4-68.【兆候】
前話あらすじ
新たな魔剣ができる予定日にイングベルト武器店へ彰弘は向かうも、何故かそこにはなくメアルリアの神殿にあることを伝えられる。
そのため、今度は言われた場所へと向かったが、そこで待っていたのは武器作成者のドワーフ二人と二つの宗教の神官で、できた武器に問題があるかもしれないと伝えられる。
その後、多分に脱力するよなことがあったりなかったりしつつ、彰弘は何とか無事に新しい魔剣を手に入れることができたのであった。
鈍く光る赤黒い刃と純白の刃が二体のオークの頭部を刎ね飛ばし、白色の刃がその二体とは別のオークの首筋から血を噴き上げさせる。そして、少し離れた場所にいるこれまた別のオークは炎に頭部を包まれて地面に倒れ込んだ。
「この人数で、ここに来るべきではないわね」
周囲を見回し、そこに動くオークの姿がないことを確認したミレイヌが安堵の息を吐き出すと、彰弘とバラサが同意する。
「早々にこの場を離れた方が良いかと思います」
「そうだな。今のところ他の魔物が近付いてくる気配はないが、いつまでも来ないわけじゃないし……もったいないが、手足と頭、それから魔石だけとって撤収しよう」
「賛成ね。余力はあるけど、成果は十分だし今日は終わりにしましょう」
彰弘たち三人の周囲で息絶えているオークの数は十を超えていた。
これが二体や三体程度であれば、また彼らがいつも狩りを行っているグラスウェルの東側の森林であったならば話は別だ。しかし死体の数は十を超えており、そこに加えてこの場所は深遠の樹海という彼らが普段は狩りに来ない場所である。そのため勝手が分からず、この場を早々に後とすることを決めたのであった。
あれから二時間弱。彰弘たち三人の姿は、深遠の樹海から一キロメートルほど離れた場所にあった。
当初は深遠の樹海を出るのに一時間くらいと予想をしていたのだが、途中で二度魔物と遭遇したために、倍まではいかないがそれに近い時間がかかってしまったのである。
「ようやく……ようやく落ち着ける気分ね」
「街の中ほどとはいかないが、確かにな」
深遠の樹海という場所は彰弘たちが普段狩りに向かう森林とは危険度が段違いであるが、樹海全てが同じ危険度というわけではない。浅ければそれだけ危険は少なく、深くなるに連れその度合いは深まっていく。
今回、彰弘たちは人数も三人で始めてだということもあり、樹海の浅いところで狩りをしていたのだが、それでも普段の森林とは違う雰囲気だったため、想像以上に精神が疲労したのであった。
なお、この精神の疲労には、いつもの森林と同じ程度との事前情報を得ていたが、実際はそれ以上の魔物との遭遇があったことも関係している。いつもなら一日狩りをしたとして、多くても合計で十数体の魔物と戦うだけなのだが、今回は軽くその数倍の数の魔物と遭遇したのである。疲れないわけがなかった。
「同感です。ところで、この後はいかがいたしますか?」
「いつもどおりだな。ギルドで換金して、シャワー浴びて、喫茶店でまったり」
「そうね。まだ日は高いし、夕食までも時間はあるから賛成よ」
「承知しました」
「とりあえず換金は俺がしておくから、二人はシャワーを浴びたら先に行ってていいぞ。俺は後から行くから」
狩りがいつもの森林ではない深遠の樹海であっただけであるから、その後の行動をわざわざ変える必要はない。
彰弘たち三人は、ほどほどに警戒をしつつ今日の反省点を口にしながら、驚異的な早さで整地されている最中の元日本の土地であった場所をグラスウェルに向けて歩いていくのであった。
彰弘が馴染みとなった喫茶店の扉を開けると女店員の相変わらずの元気な声に出迎えられた。そして何を言うまでもなく、最早定位置となった席へと彼は案内される。
「随分と遅かったわね。とりあえず、いつものコーヒーは頼んでおいてあげたわよ」
「さんきゅ、助かる。ちょっとギルド職員に捉まって俺らが遭遇した魔物のことを話していた」
椅子を引き、そこに腰掛けながら彰弘が説明するとミレイヌとバラサが首を傾げた。
「どうも遭遇率が高かったぽいな。俺らが進んで程度だと、魔物の数はいつもの森林と同じくらいらしい」
「じゃあ、事前情報は正しくて、今日のあれは異常ということかしら?」
ミレイヌの問いの間に女店員が全員分の注文品を持ってきたので、それにお礼を言ってから彰弘は答えを口にする。
「そう確定できる情報はまだないみたいだったぞ。一応、普段でもそういうことがないわけじゃないって言ってたからな。ただ、ここのところそういう報告が多いらしい」
実際、ここひと月ほど、想定外の数の魔物と遭遇したという報告が冒険者ギルドには冒険者から報告されていた。また深遠の樹海に向かって還ってこない冒険者の数が以前に比べて増加傾向である。
「その遭遇が多いという魔物はどのような魔物かは聞かれましたか?」
「それはオークとゴブリンらしい。質問をして答えをもらったわけじゃないが、『またオーク』とか『ゴブリンも多い』とか言ってたよ」
それだけ言ってコーヒーに口をつける彰弘の目の前で、ミレイヌとバラサが顔を見合わせた。
何やら、そのことから何かが起きるのではないかと予想がついたようだ。
「バラサ、これって……」
「ええ、可能性でしかないですが、近々大討伐があるかもしれません」
「大討伐ってのはあれか? 強制指名依頼の」
「そうよ。街のこともあるから全ての冒険者に出されるわけではないけど、増えすぎた魔物を壊滅させるための依頼ね」
魔物の大討伐依頼。
大抵はゴブリンやオークなどの繁殖力が高い魔物が人種の脅威となりうる規模にまで数が増えた場合に出される依頼である。
普段から常時依頼としてゴブリンやオークなどは見かけたら狩ることを推奨されており冒険者もそれを行っているが、どうしても冒険者があまり行かない、または行きづらい場所があるため、稀に狩られずに大繁殖してしまうことがあった。
そしてそれは放置しておくと、その場の生態系を狂わしてしまう可能性があり、当然それは人種の脅威となるため、冒険者ギルドは強制指名依頼という形で討伐をするのである。
なお、この大討伐には総合管理庁を通して国や領の兵士が加わることがあった。魔物の規模が数百数千ならば、その討伐対象周辺にある街の冒険者も動員すれば討伐は可能なのでそうはならないが、これが万の単位となる場合、どうしても冒険者だけでは人手が足りないからである。
一応、この世界には単独で数多くの魔物を短時間で屠るだけの力を持つ者が存在しており、その者は冒険者の中にもいた。しかし、それは周辺環境を気にせず彼ら彼女らが十全に戦えればという条件が付く。数千数万単位の魔物の群れが相手で、且つ戦闘後の環境も考えねばならない場面では、単一の力の大きさは不要ではなく有用ではあるが、それだけで事が足りるわけではなかった。
「やれやれ面倒なことにならなければいいけどな。まあ、まだそうと決まったわけじゃないし、今それは置いておこう」
「それもそうね。では、何か他に話題はあるかしら?」
「そうだな。世間的に……といっていいのかわからんが、今領主は皇都へ行ってるんだよな。セイルたちが護衛に付いて」
「ああ、あの神社の神域認定ね」
「そう。これで穏姫もしっかり神様として周知されるし影虎さんも正式な教祖様だ。それにしても、ちょろっと聞いた話だと戻って来るのは二月下旬くらいらしいが、大討伐があったとして間に合うのかね?」
「微妙なところね。余程切羽詰っていない限り、真冬に大討伐は行われないだろうけど」
真冬というのは身体の動きが鈍くなる。そんなときに大討伐を行うと、いらぬ被害が出る可能性があるため、大抵は多少なりとも暖かくなってから行われるのが普通であった。
無論、魔物の群れが人種の領域に攻め込んできたなどの危機的状況となった場合は別ではあるが。
「成長の早いゴブリンといえど、生まれてから成体になるまで半年が必要と言います。今は十二月ですから多少後ろにずれたとしても大討伐自体は問題はないのではないでしょうか」
どんなものにも、それを研究するという人はいるもので、このゴブリンが半年で成体となるという情報もゴブリンを研究している研究者が発表したものである。そしてその情報は正しく事実であった。
ちなみにオークの場合は、およそ一年ほどである。
「ねえ。魔物関係の話はやめないかしら。今はどうしても大討伐に結び付けてしまうわ。まあ無意味ではないのだけれど」
「自分で横に置いといて戻しちまったな。なら別の話題ということで、正体不明の視線……は、もう話して結論出てたか。なら、使用人のいる生活ってどんなんだ? て聞いていいか?」
「全く違う話題になったわね。あなたのお屋敷の引渡しは明後日だったかしら」
話の内容ががらっと変わったことにミリアムは失笑するも、悪い話題ではないために、そのままそれを続けることにした。
ちなみに正体不明の視線とは、彰弘が奴隷を購入する際に感じた気配のことである。これはあの後も度々感じはするものの被害は皆無であったために、それはとりあえず様子を見るということにしていた。
「ああ。六花たちを迎えに行って、そのまま家に向かう予定だな。で、どうなんだ?」
「どう、と言われても、ねぇ。私は産まれたときからだから、どうも何もないわよ。バラサはどう思う?」
「私は主の立場ではありませんので、なんと答えればよいのか。でも、そうですね。立場が下の同居人との生活、といった感じでしょうか。注意点としては自分と対等な存在として扱ったり必要以上に優遇してはいけないといったところでしょう。それをすると奴隷であるその方たちに対する周囲の印象が悪くなる可能性があります。とりあえず、買い物や使いに出すときに獣車を使わせるとか、普通の平民がしないことをさせなければ概ね問題はないかと思います」
借金で奴隷になった者への感情は大抵の人が、奴隷ではない他人に対するものとそれほど変わりはない。ただし、借金をして奴隷となった者がそうでない自分たちよりも優雅に暮らしている様を目にするのは、奴隷ではない他人がそれをしているのよりも不快に感じる者は一定数存在する。
バラサの言葉は、その一定数の存在を示唆したものであった。
「まあ、とりあえず実際に体験してみて、って感じかね。最悪お隣さんに押し付ける方向で。とりあえず二人に感謝しておく」
「お隣さんって……随分と大胆なことを言うわね」
彰弘が言う隣は元ガイエル伯爵であるストラトスである。
ミレイヌが呆れたような驚いたような顔をしたのも当然であった。
この後、三人は飲み物を追加で注文し、それを飲み終わるまで雑談した後、席を立ったのである。
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