4-85.【大討伐:オークの偵察隊】
前話あらすじ
壊滅したゴブリンの集落に向かった大討伐隊第一陣はそこで凄惨な現場を目撃するも、後の憂いを可能な限り排除するために調査と生き残りの始末を行うのであった。
潜む気配という名のパーティーからの連絡により、万が一を考えた第二陣はその配置を若干変更することにした。オークの集落へ突入し襲撃をかける第一部隊はそのままであるが、逃げ出したりするオークを要所で迎撃するための第二部隊の数を減らし、ある程度の範囲を移動し接敵したら討伐をするための第三部隊の人員を増やしたのである。
事前の調査でオークの集落周辺は普段の深遠の樹海よりも魔物の数が減少していることが分かっていたため、第三部隊は五名以上十名未満を一つのパーティーとした人員で行動することになっていた。しかしそのパーティーの実力は、上はともかくとして下はパーティーの構成人数以下のオーク数ならば何とか対応できるだろう程度のものである。
もし潜む気配の推測どおりの数のオークが今も集落の中におらず深遠の樹海を徘徊しているならば、下限付近の実力しかないパーティーがそれに遭遇してしまうと迎撃は言うに及ばず、逃走だけでなく救援を呼ぶことすらできずに全滅する恐れがあった。そのため、ランクDパーティーの一部を第二部隊から第三部隊へと移したのである。
勿論、ただ第三部隊の人員を増やしたわけではない。ランクDとなれるだけの実力があるならば例え自分たちでは到底敵わないと思える敵と遭遇しても、その場で全滅となることは相手が埒外の存在でない限り普通はありないため、一つのランクDパーティーに第三部隊所属のパーティーを二つ付け、自分たち以上の魔物の集団と遭遇しても何らかの対応を取れるようにしたのである。
なお、第二部隊の人員が減り、逃げ出すオークがいた場合に当初の予定よりも多くを取り逃がす可能性はあるが、そこはリーダー級以上のオークを必ず仕留めるというところで妥協。大討伐の目的は生態系と人種の脅威を取り除くことに主眼が置かれているため、オークの集落を壊滅させることができるのならば大勢に影響はないと判断されたのである。
◇
「で、俺らを率いることになったと」
いつもと変わりがないような深遠の樹海を進む彰弘は、隣を歩くベントへと声をかける。
深遠の樹海内に築かれた拠点から一番離れた持ち場へ移動する集団の最も外側を歩く彰弘たち断罪の黒き刃のすぐ横には、ベントがリーダーを務める草原の爪痕が歩いている。そしてその二つのパーティーの後ろに今回の再編で一緒に行動することになった飛翔する心というパーティーがいた。
「正直、あんたらの上に立つってんのが、どうにもしっくりこないんだよな」
「そちらはランクD。こちらはランクE。当然ではなくて? それよりも、何故よりにもよって一緒となるのが、あれなのかしら?」
周囲の警戒をしながらも頬を指で掻くベントに応えたミレイヌが送った視線の先にいるのは飛翔する心という名で今回の大討伐に参加している七名であった。
そのパーティーの先頭には昨日彰弘たちにあまり良いとは言えない視線を送り、そして今日実際にからんできた男の姿があった。
「元々、再編前の持ち場が近かったのは姉さんも分かってるだろ? 再編とはいっても極端な持ち場変更は混乱するだろうからって、近場の連中を纏めたってわけだ」
「だからといって、連携が取れなさそうな者同士を一つにするのはいかがなものかしら。それはそれとして姉さんとは誰のことなのかしら? ねぇベントさん?」
「い、いや、別に悪気があったとかそういうんじゃなく、つい」
今一度すぐ後方へ向けた視線をミレイヌはすぐさまベントへ向け直す。
その視線はなかなかに冷ややかで、ベントの頬を汗がつたう。
「迂闊なリーダーで申し訳ない。一応説明をさせてもらうと去年の終わりあたりから北支部じゃ、『首狩りさん首斬りさん爆炎の姉さん』って三人がそこそこ有名になっててね。ご存知ない?」
ベントの横から口を出してきたのは、彼と同じパーティー所属のリクスという槍を持った男である。
ちなみに、このリクスも言葉から分かるとおりミレイヌのことを本人がいない場では姉さん呼ばわりであった。
「知らなくてよ。……アキヒロ?」
「発端はギルド職員らしいな。俺らが持ち込んだオークの状態から職員がそう呼び出したそうだ。外にまで広がってたのは知らなかったが」
あまり見れないミレイヌの表情と、そんな話が広がっていたのを知らなかった自分に苦笑を浮かべつつ彰弘が答える。
人が多くいる時間帯に冒険者ギルドへと足を運ぶことのないことに加えて、あまり周囲が自分をどう見ているかを気にしなくなってきている彰弘と、それに感化されつつあるミレイヌやバラサであるから、自分たちがそう呼ばれているとは思っていなかったのであった。
もっとも彰弘はエレオノールから使用人を購入しに行く途中で冒険者ギルドの職員が自分たちをそう呼んでいるという話を聞いている。ただ、それが職員外までに広がっているとは思いもしてなかったのであった。
「まあ、悪い意味じゃないらしいから放っておくのも手かもしれないな。迂闊に止めようとしたら、俺らのはなくなっても何となくミレイヌの姉さんだけは残るような気がするし。いや、姉さんが消えて姉御になるか?」
「アキヒロ、余計なことは口にするものではなくてよ。見なさい」
彰弘の声が聞こえていたのは、すぐ近くにいた者だけである。ただし問題だったのは、その口から出た言葉に彰弘とミレイヌにバラサ以外が思わず頷いてしまっていることであった。
姉さんだろうが姉御だろうが、負の感情が含まれるものではないために問題はないように思えるが、実際のところ何も知らない人がそう呼ばれるミレイヌを見たら、いろいろと想像力を働かせることは想像に難くない。
「私はお嬢様がどのように呼ばれたとしても離れるつもりはありません」
「それを疑ったことはなくてよバラサ。はあ、もう。この話題は終わりにしましょう。どうにも私が望む方向には向かいそうもないわ」
ため息を吐きつつミレイヌはそう終わりを宣言した。
その様子に彰弘はまた苦笑を浮かべ、ベントたちは姉御の方が合ってるかなあ、とか考えるのであった。
素人には、また経験の浅い者には全く警戒をしていないように見えていても、その実しっかりと周囲を把握している。その段階にいるのがランクD冒険者であった。
「さて」
先ほどまでよりもやや鋭くした目をしたベントが歩みを止めぬまま小さく呟く。彼の仲間も少しだけ緊張の度合いが増している。
そこに、「どうする?」と問いを投げかけたのは、ベントと同じ方向へ視線を向ける彰弘だ。彼はランクEであるが、これまでの運と努力によりベント以上の力量を事戦闘に関しては有している。
「まだまだ後続がいることを考えると放っておくのは危険かもしれないな」
彰弘たちの視線の百メートルほど先には数体のオークの姿が見えている。
先を行った連中が気づかなかったのか気づいていて見逃したのか、はたまた気づく距離でなかったのかは定かではないが、大討伐のことを考えると何の対処もしないままでいるのは危険であった。
勿論、オークの数体程度が脅威というわけではない。問題なのはその数体がこちらに気づき叫び声などでオークの集落へと自分たちが襲撃することを知らせるかもしれない可能性があることが、危険であるかもしれないのだ。
とはいえ、彼我の距離はそこそこあり一息で相手の息の根を止めることは難しい。ランクDの腕を持つ弓師であっても木々が生える樹海の中でこの距離だと、ひと矢で仕留めるのは至難の業だ。魔法の場合は更に厳しく、まずそこまで魔力の導線を延ばせる使い手がランクDであっても多くはない。
「ミレイヌ」
「無理ね。音やら何やらを気にせずに火でなら可能よ。でもそれ以外は無理。でも……相手の口を一瞬塞ぐことくらいならできるわ。顔を水で覆ってしまえばそう簡単に声は出せなくてよ。窒息死させるまではできなくても、あなたが攻撃するまでの時間くらいは稼げるわ」
離れていることもあり得意な属性でないからオークを殺す攻撃はできないが、相手の行動を阻害できるとミレイヌは言う。
火や風という手もあるが、それらは余程強くないと音を周囲に漏らさないようにするのは難しい。土という選択肢もないではないが、大地に接している足を束縛し移動を阻害するのであれば有効だが、多少なりとも地面から離れている顔部分を土で覆うのは、今のミレイヌには少々難しかった。
「ベント。今の俺ならあそこまで五秒もかからん。うちのバラサとウェスターも俺とそう変わらないだろう」
「有望過ぎるランクEだな。よし決めた。あね……ミレイヌさんは口止め準備。ミーミとベスは狙撃の準備。ミレイヌさんは準備ができたら合図。その後でアキヒロさん、ウェスター、バラサが攻撃開始。ミーミとベスは……」
「口止めを失敗、または新手が来たらその牽制。可能ならば射殺。できなければ喋れなく。だね」
「ああ。残りは周囲警戒。後、俺ら以外が変に騒がないように抑えろ。開始」
大声を出せば、未だこちらに気づいていないオークの感心を買ってしまうことになるため、ベントは抑えた声で指示を出す。
彰弘やベントたちと一緒に行動することになっている飛翔する心の極一部は自分たちを抜きに何やら重大な話をしているような雰囲気に不満の表情を出していた。しかし何のための話なのかさえ分かっていない彼らをベントはあえて無視をする。並の実力しかない者に何かをさせる猶予はない。
「届いた」
ミレイヌの声が彰弘に届く。
彼女と掌とオークらの顔の間には、一部の者しか見れない魔力の導線が繋がっていた。
「ウェスター、ベント全力だ。声云々は考えなくていい。いくぞ」
相手の反応を待たずに魔力で全身を無理矢理強化した彰弘が駆け出す。当然、必要以上の音を出すことは厳禁なので地面を爆ぜさせるようなことはしないが、相応の力でその場を蹴った。
ウェスターとベントも彰弘の一瞬後に続く。両者ともに彰弘ほどではないが、魔力による身体強化を行い樹海を疾走する。
そして彰弘たち三人とオークの距離が最初の半分となったところで、ミレイヌの作り出した水がオークの顔面を覆い奴らを無言のまま慌てさせる。そしてようやくそこで彰弘やベントたち以外が近いわけではなく遠すぎるわけでもない位置にオークがいることに気づいた。
そうこうする内に先行していた彰弘がオークとの戦闘距離に入る。
百メートル先という距離に得意ではない魔法を使ったミレイヌの集中力が切れオークの顔面を覆っていた水は落ちるが、そのときすでに彰弘は黒と白の二振りの長剣を抜き放っていた。そして間髪を容れずに魔力を流し込んだ刃を二度振るう。
オークの頭が二つ地面に落ちた。
当然、そこで終わりではない。
僅かに遅れてオークを攻撃できる範囲に入った二人の男が、それぞれの得物を一閃。ウェスターの大剣がオークの肩から入り脇へと抜け、バラサの長剣が喉を斬り裂いた。
彰弘がオークを攻撃できる範囲に入ってから僅か二秒ほど。ミレイヌが魔法を使う準備を終えてからでも十秒足らずで四体のオークとの戦闘は終わっていた。
「他にはいないな」
「この四体だけのようですね」
「ふう。どうにかなりましたか」
それぞれが武器を握ったまま周囲を警戒するが、どうやらこの近くにいたオークは地に伏して屍となっている四体以外にはいないようである。
「さて、このまま放置はあまり良くないな。死体と魔石両方回収しておくべきか」
地面に広がる血はどうしようもないが、後の憂いを断つためにもオークの死体と魔石は回収しておくべきであった。
魔石だけの回収でも普段であれば良かったが、今は大討伐の最中だ。万が一にも死体を残して、別のオークに発見されたことにより大討伐が不利になることは避けたい。
そのため、彰弘たち三人はオークの死体を魔石から離してマジックバングルへと回収した後で改めて魔石を拾うのであった。
偵察だろうオークとの戦闘から少し。全てではないが自分たちに向けられている目が変わっていることに彰弘は気づいた。
「何かあったか?」
「分かってて言ってるだろ」
断罪の黒き刃がランクEであることは、全てにではないが近くを歩く者たちには知らされている。そんなパーティーの男たちがランクDでも難しいようなことをやってのけたのだから、それまでとは違う視線となるのは当たり前であった。
無論、前と後で変わらぬ視線もある。それは彰弘たちと同じ冒険者ギルド北支部を拠点としていたり、その近くで勤務の兵士だったり、要は彰弘たちのことを知っている者たちだ。
「ま、そこそこやれるようになってるのは認識している。ただあまり受けたことのない視線だったからな」
実のところ彰弘が訓練場で鍛錬をしていた最初のころは似たような視線をよく受けていたのだが、そのころの彼はその視線を気にするだけの余裕がなかった。
そして、段々と彰弘にも余裕のようなものができてきたころには周囲も慣れてしまい、結果として今のような視線に彼が慣れることはなかったのである。
「それはそれとして、お小言でももらったか?」
「勝手な行動をするなとのご高説をな。ったく、ならあんたらが気づいて対処しろってんだ」
自分が所属していた第二部隊の中の一つを率いるランクC冒険者に呼び出されていたベントは悪態を吐く。
大討伐を行うための持ち場に向かう集団の足を止めてしまったのは事実であったが、それは大事の前の小事だ。あのオーク四体を無視していた場合、大討伐に影響が出たかもしれない。その意味でいえば大討伐という大事を前にして、それに危険を及ぼすかもしれないオークを討伐することは小事であっても大事なことだ。
また逆の意味でも大事の前の小事であった。集団の足を止め移動に多少の遅れは出したが、それ自体はものの数分だ。この程度の遅れは想定内のはずであった。
むしろベントが口にしたご高説による遅滞の方が長かったのだから、彼も悪態を吐くというものだ。
「何にせよ、これからが本番だな」
「ああ。未だにあんたを睨んでいるあれ以外は何も問題ないだろう」
チラリと後ろを見るベントの目には飛翔する心の先頭を歩く男の顔が映る。
ランクE。年齢。それだけでは彰弘をあの顔で見ないだろうという表情を男はしていた。
「やれやれだな。まあ、他のメンバーはどうやら普通のようだし何とかなるか?」
「そう願って、自分の職務を全うするよ。最悪、眠らせることを視野にいれてな」
この会話の後、彰弘たちは黙々と自分たちの持ち場となる領域へと進んで行く。
そして、およそ二十分の時を経て到着するのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今年最後の投稿となります。
皆様、良い年末と年始をお送りください。
次話の投稿は、二〇一八年 一月 六日(土)の予定となっております。
では、今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。