表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
160/265

4-69.【平民が住む家じゃない】

 前話あらすじ

 初めて深遠の樹海で狩りをした彰弘たち。

 いつもの場所より多くの魔物と遭遇するも、とりあえずは怪我なく帰還する。





 白い弾丸を優しく腹部で受け止め、それと同時に背中に温もりを感じた男は頬を緩めた。

 それぞれの正体は、白い弾丸が白色の学園指定コートを着た六花で背中の温もりは紫苑だ。そして当然ながら男とは彰弘である。

 グラスウェル魔法学園の第二学期終業式が終わってから三時間ほどが経ち、人の姿が疎らになった校門前で若干生暖かい視線の中で行われたそれは、最早恒例行事のようであった。

 ちなみにいつもは彰弘の肩にいるガルドは空気を読んでか、相変わらず肩の上に乗ってはいるものの身動き一つせずに静かにしている。

 ともかく、第二学期を終えた少女たちを彰弘は迎えに来たのだ。

「元気そうで何よりだ二人とも」

 身体の前面に抱きついたまま笑顔を見せる六花と、張り付いた背中側から自分の斜め前に移動し微笑みを浮かべてくる紫苑へと彰弘は笑みを返した。

 見るからに健康で元気そうな少女たちの姿に安心したのである。

「うん。元気!」

「はい。私もみんなも健康に問題はありません。彰弘さんもお元気そうで何よりです」

 彰弘が見てとった二人の状態に間違いはなく、それは声の調子からも万全の体調であることが分かった。

 また二人の少し後ろにいる瑞穂や香澄を含む少女たちに関しても、その表情やら様子やらから、肉体的にも精神的にも問題があるようには見えない。

 保護者の立場にいる彰弘にとって、この状態は心底安心できる要素であった。

 なお、動きを止めているルクレーシャたち四人のことを最初は少し心配した彰弘であったが、それについてはガルドが念話で、「今回初めて六花の突撃と紫苑の張り付きを目撃したことによるものではないか」と伝えてきたことに加え、紫苑が「驚いているだけですよ」と言ってきたことで、健康面に問題があるわけではないと察することができてひと安心となっていた。

 他人の子供であっても、やはりそこは多少は心配するものである。

「さて、もう行けるか?」

 瑞穂や香澄、それからクリスティーヌが周囲の少女たちに挨拶をしてからこちらに向かってくるのを見て、彰弘は六花と紫苑に目をやる。

「うん、だいじょぶ。みんなは今日は寮にいて、明日行くって」

「はい。もう挨拶は済ませてありますから大丈夫です」

「そだね。行けるよ!」

「うん」

 六花と紫苑の言葉に、彰弘へと近寄った瑞穂と香澄が続く。

「私も、と言いたいところなのですが、獣車があるということは……エル?」

「はい、お嬢様。残念ながら大旦那様は新しく建てられた別邸ではなく本邸にいらっしゃいます。ですが、所用の方は今日明日には一段落つくとのことですので、暫しのご辛抱です」

「シオンさんたちと一緒に行きたいところではありましたけど、お爺様へ挨拶もしたいですし」

 終業式の後すぐに彰弘の家の隣に建てられたガイエル伯爵家の別邸という位置付けとなる屋敷へ行くはずの予定であったクリスティーヌなのだが、それはストラトスがそこにいたらである。

 別にストラトスがいないからといって別邸が無人なわけではなく、購入した奴隷や雇い入れた門番に、それらを纏める立場の人物もいるため、生活する上で何か不都合があるわけではない。しかしクリスティーヌにとって、ストラトスは大事な家族であるため、今日のところは素直に本邸へ帰ることにしたのである。

「名残惜しいですが……シオンさん、今日はここでお別れです。後日、必ず伺いますので」

「ええ、待ってます。……そうだ。折角クリスさんが来るのですから、それまでの間彰弘さんには私たちの話を聞く聞き役になってもらい、彰弘さんの話はクリスさんが来てからにしてはどうでしょうか」

「良いのでしょうか?」

「勿論、彰弘さんが良いと言ってくれたらの話ではあるのですが」

 幾分残念そうな顔をしていたクリスティーヌを思った紫苑が出した提案は、六花、瑞穂、香澄も異論はないようだ。彰弘を見つめる瞳の数が四から十に増える。

 そんな彼女たちに対する彰弘の反応は、僅かな思考の後の了承であった。

 提案した紫苑はほっと胸を撫で下ろし、クリスティーヌの顔には満面の笑みが浮かぶ。六花たち三人は最初から断られると思っていなかったので納得顔だ。

 紫苑にしても六花たち同様に彰弘が断るとは思っていなかったのだが、そこは提案した本人であるから、万が一を考えてしまったのである。

「アキヒロ様、ありがとうございます!」

「いや、そんなにお礼を言われるほどのことじゃないと思うが……まあ、待ってるよ」

「待ってる……はいっ!」

 周りが知っている中で、それを再度本人に聞くのは心苦しいものがあった。だからといって本人がいて聞くことができるのに、直接その人からではなく別の人から話を聞くのは少し寂しい感じがする。

 クリスティーヌにとって、憧れの存在と同じような道を進んでいて興味を持った彰弘から直接話しを聞けることは非常に嬉しいものであった。更に皆で一緒に話を聞くことができるというのは、同じ時間を共有できるということもあり、そのことも彼女の気持ちが上向いた要因でもあった。

「シオンさん、ありがとうございます。ふふふ、これで楽しみが増えました。今夜は良い夢が見れそうです」

「ふふ。それは良かったですね。ともかく、待ってます」

「はい。では、私はこのあたりで失礼します。エル、帰りましょう」

「はい、お嬢様。それでは皆様方、また数日後に」

 クリスティーヌとエレオノールは一時の別れの挨拶としての会釈を、その場にいた全員に向けて行うと、ガイエル伯爵家所有の獣車に乗り込む。そしてその中から再度頭を下げてから獣車を発進させた。

 クリスティーヌとエレオノールを乗せた獣車が見えなくなるまで見送り、彰弘は一つ息を吐き出す。

「何ともハードルが高いことになったな」

 伯爵家のご令嬢が、あそこまで喜ぶような要素を自分が持っているとは思わない彰弘は、そんなことを思わず独りごちる。

 一応、以前にエレオノールから何故クリスティーヌが自分に興味を持っているのかを聞いていた彰弘であったが、それだけであの状態というのはいまいち信じられなかった。

「大丈夫ですよ彰弘さん。脚色する必要はなく、事実をそのままがクリスさんの望むことですので」

「正直、脚色する必要はないって感じだよね」

「だね。わたしたちが週末に行くのはギルドの北東支部で彰弘さんがいるとことは違うけど、たまに彰弘さんの名前聞くもの」

「うんうん。あとねあとね、クリスさんはわたしたちと同じ匂いがする。だから、一緒にいるだけでも十分だいじょぶ」

「ああ、それなんとなく分かる。確かにそうだよね。あたしは最初自覚なかったけど自覚してから分かるようになった。確かにクリスはそうかもね」

「クリスちゃんなら問題ないかな。日本のままだったらどうしようか悩むところだったけど、今ならそこは大丈夫だし」

「ふふふ。ですよね。少しだけ邪な考えがないわけではありませんが、純粋に歓迎できる部分が大きいです」

 紫苑から始まった会話の流れが何やらおかしな方向へ進みつつあり、彰弘はハードル云々の思考を放棄。話題を変えるため声を出す。

「さて、そろそろ行くか。ここでこうしてても仕方ないしな」

 変な方向へ進み出した話題を止める目的もあった彰弘の言葉だが、それとは別の意味もあった。

 今現在彰弘たちがいる場所は別に通行の邪魔になるというわけではないが、この後行くべき場所があるのだから、わざわざここで会話を続ける意味は薄いということが一つ。それから今日ではなく明日寮を出てそれぞれの家に向かう六花ら四人の友人たちが未だ校門のところにいるということが一つ。

 困ったような笑みを浮かべてこちらを見ている彼女たちをそのままにしておいているのは流石に忍びなかったのである。

「えっと、すみません。私たちはこれで失礼します、ね?」

「なぜに疑問系? まあ良いけど。じゃあ、また来年な」

 そんな感じでそれから数分。

 お互いがお互いに挨拶を交し合い、彰弘たちはようやくグラスウェル魔法学園の校門前から移動を始めたのである。

 なお、瑞穂と香澄の両親と弟であるが、前者は普通に仕事があるため、後者は学習所で充実した時間を過ごしていたため、出迎えに来れなかったのであった。









 目的地である彰弘の家まで行く間の話題は、やはりその家のことであった。

 六花たち四人は正二が描いた建築設計図は見せてもらっていたが、実際の建物自体は今まで見ていない。グラスウェル魔法学園は全寮制ではあるが、放課後や休日に敷地外へ出ることを禁止しているわけではないために見に行こうと思えば見に行くことはできたのだが、完成した姿を見たいとの思いがあり今の今まで見に行っていなかったのである。

「楽しみだねー」

「うんうん、どんなのかなー?」

 瑞穂の言葉に六花が応え、それに紫苑と香澄が頷く。

 その様子は本当に楽しみにしているようで、好奇心が隠されずに表情に現れている。

「図面は見ているので凡その予想はつくのですが、やはり実際に見ると随分と違うのでしょうね」

「そうだね。だからこそ楽しみでもあるんだけど」

「で、そこんとこどうなの? ねえ彰弘さん」

 後一時間もしない内に見ることができるのだが、好奇心が抑えきれないのか瑞穂がそんな言葉を彰弘にかける。

 その様子に彰弘は笑みを浮かべた顔で答えた。

「ネタばれしない程度に感想を言うと、あれは一般人が自分の家として住むところじゃないな。勿論、悪い意味じゃないんだが」

 間違いやら何やらが諸々重なったことで使用人がいなければ掃除すら覚束無いほどの広さがあり、且つ隣接するガイエル伯爵家の別邸との調和をなどの理由で平民が住むには立派過ぎる建物となっているのが、彰弘が利用権を買った土地に建てられた家である。

 確かに物件としては非常に良い部類に入るのだが、それが元日本で普通の会社員をしていた彰弘にとっても良いものだとは限らないのであった。

「なんか、ますます気になりますねー。そう言えばクリスちゃんのお爺様のお屋敷との間に壁はなくしたと聞きましたが、そこはどうなんですか?」

「一応、境目には植木が植えられてたが。まあ、それも境目としてじゃなくて、境目の位置にってだけだったけどな」

 実際に見れば一目瞭然ではあるのだが、その植木は確かに境目となる部分に植えられてはいたが、それが両家を隔てているかといえば、そうではない。景観のために植えられているというのが、大抵の誰が見ても持つ認識であろう。

「(どうやら全面的にクリスさんの意見は受け入れられているようですね)」

「ん? 紫苑何か言ったか?」

「ええ、門はどうなったのかと思いまして。どうも彰弘さんの話を聞く限りでは、クリスさんから聞いたとおりの状態のようですから」

「ああ、それか。最初は敷地の道に面した場所にそれぞれ造ってあったんだけどな……そうなると門番が倍必要だという話になり、何だかんだで丁度二つの敷地の境目に大きめの門を一つってなった」

 どれだけ立派であっても平民の家で門番などは普通は雇うことはない。ただ今回の場合、敷地自体が両家で繋がっているために、彰弘の方では不要だとしてもストラトスの方では必要だということで門番を雇うことになったのである。

 なお、門番にかかる費用は全額ストラトス側が出すことになっていた。先にも述べたように平民である彰弘側は門番という考えすらなかったところに、ストラトス側の要望で結果的に敷地が繋がり門番が必要となったわけだから、ある意味で当然のことなのかもしれない。

「いやー、聞けば聞くほど凄そうだねっ!」

「なんか、お父さんの図面から想像していたのと全然違うもののような気がするんだけど」

「まあ、私たちが見たのは最終的なものではありませんでしたから。ともかく、楽しみにしていましょう。もうすぐですし」

「楽しみだなー。あ、あれだよね彰弘さん! あの壁がそうだ、よね?」

 談笑しながら歩く彰弘たちの前に見えてきたのは、家屋の外壁と同じ色をした二メートルを軽く超える壁である。そして、その壁の向こうには白色を貴重とした誰が見ても立派だと言うであろう建物が見えていた。

「あれ? なんか想像の遙か上をいってるんだけど……マジであれ?」

「壁が長いよ瑞穂ちゃん。なんか、通っていた中学校の敷地より広そうなんだけど……あ、二つ分」

「彰弘さんが買った分だけでも日本人的には大分広かったですから。それにしてもこれは凄いですね」

「おおう。運動会とかできそう?」

 思わず足を止めて、それぞれが今目にしたものの感想を漏らす様子に彰弘は失笑しつつも四人に先を促す。

 そして向かった先で、四人の少女たちは更なる驚きを口にするのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


夏だからと油断は厳禁ということを改めて思い知った今日この頃。

皆様もお気をつけくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ