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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-70.【到着、そしてケミスラ】

 前話あらすじ

 グラスウェル魔法学園の第二学期が終わり六花たちと合流した彰弘は、彼女らを連れて自らの家が建つ場所へと向かうのであった。





 塀沿いを歩き見えてきた門は一般的な獣車であれば余裕をもって通れるだけの横幅があり、三メートル強といったところである。

 そしてその門の両脇には初老の域にいるだろうが体格の良い二人の男が立っていた。

「おおー!」

「広い。そして本当に門番がいる。さらにさらに家もでっかい!」

 歩いてくる途中で塀の高さを実感するためにか両腕を上に伸ばして塀に張り付いてたりといった、傍から見たら奇行の類をしていた六花と瑞穂の二人が声を上げる。

 紫苑と香澄の顔にも感嘆の色があった。歩いている最中に塀の向こう側にある家を見ていたのだが、改めて目にした敷地と家は二人の想像の上をいっていたようである。

 そんな四人の様子に笑みを浮かべた彰弘は、門番として立つ初老の二人に会釈をした。

「ようこそ、お嬢さん方。私は今日から、ここの門番をする者を束ねることになるゲーニッヒだ。よろしくな」

「オレはモバー。隊長共々、よろしく頼むよ」

「もう隊長じゃないんだが?」

「そう簡単に変えられんて。門番てのを一つの隊と考えれば間違いじゃないんだから、いいだろ」

 門番二人の自己紹介に六花たち四人は自らの名前を伝えた後で揃って頭を下げる。

 そして下げた頭の中に浮かんだのは「隊長?」という言葉であった。

「よろしくお願いします。で、隊長って?」

「ん? ああ、それはな……っと、ちょっと待った。ちょうど見回り終わったようだ。イニー! アウターク! アキヒロ殿たちが来た。ちょっとこっち来い」

「すまないな、先に紹介させてくれ」

 疑問顔の瑞穂に答えようとしたモバーだったが同僚となる二人を見つけ一旦答えるのを止めてに声をかけ、隊長と呼ばれたゲーニッヒが言葉の手助けする。

 モバーに呼ばれた二人は彰弘たちに気づき進路を変えた。ゲーニッヒやモバーよりも多少は若く見える同じような体格をした男たちである。

「アキヒロ殿とは顔合わせしてるが、お嬢さん方ははじめてだから紹介しよう。この二人は私たちと一緒に門番をやることになるイニーとアウタークだ」

「イニーという。よろしく頼む」

「アウタークです。よろしく」

 新しく来た二人の自己紹介に合わせて、再び六花たち四人も自己紹介を行う。

 なお、門番の契約を年単位で行ったのは日中の警備を担当するゲーニッヒを初めとした四人だけある。夜間に関しては冒険者ギルドに信頼できる者を選別してもらい短期契約を行う手筈となっていた。

 もっとも初めの内はゲーニッヒたちも日中だけでなく夜の警備を行う必要がある。一つの敷地に二つの家があるという少々特殊な場所であるため、普通と違うことはないか問題点を洗い出すためだ。

 ともかく、門番はゲーニッヒを筆頭にこの場にいる四人が中核となって行われるのである。

 ちなみに、とりあえず二か月間分の夜間警備は、既に信頼できる冒険者との契約が交わせれていた。

「お互いの自己紹介も済んだことだし、改めて隊長呼びの話だ。とは言っても、別に深い理由なんてない。ただオレらが二か月前までは領の兵士で、オレのとこの隊長がゲーニッヒさんだっただけさ。十年近くそう呼んでたんだ。いきなりは変えれんよ」

「んー、あたしたちだったら、先生と呼んでた人が学園を辞めてそうじゃなくなっても、その人のことを先生と呼んじゃう感じかな?」

「そうそう、そんな感じだ。それにさっきも言ったが、ここの門番という集団の長だから、あながち間違ってはないだろ? だから隊長、暫くは我慢、というか諦めてくれ」

「やれやれ。まあ実害はないからな仕方ない、としておこうか」

 ゲーニッヒは肩を竦めて首を左右に振りため息を吐いた。

 確かにモバーの言うとおり、門番を一つの隊と考えるなら、ゲーニッヒは隊長という立場となる。なので、そう呼称されることに違和感があったとしても間違いであるとまでは言えなかった。

「さて、無駄話はここまでにしておこう。家の中で首を長くして待っている人たちもいることだし……イニーはミヤコさんにアキヒロ殿が着いたと、で、アウタークはロソコムに今日は終わりだと伝えてきてくれ」

 ゲーニッヒに声をかけられた二人は、「了解、隊長」とそれぞれが頷きを返してから二つの方向へと歩いて行く。

 その様子を見ていた、今日始めてこの場所に来た四人は揃って小首を傾げる。

 ミヤコという名前を知っているわけではなかったが、流れからして彰弘が購入した奴隷で使用人の一人であろうことと、ゲーニッヒが名指ししたことから恐らく使用人の代表的な人であろうことも想像がついた。

 だがロソコムには疑問しかない。何故別途で伝えにいく必要があるのだろうか。ミヤコと同じ立場ならば、わざわざ個人に伝えに行く必要性が感じられなかった。

「彰弘さん、一つお聞きしても良いですか?」

「どうした?」

「ミヤコさんという方は何となく使用人の方だと分かるんですが、ロソコムさんて方はいったい……」

 唐突というわけではないが、紫苑の口から聞こえたその内容に彰弘とこの場に残った門番の二人は顔を見合わせる。

 そして少ししてから彰弘は口を開く。

「俺が買った奴隷の一人だな。元ランクD冒険者だったから普通の使用人として扱うだけじゃ勿体ないって話になって、門番をさせるためにゲーニッヒさんたちに訓練をお願いしていたんだ」

「そういうことだ、綺麗なお嬢さん。だから今も他の使用人たちとは別の場所……とはいっても敷地内なんだが、そこで訓練させてるんだ。ミヤコさんに言っておけば間違いなく伝わるだろうが、必要以上に彼女に手間をかけさせてもな。ま、こちらの手間はたいしたことはないし、省ける時間は省かないと、ってことだ」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

 答えを聞き律儀に頭を下げる紫苑に笑みを向ける彰弘とゲーニッヒ。

 その様子を横から見ていたモバーがふいに思い出したと声を出した。

「そうだ隊長。ロソコムについてアキヒロ殿にあれを言っておかないと」

「そうだな。アキヒロ殿に少し報告がある。奴だがな、どうにも癖が強すぎる。模擬戦で分かっていたことだが、あれは時間がかかるぞ」

「改めて言うほどですか。……まあ、全く改善されないとか技術の進歩がないとなったら考えなければなりませんが、急ぎませんのでよろしくお願いします」

 全獣人で優れた身体能力を持っていたロソコムは戦闘技術というものを磨くということをしてきていなかった。そのため、門番としての必要となる技術はおろか対人に対魔物といったものに関する技術も稚拙と言っても過言ではない程度だったのである。

 それだけならば一から教え込めば良いのだが、問題は十年以上冒険者として活動してきたために、妙な癖がついてしまっていることであった。そのため、なかなか思うように教育が進んでいないのである。

「一応、今は新兵に毛が生えた程度までには成長してるから全く進歩がないわけじゃないが……分かった、できる限りのことはしてみよう」

「ええ、頼みます」

 そんな感じで雑談などをしていると、彰弘が購入した家からイニーとミヤコが出てきた。

「さて、出迎えも出てきたことですし、また後で。それはそれとして、これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」

 ミヤコが姿を現したのを機に彰弘はゲーニッヒとの会話を切り上げる。

 そして、目の前まで来て深々と頭を下げたミヤコの後に続いて、我が家へ入っていくのであった。









「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様方。そして、お客様方ようこそお越しくださいました」

 扉を潜り玄関に入り靴を脱ぎスリッパを履く。

 そして応接間へと進んだ彰弘たちを待っていたのは、ずらりと並んだ使用人たちの綺麗な所作と唱和された挨拶であった。

「お、おーぅ」

 六花が思わず声を漏らす。

 彰弘含め残りの三人も声こそ出さなかったが、一様に驚きで動きを止めた。

 何せ今まで経験したことのないことであり、それ以外の反応ができなかったのである。

 しかしそれも一瞬のこと、とりあえず一番気になったことを彰弘が口に出した。

「ただいま、というのも変か。それよりも旦那様はやめてくれ。どうにも違和感しかない」

「お嬢様もなしで」

「うんうん、どうせなら名前がいいかな?」

 紫苑が続き、六花が提案する。

 そしてそんな六花の提案には先に発現した彰弘と紫苑、そして瑞穂と香澄も同意した。

「畏まりました。では今後はそのようにお呼びさせていただきます。よろしいですか、アキヒロ様?」

「ああ、それで頼む」

 気持ちの中では、様付けも遠慮したいところの彰弘であったが、以前バラサからの忠告もあったことで、それは飲み込みミヤコの言葉を了承する。

「さてと、後になっては面倒だ。自己紹介をしてしまおうか。だが、その前に」

「ですね。彰弘さんの匂いなら良いのに、まったく。見知った方もいるので早く自己紹介といきたいところなんですが」

「紫苑ちゃんそれは口に出しちゃだめだよ」

「あっははは。ともかくケミスラちゃん部隊の出撃だね」

「ハネタロウ、ごー!」

 彰弘たち五人の視線の先にいたのはロソコムで、何故か他の使用人たちからは一人分離れた位置に立っていた。その理由は明確で非常に臭かったのである。

 ロソコムは彰弘たちが来たとき、ゲーニッヒに言われた訓練内容を行っていた。それは戦闘技術を見につけるためのものなのだが、そこそこ厳しく大量の汗をかくほどのものである。そんな最中にアウタークから彰弘たちが来たことを聞かされ、軽く汗を拭っただけでこの場に立ったのであった。

 加えて言えば、ここ何日かはゲーニッヒたちの訓練が厳しく疲れ果て身体を洗うことが疎かになっており、それが汗と混じり悪臭一歩手前へとなってしまっていたのである。

 なお、ロソコムの名誉のために記しておくが、普段の彼であれば仮に汗を大量にかいたからといって、こうはならない。彼は風呂も好き身体を洗うことも嫌いではないのだから。

 ともかく、ロソコムの今の状態を放っておくことはできない。

「いろいろ言い訳はあるだろうがなロソコム。とりあえず、そこを動くな。他の皆はロソコムからちょっとだけ離れて。濡れることはないと思うが、念のためな」

「え!? ちょっと待って……」

「大丈夫だ。すぐに終わる。風呂で身体を洗わせたいところだが、まあこちらの方がいろいろと手間が省ける」

 彰弘はそう伝えながら腰の小瓶の蓋を開け、中に入っているアルケミースライムのミラを呼び出した。

 当然、六花たち四人も契約しているアルケミースライムを呼び出す。

 ちなみに、四人それぞれのアルケミースライムの名前は、六花のがハネタロウで紫苑のはリリー、瑞穂のがトビタロウで香澄のはホワイティルである。

「じゃあ、わたしが水出すね」

 彰弘の言葉の意図を読み取り、香澄は自らの前方に水の塊を魔法を使って出現させる。

 ロソコムの体格は彰弘と比べても遜色ない。小瓶から出したばかりのアルケミースライム五体の総量は大人の掌に余裕で乗る程度でしかないので、容量を増やす必要があったのだ。

「ミラ。五分の一だ。それから思う存分喰え」

 彰弘がまず動きミラに水分を吸収させる。

 それから順に六花、紫苑、瑞穂と続き、最後に香澄が残った水を全てホワイティルに取り込ませた。

「はっはー。オオカミさん。そんな状態でここに来た自分を呪うがよい! 突撃、ケミスラ部隊、れっつらごー!」

 よく分からないノリで瑞穂が号令を下すと、真っ先にトビタロウがロソコムに飛び掛り、それに六花のハネタロウが続く。更に紫苑のリリーと香澄のホワイティルが突撃した。

「まあ、じっとしてろ。これだけの容量に増やしたから、数分で終わるさ」

 最後に彰弘がロソコムに近付き、そう伝えてから掌の上でぷるぷる震えるミラを彼の頭の上に乗せた。

 それから少し。彰弘の言葉どおり、ロソコムの洗浄は完了した。

 相当に汚れていたのだろう。洗浄が終えたロソコムの毛並みは先ほどまでが嘘のように綺麗になっていた。

「オオカミさん、毎日ちゃんと身体洗ってる? これは酷い」

 掌の上で取り込んだ汚れを消化中のトビタロウを見ていた瑞穂は、中にある汚れだったものや抜け毛を目にしてそんなことを口にする。

 大抵、毎日風呂に入り適度に身体を洗っていた場合、アルケミースライムが取り込んだ汚れなどは即座に消化されて目で見ることはまずない。それなのに今彰弘たち五人の手元に戻ったアルケミースライムの中には、それと分かるほどに消化中の汚れが残っている。

 この状態はよろしくない。これからの生活を考えロソコムには注意しておく必要があった。

「確かにこれはないな。ロソコム、今までがどうだったかはどうでもいい。今後、いや今日この時から、念入りに身体を洗うように。サボったらそれだけ給金減るからな」

 そしてそう彰弘は言い切ったのだが、ロソコムからの反応がないことに気づき、彼はロソコムを注視する。

 するとそこには立ったまま身動ぎすらしないロソコムがいた。

「まさか気絶してるのか?」

 よもや、アルケミースライムに洗われただけで気絶するとは思ってなかったため、彰弘は再度注視し、それからロソコムに声をかけてみるが何の反応もない。

 正に気絶状態のロソコムであった。

 アルケミースライムのことを知っていても、実際に使ったことも見たこともないロソコムにとって、全身をスライムで覆われるのは恐怖以外の何者でもなかったのである。そのため、彰弘のミラが頭に乗りそこから下へ降り始めたときに限界を超え気を失ってしまったのであった。

「身動ぎすらしなかったのは、それが理由ですか」

「気絶って立ったままできるんだねー」

「なんて器用な」

「呼吸はしてますね。どうしますか、彰弘さん」

 物珍しげにロソコムを観察した後で、彰弘の下へ戻った六花たち四人。

 そして、それを待っていたかのようにミヤコが声を出す。

「ロソコムさんについては、後で私からアキヒロ様の言葉を伝えておきます。とりあえず主に迷惑をかけたということで、この場はこのまま放置でお互いの自己紹介を済ませてしますというのはどうでしょうか」

「そうだな。ロソコムには後でもう一度しなけりゃならないが、それでもいいか?」

 ミヤコの提案を受け、彰弘は六花たち四人に確認を取る。

 それに対する反応は問題ないというものであった。

 この後、彰弘たちと使用人たちはお互いの自己紹介を行う。そして、それが終わると休憩や談話をするために用意された部屋に移り一息入れるのであった。

 ちなみにロソコムは、彰弘たちが一休みのために用意されたお茶を飲み終わり、家の中の案内をしてもらおうと立ち上がる直前まで気絶したままであった。

お読みいただき、ありがとございます。


Q:オオカミって汗かくの?

A:この世界の獣人は動物や魔物と違い、人に近い存在です。

  なので狼系獣人に限らず、爬虫類系の人種であっても汗をかきます。

  例外は肉体をもたないタイプの不死系人種のみです。



二〇一七年 九月十日 十八時 二分 追記と修正

ロソコムは普段ならちゃんと身体を洗っていて、汗をかいたからといって常に作中のようになることはない、ということを追記。


修正は誤字、それと文章の一部書き方を修正。


話の流れには全く関係ありません。

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