4-86.【大討伐:オーク集落襲撃】
前話あらすじ
ゴブリンの集落を迂回し自分の持ち場に進む彰弘たちは、偵察か見回りであろう数体のオークを発見。
それを無事、何事もなく討伐し、大討伐を行うための持ち場に辿り着くのであった。
今回の大討伐対象であるオークの集落は、そこそこ頑丈そうに思える木製の柵に囲まれていた。内と外を繋ぐ門は、方角でいえば北東、北西、南東、南西の計四つで、それぞれに見張りのオークが二体ずつ陣取っている。
そんなオークの集落へ突入する部隊三千名超の人員は南東と南西の門に近い場所に半々で分かれ、突入を前に静かに待機していた。
なお、全ての門からの突入ではなく二つだけなのは、仮にオーク側が一所に集まっていた場合、突入部隊を四つに分けると各個撃破される可能性があるからだ。
逆に部隊を一つとしていないのは、こちらにした場合各個撃破されることはないものの、オークの集落に同時突入できる人員が少なくなり初手の効率が悪くなる。
つまりは事前調査で推定されているオークの数やこちらの損害などを総合的に考慮した結果、部隊を二つに分けてオークの集落に襲撃をかけることが今の状況では最も効率が良いと判断されたのであった。
◇
オークの集落にある四つの門の内の二つに複数の魔力でできた導線が伸びていた。
数分前に全人員が配置に着いたとの連絡が来るや否や、南西門から突入する部隊を指揮するランクBパーティーである光翼のリーダーは事前の打ち合わせどおりにオークの集落の門を破壊し突入口を広げる準備を始めさせたのである。
いよいよ大討伐の本番が始まろうとしていた。
「さーて、いよいよだな」
「ですね。にしても嬉しそうですねセイル」
知っていればそう見えるがそうでなければ獰猛としか取れない表情で背丈以上の両刃斧を肩に担ぐセイルに、自らも愛用の短杖を手にしたライが笑みを向ける。
「分からないでもないね。こんなことを言うのはあれだけど、領主様の護衛は何事もなく退屈だったから」
「兵士の方々も同じ依頼を受けた冒険者の方々も優秀でしたから、私たちの出番はほとんどありませんでしたものね」
男二人の様子に、同じ竜の翼のパーティーメンバーである槍使いのディアがセイルに理解を示すと、その理由をメアルリア教の司祭から高位司祭となったミリアが口にする。
ガイエル領領主の皇都行き護衛依頼を受けていた竜の翼だが、当然ながら他にも護衛はいた。そして護るべき相手が領主ということでその護衛に選ばれていたのは、兵士にしろ冒険者にしろ信頼でき有能な者ばかりである。
道中、魔物に襲われることがなかったわけではないが、それは片手の指で足りる回数でしかなかった。
結局のところ、この領主護衛の間で竜の翼が行ったことと言えば、野営の設置に夜の見張りとゴブリンなどの魔物を数体倒しただけだ。
何も問題なかったことは決して悪いことではないが、少なくとも竜の翼の四人にとっては退屈といえる旅路だったのである。
「どうやら無駄話はここまでのようです」
ライが話を打ち切る言葉を出す。
光翼のリーダーが片手を真上に上げたのが見えたのだ。
「事前に話したとおり、今回私の魔力は全てオークの殲滅に使いますよ」
「ああ、それでいい。身体強化は自前でやる」
「ライは近づいてくるやつをできるだけ頼むよ」
「ではこちらも予定通りに。平穏と安らぎを司る戦神リース。御身が祝福を我らに」
両手を組んだミリアの言葉が終わると同時に、薄っすらとした白い何かが周囲の人たちを一瞬だけ包み込み消えた。
魔力による身体強化とは別系統である神の奇跡による祝福という名のそれである。
人種がその魔力で身体強化を行う場合は、強化率と効果時間に比例して術者が消費する魔力量も多く必要だ。しかし神の奇跡の祝福であれば強化率は一定だが効果時間による魔力の必要量は一定時間内であればそれほど変わらない。そのためにライは魔力による身体強化を他人へと施さず、ミリアは力を行使したのである。
なお、効果範囲に関しては人種が魔力を使って施す場合、その対象は一度に一人だけであるが、祝福の場合は複数人――術者の実力により増減――に施すことが可能であった。
今回、ミリアの祈りで祝福を受けた人数は竜の翼を筆頭に一緒の行動をするおよそ二十人強であり、その数はなかなかに多いと言えるものである。
「私たちと行動をともにする方々にかけることはできました。今の私ではここまでです」
祝福をかけ終えたミリアは、今の今までこのために装備していなかった篭手に二つの刃が生えた無骨な形状をした爪と呼ばれる武器を装着しつつ辺りを見回す。
「ここにいる奴らなら、そのくらい分かってんだろ。それよりも始まったぜ」
祝福の行使先が信徒でない場合、そうである場合よりも難度は上がる。そのことは周知の事実と言っていいほどのことであり、この場にいるような一定以上の経験を持つ者ならば知らぬわけがない。
そのため、自分にかからなかったことに対して何かを言ってくるようであれば、それは自身が無知であることを喧伝するようなものであった。
「いい感じに破壊されましたね」
魔法による攻撃が止み、現れた門だった場所は十人以上が横に並んで通れるくらいまでに拡がっていた。
これほどであれば、わざわざ門のあるところを選ぶ必要はなかったのではないかと思われるが、そこはやはり開閉のための仕組みがある門の方が固定された頑丈そうな柵の箇所よりも脆いだろうという思惑があったのである。
「ともかくだ。そろそろ俺らも行くぞ。先陣の取りこぼしを始末しつつ進む。抜かるなよ!」
オークの集落へ次々と突入していく味方の後姿を見据え、セイルが声を張り上げた。
大討伐隊の第二陣の戦闘は、こうして幕を開けたのである。
オークの集落に入ったセイルたちの一団は、先の言葉のとおり先陣として突入した味方の手から漏れたオークを見つけては倒しつつ前進を続けていた。
だが、その道中何度目かに遭遇したオークを倒した後、ライが訝しげな声を出す。
「セイル。数が少ないとは思いませんか」
「ああ、少ないな。オークの事情なんざ分からんが、ここまで来てこの数ってのはちょっとな」
単純に先陣が軒並み殺しているということも考えられないわけではないが、それにしては地に伏しているオークの数が想像よりも少ない。何らかの理由があると考えられた。
「逃げた……わけではないのでしょうね」
「三千、だったか? その数の群れとなっているオークが集落に襲撃をかけられたからといって、即逃げはねぇだろ。増してや今日ゴブリンの集落を壊滅させているわけだ。ありえん」
「同感。上を逃がすために少数が残っている可能性も……ないわね。いくらなんでも数が少ないし」
「となると考えられるのは、もっと奥にいるか南東の方に多くいるか。とりあえず、現状維持で進み先陣に追いつく。その後は指揮官から指示を頂戴しよう」
「まあ、それしかないでしょう。勝手な行動をするわけにもいかない」
勝手な行動をしてオークの大集団に遭遇した場合、二十数名で行動しているセイルたちは全滅はしなくとも無視できない大損害を受ける確率が高く、そんなことになったら目も当てられない。
今、取れる行動は、当初の予定通り先陣の打ち漏らしオークを始末しつつ進み、先にいる南西から突入した部隊の指揮官たちと合流することであった。
オークの少なさに疑問を覚えてから十数分。
セイルたちは先陣部隊の後ろ姿が見えるところまで来ていた。
「奥にいたが正解か?」
思わず口に出たセイルの目に、それが正しいと思える戦場が映る。
だが、よくよく見てみると違うとも思えた。
確かに冒険者や兵士がオークの集団と激しい戦いを繰り広げている。しかしその規模が小さいと感じたのだ。
「千はいねぇな」
「先陣はランクB含む五百ほどです。で、我々とほぼ同時に突入したのはその半分くらいの人数。何組かがこちらより先に、ここまで来ていたとしても多くて六百くらいでしょう」
「半分正解で半分間違いってとこかしらね」
「ここで止まっていてもしかたありません。光翼の方々は今戦っていないみたいですよ。とりあえず合流しませんか?」
言われて見れば見覚えのある装備の冒険者が戦場の後ろで待機している姿が見て取れた。理由は定かではないが、ランクBともあろう冒険者たちが何の意味もなく戦わずにいるとは考えられない。
「よし。とりあえず合流する。行くぞ!」
号令をかけたセイルが少々足早に移動を再開すると、彼のメンバーがそれに続き、ここまで行動をともにしてきた面々も後を追う。
そして数分。
先陣部隊が戦う戦場までセイルたちは近づいた。
「やはり少ないですね」
激しい戦闘は続いているが、その規模は遠目で見たとき同様に規模が小さく感じられる。
「ああ。少ない。ついでに近づいて分かったが、光翼が戦っていない理由も分かった」
「あの奥の奴だね。オークのジェネラル級と戦ったことはあるけど、あれはその比じゃない」
セイルの言葉を補足するようにディアが口に出したそれは、こちらと戦うオークの後ろに陣取っているひときわ大きな個体のことだ。
並みのオークと比べて二倍近い体格をしており、百メートルは離れているのに威圧感が半端ではない。
「ロード級……いえ、キング級でしょうか」
ランクBであれば、増してやそのパーティーであればオークのキング級であろうとも討伐は可能ではある。しかしそれは可能というだけで楽に勝てる相手というわけではない。
兵士一個体隊を相手にできると言われるランクB冒険者であっても、不意を突かれたら生命が危ないのだ。
ランクBパーティーである光翼が今現在戦闘に参加せずにいる理由はそこにあった。
「指示を仰いで来る。少しここで待機だ。ライ、暫く頼む」
「分かりました」
セイルはライにこの場を任せると、自らたちが動くタイミングを計るように動かずにいる光翼の下へと向かうのであった。
◇
オークの集落へ第二陣の襲撃部隊が突入したころ。第二陣の後方から離れて行動を開始した潜む気配の三名は、ゴブリンの集落から続く気になる痕跡を追って進んでいた。
「これ。やな予感がするね」
「同感ですー」
「同じく」
隠蔽されているわけではないために痕跡を追って進むこと自体は苦でも何でもなかったが、問題は魔石だけ取られた魔物の死体がそこそこ多く転がっていたことだ。
通常、魔物が魔物を襲って倒した場合、食料として血肉を喰らい腹を満たし、その上で人種が魔素を吸収するのと同義となる魔石を喰らう。
しかし、ジェールたちの目に映るのは殺され魔石だけを取られた魔物の死体であり、明らかに普通とは言えない状況であった。
「そりゃ魔物だって、倒した相手を喰わないで魔石だけ取ることもあるだろうけどさ」
「全てが全てというのはありえないねー」
「何らかの? 誰かの? 何かの意思が働いてる?」
「うーん、分からないな。ただ単純に中層に進むために強くなろうとしている? それはそれで問題かもしれないけど、でもボクの考えが正しければこの痕跡の先にはオークがいるんだよね。それがちょっと強くなったからって中層では……うーん」
腕を組み少しだけ思考してからジェールは腕を解く。
深遠の樹海の中層は並のオークが生活をできるほど優しくはない。ただ痕跡は間違いなく中層へと向かっていた。
「とりあえず、続行しようか。このまま放っておいて良いものかも分からないし」
「りょーかーい」
「分かった」
「じゃ、行こうか。基本方針は今まで同様。危ないと感じたら、とんずらするからね」
念のために自身のパーティーメンバーであるフーリとウィークに再度行動方針を伝える。
そして勿論分かっているとの返答を受けてから、ジェールは二人を連れて深遠の樹海の中層へ向かっているように見える痕跡を再び追うのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
いつの間にやら日付が変わってたー。