表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
172/265

4-80.【準備期間3】

 前話あらすじ

 無事、予備の武器も購入した彰弘たちは、今後をどうするかの相談を行うことにする。

 そしてその場所として選ばれたのは彰弘が購入した家なのであった。





 平民の住む家とは思えない邸宅が建つ敷地で五人が模擬戦と修練と訓練を行っている。

 模擬戦を行っているのは彰弘とバラサにウェスターだ。握っているのは、それぞれが主に使う武器に似せた木製品であることから安全に留意していることが窺える。もっとも、木製といえども彼らが本気で振るえば十分に殺傷能力を持つのだが、それでも普段使っている武器や刃引きをした金属製の模擬戦武器を使うよりは危険度は少ない。

 修練中なのはミレイヌである。塀の側に置かれた輝亀竜の甲羅の塊に単発の魔法を撃ち込んでみたかと思えば、魔法で作った複数の弾を同時にまたは時間差で叩き込んでいたりと、ランクEの冒険者とは思えないくらいには扱いが巧みであった。特徴的なのは、その魔法が火の属性ではないことか。それには間近に迫った大討伐が深遠の樹海であることが関係していた。

 残る訓練を行っている者であるが、これはアカリである。冒険者ギルドで彰弘たちと再会し、その後のおばちゃんの道具屋で出会ったカイエンデに新たな弓を作ってもらった彼女は、その弓を作った彼の教えを受けているのだ。

 なお、彰弘邸の敷地――ストラトス邸の敷地含む――は、現在カイエンデの陣魔法により従来の塀の倍以上の高さを持つ不可視の壁に囲われていた。彰弘たち三人の模擬戦は別として、ミレイヌの魔法やアカリの矢はヘタをすると外へと飛び出してしまう可能性があったために、そのような対策を取ったのである。

 ちなみに街中での攻撃系魔法の使用は違法であるが、その辺りは抜かりない。カイエンデが陣魔法を使い外への被害を出さないことを条件に、きっちりと総合管理庁から許可を得ていた。

 ともかく、彰弘たちは大討伐へ向けて少しでも実力を上げるために努力しているのである。









 弓師であるアカリから放たれた矢は鋭い風切り音とともに進み、木製の円形をした的へと突き刺さった。しかし、そこは黒く塗られた中心ではなく、数センチメートル外側であったならば的から外れるという端の方である。そのため、彼女は落ち込んでるかと思いきや実際はその逆で、小さくガッツポーズをして喜んでいた。

 的の直径は三十センチメートル強で射手から的までの距離は三十メートル弱と、ほぼ弓道の近的である。しかしアカリが現在使っているものは弓道で使う和弓のように大きなものではなく、その半分以下――全長が一メートル弱――の短弓だ。更に言えば、矢筒から取り出した矢を弓につがえて撃つまでが十秒に満たない。

 この条件であり、最初の内は的に当てるどころか届かないこともあったのだから、喜びを表しても何らおかしなことではなかった。

「うん。だいぶ良くなってきたね。変な癖がなかったのが良かったかな」

「ありがとうございます。最初に教えてくれた方も、その次に指導してくださった方も、よく基礎と基本が大事だと言ってましたから」

 最初にアカリへと弓を教えたのは特別に名が売れているわけではないが、確かな実力を持ったランクDの冒険者であった。そしてその次が清浄の風パーティーに所属する弓師のミーシャである。この二人の間に面識はなかったが、よく基礎と基本いう言葉を口にしていた。

「初心者の域を脱するころになると、その二つを疎かにして自分が楽に思えることをしてしまう人がよくいるけど、それは後々に自分を苦しめることになる。基礎や基本といったものは先人たちが残してくれた、その道の結晶だからね。それを蔑ろにするなら、その道に進む資格はないと思うよ。勿論、それがどうしても合わない人がいるのは事実だし、間違っている可能性もあるから絶対とまでは言わないけどね。ただ、君の場合は現在に受け継がれた基礎と基本を大事にしていくことが弓師として上に行くために必要不可欠だね」

「肝に銘じます。……ところで、この弓をもらってからずっと見てもらってますけど……」

「他の人は? ってことかな?」

「はい。確かに私が一番弱いってことは理解してるんですけど。なんていうか、ずっとというのが申し訳ない気がして」

 アカリが新しい弓を受け取ってから、その調整も含めて三日間。カイエンデはその間ずっと彼女の指導を行っている。

 理由は単純でアカリが今回の臨時パーティーの中で一番弱いからだ。そしてそのことは彼女自身も理解し納得しているため、カイエンデの指導を歓迎こそすれ拒否するようなことはなかった。ただやはり、自分だけがということに少々心苦しい思いを抱いていたのである。

「うーん、そこは気にしなくてもいいんじゃないかな。こう言ってしまうと不愉快だとは思うけど、今の君は良くも悪くもランクEの中ごろの実力だ。対して他の四人は……そうだね、ミレイヌ君とバラサ君はランクDの真ん中よりちょっと上くらいで、アキヒロとウェスター君は単純な戦闘能力ならランクCにいてもおかしくないかな。要するに君らのパーティーの生存率を上げるには、君が強くなるのが最も効率がいいんだ」

 アカリが横に目を向けると、そこには僅かな詠唱の後に魔法で複数の弾を作り出し自分の周囲に浮かべ、そしてそれを順番に標的へと撃ち出すミレイヌが見えた。

 平均的なランクEでは今のミレイヌと同じことはできない。辛うじて同じ早さでできるのは、少々威力が落ちた単発魔法を使う程度である。

 ミレイヌから目を離したアカリの視線が、今度は自分の後ろで模擬戦を行う彰弘たち三人に向けられた。

 どうやら今は彰弘一人に対して、ウェスターとバラサが攻撃を仕掛けているようである。

 ウェスターとバラサの攻撃を、彰弘が避け、受け流し、止め、即座に反撃。しかし、それは仕掛けられて側の大剣と盾に受け止められた。

 当然そこで攻防が終わることはなく、刻一刻と攻守が入れ替わり模擬戦は続けられていく。

 ウェスターの実力を間近で見てきたアカリには、彰弘とバラサが彼と同じように動けていることを見て取ることができた。

 もし平均的なランクE冒険者があの模擬戦に参加したとしたら、最初の一振りで退場となりかねない。

「ご覧のとおりだね。それに私が魔法と弓を得意としているっていうのも、君の指導をずっとしている理由でもあるんだ。彼らと戦っても今はまだ負けないとは思うけど、だからといってあのレベルで戦えるアキヒロたちに短期間で実力を上げるための助言は私にはできない」

「あの、ミレイヌさんの方は?」

「彼女に助言はできるけど、そこまで頻繁にしなくても大丈夫なレベルだね。一区切りついたところで、ちょっとだけ伝えれば問題ない感じさ。どうやら彼女は、アキヒロとパーティーを組んでから、彼に魔力操作について毎日のように指摘され続けていたらしいよ。魔力を視ることができるアキヒロの指摘を彼女が素直に受け入れて努力した結果が今ということだね」

 二人は他の四人から目を離して、お互いに向き直る。

 アカリは自分以外の実力を再確認し、カイエンデはアカリ以外の今の実力を確かめた形だ。

「私の指導をずっと受けていることを心苦しく感じるなら、その分努力して実戦で仲間を助けてあげればいい。それが何よりとなるんじゃないかな?」

「そうですね。それが一番かもしれません」

「じゃあ、納得したところで再開しようか。残りの日数は少ないけれど、それまでに君はまだまだ上にいける」

「はい! お願いします!」

 彰弘たち三人が模擬戦を、ミレイヌが独り修練を続ける中、アカリもまたカイエンデからの指導を受け訓練を再開するのであった。









 大討伐まで後二日となった、その日。

 彰弘邸に冒険者ギルドからの知らせが届いた。

「内容は?」

「はい。大討伐へ参加する全ての冒険者への説明が昨日までで終わったと。それと情報を纏めた資料ができたので、情報が欲しい方はギルドに来るように、とのことです。あ、説明会に来ていれば当日に説明される分だけでも問題はないともありますね」

 伝えに来た人物から受け取った手紙に目を落としながら、彰弘の問い掛けに答えるのは彼の下で使用人を統括するミヤコである。

「これはどうなんだろうな? 内容もそうだが遅いと言うべきなのかな?」

「内容はともかくとして、私の感覚では遅いのではと思います。が、なにぶん経験にないことですので何とも言えません」

「まだ一日の間がありますから、遅いとまでは言えないでしょう。内容はその情報を見てみないことには何とも」

「それぞれの役割とか目的とかは説明されているわけだから、過去の例に鑑みても遅くはないと思うよ。内容は恐らく最新の深遠の樹海情報とか行軍予定とかがある程度じゃないかな? 纏めを見なくても大丈夫だとギルドが言ってるってことは、一番厄介な役割の急遽変更はない、ってことだろうからね」

 彰弘とミヤコの会話に、彰弘邸に宿泊しているウェスターと、アカリへ大討伐前の最後の指導と彼女の弓の調整をするために訪れていたカイエンデが割り込む。

 当然のことだが、大討伐の説明を受けさせる順番はしっかりと考えられていた。その証拠に昨日に説明を受けた冒険者たちというのは全て第四部隊に所属することになる者たちであり、参加の有無さえ分かっていればそれほど困らない者たちである。それ以外に所属する者たちは昨日より前に説明を受け終わっていた。特に他のパーティーとの連携が必要になってくる第一部隊と第二部隊、それから彰弘たちのように別のパーティーと臨時パーティーを組むことになる者たちは、早い段階での説明会となっていたのだ。少しでも早く一緒の行動となる相手と顔合わせをさせて、お互いの連携を高めるためであった。

 なお、彰弘たちの臨時パーティーのように第三部隊に所属することになった冒険者にとって、実のところ今回の大討伐はいつもの狩りとそう違いはない。周囲に気をつけて遭遇した魔物を狩るだけだからだ。違いといえば指定された範囲外を勝手に動き回ると孤立無援になり、遭難の危険があるくらいであった。

「まあ、とにかくギルドに行ってみるか」

「それが良いでしょう」

「異議はなくてよ」

「同じく同意します」

「私もです」

 彰弘の言葉に、ウェスター、ミレイヌ、バラサ、アカリの順に同意の言葉を出す。

 その様子にカイエンデは少しだけ考えてから口を開いた。

「なら、私はアカリの矢を増産しておこうかな。アキヒロのマジックバングルがあるから数を気にしなくてもいいしね」

「一応、制限はあるから同じ形の矢筒に同じ形の矢を入れたものでな。そうでないと別物扱いで圧迫する」

「大丈夫。射手にとっても、そこらへんが違うと扱いにくいからね。じゃあ、君たちが出かけている間、空いてる部屋を貸してもらえるかな? 必要なものは持ち歩いているから特に何もいらいないけど、ある程度のスペースがあるといいかな」

「ああ。ミヤコ、適当に空いている部屋を頼む」

「承りました」

 ミヤコが一礼をして部屋を出て行き、そしてそれほどかけずに戻ってきた。

 使用人の控え室に行き、部屋の用意を指示してきたのである。

「さて、んじゃ行くか。カイエンデは……すぐに来るか?」

「はい。マイリとメアルに指示しましたので、すぐにでも。……失礼しました来たようです」

 ミヤコの言葉と同時に扉がノックされる。

 それに応じて彰弘が入室の許可を出すと、ミヤコが口にした二人が静かに扉を開け、丁寧にお辞儀をした後で部屋に入ってきた。

「じゃあ、カイエンデは彼女たちに。二人ともよろしく」

 彰弘はそう言いながら立ち上がると、それに続いて座っていたカイエンデを含む残りの者も動き出す。

 こうして、その日の予定を変更した彰弘たちは冒険者ギルドの北支部へ向かうのであった。

 勿論、カイエンデはマイリとメアルという使用人に案内されて空き部屋へである。









 冒険者ギルド北支部に着いた彰弘たちは、まず案内カウンターへと向かった。

 座っているのは顔見知りのジェシーである。

「ようこそ。情報ですか?」

「ああ。追加があるんだろ?」

「多少……ですが。ちょっと待ってくださいね」

 そう答えてから、ジェシーがカウンターの下から出してきたのは、それほど厚くない冊子であった。

「簡単に説明しますと、現在大討伐に関係する周辺に出没する魔物の種類とか明後日からの各部隊がどのように動いていくのかが記載されています。後は注意事項ですとか、説明会で質問があったことの纏めですかね。見て損はないですが、見なくてもどうにかなると思います」

「まあ、それでも折角きたんだ。ちょっとそこで読ませてもらうけど、借りてもいいか?」

「はい、どうぞ」

 彰弘は手渡された冊子を受け取り、パーティーメンバーを併設されている喫茶室へ誘った。

 なお、彰弘が受け取った冊子は、当初全てのパーティーへ配る予定であったものだが、そこに載せる情報が改めて当日前に必ずしも見せなければならないものではなかったため、情報を欲してギルドを訪れた者だけに見せる方針へと変えられていた。

 ともかく、冊子を受け取った彰弘たちは情報の再確認を行うため、喫茶室へ入ったのである。









「これは本当に見なくても問題なかったかもな」

 そんな彰弘の言葉に一同は頷いた。

 飲み物を注文してから冊子を回し読みしていた彰弘たちだったが、そこに載せられた情報に思わずため息が漏れる。

「説明会の内容に魔物の情報」

「質疑応答の纏めに、簡単な図解入りの進行ルート」

「そして、勝手な行動はしない、とかの注意事項」

「無駄足という言葉が思い浮かんでよ」

 幾分、脱力した様子で彰弘たちはテーブルの中央に置いた冊子に目をやる。

 確かに見なくても問題はない内容であった。

 説明会の内容の復習にはなったが、魔物の情報は既存の種類だけであるし、その遭遇率もゴブリンやオークが高いという今の状況では目新しいものではない。

 質疑応答の纏めについても大討伐中のものというよりは、その前の準備に関するものや終わった後の報酬についてが大半で、彰弘たちがわざわざ事前に仕入れる必要がないものだ。勿論、準備も報酬も大事であるが、前者は常識的範囲でしかなく後者は少し考えれば分かるものであった。

 進行ルートにしても深遠の樹海の手前までは正確な地図で記載されていたが、そこから先は樹海の中に拠点を築いた者の案内について進むしかないため、不要といえば不要である。

 注意事項にいたっては、常識を知らない人向けのようなものであって、とても成人した者に向けたものであるとは思えなかった。

「とりあえず説明会のおさらいにはなったからいいとしようか。注意事項は一見業腹だが、多分これは予防線なんだろう。これに載せておいて当日にも似たような内容を伝えておけば、誰かが馬鹿なことをして被害にあってもギルドの責任とはなりにくいだろうし」

「そんな意図があるのかしらね?」

「んー、乾燥剤とかに食べ物ではありませんって書かれてる感じですか」

「そうそう、そんな感じだ。まあ、ともかく、折角来たんだし少し駄弁ってから帰ろうか」

 脱力感を覚えつつ、そんな会話を交わしていた彰弘たちは結局そのまま小一時間ほどを喫茶室で過ごし、やがて冊子を返されたジェシーの苦笑に見送られて冒険者ギルドの北支部を後にするのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ