4-71.【呼び捨ての違和感】
前話あらすじ
お家到着。そして門番との挨拶からロソコムへのアルケミースライム攻撃まで。
ひと休みを終えた彰弘たちは家の中をミヤコに案内してもらうことにした。
個人所有の家ではあるが、その建築面積は世界融合の際に彰弘が最初に避難した小学校校舎よりひと回り程度狭いだけ。迷ってどうしようもなくなるというほどではないが、どこに何があるかを知っておく必要のある広さであった。特にトイレの場所は把握しておかないと後々大惨事となりかねない。
ちなみにこの家は二階建てである。
さて、それはそれとして、休憩中に彰弘たちはどのような話をしていたのだろうか。雑談を除くと大きく三つのことが話題となっていた。
まず最初の話題は自己紹介の場にいなかった二名の使用人についてである。
この二名は奴隷ではなく平民で、彰弘を含めたこの家で生活する全ての者の食事を作るために住み込みで雇われた者たちであった。
では何故いなかったのかだが、これは食材の買出しで外出していたからである。冷蔵や冷凍の魔導具とともに相応の食材が事前に用意されてはいたが、初日の料理として考えていたものに使う食材が僅かに足りず、それを買いに出たのだ。
無論、この二人も彰弘が来る時間帯がはっきりしていたならば、そのときに外出するようなことはせずにいただろうが、分かっていたのは「今日来る」という情報だけであったために、夕食に満足してもらうことを優先したのである。
はっきりと時間帯を伝えていなかったことに原因があると彰弘も把握していたので、この二名がいなかったことについては些かも怒ってはいない。それどころか、少しだけ「しまったな」という思いを感じていた。
なお、この料理人として雇われた二名はクキング・ビーン、クキング・セモーノという夫妻で、世界融合当初に避難拠点に置かれた彰弘たちが利用していた大食堂で働いていた者たちであり、彰弘のみならず六花たち四人も知っている二人である。
続いての話題は彰弘の下で働くことになった使用人を纏める立場に就いたミヤコの夫、ソウタについてである。世界融合当初、魔物から家族を守り両腕が義肢となった彼は、彰弘と会うまで全くそれを動かすことができずにいた。しかし奴隷を扱う商会で彰弘と会い、その場での彼の助力によりほんの僅かだが義肢を動かせるようになったのである。
そんな状態であったソウタを少々彰弘は気にしていたのだ。
果たしてソウタの両腕の動きは大分改善されていた。食事も排泄も、まだゆっくりとではあるが自分だけで行えるようになったのである。
奴隷として買われたソウタたちはストラトスの下に一時的に引き取られ、使用人として最低限の教育を受けることになったのだが、その際に彰弘がソウタに行ったことを見ていたエレオノールが奴隷に使用人としての教育を施すストラトスの侍女長パーシスに伝え、そしてそれがストラトスの耳にも入った。そこからの流れは滞りない。ストラトスは他人へ身体強化などの魔法をも使える魔法使いを呼び寄せ、彰弘が行ったことをその魔法使いに試させたのだ。結果、それが良い方向へと結びついたのである。
なお、この方法は今まで世間に周知されていない。前述の他人への身体強化が行えるほどの使い手や、彰弘のように魔力を感じ取れる能力がない者へと魔力を感じさせるほど魔力を流せる者は少ないからだ。無論、過去に同じ方法で成功していた状況はあったが、それを実証するところまではいっておらず、結局今の今まで世間に周知されるまでには至らなかったのである。
余談だが、この件を知ったストラトスは現ガイエル伯爵とともに積極的に動き、魔法使いによる義肢装着者への助力というものを、ものの三年ほどで国家事業の一つとして立ち上げさせ、また有用であることを認めさせた。今現在でさえ高いガイエル伯爵家の評判と発言権を更に上げることになったのである。
さて、彰弘たちの休憩中の話題である最後の一つは、世界が融合してからそれほど経たないころに彰弘たちの手でヒュムクライム人権団体という組織から助け出されたが、そのときのあれこれが原因で借金奴隷となり彰弘に買われた内の一人であるジュンのことであった。
もっとも、この話題に関しては主に六花たち四人とジュンの間で行われており、彰弘は関わっていない。正確には関わるのを自然な形で拒否したというべきかもしれないが、ともかく彰弘は女同士の会話に我関せずを貫いた。
それが良かったのかどうかは分からないが、最終的に六花たち四人からジュンは、「頑張って治してくださいね」という励ましの言葉をもらい、何事もなかったように決着がついたのである。
とにもかくにも、このような大きな三つの話題と雑談を少々で終えた休憩の後、彰弘たちはミヤコの案内で家の中を巡ることにしたのであった。
「おっふー、なんか中学校んときの学校見学を思い出した」
ミヤコの家案内を終えて最初に休憩した部屋である談話室へと戻ってくるや否や、瑞穂が変な息を吐き出し感想を口にする。
一階は玄関から始まり、自己紹介をした応接間。それとはまた別の応接間から談話室、食堂、キッチン、大浴場、トイレ、そして使用人控え室。一階の案内が終わったら玄関近くの階段から二階に上がり彰弘の寝室に書斎、六花や紫苑がここで暮らすようなったら使うはずの部屋、使用人たちの各部屋。客室に談話室、トイレ、それから今はまだ使用用途がない複数の空き部屋と巡り、最後は玄関近くのではない階段を使って一階に降り、最初に休憩した部屋へと戻ってきた。
とても個人の家とは思えない規模であったから、瑞穂が変な吐息を出したのも仕方ないのかもしれない。
「良いですね。少々広すぎる気はしますが」
「特に俺の寝室とかな」
「あれは広かったねー。畳だったし思いっきりごろごろできそう……って、そんな目でみないでよ香澄。実際にやるわけじゃないんだから」
「いや、絶対やるでしょ」
下が畳で誰の目もなかったら、ごろごろとまではいかなくても、一回か二回は転がるかもなと思いつつ彰弘が瑞穂と香澄のやり取りを見ていると、両横から視線が向けられる。
その視線は六花と紫苑のもので、そこには「少しくらいは良いですよね?」といった意味が乗せられていた。
「誰の迷惑になるでもなし」
彰弘は両横の二人にしか聞こえない声でそれだけ呟き笑みを浮かべる。
二十四畳もの広さに箪笥など最低限の家具が置かれてはいるが、十分過ぎるほどにごろごろできるのが、先ほど見てきたばかりの彰弘の寝室だ。少しぐらい遊んだとしても良いだろう。
「さて。彰弘さんからの許可も出ましたし……目の前の不毛な言い合いを止めましょうか」
「絶対やらない」と「絶対にやる」を延々と繰り返している瑞穂と香澄を前に紫苑はそう呟いてから、普通に声を出す。
「まあまあ、お二人ともそのへんで。ところで今日はどうするのですか?」
「ん? そろそろ帰ろうかなって感じ。ね、香澄」
「うん。お父さんたち今日は早めに上がらせてもらえるって話だから、そろそろ良い頃合いかな」
「まあ、ここに泊まるっていう、魅力的な選択肢もあるかもしれないけど……そんなことしたらお父さんとお母さんが泣いちゃうかもしれない」
「あはは。泣きはしないだろうけど、心にぐっさりときそうな顔されちゃうね」
学園が長期の休みでないときでも、両親とはたまに顔を合わせるくらいはしていたが、それは軽く言葉を交わす程度であった。なので、この学園が長期休みの期間というのは瑞穂と香澄の二人にとっても、その両親にとっても大事な時間なのである。勿論、彼女たちの弟の正志にとってもだ。
「んじゃ、そろそろ帰ろっか」
「そうだね。クキング夫妻と会えなかったりで、ちょっと名残惜しいけど」
瑞穂と香澄はお互いの顔を見た後で立ち上がり、そしてそれを見た六花と紫苑も動いた。
「ではお送りします。ついでといってはなんですが、御両親にご挨拶を」
「うんうん。正志くんにも、ご挨拶」
「そうだな。じゃあ俺は出掛けることをミヤコあたりに伝えてくる」
彰弘はそう言ってから談話室を出る。
そしてそんな彰弘の後姿を見て瑞穂がぽつりと呟いた。
「めっちゃ、言い辛そう」
「相手が奴隷の立場なので面倒事を避けるためとはいえ、出会って間もない上に相手が人妻ですから。幸い私たちは、さん付けをしても、そう問題にはならないらしいのでほっとしています。彰弘さんには悪い気がしますが」
「うん。呼び捨てムリ」
「あ、彰弘さん戻ってきたみたい」
時間にして数分。使用人の控え室に行って来ただけなので、別に短いわけではない。
「じゃあ、行こうか……ってどうした?」
「いや、彰弘さん大変だなーって、ね?」
彰弘の疑問に瑞穂が答え、残りの三人が頷く。
その様子に意味が分からず首を傾げる彰弘だったが、何のことかは道すがら聞けばいいだろうと出かけることにしたのであった。
なお、このときの「大変」の意味を、瑞穂と香澄を送る道中で聞いた彰弘は、自分自身に苦笑するしかない。いろいろな要素が絡み合って今の状況があるわけだが、それは全て自分の意思が介在していることで、ある意味で自業自得のようなものであったからだ。
ともかく、今までとはまた少し違った生活を今日この日から彰弘は送ることになる。
ちなみに、彰弘たちが家にいるときに会えなかったクキング夫妻だが、瑞穂と香澄を送る道中で偶然出会うことができ、それぞれ挨拶を交わすことができたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
なんかモヤっとしています。
とりあえず次回はストラトスとクリスティーヌが来ます。