4-EX05.【グラスウェル魔法学園―進級試験と氷姫モード―】
前話あらすじ
何やら悩む六花に話を聞くことにした香澄たち。
その悩みとは学園を卒業しても冒険者のランクE昇格試験を受けれる年齢にならないことであったのだが、それは長短の違いはあれど香澄たちにも抱えていたものであった。
ただ、その悩みは期間延長をお願いされ即答した彰弘によって消え去ったのである。
十二月十五日と翌十六日は、グラスウェル魔法学園第二学年生の冒険者コースの人たちの進級試験日。
試験の内容は学園側が決めた六名一組のパーティーで防壁の外へ行き一泊二日を過ごすだけ。この内容を護衛兼試験官の人が見て合否を判定するらしい。
もっとも、試験自体は授業をちゃんと聞いていて少し復習なんかをしていれば、まず間違いなく合格できる程度との話。
ちなみに護衛兼試験官は、学園からの依頼を受けた現役のランクD以上の冒険者が行うんだって。
さてさて。そんなわけで、わたしはみんなと一緒に試験開始のスタート地点となる北東門近くの広場に来たわけなんだけど、その場の雰囲気にちょっとした違和感を覚えた。
「何とも緊張感がありませんね」
「あれ? 場所、間違ってないよね?」
呆れたような声色で紫苑ちゃんが言えば、困惑気味に瑞穂ちゃんが続く。六花ちゃんも小首を傾げて周囲を見回している。
「間違ってはいないですよ。私もこれはどうかと思いますが……今回は護衛の人もいますし、まず魔物が現れない場所までしか行きませんから、そのためではないでしょうか」
苦笑気味なクリスちゃんの言うとおり、確かに今回の試験は防壁の外に出るとはいっても、魔物がほとんど現れることのない場所で一泊し翌日帰ってくるというだけの試験。
でも本当にこんな雰囲気のままで良いのかちょっと不安。
「人は人。こっちはしっかりとやればいいんだ」
「うん。そうだよね」
これはセーラちゃんとパールちゃんだ。
行商人である両親に付いて何度か街と街の間を行き来したことがあるセーラちゃんと、お兄さんが冒険者であるパールちゃんは、防壁の向こう側が決して油断していい場所じゃないと知っているがための発言だった。
「ともかく、行こっか。誰とパーティーを組むかをまず見てこないと」
試験を受ける他の人たちの様子に思うところはあるけれど、それはそれこれはこれ。自分たちがぶれなければいいだけの話なので、わたしはそう言ってみんなを促して試験を統括する先生のところへ向かった。
ちなみにわたしと寮で同室のセリーナちゃんは魔導具製作者を目指していてるのでこの試験ではなく、そっちの試験を今日受けるために学園に残っている。
示されたパーティーの集合場所へ向かった先には、既にわたしとパーティーを組むであろう五人の姿があった。
男女比は三対二。
男子の方の名前は知らないけど顔は見たことがある。確か三人とも子爵家だか男爵家だかのご子息で、前衛の戦士系だったはず。
女子の方は良く知っている。瑞穂ちゃん曰く、最近デレてきたらしいルクレーシャちゃんは侯爵家のご令嬢で魔法使い一筋。そんな彼女と寮で同室のナミちゃんは子爵家のご令嬢で弓師が八の魔法使いが二って感じ。
それにしても見事なまでに男女別々に会話をしているのは、お家の爵位が関係しているのか何なのか。
ともかく、そんな男子は男子同士で女子は女子同士で会話をしているそこへ歩いて行き挨拶を行う。
「おはようございます。よろしくお願いします」
会話をしていた五人の目が一斉にこちらを向く。
そして一拍。初めに声を出したのはルクレーシャちゃんだ。
彼女の装備は銀色に青系統で模様が刻まれた真新しい軽装の金属鎧で、何と言うか眩しかった。
ルクレーシャちゃん。それ以外は普通なのに装備だけがそうなっているのは何故なのか。
「ふふふ。最後の一人はあなたですのね。同じパーティーになれたのは、私の日頃の行いが良いからかしら」
ちょっと意味の分からない言葉があった彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
そしてナミちゃんの顔は誰が見てもそう感じ取れるほどに、安堵の色が拡がっていた。何故に?
「それはそれとしてカスミさん。その装備は少々地味ではなくて?」
わたしが疑問を頭の中に浮かべていると、ルクレーシャちゃんがそんなことを言ってきた。
確かにブラックファングの革装備一式なわたしの姿は黒一色で確かに地味と言えるけど、彼女のように光りの当たり具合によっては戦闘中とかに邪魔になりそうなのは、いろいろと問題だと思う。
それにしても真新しいところは同じでもナミちゃんの装備は金属で補強されているところはあるもののその部分は艶消しされていて、お値段はともかく普通といえる範疇であるのに、何故ルクレーシャちゃんはこうなのか。
だから、とりあえず一応言っておく。
「うーん、時と場合によると思うんだけど、今回は地味でいいんじゃないかな? だって仮に戦闘中に鎧に反射した光が仲間の目に入ったら邪魔になっちゃうし、事によったら目立って魔物の標的にもなっちゃうかもしれないし」
「うっ。ミスリルと青魔鋼で作らせたのだけど、駄目だった……かしら?」
「素材や色はともかくとして、せめて艶消しは必要なんじゃないかな?」
「ううっ。どうしましょう……」
別にそんなつもりはなかったけど、ルクレーシャちゃんを落ち込ませてしまった。
とは言っても何か解決策があるわけじゃないし……どうしたものか。
私は少しだけ考えてから再度口を開く。
「とりあえず今回は仕方ないから、次に注意するってことで。幸いルクレーシャちゃんは魔法使いで前にはまず出ないだろうし、位置取りを間違えなけばこの試験の間は何とでもなると思う。いざとなったら外套を纏っちゃえばいいんだし」
「外套……ナミ?」
「はい。ルクレーシャ様の背嚢の一番上に入れてあります。マントタイプの物ですが、前で留めることができますのでカスミさんが仰る用途に十分足りると思います」
「流石ね、ナミ」
顔に笑みが戻ったルクレーシャちゃんにナミちゃんが頷く。
確かに今日は比較的暖かいので、今は外套を纏ってなくてもおかしいことじゃない。実際わたしも今は着けてないし。
でも、問題はそこじゃないから。何でそこでナミちゃんに確認するのかなー?
「ナミちゃん。いろいろと大変だとは思うんだけどね。事前準備も試験の内だと、わたしは思うんだけど?」
自分の目がやや半眼になっているのを自覚しながらも、それそのままでナミちゃんに視線を向け続けてルクレーシャちゃんへ流すと、前者の頬に一筋の汗が流れ後者の視線が泳いだ。
今はまだ護衛兼試験官の冒険者の人が来ていないからいいけど、もし来ていてこの場にいたら間違いなく減点対象だ。
「とりあえずルクレーシャちゃんは自分の荷物を再確認。ナミちゃんはそのお手伝い。手分けして必要な物を手に入れるのは別におかしなことじゃないけど、それを把握してないのはダメダメだよ? ほら、呆けてないでやる!」
「カ、カスミさん。少々お顔が怖くてよ」
「んー? ルクレーシャちゃん、何か言った?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
「ル、ルクレーシャ様。まだ護衛兼試験官の方はいらっしゃってませんから、今の内に」
引き攣った顔のルクレーシャちゃんをナミちゃんが促し、二人は荷物の確認を始めた。
そして何故か男子の三人も確認を始める。
別に男子の装備には気になるところはなかったし、そっちには特に何も言ってないんだけど。何故?
「お、荷物の再確認をしてたのか。まだ出発までは時間があることだし良いことだ」
わたしを含めて全員が荷物の再確認を終わらせた直後に、そんな声がかけられた。
背嚢の口が間違いなく締まっているのを確認してから立ち上がり声の方へと向き直る。
そこには、これまで何度か模擬戦の相手をしてもらったり、冒険者としてのいろいろな知識を教えてもらったことのある、魔獣の顎というパーティーのガイさんとルッソさんがいた。
ちなみにわたしが荷物の確認をしているのは、何となく手持ち無沙汰になったから。パーティーメンバーが確認する中で自分だけ何もしていないのは、なんというか非常に気まずかったの。
それはともかく、わたしたちの護衛兼試験官はガイさんとルッソさんらしい。
「お二人がわたしたちの担当なんですか?」
「ああ。さっきの様子を見る限り特に問題はなさそうだがな。まあ、光りの反射が邪魔そうな鎧に関しては今後は気をつける必要はあるが、とりあえず今回の試験での判断基準では、その程度ならそれほど問題はない。それはさておき自己紹介をしておくか。カスミはともかく、他の子たちとは初対面だからな。まず俺だが、俺はガイ。魔獣の顎というパーティーのリーダーをしている。基本は口出しをしないが、危なそうなときは手助けするから、必要以上に緊張しないようにな」
「魔獣の顎のルッソだ。よろしくな」
この後、わたしも含め順に自分の名前と役柄をガイさんとルッソさんに伝えていく。
そしてそれが一通り終わると再びガイさんが口を開いた。
「ところで、このパーティーのリーダーは誰がやるんだ? もし決まっていないなら今の内に決めるんだな。リーダーとしての役割を持つ者がいるといないでは行動に雲泥の差が出る」
「ガイ。いきなり口出ししてどうするよ。それ含めて試験じゃねーのか?」
「……まあ、このくらいは助言の範疇だ。で、どうなんだ?」
ルッソさんの突っ込みに何事もなかったように話を続けるガイさんだったが、僅かに表情が動いたことをわたしは見逃していない。
でも、他の人は気づいてないみたいだし、ここはそのまま流すのが吉かな。
それはそれとしてリーダーかー。事前準備の件があるからルクレーシャちゃんにするのは良くない気がする。かと言って、ナミちゃんはルクレーシャちゃんがいることを考えると適任とは言い難いかも。となると、残るは男子三人だけど、よく知らないから誰が良いのか分からない。
とりあえずみんなに聞いてみようか。
「ねえ、どうする……って、何?」
後ろを振り向いた瞬間、五人の視線がわたしに集中した。
「あの流れで自分がリーダーをとは言えなくてよ。それは抜きにしても、諸々の経験からカスミさんが良いかと」
「ルクレーシャ様に同意します。自分では務まらないと先ほど再認識しました」
「え? ちょっと?」
「俺も、こ、カスミさんで良いと思う……いえ、思います」
「同じく」
「……僕には無理」
ええー!? 普通男子ってこういうのやりたがるんじゃないの?
とりあえずもう一度確認をしようと考えて、再度聞いてみたものの返ってきた答えは変わらず。
仕方なしにわたしはガイさんとルッソさんへと向き直る。
「えっと、わたしがリーダーらしいです」
「まあ、見てたからな。にしても、ここまで即答で貴族家のご子息ご息女がお前を推すって、何かやったのか?」
「何もやってません! ちょっと荷物の確認をしましょうと言っただけです」
「それだけ?」
「はい」
「ガイ。多分それだ。今、後ろの五人がビクついた。氷姫モードだったんじゃないか? そのとき」
「……ああ。それか。ま、ほどほどになカスミ」
ビクついた? 氷姫モード? 何それ?
とりあえず振り向いてみる。
何故か視線を逸らされた。
ちょっと涙が出た。
「ちょっと泣きそうなんですけど。もう、わたしがリーダーでいいです」
「いや、すまん」
「大丈夫だ。いや、大丈夫とは言えないかもしれないが、少なくとも俺は後三人お前と同じような子を知っているから、な?」
こうしてよく分からないまま、この試験をする間はわたしがこのパーティーのリーダーとなった。
余談を一つ。
後日聞き出したんだけど、わたしが怒るとその相手は異様な寒さを感じるらしい。どうもこれが氷姫モードとか言われているらしい。何か納得がいかない。
ちなみに六花ちゃん、紫苑ちゃん、瑞穂ちゃんもわたしと同じような感じとの話。それを聞いて、ちょっと安心した。
あの後、先生の合図で順に防壁の外へ出たわたしたちは、まず野営をする場所を探した。
探すといっても森林の中というわけではないので、夜の間の見張りがし易い場所を見つけるだけだ。
で、見つけたら焚き火用の薪となるものを拾い集めてというような感じで、何か世界融合前のキャンプのようなことをした。いや、昔家族でやったときは薪代わりの固形燃料とか炭を持ってったけど。
それはそれとして、食材は狩りたかったと思う。だってお昼はお弁当だから良かったけど、夜の食材は干し肉やら乾燥させた野菜やら固形のスープの素だけで、ちょっと寂しかったから。一応駄目元でガイさんたちに聞いてみたけど、やっぱり狩りは許可されなかった。
なお、夜の見張りについては二名体制三交代で行った。特に問題はなかったと思うけど、わたしと組んだ男子が話しかける度に一瞬身体を震えさせたことには地味に凹んだ。
ちょーっと納得がいかない二日間だったけど、とりあえず事故もなく何事も起こらないで終わって良かった。
ともかく第二学年の進級試験はこうして無事に終え、いろいろと納得できないことはあったけど、わたしは見事進級できることになったのである。
ちなみにこの試験を受けた冒険者志望の生徒八十四名は、全員無事に進級できるとのことでした。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は本編に戻ります。