気にする様子もなく見返してくる敵へと忌々しげに吐き捨てたのは魔獣の顎を率いるガイだ。

 軽く斬りつけたというわけではない。その場所は大腿部であり、もし相手が並のオークであったならば間違いなく片足となっていただろう。しかし目の前の敵は、そんな攻撃を受けたにも関わらず平然と何事もなかったように立っているのである。

「あれで薄皮一枚とか洒落にもならないね」

 一切の油断なく細身の剣を構え敵を見据える清浄の風のリーダーであるフウカの顎から汗のひと雫落ち、その隣では彼女のパーティーメンバーのシーリスが構えた槍を握り直した。

「リーダー。流石に、こりゃヤベーぞ」

 近接の距離にいる最後の一人が声を出す。魔獣の顎に所属するステイルは自身の攻撃のみならず、それよりも上の実力を持つガイでさえ有効となる攻撃を相手に与えられなかった事実に肝と冷やした。

 ステイルの危機感は何も彼だけが覚えたわけではなく、同じに近接の距離で戦っているガイ、フウカ、シーリスもそうだ。

 また、少し離れた位置で攻撃の機会を窺っている清浄の風の魔法使いグレイスと弓師のミーシャも同様だし、そんな二人を護る、魔獣の顎の残る三名、ルッソにガッソとジェルスも同じ危機感を抱いている。

 なお、清浄の風には罠師のエルザという者もいるが、彼女も先の例に漏れず遊撃として動き回りながら、その心は他の皆と同様であった。

「フウカ。一気に決めるぞ」

「了解」

 この敵の強大さは自分たちが戦闘に入る前に見ていた光景により始めから分かっていた。

 何しろ若さゆえに経験が不足していて、その上で驕りがあったとしても、ランクBパーティーである穿つ疾風は相手に多少は傷つけはしたものの、それほど時間がかからずに敗北したからだ。

 それでもまず近接での攻撃を試みたのは、回避や受け流せないような攻撃をするわけではないことに加え、発達した筋肉を驚異的な強度を持つ外皮で包む身長が四メートル近い化け物が魔法で狙いを付けるのが難しい程度には素早かったからである。

 だからまずは近接で仕掛け、あわよくば倒してしまうことを考えたのだ。

 だが実際は回避等はできたとしても並みの攻撃が通じる相手ではなかった。穿つ疾風が多少なりとも傷といえるものを与えれていたのは、その攻撃速度が刃の威力を後押ししていたからである。ガイたちの武器も輝亀竜の甲羅を用いた穿つ疾風メンバーが持つ物に劣るものではなかったが、鋭さが欠けておりそれを補う攻撃速度を彼らは持ち得ていなかった。

「グレイス! 全力で叩き込めっ!」

「分かりました。後は頼みます!」

 フウカの声に応えてからグレイスは全力の魔法を使うための集中に入る。

 ただ威力を上げるためだけに自身の身体に残る魔力を一つの魔法に注ぎこみ、それを化け物へと撃ち込むのである。

 全力の魔法を撃ち出した後、まず間違いなくグレイスは魔力枯渇により意識を失う。未だ周囲では冒険者や兵士たちがオークどもとの戦いを繰り広げている中で、そのような状態になるのは危険としか言いようがなかったが、それでもそれをせざるを得ない状況なのである。

 グレイスは自身のパーティーメンバーと、今近くで護りに付いてくれている魔獣の顎のメンバーを信頼し敵を打ち倒すことだけに注力するのであった。









 南西側から南東側部隊が戦う戦場へと向かうセイルたちの目に、奮闘する味方の姿が見えてきた。

 冒険者や兵士たちは大体十数名がひと塊となり襲い来るオークに対応しており、少なくない被害を出しつつも何とか均衡に近い状況を作り出している。

「バラッバラだな」

「でも、何とか戦えてはいるようですよ」

 塊ごとでの連携はできているが、全体としてのそれができていない。

 皮肉なことに、実力の劣る者が倒され、そうでないものが生き延びた結果、実力者が十全の力を発揮できるようになり、何とか戦闘を継続することができるようになっていたのであった。

「セイル。あそこだけ何かスペースが空いてない?」

 セイルの横を走るディアが顔を向けた先は、南東側の部隊が戦う戦場の北側である。他はそうでもないのに、そこだけはそこそこの空間が円形にできていた。

 しかしその空間に全く何もなかったわけではない。半径にして十五メートルほどのそこには、一体の巨大なオークを前に戦いを挑んでいる冒険者の姿があった。

「あれはガイさんたちでは?」

 走り続け、距離が近づいたことで戦っている者たちの顔が見えてくる。

 それはセイルたちも知っている魔獣の顎と清浄の風のメンバーのものであった。

「ああ。なんで、あいつらあんなとんでもないのと戦ってんだ。ありゃ、ランクBが当たるべきだろうが」

「どうするセイル?」

「そりゃ…アムリ隊長! 俺らはあそこに行く!」

 南西側で目撃したキング級よりも威圧感のある存在に苦戦している知り合いを見捨てるわけにはいかないが、何の断りもなく自分たちの部隊から離れるわけにもいかない。そのため、セイルは斜め後ろにいる救援部隊を率いることになった兵士のアムリへと声をかけた。

「許可する!」

 一瞬の逡巡もなくアムリが声を返す。

 ランクCとなったばかりの竜の翼であるが、その実力はランクDのころから知れ渡っていた。竜の翼の戦闘力は攻守ともに優れていることは、少なくともグラスウェルの北部側を拠点とする冒険者や、兵士たちの上層部においては一目置かれるほどにはだ。だからこそアムリは許可を出したのである。

「ディア、突っ込むぞ! ライは援護、ミリアは怪我人を治した後で合流しろ!」

 視線の先で桁違いの体格を持つオークの攻撃で、魔獣の顎のメンバーが負傷したのを見て取ったセイルが即座に支持を飛ばす。

 それにディア、ライ、ミリアが、それぞれに頷く。

「フルブースト・マックス!」

 ライが走りながらという状態であるにも関わらず、ただでさえ難しい身体強化魔法を最大限の効果で先行するセイルとディアへと施す。この状況でオークを倒すために魔力を温存するなどという選択肢はない。

 直後、セイルとディアの走る速度が加速する。

 知り合いの危機を救うため、竜の翼は救援部隊の列から外れ、現場に急行するのであった。









 セイルたちの目に映る少し前。

 有効的な攻撃はできないながらも、魔獣の顎と清浄の風は奮戦していた。

 自分たちが行える最大の攻撃を、化け物のようなオークに叩き付けるために時間を稼ぎ、隙を作ろうとしていたのだ。

 そしてそれは、グレイスがありったけの魔力を込めた魔法の準備が整った直後に訪れる。

「グレイスっ!」

「焼き砕け、フレイム・カノン!」

 フウカの合図に、自らが持つ魔鋼製の長杖の先端を溶かすほどの熱量を持たせた魔法をグレイスが放つ。

 樹海の中である。燃えるものが周囲にある。そんなことは一切お構いなしに、ただ相手を屠ることだけ考えたグレイスの魔法が紅蓮の塊となって標的を襲い、ガイやフウカたちが標的となったオークから素早く距離を取った。

「グルァァオオオオッ!」

 魔鋼という鉄よりも融点の高い金属を溶かすほどの火力だ。まともに喰らえば、例え信じられない強度の外皮を持つようなオークでも無傷でいられるわけがない。

 事実、その標的となったオークは怒声を上げた。炭化し地に落ちた右腕を見て、そして痛みと感じ自身を傷付けた相手を睨みつけ、怒声を上げたのだ。

 しかしこの結果は攻撃を仕掛けた側からしたら失敗と言えた。相手に手傷を負わせることには成功したが屠るまでには至っていない。

 今この場にいる面々ができる最大の攻撃が防がれたとあっては、この後成す術がないと限りなく同義であったからだ。

「防がれ……た?」

 呆然と口にしつつも次の魔法を放つため、魔力枯渇による急激な眠気に抗い、何とか魔石で魔力を回復させようとするグレイス。

 威力は申し分なかった。狙った位置もタイミングも間違っていなかった。唯一誤算があったとしたら、目の前のオークが驚異的な反応で狙われた胸部の前に自身の右腕を持ってきたことか。

 一瞬、その場にいる生物が皆動きを止めた。

 魔法を放ったグレイスも、時間を稼ぎ隙を作ったガイやフウカたちも。それから魔法の結果を見ていた他の面々もだ。

 勿論、攻撃されたオークもである。

 そんな中でいち早く行動に移ったのは、あろうことかグレイスの魔法で右腕を失ったオークであった。

 自身の生命を消すことができる存在であるグレイスに向かってオークは突進すると、残った左腕を叩き付けようとする。だがそれは辛くも両者の間に入ることに成功した、魔獣の顎のルッソとガッソの盾に受け止められた。

「っざけるな!」

「くっそっ」

 輝亀竜の甲羅を用いて作られた盾は流石の強度で、見事にオークの攻撃を防ぐことに成功する。

 問題だったのは、その盾を扱うルッソとガッソの身体であった。

 まともにオークの攻撃を受け止めた二人の身体は、ただの一撃で腕の骨が折れ、それ以外にも何箇所かにヒビが入ってしまう。

 攻撃自体は防げたと言ってもいいだろうが、そこからの衝撃までは完全に防ぐことができなかったのである。

 そのころにはガイたちも復帰しオークの背後から攻撃を再開するが、その攻撃を受けているオークはそんなものには見向きもせずに、ただグレイスへと二撃目を放とうと拳を振り上げた。

「逃げろっ!」

 攻撃が無駄だと知ったガイが、オークの正面に回り込みながら声を上げる。

 しかし、魔力の回復が上手くいかないグレイスと、重傷に近い怪我を負ったルッソとガッソの二人は動けないでいた。

「一意専心!」

 そんな状況の中、そんな声と鋭く空気を引き裂く音がオーク目指して突き刺さる。

 幾分離れた距離にいたミーシャが一縷の望みをかけて、オークの目を狙ったのだ。

 その攻撃は目ではなく、目尻に当たるに留まったが、それによりオークの動きが一瞬とまった。そしてそれが動けない三人の生命を救うことになる。

「うおぉらぁっ!」

 叫び声をともに何かがオークの頭上から振り下ろされる。

 オークは咄嗟に振り上げていた左腕を防御の形にして受け止めると、腕の半ばまで喰い込んだ刃を引き抜くように後方へと跳んだ。

「おいおい冗談だろ。あれで断てねぇのかよ」

 一連の出来事に動きを止めていた魔獣の顎と清浄の風が声の主に目を向ける。

 そこには竜の翼という両刃斧を持ったセイルが立っていた。









「手短に言う。俺らの攻撃はあいつに通じん。セイルお前が倒せ。隙は作る」

 一呼吸の位置で件のオークと向き合いながらガイがセイルを見る。

 その後ろではミリアが神の奇跡で負傷したルッソとガッソを治療していた。

「あの右腕はグレイスさんですか。今の私ではあれはできませんので、それが最善でしょうね」

「私らもそれで文句はない。あれは任せる」

「了解だ。できれば膝を着かせて首の後ろを上に向けてくれ。思っきしそこに叩き込んでやる」

「こちらの治療は終わりました。私も参戦します。平穏と安らぎを司る破壊神アンヌ。御身が御力を今こそ我らに!」

 無駄な時間はないとばかりに、合図を待たずにミリアが相手を壊すことに最適な神の名で祝福を施す。

「では、参ります!」

 そして真っ先にオークへと突進した。

「セイル待ってな。すぐに隙を作る!」

 僅かに遅れてディアが駆け出す。

 そしてその後をガイにフウカが続き、残る面々も攻撃に加わる。

 流石に治療が終わったばかりのルッソとガッソに魔力の回復がまだであるグレイス、それから近接戦闘ではあまり役に立てないライやミーシャは、その場に残ったままだ。

「さて、俺も気合を入れるか」

 獰猛な笑みを浮かべたセイルは己の武器に限界まで魔力を注ぎ込むと機を窺う。

 そんなセイルやオークの膝関節を執拗に攻撃し始めた仲間を見たライが笑みの顔で魔法を準備し始めた。

「グレイスさんみたいにはできませんが、あれの頭を下げさせることならできます」

 そしてそう言うとライは、オークの頭上に魔法を発動直前の状態で待機させる。

 目の前のオークは強大で驚異的で並の攻撃では薄皮に傷を付けるのが精一杯だ。だがそんな相手でも同じようなところに何十何百と攻撃を受ければ決して無視できない傷となっていく。

 勿論、これで相手が傷を即座に癒すことのできる存在であったならば話は別であるが、幸いにしてそのようなことはなかった。

 そうして油断することなく次々と攻撃を加えていき、ついにそのときがやってくる。

 無数の攻撃を受けたオークの膝裏から血が滴り片膝を着いたのだ。

「いい加減に倒れなさい!」

 片膝を着き僅かに前のめりになったオークの背中を蹴り跳んだミリアが、神官服のスカート部分が翻り中が見えるにも構わず後ろ回し蹴りを相手の後頭部へと叩き込む。

 それだけではオークを完全に前のめりへとすることはできなかったが、そこへライが準備していた魔法が落ちてきた。

「アイス・ストライク」

 直径が二メートルを超える球形をした氷塊がオークの頭を直撃し、戦闘前にセイルが望んだ格好となってしまう。

 そしてそのときにはもう、セイルの姿は待機していた場所にはなかった。

 ミリアの蹴りが炸裂したときすでに動き出していたのだ。

「いい加減にくたばりやがれっ!」

 怒号とも取れる言葉とともにセイルの両刃斧が、オークの首へと叩き付けられる。

 全身全霊をかけたその攻撃は見事にオークの首を刎ね飛ばし、更にはその下の地面へと片方の刃を全てめり込ませるほどであった。

「これで流石に死んだだろ……って、痛ぇ」

 掛け値なしの全力であった証拠に、攻撃をしたセイルの両腕は内出血をしており、また全身のいたるところの骨にヒビが入っていた。

「無茶をしますね。それが必要ではありましたが」

 苦笑にも取れる笑みを浮かべたミリアはセイルに近づくと、神の奇跡を使い治療を行う。

 そしてそんな横で倒れて動かないオークを監視していた他の面々の誰かが長く深い息を吐き出した。

「どうやら、ここは終わったようだな」

 未だに周囲での戦闘は終わっていないが、とりあえず最大の難問であろう敵は排除できたようだとガイが口にする。

 倒れたオークからは魔石を生成するときにだけ見られる魔素が靄となって立ち上がっていたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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