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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-72.【模擬戦からの初顔合わせ】

 前話あらすじ

 案内でお家の広さを実感し、呼び捨てで立場というもののめんどくささを知る。少女たちが。





「ふぅー。ガルド速いねー。結局、その旗取れなかった」

「結構本気だったんだけどなー」

 汗を拭い呼吸を整えつつガルドに目を向けて言う六花と瑞穂。

 紫苑と香澄は声に出しはしないが、思ったことは同じのようで頷いていた。

 現在ガルドの甲羅の上では棒の先端付近に付けられた日の丸がはためいている。これは六花たち四人の遊び兼運動という『ガルドの甲羅に立てた旗を六花たちが奪うかガルドが守りきるか』に付き合い、それに見事勝利した証だ。

 全長一メートルの全高五十センチメートルという今回のことに程好い大きさとなったガルドは、その見た目からは想像ができないほど速く小回りが利いた。相手に追いかけられたら速度を上げて引き離し、前後で挟まれれば真横に跳んでみせる。そして四方から迫られても、間合いが詰まる前に空いている隙間を全力で疾走し甲羅の旗を死守した。

 今現在のガルドの能力は、上方向への跳躍力は高くないが、それ以外については魔力操作のお蔭で並みの兵士と同等かそれ以上の身体能力となっている六花たちを軽く超えているのである。

 それはそれとして、何故にこのようなことをやっていたのかだが、昨晩の話の流れで彰弘と一緒にガルドも戦っているのかということが話題になったことが切っ掛けだ。これまではガルドを戦いに出さなかった彰弘であったが、先日向かった深遠の樹海のような場所へ今後行くことを考えると戦力の増強ができればそれに越したことなく、とりあえずどこまで動けるのかを試そうとなったのである。

 ともあれ、そんなこんなで今日という日にこのようなことをしていたのであった。









 六花たち四人とガルドが心地好い疲れを感じながら休んでいる目の前では彰弘がロソコムを相手に模擬戦を行っていた。

 彰弘とロソコムの手に武器の類はなく、完全に徒手同士である。門番を務めるゲーニッヒたちが自分たちの修練のために刃引きした武器はあるのだが、この場所は彰弘の家が建つ敷地内だ。冒険者ギルドなどのように大怪我をした際のための施設が近くにあるわけではなかったため、万が一を考えて武器を使用せずに徒手での模擬戦としたのであった。

 ただ仮に治療院などが近くにあり、武器が刃引きであったとしてもそれは使用されない可能性はある。数か月前までとはいえロソコムはランクDの冒険者だったわけだし、彼の現在の立ち位置は彰弘に買われた奴隷だ。それこそ万が一を考えたら武器の使用は控えるべきであった。

 もっとも、彰弘にしてもロソコムにしても武器なんかなくてもゴブリン程度なら普通に屠れるだけの力はあるので、徒手だからといって危険がないわけではないのだが。

 ともかく、このような理由で彰弘とロソコムは、六花たちがガルドと追いかけっこをしているときから模擬戦を続けていた。

「くっ……そっ、またかよ!」

 待ち受ける彰弘へと、疲れた身体に鞭打ちながらフェイントを入れつつも全力で突っ込み拳を放つロソコムだったが、今日何度目かとなる外から内へと腕を弾かれた上での掌底打ちを背中に受ける。そのせいで体勢を崩し地面に転がりそうになるが、それは何とか堪え急いで彰弘から距離をとった。

「さて、動きも鈍ってきたようだし、お客さんも来たみたいだから最後にしようか。にしても勿体無い。折角優れた身体能力があるんだ。ちゃんとゲーニッヒさんたちに鍛えてもらえよ。俺からも頼んでおくからさ。……ああ、そうだ。後、魔力を意図的に使う方法もできれば教えてもらうといい。あの人たちなら間違いなく、それができるはずだから。さて、それじゃ最後だ。腹に力を入れとけよ」

 視界の端に五人の男女の姿を捉えた彰弘は、そう言ってから僅かに腰を落とす。そして魔力を活性化させ地を蹴り、そこを爆ぜさせた。

 模擬戦の相手であるロソコムとの距離は僅かに五メートルほどだ。一瞬といえる時間でロソコムに接近し彰弘は自分の拳を相手の腹に打ち込んだ。

 その結果、どうなったのか。実のところ、どうにもなっていなかった。

 ロソコムに拳を受ける準備がまるで出来ていないことが見て取れたため、彰弘が寸前で腕の力を押さえつけたからだ。

「力を入れろって言っただろ? 今の勢いで殴ったら中、酷いことになりそうだな」

 初めて見せた彰弘の動きに咄嗟の対応もできなかったロソコムの腹筋は鍛えられてはいるが、まるで力が入っていない。そんな腹部を拳で二度三度押した彰弘は、攻撃直後――実際には攻撃を直前で止めたが――の体勢から立ち姿へと移行し相手の顔を見る。

「じゃあ、今日はこれで終わりにしよう。また頼む」

「分かりました……え? また?」

 相手の言葉の意味を理解しない内に反射的に声を出したロソコムに、彰弘は苦笑しつつ背中を向ける。

 そして、「嘘だろ」と呟くロソコムの声を聞きつつ、六花たちがいる方へと歩いて行くのであった。

 言い方は良くないが、ロソコムは動きの素早い模擬戦相手として、六花たちが学園に通っている間の代理となるだけのものがあり、だからこそ彰弘は「また頼む」といったのである。

 ロソコムにとっては迷惑な話なのかもしれないが。









 模擬戦相手のロソコムに彰弘が最後の攻撃を繰り出す直前にこの場にやって来たのは、元ガイエル伯爵のストラトスとその孫であるクリスティーヌ、ストラトスの執事であるカイエンにクリスティーヌの侍女兼護衛役のエレオノール、そして彰弘の下で使用人を纏める立場となったミヤコであった。

「丁度クライマックスです」

「ほんと、いいタイミング」

「うん。ドーンっていくよ」

「クリスちゃん、瞬きすると見逃すよ」

 模擬戦を観戦していた四人は、それぞれ挨拶をした後、短くそう言っただけで視線を元の位置に戻す。

 そんな四人の様子に、新たにこの場に来た五人は意味が分からず疑問を抱くが、何か面白いものでも見られるのだろうと、自分たちもその四人の視線の先へと目を向けた。

 直後、普段聞くことのない音が耳に届き、次に視認した場面に新たにこの場に来た五人は自分の目を疑う。

「話には聞いていたが」

「どうやら誇張ではなかったようですね、旦那様」

 ストラトスの下には彰弘に関する様々な情報が集まっている。これは彰弘が世界融合当初に総合管理庁に要観察対象者とされたこともあるが、それよりも溺愛する孫娘に関わる可能性があることから優先的に調べさせていたからだ。

 そしてその中に彰弘の戦闘能力という分類もある。

 それによると彰弘の戦闘能力は世界が融合してからまだ二年しか経っていないにも関わらず、ありえないほどに高いものであった。勿論、高いとはいっても、冒険者でいうところのランクAのような、人外やら化け物かと思ってしまうような本当に同じ人なのかという常識外の強さではなく、精々が一流と呼ばれるランクC程度のものであったが。

 ともかく、先ほどの彰弘の動きは長年兵士や冒険者などの実力者を見てきたストラトスたちにとって、報告書に書かれていたことが事実であると思わせるだけのものがあった。

「す、すごいです! 本当でした。私、ずきゅんときました!」

「ずきゅんて何ですか、ずきゅんて。落ち着いてください、お嬢様」

 胸の前で両手を合わせ、目をキラキラさせ興奮するクリスティーヌを、その横に立つエレオノールが落ち着かせようとする。

 クリスティーヌが彰弘に興味を持った切っ掛けは、憧れの存在である故人のトラスター・ルクレイドという伝説の罠師の最初期の境遇と世界融合直後からの彰弘の境遇が非常に似ていたからだ。しかし、ここ最近はそれとは関係なしに彰弘という人物自体に興味を示すようになっていた。

 その理由は紫苑たちと知り合い、そして友達となったことにある。憧れの存在である伝説の罠師と同じような境遇の彰弘の話をクリスティーヌは紫苑たちからよく聞いていた。その話に決して嘘となる部分はないものだったのだが、紫苑たちの想いが入っていたために若干美化されていたのだ。結果、クリスティーヌは憧れの存在と似ているという以上の興味を、彰弘に持つようになったのである。

 なお、美化された部分というのは容姿や性格などの部分ではなく、主に彰弘が戦う姿についてであった。そのため、日々魔物との戦いを繰り返すことにより動きが洗練されてきた彰弘の戦う姿は、紫苑たちが無意識で美化し話してきた内容と合致し、クリスティーヌを興奮させるに至ったのである。

「すーはーすーはー。失礼しました。でもでも聞いたままですよ、ドンって聞こえたと思ったら、もう相手の目の前です。すごいです、かっこいいです。あれ? でも拳止めてましたよね。お話に聞いていた限りでは相手を吹き飛ばしているはずですが、なぜでしょうか?」

「それは恐らく、相手の準備ができていなかったからです。だから止めたんでしょう。あのままだった場合、惨事となりかねません」

「なるほど、だからでしたか」

「さっきのオオカミさん棒立ちだったしね。あのまま殴られてたら内臓やっちゃって血が口からドバー、だよ」

「ここで見たい光景じゃないなー。でも、そうなったら即神殿だね。あ、神社の方がいいかな? 近いし」

「ガルドに頼めば速いかも。でも、むー。あきらめてた神の奇跡の修行もすべきかも」

 深呼吸して落ち着いたと思ったら、また興奮しそうになり、そこから今度は気づいた疑問に小首を傾げるクリスティーヌ。

 そしてそれに紫苑が答えを返し、その後に残る三人が思い思いのことを口にする。

 ちなみに殴って相手を吹き飛ばすというような話は、紫苑たちがしたわけではなく、彰弘の話を聞いたクリスティーヌが頭の中で勝手に想像した妄想の産物である。

 まあ、実際にロソコムが腹筋に力を入れており、それを彰弘があのままの勢いで殴っていたら、その妄想が現実となっていたわけではあるが。

「相変わらず見た目から中身が想像できんな、この四人は」

「全くです」

 半ば呆れ半ば感心したような表情をするストラトスとカイエン。

 そしてその近くでは両拳を握り気合を入れるクリスティーヌと、その姿を見て何かを決意するエレオノールがいた。

 ちなみにストラトスたちを案内してきたミヤコは、同じ日本人であった彰弘が見せた動きに今の今まで我を忘れていたが、この段階になってやっと復帰している。マンガやアニメに登場する人物のような動きをした彰弘に、思考が停止していたのであった。









 ポケットから取り出したハンカチで汗を拭きながら彰弘は談笑する集団に近付いた。そしてこの場で唯一顔を見たことがない人物の前へまで行き、足を止める。

「顔を合わせるのは初めてだなアキヒロ殿」

「そうなりますねストラトスさん」

「これから孫も含めてよろしく頼む。ところで、さん、はいらんぞ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。呼び方については周囲のこともあるので、さん付けくらいはさせてもらいます。私に殿も周囲を考えると遠慮したいところですが」

 元日本の口語においては殿を敬称として用いることは、まずなかった。だが今の世界では普通なため、ストラトスが彰弘を殿付けで呼ぶのはおかしくはないのだが、平民でしかない彰弘相手に元伯爵である彼が付けるのは少々問題があるような気がしないでもない。

「そちらがとるなら考えよう。なに、この周辺に住む予定やつらは皆情報に聡い者ばかりだ。お主が神の名付きの加護持ちであることを知っているやつらだから、私がお主を殿付けで呼んだとしても何の問題もありはせん。まあ、ともあれ、これからは隣同士仲良くやっていこうではないか。もっとも、クリストフが戻るまでは滅多にこっちにはこれないがな」

「仕方ありません。受け入れます。改めて、よろしくお願いします」

 そこで会話を止め、彰弘とストラトスは握手を交わす。

 敬称の使用に違いはあったが、握手に関しては元の日本と同じであった。

 さて、ストラトスとの挨拶を終えた彰弘が次に目を向けたのはクリスティーヌである。この場での序列を考えたならば、それは間違いではない。

「よく来たなクリス。歓迎するよ。で、改めてよろしくな」

 孫娘を溺愛しているストラトスの手前、どう挨拶をするか一瞬迷った彰弘であったが、結局クリスティーヌが望んでいるだろう言葉を選んだ。

 そしてそれは満面の笑顔で彰弘を見上げるクリスティーヌと、その様子を笑みを浮かべ頷きながら見るストラトスを見る限り正解だったようである。

「はい! こちらこそよろしくお願いします」

 元気な声で挨拶をして、笑顔でお辞儀をするクリスティーヌ。

 そんな彼女に彰弘は微笑み、握手のための手を差し出す。当然、その手に伸ばされたのは、はにかんだ表情のクリスティーヌの小さな手であった。









 この後、カイエンとエレオノールにも挨拶をした彰弘は、ミヤコに指示をしてストラトスたちを家の中に招く。

 その際、模擬戦でかいた汗を洗い流す許可を得て一旦席を外し、それから改めて会話を再開したのであった。

 なお、少々余談であるが、とても似合っているクリスティーヌの服装が、この日のために用意されたものだと感じた彰弘は、そのことを口に出して褒め、多いに株を上げている。

 六花たち四人というクリスティーヌと同じような年頃の少女たちや、現在パーティーを組んでいるミレイヌと接していたことにより、世界融合前に比べて彰弘のそのあたりの感性が自然と磨かれた結果であった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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