4-82.【大討伐:拠点到着】
前話あらすじ
元サンク王国王都サガの兵士、ウェスターの今現在の目的話。
そしてついに大討伐へ出発。
深遠の樹海に入る手前で一夜を明かした大討伐隊が樹海内部に築かれた拠点へと到着したのは、その日の昼を少し過ぎたころである。
脱落者どころか怪我をした者すらいない。
拠点へ繋がる道は凸凹しておりお世辞にも良いとは言えなかったが、大討伐を行う冒険者や兵士に物資を積み込んだ数百台の獣車が通れる程度には整えられていた。
また、七千名ほどの人数であったために深遠の樹海という普通の森林などよりも多くの魔物が生息する場所でありながら、この大討伐隊に仕掛けてくるような無謀な存在はいなかったのである。
なお、深遠の樹海に生息する魔物は奥に行けば行くほど強力になっていく。仮に深層と呼ばれる領域まで進んだならば、仮にこの人数であっても襲われる可能性があった。しかし、今回の大討伐目標は中層と呼ばれる領域の少し手前であり、拠点の位置はその目標よりも更に手前だ。樹海全体から見たら浅いと言える場所であるために奥深くよりも弱い魔物しかおらず、結果的に大討伐隊は一度の戦闘を行うこともなく、臨時で築かれた拠点へと辿り着けたのである。
物資を積み込んだ獣車の群れが拠点の中へと進んで行く様子を端に眺めながら、拠点に見入る彰弘は自分の顎を撫でた。
「話には聞いていたが、すげーな、これは」
深遠の樹海内に築かれた拠点は、大人の胴回りほどもある太さの丸太で造られた高さ五メートルはある柵、というか壁に囲まれている。それはジグザグに地面に突き刺し垂直に立てた丸太の間に、別の丸太を横にしてお互いを結び付つけたものだ。勿論、横にされた丸太は上下間でも結ばれている。
永続的に使用するものではなく時間的にも余裕がなかったため、先遣隊は魔法などの使える技術を駆使して、一時的にだがこの場でなら十分に効果を発揮するだろう防壁を造り上げたのであった。
なお、垂直に立てられた丸太であるが、その半分以上は土の中に埋まっていた。万が一にも倒れないようにするためである。
ちなみに縦と横の丸太は少し前まで深遠の樹海に生えていた木を伐採したもので、丸太同士を結び付けているのはその木が着ていた樹皮であった。
「ひと月足らずでしたっけ? なんか街の防壁にもできそうな雰囲気ですよね、これ」
彰弘に続いて声を出したのは、拠点を見て口を半開きにして驚いていたアカリである。
確かに丈夫そうであり、普通の街の防壁としても良さそうではあるが、事はそう簡単ではない。
「そういうわけにはいかないんだよね。この拠点は一時的なものだから伐採したばかりの木を強引に使ってるけど、普通は木を何かに使おうとしたら乾燥させなきゃならない。で、使うに十分な乾燥は結構な期間がかかるんだ。人工的に乾燥させれば期間は短縮できるけど、防壁に使うサイズだと中まで乾燥できない。まあでも、一番の問題は火に弱いことだね。だから基本的に街の防壁は木材ではなく、鉄骨入りの石材なんだよ。あ、ちなみに地面に穴掘ったり固めたりで魔法使いやらゴーレムやらに多量の魔石を使ったから費用の面でも難しいかな」
木の乾燥はその種類や大きさなどにより、自然乾燥と人工乾燥のどちらが良いとは一概には言えないが、それらを述べると長くなるので割愛する。
それはそれとして、この言葉は誰のものなのか。
「わざわざ後ろから来て説明どうも。なんでこんなところにいるんだ?」
「その子以外、誰も驚いてくれないなんて、寂しい限りだ。おひさしぶりだね、アキヒロ。忘れられてたらどうしようかと思ったよ」
目を見開くアカリに応える形で現れたのは、元総合管理庁避難拠点支部の支部長補佐で現グラスウェル総合管理庁北支部支部長補佐のレイル・シュートであった。
ちなみに、レイルが補佐する支部長は避難拠点のときから引き続いて北支部の支部長に着任したケイゴ・サカガキである。
「六花たちの反応があれだったから、まあ、忘れないよな」
「はは。あれは時期が悪かったとしか」
苦笑を浮かべるレイルに彰弘も同じような顔を返した。
世界融合直後のことだ。あのとき、彰弘の殺人についてを聞こうとしたレイルたちは、少女に聞かせる話ではないだろうと両者を一時的に離そうとしたのだが、それが彼女たちの逆鱗に触れ、一方的に敵扱いとなったのである。
ちなみに、流石に今はそこまでの悪感情を六花たちはレイルに対して持ってはいない。
「それはそれとして……」
「何故ここにいるか、かい? ケイゴの代理さ。この大討伐の拠点設置は総管庁の北支部が管轄することになってね、未だに忙しすぎる彼の代わりに私が派遣されているというわけだ」
世界が融合してから暫く。ある程度落ち着いてきており特に問題がないように見える現在だが、それでも関係各所では普通を超える業務量がある。それに加えて、大討伐なるものを行わなければならなくなったのだから、これで暇なわけがなかった。
もっとも、仮に普段の忙しさが普通であっても、一つの支部の長がこの場に派遣されることは、通常ありえないのだが。
「言動はともかくとして、その働きは優秀だと父が言っていたのは伊達じゃないということかしら? 失礼。はじめまして、シュート男爵。私はミレイヌ。以後、お見知り置きを」
「こりゃ、ご丁寧にどうも。私のことはレイルでいいよ、ミレイヌ嬢。ま、正式な場じゃ、うるさい方々がいるから別だけどさ」
「そう? なら私のこともミレイヌで構わなくてよ。もっとも、馴れ合うつもりはないけれど」
「どうもアキヒロの近くにいる女性は私に手厳しいね。とと、そろそろ私は戻るよ。あまり自分勝手をするわけにもいかないし」
物資を載せた獣車の列を見ると、既に拠点の外にあるのは僅かとなっていた。
レイルの役目は拠点設置の監督のみならず、それ以外に物資関係の監督も含まれている。言動は多少軽いが、物事に支障がでないようには行動する男であった。
この後、彰弘とミレイヌ以外とも挨拶を交わしたレイルは拠点の中に戻る。
そして彰弘たちも物資が全て拠点に運び込まれた後、その物資を載せた獣車を追うように中へと入って行くのであった。
大討伐のために、彰弘たちが行動をともにしてきた人員とファムクリツからの人員、それから拠点設置や偵察のための人員を収容することが可能な拠点内部は相応に広い。
そんな広々とした空間には宿泊場となる複数の簡易的な建物があり、そこからだいぶ外れた位置に彰弘たちの姿はあった。
「それで、どうだったのかしら?」
「今日はもう自由でいいそうだ。夕食は時間になったら宿泊場所に知らせに来るらしい。で、その宿泊する建物はEの6の4。明日の行動範囲が同じくらいの人が同じ建物とのことだ。一応、中で男女は別れているらしいぞ。ああ、夕食前に明日の大討伐でそれぞれが担当する場所とか配置を説明しに来るから、パーティーで最低一人はその宿泊場所にいるようにと言ってたな」
大討伐の拠点に入り、まず行われたのが点呼。そしてその次が簡単なこれからの説明である。ただ、その説明は全員に行われたわけではなく、各パーティーのリーダー、また兵士であれば小隊長以上にだけであった。大討伐で実際に魔物を相手にする人員は現時点で七千名弱いるため、このような方式になったのである。
「そんな感じなのね。まあいいわ。それならさっさとその建物に向かいましょ。ちょっと歩き疲れてよ」
「だな。夕食までのんびり過ごそうか」
この二人の言葉には、他の三人も異論はないようで頷いていた。
多かれ少なかれ数時間を歩いた疲れがあったのである。
なお、明日に大討伐を控えているが、彰弘のパーティーメンバーに余計な緊張感はない。
アカリなどはもう少し強張っていても不思議ではないように思えるが、彼女は目的のために行動してきたウェスターと一緒にいたことにより、普通の冒険者よりも密度の濃い時間を過ごしてきている。そのため、現段階では過度の緊張感を覚えずにいたのであった。
ちなみに彰弘の肩にずっといたガルドは相変わらず口をもごもごステンレス球を飴玉よろしく転がしている。
他の者より遅れて建物に入った彰弘たちに視線が向けられ、そして一部の者からのそれは固定された。
前者の理由は単純にどのような人物が入ってきたのかを確認するためで、後者は主に彰弘の容姿にある。
冒険者のランクEは十代後半から二十代前半の年齢の者がほとんどだ。それ以上は大抵がランクDへと昇格しているのが普通である。三十を超えてもランクEであるのは何か事情がない限りは、冒険者としての適正がないと世間では思われているからだ。
要するに後者の視線は軽く三十を超えているのに未だにランクEである彰弘は無能であると断じたのである。
さて、そんな理由で向けられている視線の先にいる彰弘はというと、特に何も感じていない様子で扉から程近い壁際の空いている場所へと進み腰を下ろした。
その様子にミレイヌやバラサは納得の表情で、ウェスターは微かに笑みを浮かべ彰弘に続く。
唯一、出遅れたアカリは視線を向けてくる先と、既に座ってしまっている四人を見てから慌てて移動し座り込んだ。
「なんか、まだ見られているんですけど、このままでいいんですか?」
座ってからも視線を彷徨わせるアカリがそう告げるが、それに返されたのは「気にするだけ無駄」という言葉であった。
「でも……」
「いいのよ。一番注目されている本人が気にしないというのだから、私たちが気をもんでも仕方なくてよ」
「そういうことですよアカリ。それにほら、分かっている人は分かっているようですからね」
ミレイヌに続いたウェスターの視線の先には、早々に視線を外して仲間内での会話を再開している数組があった。
彼ら彼女らは彰弘たちのことを知っていたり、よく噂で聞くことがある冒険者ギルドの北支部または北東支部を拠点として活動している者たちである。また今はランクEであるが、将来が有望視されており観察眼も確かな者たちも今は彰弘たちから目を外していた。
「ぶっちゃけると、赤の他人の視線なんて正直どうでもいい。つか、慣れた。六花たちと一緒にいるだけで見られるからな。最近じゃ、あんなとこに住んでいるせいで、そりゃもうね。いや、あの場所は良いところだけどな。近所付き合いも上手くいってるし。ともかく、この程度ならどうってことはない」
今の彰弘は多少嫌な視線を向けられたくらいで動じることはなくなっていた。彼が口にしたこと以外にも、いつも亀――輝亀竜のガルド――を肩に載せていることで変な目で見られることもあれば、マジックバングルを持っていることやメアルリアの破壊神アンヌの名付き加護を得ていることで、それに関係する視線を向けられることもある。いい加減に他人からの視線に慣れるというものだ。
「問題があるとすれば、直接何かを言いに来た場合ですか」
「それも特に問題はないのではなくて? 未だに嫌な視線をこちらに向けているのは、アキヒロが本気で敵意をぶつけたら、それだけで腰を抜かしそうな人ばかりよ」
「ああ、うん。なんとなく小物感ありますもんね。にしても大丈夫なんでしょうか、あれ」
ミレイヌの言葉に再度向けられた視線の元を見たアカリが微かに心配そうな声を出す。
この場にいるのはランクEであるから、最低でも野盗と戦ったことがあったり、そうでなくても護衛依頼と偽った強敵との戦いを経験しており、加えて深遠の樹海の浅い部分なら動いても大丈夫だろうと冒険者ギルドが判断した者たちであるはずであった。しかし、不安に思えてしまう。
「ま、気にしても仕方ないさ。俺たちは俺たちで明日に備えて、のんびりするとしよう。俺はちょっと寝る」
そう言うと彰弘は仰向けになり目を閉じた。
ガルドは心得たもので、彰弘が身体を倒し始めると同時に肩から腹の上へと移動している。
「私も軽く寝ようかしら。でも、この場で横になるのは流石に恥ずかしいわね」
「でしたら、どうぞ。私の肩をお使いください」
「そうさせてもらうわ」
壁に背を預けたバラサの横に座り直したミレイヌは寝顔を他人に見られないようにするためか、荷物の中からタオルを取り出し頭の上に載せ顔の上半分が隠れるように垂らした。
「アカリはどうしますか? 肩なら貸しますよ。アキヒロみたいに寝転んでもいいですが」
「え? ……寝転ぶのはちょっと。肩を貸してください。寝れるか分かりませんが、この視線の中で目を開けてるのは、ちょっと厳しいかな、と」
ウェスターは目を細め笑みを浮かべると、早々にバラサの肩に頭を置いたミレイヌの横に一人分の間を空けて座る。
そしてその空いた間にアカリを誘導した。
「では、失礼して」
アカリはそう言うや否やウェスターに身体を預けて目を閉じる。
それから少しして一つの寝息が二つ三つと増え、最終的にそれは五つとなった。
この五人の一連の行動に誰かは失笑し、また別の誰かが舌打ちをする。しかし、流石に直接何かをするのは躊躇われたのか、それ以上のことが起こることはなかった。
結局この後、明日の大討伐中の説明をする人物が来るまで彰弘たちは目を覚ますことはなかったのである。
彰弘たちが寝入ってから三時間ほどが経ったころ、大討伐中の説明をする人物が建物に現れた。それは彰弘の知り合いでもあるグラスウェルの兵士で隊長の地位にあるアキラだ。彼は自分が率いることになった者への説明を早くに終わらせたために人手不足であった説明要員として使われたのである。
なお、登場したアキラと親しげに接した彰弘を、無能と断じた視線を送ったり舌打ちをした者たちは驚愕の表情を浮かべて見ていた。アキラが兵士の隊長である証を身につけていたからのみならず、その隊長である彼が彰弘へ敬意を持って接しているように見えたためである。
ともかく、こうしたちょっとした出来事はあったりしたが、大討伐前日は何事もなく過ぎていくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
冒険者や兵士などで一定以上の魔物を倒し魔素を吸収している人たちは、一般の人とはかけ離れた身体能力を有しています。
でなければ一時的なものとはいえ、今回の拠点の防壁みたいなものを造ることはできません。