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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-79.【準備期間2】

 前話あらすじ

 冒険者ギルドを出た彰弘たちは大討伐に伴う自分たちの準備のために武器店へ向かう。

 そしてなんやかんやとありつつも、とりあえず予備の武器購入以外の目的は達するのであった。





 喫煙できる空き地に置かれたベンチに座った彰弘は、おもむろに煙草を取り出して火をつけた。そしてひと吸いして、上空に向けて紫煙を吐き出した。

 おばちゃんの道具屋を出た彰弘たちは客の数が少なくなっていたイングベルト武器店で予備の武器を買い終わり、現在小休憩中である。

「アキヒロ。あの大剣ですが……」

「大剣の予備も一つくらいはあった方がいいだろ? 久しぶりに模擬戦をやって分かったが、お前の真価は間違いなく大剣を使ってこそだ。背中のそれが壊れることなんてそうそうないだろうが、念のためだ念のため」

 大剣を主武器として扱うウェスターは、それとは別に長剣と短剣を所持しているため、仮に主武器を失うことになっても即戦力外となることはないが、それでも戦力が低下することは間違いではなく十全に扱える予備の大剣があるに越したことはない。

「確かに初めてであそこまで手に馴染むように感じたのであれば安心ではありますが、それをあなたが買わなくても良いのではないかと。一応、ギルドにあれを買うだけのものは、まだ預けてありますよ」

「預けてあるといっても、その雰囲気だと余裕がなくなるんじゃないか? それはそれとして、とりあえず俺が買うべきだと思ったのさ。イングベルトが今は迂闊に売れないって言ってただろ? その原因は俺にもあるからな。そうだ、何だったら大討伐の後で買い取ってくれてもいいぞ? 元々試作品で破格だったが、それにプラスして中古品ってことでお値段勉強するぞ」

 彰弘がイングベルトのところで購入した大剣は、その主な素材に輝亀竜の甲羅を使った代物である。現状においてそういった武具類は極々一部の彰弘の知り合いか、領兵または皇国所属でガイエル領に派遣されて来ている、それら兵士の中の一部精鋭のみが持つだけであった。

 一般的には神鉄や神鋼などといった伝説やら神話やらといったものと同様の扱いをされてもおかしくはない輝亀竜の甲羅であるから、諸々の影響を考慮すると今はまだ腕は良くてもただの武器店で普通に取り扱うわけにはいかないのである。

 余談だが、領の兵士であるショウヤが手にした分の輝亀竜の甲羅は、現在領主と総合管理庁が用意した空き地に防水布で覆われてはいるが山積み状態で置かれていた。量が量だけに保管するに適した場所がなかったのである。一応、保管倉庫の建造は進められているが、それの完成はもう少し先であることを付け加えておく。

 なお、この輝亀竜の甲羅については、そう遠くない内にどこぞの誰かが偶然見つけて持ち込んだという噂が流れる手筈になっていた。この世界において優れた武具というのは防壁の外で戦う者のみならず、結果的には全ての人種(ひとしゅ)のためになるものだからだ。

 ともかく、彰弘が購入した大剣は輝亀竜の甲羅をふんだんに使って作られた、今の段階で普通に売るには少々躊躇われる物であったので、その価値からしたら正に破格という値段であったのだった。

 もっとも、その素材の持ち主であったのが彰弘であり、イングベルトにとってただ同然で手に入れたものであるという理由もあるのだが。

「とりあえず大剣のことは気にしなくても良いのではなくて? こう言ってはあれなのだけれど、あの程度ならアキヒロにとっては痛くも痒くもないのだし」

「数日分の稼ぎだから、それは言い過ぎだな。確かに痛くはないが」

「ウェスターさん。私たちは本当に同じランクの冒険者と話してるんでしょうか?」

「気持ちは分からなくもないですがね。それはそれとして大剣の件は、今は良しとしておきます。実際問題予備があるのとないのでは、ある方が断然良いわけですから。後はそれを私が十全に使いこなせるかどうかですが、それはこれから試して慣れていけばいいですし。幸い大討伐まではまだ数日あります。先ほど持った感じからして問題はないと思いますけど」

「さて、それじゃ、これからどうしようか」

 煙草の吸殻を携帯灰皿型をした消却の魔導具に入れて完全に消した後、彰弘はベンチから立ち上がる。

 そして、一同の顔を見回したのであった。









「そういえば、二人はどこかに宿でもとったのか?」

 そんなことを口にしたのは彰弘である。

 とりあえず、明日以降についてを今日の内に話しておこうということになり、ならばどこで話そうかといった流れの中での発言であった。

 まだ日が暮れるまでは時間があるとはいえ、それぞれの寝泊りする場所からあまりに離れている場所を選択する意味はない。

「私は今回のために用意された宿泊施設の予定です。遠いですからまだ申請はしていませんが。適度な価格の宿は既に空いていませんでした。かといって、元々使っている宿へ戻るのは流石に面倒ですし」

「私は両親が借りているアパートです。こんなときくらいじゃないと、まず顔を合わせませんので。ウェスターさんも誘ったんですが……結構広いんで一人増えても大丈夫なんですけどね」

 大討伐には北支部を拠点とする冒険者のみならず、ウェスターやアカリが普段拠点としている北西支部含めたグラスウェルにある全冒険者ギルド支部から多くの冒険者が参戦する。そのために当然ながら元々北支部周辺にある宿屋だけで足りるはずもなく、冒険者ギルドに領と総合管理庁が共同で大討伐の期間、寝泊りする場所を用意していた。

「広さの問題ではありませんよ。分かってて言ってますよね。それはともかく用意された施設だと食事は別の場所でしなければなりませんが、風呂トイレは共同ですが男女別で、まあ長期間滞在するには向いていませんが多少の期間なら問題はないかと」

「残念でなりませんが仕方ないです。ちなみに私の両親が住んでいるアパートは七の四十七です」

 アカリが口にした「七の四十七」とは住所のことである。正確には前に北地区がついて、後ろにもう一つ場所を特定する数字が付き、更に建物名と何号室かが加わるが。

 ちなみに大討伐のために用意された宿泊施設は、グラスウェル北側端にある北地区の二十四に仮設されている。

「ここからだとウェスターが遠いな。にしても七か……七ね。俺も見間違えなければ、そのあたりに住んでいたんだよなぁ」

「へー。ご近所さんになってたかもしれないんですね。ちなみに間違えたって、何を間違えたんです?」

「七を一に。まさかゴミで一部が見えていないとは思いもしなかった。誰にも何も言われなかったし。確かに変なフォントの一だとは思ったけどな」

「アキヒロ、一つ聞きますが。現住所は?」

「一の十二の一だ」

「……いつ買ったのかは知りませんが、よくそこを買えましたね」

 今日は何度この光景を目にするのだろうか。

 今更であるというミレイヌとバラサに対して、驚きやら何やらをウェスターとアカリが表情に表した。

 頭に一が付く住所は、この北地区だけでなくグラスウェル全体で共通しており、それは主に貴族や大商人などが邸宅を構える貴族街と呼ばれるよう場所である。当然、値段も相応であるために普通の平民が購入するような土地ではなかった。

 一応、周辺環境など一からであるために、多少は安い価格設定となってはいたが、それでもそれ以外に比べると広さは倍以上となっており平民が手を出せるものではない。

 なお、彰弘が購入予約をした際に誰も指摘しなかったのは、彼が世界融合直後に繰り返し使える魔石を発見したことにより、相当な金銭を得たことを関係者は知っていたからだ。

 十分に買うだけの財力がある人間に対して、売る側はそれを止める必要性を感じなかったのである。

 ちなみに六花と紫苑は、単純に彰弘と一つの家に住めるようにことに喜んでいた。もっとも、多少彼らしくないかなと思いはしたようだが。

 ともかく、そんな感じで彰弘は第二の貴族街となる可能性がある区画の土地使用権利を購入してしまったのであった。

「まあ、俺が買ったものに関しては置いておこう。ところで提案なんだがウェスター、大討伐云々が終わるまでうちに泊まらないか? アカリの御両親が住んでいるところは比較的近いし、ミレイヌやバラサの宿はギルド近くだから問題ない。となると、後はお前だけ。幸い部屋は余ってる……というか、半分近くが空き部屋だ。勿論、宿泊費やうちでの食事分の費用はいらん。外での食事はその時々になるが」

「どのような家かは分かりませんが私たちのような冒険者のために用意された施設よりは快適そうで魅力的な提案ですが、流石にただというわけにはいきませんので、そこは多少なりとも支払いますよ」

「そう言うだろうとは思ってたよ。なら大討伐までの間、模擬戦とか付き合ってもらおうか。俺としては金よりも、そっちの方が助かる。どうだ?」

「模擬戦くらいなら……いえ、分かりました。ご厄介になります」

 苦笑気味の彰弘の顔を見て、ウェスターは言葉を飲み込んだ。

 彰弘が金銭を求めているのではないことは明らかだったこともあるが、模擬戦以外にも何かあるとウェスターは考えたのである。

 そしてそれが正しかったことを直後の彰弘の言葉から知れた。

「そうしてくれ。正直に言うと、家の中で対等に話してくれる人がいなくてな。ちょっともやもやしてるんだ。まあ、昼間はミレイヌたちと一緒だから良いんだが、帰るとね」

 一応、食事のために雇っているクキング夫妻あたりは比較的対等に近い感じではあるのだが、そこはやはり主従関係となっているため、多少の遠慮というものが存在していた。

 他の使用人は奴隷であり言わずもがなだ。

 恐らく、もう暫くの時が経てば彰弘も慣れるのであろうが、今はまだ己の立場を完全には受け入れることができていないのである。

「じゃあ、話も纏まったようだし、早速アキヒロの家へ向かいましょ。この後の話ならそこでしたらいいわ」

「異論はありません」

「んじゃ、行くか」

「私の提案は断ったのに、アキヒロさんの提案は受け入れるなんて……まさか!?」

「はぁ。何を独りで恐ろしい想像してるんですか。アホなこと言ってないで行きますよ」

 ミレイヌの言葉でその場から歩き始めた彰弘たちの後へと続こうとしたウェスターは、独り立ち止まったまま何やら恐ろしい想像を脳内で繰り広げているだろうアカリに向けてため息を吐く。そして促す言葉をかけてから自らも歩き出した。

 その場に残されたアカリはというと、数秒の時を経て我に返り慌てて四人の後を追ったのである。









 第二の貴族街ともいうべき区画に入り進む彰弘たち。

 そこは平民が多く住む区画と違い一軒一軒の敷地が広く、そして上等上質な建物が建っている。平民が生活する空間とは違い、まるで別の街といった様相であった。

「ほんとーに、こんなところに住んでるんですか?」

「分不相応ながらな」

 きょろきょろと辺りを見回すアカリに短く答えた彰弘の口調にトゲはなく、いたって普通である。

 彰弘自身が自分はこの場には不釣合いであろうし分不相応だと思っていたからだ。

 だが、そんな彰弘を擁護するような言葉をミレイヌとバラサが発する。

「平民だから住んではいけないというわけではなくてよ。それにアキヒロの場合、普段着だろうが狩りに行くときだろうが、そこらのヘタな貴族家の者よりも余程上等なものを身につけているのだし、振る舞いも別にこの場にそぐわないというほどでもない。気にする必要はないわね」

「神の名付きの加護を二つも持っていることに加えて、前領主様とお知り合いでもあるのですから、ご自分を卑下する必要はないかと」

 普段着については一応ここに住むことが決まった際に、相応しい素材で仕立てており、それを着用していた。冒険者としての装備に関しては金銭だけあっても購入できはしない程度には珍しく、また素晴らしいといえるものである。その上で彰弘自身は別に粗野ではなく何もないときは普通なのだから、実際はそこまで場違いに見られるわけではない。

「なんとも、こそばゆいことだな。さてそろそろだ」

 彰弘が目を向けた五十メートルほど先には二人の男が立っていた。

 彰弘邸とストラトス邸の門を守る門番である。

「ということは、この塀の内側があなたの? で、あれが家……ですか」

「うっそ。私が通ってた高校より大きいかも。あと、なんか凄く高そう」

 思わず立ち止まり塀の向こうがの家を凝視するウェスターとアカリの姿に、自分たちも足を止めた彰弘たち三人は顔を見合わせ苦笑を浮かべた。

 分からないでもない。もし仮に自分たちが二人と同じ立場だったとしたら、同じような感じになることが想像できたからだ。貴族家の娘であるミレイヌにしてもである。

「とりあえず進もうか。こんなところで突っ立ってても変に思われるだけだからな」

 そう促して彰弘は門番に立つ二人の男を目指して歩き出す。

 十分に幅がとられた道であり数人が立ち止まっていても邪魔になることはないのだが、邪魔にならなければいいというものでもない。

 ミレイヌとバラサがすぐに彰弘の後に続き、ウェスターとアカリはそこから数秒の後に歩き出したのであった。









「彰弘様、もうご帰宅で?」

 門に近づいた彰弘にそう声をかけたのはアウタークという今年五十九となる男である。現役の兵士であると言われれば、そうなのかと誰もが納得するだろう体格と雰囲気を持っていた。

 ちなみに、もう一人の門番はイニーといい、こちらもアウタークと同様だ。

「一応。彼女やミレイヌたちが帰るときに、また出るかもしれないけどな」

「その言い方ですと、そちらの彼は泊まっていくのですかな?」

 今度は観察するかのように目を細くしてウェスターを見たイニーが声を出した。

 門番としての職務を忠実故であり、決して他意があったわけではない。

「ああ。今度の大討伐で臨時のパーティーを組むことになったんでな。仮設に行く予定だったらしいから連れてきた。あそこはちょっと遠いし、いろいろと話し合いたいこともあるからさ」

「なるほど、分かりました。では、すみませんが身分証を拝見してもよろしいですか? あなたとそちらのお嬢さんも」

 イニーが二人に近づきそう告げると、ウェスターとアカリはそれぞれ身分証を取り出した。別に疚しいことがあるわけではないし、断る理由があるわけではない。

「失礼しました。念のためですので、ご容赦願います」

 魔導具で身分証が正規のものであることを確認したイニーは、謝罪を入れてからそれを二人に返す。

 敷地の中にあるのが彰弘邸だけであれば、この手続きはなかったのかもしれないが、実際にはガイエル家の別邸扱いである前領主のストラトスの邸宅も敷地内には建っている。普通よりも多少厳しくなることは仕方のないことであった。

「さてと。ようこそ俺の家へ。まあ、半分はストラトスさんの家だけどな」

「一瞬、先ほど自分が口にした言葉を取り消したくなってよ。でも、ストラトス様はそういう態度のあなたを好むのでしょうけど」

「あの、アキヒロ? 今、聞いたことのある名が聞こえた気がするのですが」

「そのあたり含めて中で話そうか。ガルドの実力を先に見せてもいいが……とりあえず一服しようか、迎えも来たし。それにウェスターの部屋も用意しとかないとな」

 門を抜けた先の左側に建つ自分の家を見た彰弘は、玄関扉を開き出てきた人物が一度お辞儀をしてから近づいてくる姿に、これからやるべきことの順番を入れ替える。

 ガルドの実力云々は別に今日でなければいけないわけではない。それよりも今はこちらに向かってくるミヤコにウェスターが暫く泊まることを伝えるのと、幾分動きがぎこちなくなっているウェスターを(ほぐ)す方が先決だ。

 ちなみに、アカリはというと口をぽかんと開けて彰弘邸とストラトス邸、そして侍女服に身を包んだミヤコを順繰りに見ていた。









 この後、彰弘は使用人が煎れた緑茶を楽しみつつ諸々の説明をウェスターとアカリに行う。そしてその後、ガルドの実力というものを二人に見せたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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