4-75.【強制指名依頼】
前話あらすじ
皇暦三年。世界融合のからそこそこが経ち、初詣に来る人が増えて賑わう賛同を彰弘たちもお詣りに来ていた。
そしてそこで彰弘は邪神の眷属の件で抱えることになった、ちょっとした不安を解消するのであった。
三月に入り徐々に暖かくなってきた早朝。朝一つ目の鐘が鳴る前の道を彰弘はいつものように冒険者ギルドの訓練場へと向い歩いていた。
建てた家に住むようになり、その敷地に武器を振り回すだけの十分な広さがあっても彰弘の行動は変わらない。基本的な体力作りや素振りをするだけならば冒険者ギルドの訓練場に行く必要はないのだが、戦闘技術の修練という面において様々な冒険者の動きを見ることのできる、また模擬戦の相手を見つけることも容易である訓練場は非常に有用であったからだ。
勿論、現在門番をしている元は領の兵士であったゲーニッヒたちや元ランクDの冒険者であったが借金奴隷となり今は彰弘に買われたロソコムといったような戦闘経験豊富な者もいるので、仮に訓練場に行かずともある程度の修練は自宅のある敷地内でも可能であった。
だが彰弘の目下の目標は強くなることだ。彼にとって、より強くなるための様々な戦い方を見れて自分よりも強い模擬戦の相手も見つかる確率の高い訓練場へ行くのは自然なことであった。
さて、余談だが彰弘は朝食と夕食は自宅で食べるようにしている。昼間に関しては街の外へ出たりしているので基本的には外食だが、それ以外はできるだけ自宅でとっていた。これは折角料理人としてクキング夫妻を雇っているというのもあるが、使用人たちとの交流を大事なものだと考えているからだ。
その日一番の鐘が鳴る前に家を出て冒険者ギルドの訓練場へ行き修練で汗を流す。そして途中から修練に合流してきたミレイヌとバラサとともに一息吐きつつ依頼の掲示板を眺め、その後に朝食をとりに自宅へと戻る。これが今現在の彰弘が送る朝の流れであった。
なお、ミレイヌとバラサもここ最近は彰弘邸で朝食を一緒にとるようになっている。一月の終わりころまで彰弘は自宅、二人はその辺の食堂で朝食をしていたのだが、あるとき使用人が一緒に食事をしてくれないという相談を彰弘がミレイヌたちにした。そしてそれを受けたミレイヌは、それならばと一計を案じたのだ。このことが切っ掛けで何となく一緒に朝食をとるようになったのである。
ちなみにその一計とは、バラサが主であるミレイヌと一緒に食事をする場面を見せるというものだ。使用人が主と一緒に食事をすることは、なくもないことであるから、それをしたのであった。
それはさておき、彰弘が冒険者ギルドに辿り着き、そしてそれと同時に鐘が鳴る。
「我ながら良いタイミングだな」
その日最初の鐘がなったということは、冒険者ギルドが本格的にその日の営業を開始したことを意味しており、だからこその言葉であった。
扉を開き冒険者ギルドの建物に入った彰弘へと挨拶の言葉がかけられた。
早番であるのに張りのある声の主はジェシーといい、世界融合当時に彰弘たちの冒険者登録を受け持ったギルド職員である。名称が避難拠点支部から北支部となったときに支部異動の対象者とはならずに、世界融合当時からこの建物で彼女は働いていた。
「おはようさん。いつも通りでよろしく」
受付カウンターに訓練所の使用料である銅貨一枚を置いた彰弘は何気なく周囲を見回し、いつもと違う様子に首を傾げた。
いつであれば、まだこの時間帯にはギルド職員が依頼を掲示板に貼っている最中である。しかし今日に限っては、それを行うギルド職員の姿が見当たらないのだ。
「今日の依頼はあれだけ? ……のわけはないよな。というか、あれは依頼ですらないのか?」
ギルド職員のいない掲示板を注視した彰弘の目に一枚の張り紙が見える。それは受付カウンターから離れているために書かれた内容こそは分からなかったが、明らかにいつも見慣れた依頼書とは形式が異なるよであった。
「その通りです。本日より暫くの間、通常の依頼は受けることができなくなりました。また特定の理由なくして街の外へ出ることも禁止されています」
「つまりは……」
「はい。大討伐が決定されました」
昨年の十二月の半ば頃から冒険者の間では噂になっていた大討伐がついに決定された。
深遠の樹海でオークとゴブリンの数が増加しているように感じるという内容が冒険者ギルドや領主側に報告され出したのは十一月の初めである。今回の決定が出されたのは最初の報告からおよそ四か月も経ってからであり、遅すぎるのではないかと思われるかもしれないが、季節のこともあるし何よりその時点ではどの程度の規模なのかが分かっていなかったのだから、この段階で何かを決定することなどできるはずもない。
結局、調査に加えて、その調査で判明した規模を討伐するのに必要な準備などで大討伐決定が今となったのである。
「そこでアキヒロさん。早速ですがこちらを」
「依頼書? ああ、大討伐のか」
「はい、強制指名依頼です。もし拒否をされると相応額の罰金が科せられます。また今回拒否をし、また次もとなると冒険者としての適正なしとして以降永久に冒険者となることができなくなってしまいます」
強制という、あまりよろしくない言葉が使われているが実際に言葉どおりの意味はなく、拒否すると非常に重い罰金が科せられるという出されたら従うしかないという意味で、いつしかそう呼ばれるようになった依頼形態である。
仮に強制と言葉のついた依頼を拒否した場合、それに科せられる罰金額はある程度余裕がある程度では普通に稼いでいたら何年かかるか分からないほどの借金を背負うしかないほどであった。
なお、この罰金額はランクごとに決められていて、彰弘のランクEでは百万ゴルドである。元日本であればそれは一千万円ほどであり、余程依頼の内容が酷いものでなければ素直に依頼を受ける方が良い金額であった。
一応、拒否をしても罰金を科せられない場合もある。それは依頼先の者が怪我を負ったり病気のために満足に戦えない場合で、いくらなんでもそのような者たちにまで、強制が付く依頼を受けさせることはない。
ちなみに今の彰弘であれば、仮に拒否したとしても借金を背負うことなく罰金を支払うことは可能である。
「考えるまでもなく俺は拒否をするつもりはないが……。あの二人はどうかな? まあ、拒否はしないか」
大討伐の対象となる魔物を放っておいた先に六花たちや知り合いとなった人たちの脅威があるのだから拒否をするつもりは彰弘にはない。
ミレイヌやバラサにしても、ゴブリンやオークを意味もなく放っておくことは最終的に自分たちの生活を脅かす事態になりかねないのだから、余程何かがない限りは拒否はしないだろう。
「とりあえず俺は受けるつもりだ。仮にあの二人が拒否したとしても俺は受ける。で、詳細はいつ聞けるんだ?」
「ありがとうございます。ええっと詳細ですよね、ちょっと待ってください。アキヒロさんたちの場合は……っと。明後日の正午過ぎですね。そのころにギルドまで来てください。そこで詳しい説明がなされます。あ、ちなみに大討伐は依頼書にも書いてありますが十日後となっていますので、それまでに準備をお願いします」
「了解。それじゃ俺は訓練場にいるから、ミレイヌたちが来たら俺は受けるつもりだと伝えてもらってもいいか?」
「はい、承りました。ではその依頼書は一度こちらで預かりますね」
「ああ。じゃあ、また後で」
一通りのやり取りを終えた彰弘は日課の修練を行うために訓練場へと続く扉へと足を向ける。
そんな彰弘の後ろ姿を見送る、依頼書を受け取ったジェシーの顔には微笑みが浮かんでいた。
訓練場に入り準備運動を始めた彰弘へと念話が届く。
その発信先はガルドだ。
「どうした?」
「(いや、どうでもいいことかもしれんが、何故に強制指名依頼なのかと思っての。指名はいらないんじゃなかろうか)」
「今回の場合は大討伐の第三軍だったかな、それへの参加に俺というか俺のパーティーを指名した。そういうことだろ」
「(分かったような分からんような)」
「ま、難しく考えなくてもいいだろ。要するに受けなきゃ罰金があるから強制が付いてて、その依頼を誰某と指名したから指名が付いたってだけだろうさ」
彰弘の言葉は当たっている。
強制依頼というだけでは誰をどこに配備するかを指定することができない。いや、できなくはないが管理上、それをやってしまうと後々冒険者ギルドの職員が大変な思いをすることになってしまう。そのため、依頼書作成の段階で『指名』というものを付けているのであった。
「さて、それは置いといて始めるか。幸いまだ誰も来てないし、全力の鬼ごっこでもしようか」
「(若干まだもやもやするが、承知した主よ。今日こそは掴まえてみせようぞ!)」
「ふっ。今日も逃げ切ってみせる」
鬼ごっこだと侮るなかれ。
今の彰弘とガルドが全力で走るとなると、その速度は時速にして百キロメートルほどにもなる。瞬間的には更にその上を行くのだから、とても普通の鬼ごっことはいえない。自分たち以外に誰もいないからこそ可能なことであった。
それはともかくとして、準備運動と会話を終えた一人と一体は気合を入れると、まだ自分たちしかいない訓練場を走り出した。
地面を弾き彰弘が逃げれば、同じようにしてガルドがそれを追う。
ガルドが一瞬の溜めの後彰弘を捕らえようとすれば、彼はぎりぎりを見極めて避ける。
そんな普通ではない彰弘とガルドの鬼ごっこは、訓練場から冒険者ギルド建物内部へと繋がる扉が開くまで続くのであった。
ちなみに全力の鬼ごっこで凸凹になった訓練場の地面は、それが終わった後に彰弘がきれいに均す。何事も後片付けは大事なのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
2-11.の次を変更。不都合がありましたので。
強制依頼の発生頻度を『数年』から『そうそうあるものではない』に変更。
『違約金』を『罰金』に変更。