4-67.【二振り目の喰らう魔剣】
前話あらすじ
カイエンデに話を聞いた彰弘は神鉄を剣に加工してもらうためにイングベルト武器店へ向かう。
そしてそこで神鉄を渡した後、続いて隣のイジアギス防具店に向かい、新しい防具を受け取るのであった。
グラスウェル北地区にあるイングベルト武器店の鍛冶場で、夜通しで作業をしていたイングベルトとケインドルフという二人のドワーフが一振りの長剣を前にタオルで顔の汗を拭う。
長剣の形状は握り手を守る鍔にあたる部分がなく彰弘の持つ血喰いと全く同じものである。色は剣身の先から柄の部分までの中央を真っ赤な線が走る以外は純白であった。
「今の俺には文句なしの最高の出来だ」
「いくらオレが助言をしたとはいえ、ここまでの物はを仕上げたことは褒めてやる」
「ふん。いずれ自力でこれ以上を作ってやる。とりあえず、お褒めの言葉は素直に受け取っておこう。それよりも……」
「ああ……。出来は最上級に近いから問題はない。だが、こんな能力が付いた物を迂闊に世に出せる……か?」
二人の目の前に置かれている長剣は誰の目にも文句がないであろう逸品である。しかしそれを見る二人の厳しい顔が、それだけではないことを物語っていた。
「俺の鑑定だと『斬った相手の魂を喰い力を得る』と出る。もっとも、血喰いが相性の良し悪しについては見れなかったから、これが全てではないかもしれんが」
「名付きの武器ならそれは仕方なかろう。どれだけ腕が上がったとしても、隠された能力については鑑定では分からんからな。ちなみにオレが見ても、こいつの能力はお前の言ったものと同じだ」
鑑定は長年その職に就いており、尚且つ才能があった者が得ることができる能力である。
もっともこれは万能なものではなく、例えば武器を作ることや売ることに従事していた者は武器に関して鑑定はできても防具に関しては鑑定ができない。またケインドルフが言うように対象の全てを知ることはできなかったりする。
余談だが、イングベルトが口にした血喰いの見れなかった相性云々というのは、相性が良いと魔力を多く流し込めて切れ味も応じて上げられるというものであった。ちなみに彰弘が血喰いが発する魔力の刃を伸ばせるのは剣の能力とは関係なく、彼自身の魔力操作によるものである。
ともかく、イングベルトとケインドルフの会話は続く。
「隠されているかもしれない能力は、この際置いておこう。問題は見えた能力についてだ」
「ああ。とは言っても、魂を喰う……喰われたらどうなるかなんて分からん。なんせこんな能力の付いたのは初めてだからな。そもそもの話どこに、こんなのが付く要素があったのかすら分からん」
「神鉄かミスリルか? それが採れた場所か? それともあいつが使ってた魔剣か?」
「ミスリルはありふれてるとは言わんが、普通に市場に出回っているから除外して構わんだろう。神鉄については情報が少なすぎる。魔剣は普通の白魔鋼製だからそのものは問題ないとしても、あやつの魔力でどうなってたかだが……今となっては調べることもできん」
次々とそれぞれが気が付いたことを口に出し、それに対して意見を交わしていく二人。
だが、結局のところ何が要因で問題となっている長剣が出来てしまったのかの結論が出ることはなかった。
「とりあえず、これをこのままあいつに渡すのだけはないな」
「それには同感だ。こんなのを使って普通に済むわけがない。となるとどうするかだが……一度神官に見てもらうか。呪われているわけじゃないが、魂なんぞが関わっているなら、あいつらに話を聞くのが一番だろうからな」
「それもそうか。グラスウェルだとヴァルストス教の神殿があるか」
「後はオレによく仕事を依頼してくるメアルリア教の奴らにも見てもらった方が良いかもしれん。あいつはそこの神の加護持ちだ」
ヴァルストスは鍛冶神の一柱であり、武器を扱う鍛冶師だけでなく、それ以外の鍛冶師も多くが信仰の対象としている。
メアルリア教については、彰弘がそこの神の一柱の名付きの加護を持っていることから選択肢として挙がった。問題の能力が付いた理由は不明であったが、もし素材とした魔剣に理由があるとしたら、助言くらいは得られるだろうと考えたからだ。
「そうと決まればさっそく動くか。あんたはここで剣を見ていてくれ。俺が妻と手分けして神官を連れてくる」
「いいだろう。メアルリアの方はオレの名前を出せ。そうすれば事はスムーズに運ぶはずだ」
「分かった。じゃあ、ちょっと行って来る」
こうして能力に問題がありそうな長剣一振りのためにイングベルトたちは動き出したのであった。
◇
昼過ぎ。昼食を終えた彰弘はいつもの仲間とともに雑談をしながら歩いていた。いつものというのは、ミレイヌとバラサのことである。
一行の行き先はイングベルト武器店だ。
彰弘が自分の武器を作ってもらうために神鉄とミスリルの混ざった金属、それからそれまで使っていた白魔鋼の魔剣をイングベルトに預けた日から五日経ち、今日が約束の日であった。
「これ、良い剣だったなあ」
それまで使っていた白魔鋼の魔剣の代わりとして貸し出されていた、無属性の魔鋼で作られた魔剣の柄に手を置いた彰弘が、昨日までの魔物との戦いを思い出しながら呟く。
「一度試させていただきましたが、確かに私も良い剣だと思います。買える値段であったなら買い取りたいくらいには」
「あら、あなたもアキヒロみたいに二つ使うつもり?」
「いえ、状況によって使い分けられたらと考えまして」
現在、バラサが使っている長剣は輝亀竜の甲羅と無属性の魔鋼を用いて鍛え上げられたものである。輝亀竜の甲羅を素材の一つとして使い、ケインドルフが鍛えたものであるため、武器としては間違いなく一級品以上であり耐久性も抜群のものだったが、その特性によりどうしても切れ味という面において剣身が純金属製のものよりも劣ってしまっていた。
力で叩き伏せるというよりは、技と速さで斬り裂くという長剣の使い方をするバラサにとって現在使っているものは少々使いにくく、彰弘に貸し出された魔剣は可能であれば自分が使いたいと考えたのである。
なお、バラサはこれまでも何度かそういったものを買うことを考えたりもした。しかし、そうなると折角の輝亀竜の甲羅を用いた長剣を全く使わなくなる可能性があると控えていたのである。それがここに来て買うという判断をしたわけは、ある程度今の長剣の使い方を理解したためであった。
「確かにゴブリンやらオークやらだと普通に金属だけで剣身ができたものの方がやりやすいだろうな。これがロックリザードとかの硬いやつだと輝亀竜の甲羅でできた剣の方がいいだろうし」
「はい。ですので買いたいと思ったわけです」
彰弘は硬い外皮や甲羅を持っている相手に輝亀竜の甲羅を使った剣をと言ったが、実際に最もそれらに有効なのは鈍器系統の武器である。ヘタに剣などの刃物で立ち向かおうものなら、ただの一振りで刃を欠けさせ使い物にならなくさせてしまう恐れがあった。
それでもこの会話で鈍器の話題が出てこないのは、彰弘とバラサの二人がしっくりとこないという理由で、その選択肢を全く考えていないからである。
流石にその必要があればしっくりこなかろうが何だろうが鈍器を使うのであろうが、少なくとも現時点の二人にはその選択肢はなかった。
「なんだか面倒ね。私はこれで事足りてて良かったわ」
彰弘とバラサの会話を聞いていたミレイヌは右手を顔の前まで上げて、その人差し指にある指輪を見る。それは魔法を使う際に魔力の操作を手助けするという補助のための道具で、杖より小さいために効果は劣るものの、現状の彼女にとっては十分なものであった。
「さて、もう少しだな」
「剣自体には興味はないけど、あの素材を使ってどんなものができたかには興味があるわ」
「私は同じ剣を使う者として非常に楽しみです」
そんな会話に切り替わった彰弘たちの視線の先には、目的地であるイングベルト武器店が見えてくる。
預けた素材がどのような武器となったのかを知らない彰弘たちは、特に緊張するでもなく、普段通りの足取りで店へと向かう道を歩いていくのであった。
イングベルト武器店で店番をしていたアラベラに言われて、彰弘たちが向かったのはメアルリア神殿であった。
何故完成した武器をわざわざメアルリア神殿に持っていったのかは、「私からよりも主人から聞いた方が確実です」と言われアラベラからは聞けなかったが、武器を作成した二人の様子を聞いて、とりあえず向かって事情を聞いた方が良さそうだと彰弘たちは判断し、ここまで来たのである。
「さてと、とりあえずは受付かな」
装飾のほとんどない神殿を前にそう呟いた彰弘は、特に躊躇いもなく歩みを進め受付をしている神官へと声をかけた。
そこにいたのは以前アルケミースライムの契約の際、最初に彰弘たちに声をかけてきた侍祭のジースである。
「アキヒロさん。ようこそ当神殿へ。今、案内の者を呼びますので少し待っていてもらえますか?」
「ああ。構わない」
了承を得られたジースは、同僚に「ゴスペル司教に連絡を」とだけ伝えてから、再び彰弘たちへと向き直った。
「その様子だと俺らが来ることを分かっていたみたいだけが、何か知ってたら教えてくれるか?」
「うーん。ご期待にはそえないと思います。僕が知っていることと言えば、今朝早くに、うちの神官が呼ばれてどこかに行って、戻ってきたと思ったら今度は慌てて司祭の何人かが出て行って、何故だかヴァルストス神の神官の方と一緒に戻ってきたこと。後は、その後少ししてから、あなた方が来たらゴスペル司教に連絡をするようにと言われただけですから」
「何なんだろうな本当に。ところでヴァルストス神ってなんだ?」
「ヴァルストス神は鍛冶全般を司る神様ですね。武具だけじゃなく、それこそ本当に全て鍛冶のですから、たくさんの鍛冶師が信仰しているはずですよ」
「へえ」
「へえ、ってあなた。それくらい知ってなさいな」
「そう言われても、自分にかかわりのないものは知る機会も少ないからな、っと来たかな」
呆れ顔のミレイヌに応える彰弘の視界に、自分たちの方へと歩いてくる神官の姿が映る。
それにジースも気付いたようで、彰弘へと頷きを返した。
「来ましたね。彼の後に付いて行ってください。では、また後ほどお会いしましょう」
「ああ、帰りにまた寄る。さてと、何があったのやら。事情を聞きに行こうか」
ジースに言葉を返した彰弘は、ミレイヌとバラサへと顔を向ける。そしてそれから案内のためにやって来た男の神官へと挨拶し、「始めまして。では案内いたします。こちらです」と言う彼の後に続くのであった。
案内をしてくれた男の神官がその場を立ち去った後、彰弘は改めて案内された場所を観察する。
そこはメアルリア神殿の訓練場であった。
神殿の中に訓練場があると聞くとどことなく違和感を覚えるが、ここはメアルリア教の神殿である。寄付を受け付けていないために自分たちで魔物を狩るなどして金銭を稼ぐ必要もあり、また自分たちの敵となるものもこれまで自らの力で排除することが普通であるメアルリアでは、この訓練場の存在は必須であった。
「広さの割には人が少ないな」
「少ないというか、多分人払いでもされてるんじゃないかしら。さっきの人も普通なら私たちをゴスペル司教のところまで連れてくのだと思うのだけど、こんな入り口のところで帰ってしまったことだし」
「同意します。とりあえず、あの集団のところまで行きましょう。あそこ以外に人はいませんし」
バラサが示す先には名前を知っている人物が三名、知らぬものが三名いた。
イングベルトにケインドルフ、それからゴスペルが彰弘の知っている人物だ。残る三名は名も姿も知らぬ者であったが、それについてあれこれをここで考えるのは無意味に時間を潰す行為であった。
だから彰弘たちは、この場に来た目的のために足を動かし集団へと近付いていく。
広いとはいっても一辺が五十メートルもない訓練場である。程なくして、彰弘たちは集団のすぐ側へと辿り着いた。
そんな彰弘たちにゴスペルは気付き、その姿を見止めると口を開く。
「アキヒロ殿、よく来たな。とりあえず、簡単に紹介しておこう。こちらがヴァルストス神に仕える高位司祭のパースト殿で、その隣にいるのが同じくヴァルストス神の司祭アマラス殿だ。で、私の隣にいるのが当方の司祭ルルマという」
「彰弘です」
「ミレイヌよ」
「バラサと申します」
ゴスペルに名前を言われたそれぞれが頭を下げ、それに返すように彰弘たちは自分の名前を告げる。
そしてそれが終わると早速その場にいた二人のドワーフの内の一人、イングベルトが話し出した。
「すまんな、来てもらって」
「いや、それは良いんだが……俺の剣はできたんだよな? 何故ここに?」
彰弘がもっともな疑問を口にすると、イングベルトはケインドルフに始まり、その場にいる神官へと順繰りに顔を向け再び彰弘に向き直る。
「この剣は名付きとなったし、それを抜かしても今の俺にできる最高の物と言っていい。だが問題があるかもしれないことが分かった」
「それは?」
「この剣の名は『魂喰い』だ。鑑定によると、斬った相手の魂を喰い力を得る、と出た。正直に言って魂を喰うといったものがどういうことなのか分からん。同様に力を得るということも、そして魂を喰われた側がどうなるのかもな。だから神官に助言を求めたんだ」
「それでこんなところにいるのか」
自分の武器屋ではなくメアルリアの神殿という場所にイングベルトとケインドルフがいる理由に彰弘は一定の理解を示す。
だが、神官に助言を求めた結果がどうであったかは、その場にいる二人のドワーフと四人の神官の顔から芳しくないことが窺えた。
「一応聞くのだけど。助言を求めて、その結果はどうだったのかしら?」
彰弘が思った疑問をミレイヌが先に口にすると、今度はゴスペルが話し出す。
「どうにもなっていない。というのが正直なところだな。呪われてしまっているなら、それを解呪すれば良いのだがな。この剣は別に呪われているわけではない。加えて言うならば、この剣を持ったからといって操られるようなこともない」
「それはつまり、能力として問題はあるかもしれないが、それ以外は普通の魔剣と同じということですか?」
「そうだ。普通ではなく最上級に近いだがそれは置いておくとして、ともかく能力以外は別に問題はない。とりあえず今は異常を感知する結界を張ってもらってそこに置いている」
ドワーフ二人と神官四人が顔を動かした先には鞘に収まった一振りの魔剣があった。その周りには等間隔で魔石が置かれていて、何らかの仕掛けが施されているように見える。
「で、これからどうするんだ? このままってわけにはいかないだろ?」
彰弘としては自分のことを考えるだけなら今回問題となっている魔剣を手にできなくても、今自分の腰にある魔剣を買い取らせてもらえれば普通に活動する分には問題ないため、そこまで大きな支障はない。しかし問題の魔剣を持ち込まれているこのメアルリア教やその魔剣を作った二人にとっては、このままではいろいろと支障がでるかもしれない。
「うむ。そのことであるがな。実は我々だけではどうすべきか判断が付かぬので、駄目元で我らが神にお伺いを立ててみたのだがな……」
「そこで言葉を切る意味が分からないな。もしかして応えてくれなかったか?」
「いや、答えはくれたのだがな」
「なんだよ? 男に見つめられる趣味はないぞ」
「じれったいわね。早く言えば良くてよ」
口を閉じ少々暑苦しい顔で自分を見つめるゴスペルに彰弘は若干引きつつ抗議の声を上げ、ミレイヌがイラついた声を出す。
その様子に観念したか、ゴスペルは神託で受けた内容を口にした。
「答えてくれたのはアンヌ様でな。それはもうあっさりと『アキヒロに任せなさい』と答えてくれてな。もう我々は形無しというわけだな」
「なに? ちょっと待て。それじゃ今までのそっちの表情はそれが原因か? 剣云々ではなく」
「ま、そういうことになるかね。もっとも神様からのお言葉とはいえ、それをすぐ信じれるほど俺やこのジジイは信心深くないから普通にどうすべきか悩んでたが、神官たちはそうだろうな」
「いい加減、そのジジイというのをやめろ小僧。名前で呼べ名前で。ともかくそういうわけだから、とりあえずお前持ってみろ」
何とも脱力する話であった。
とはいえ、やること自体は判明したのだから、それを行うしかないだろうと彰弘は考え魔剣を持つために移動を開始した。
そんな彰弘へとミレイヌとバラサから気をつけるようにとの声がかかる。
「神様の言葉だからといって注意を忘れてはいけなくてよ」
「十分に注意した上で事にあたるが最善と考えます。お気をつけて」
その言葉を背中に受けた彰弘は複数の目が向けられる中、問題の魔剣へと近付きそれを拾い上げる。そして柄を持ち慎重にゆくりと剣身を引き抜いたのであった。
純白の剣身が太陽の光りを受けて煌く。
形は同じだが光りを受けても何の変化も見せない血喰いとは対極に位置するような魔剣である。しかしその名は魂食いと言い、能力の説明だけを聞くといかにも凶悪という感じであった。
そんな魔剣を引き抜き少し時間が経ったころ彰弘は妙な感覚に襲われる。何となく魔剣から自分が干渉を受けてる気配があったのだ。
ゴスペルの言葉を信じるならば、そのような能力はないはずなのだが、現に今こうしてその気配がある。
「(なんだ、これは?)」
心の中だけで呟き彰弘はその気配に意識を集中する。するとやはり魔剣からの干渉としか思えない感覚を受けた。
そのため、彰弘は一度剣身を鞘に収めようとしたのだが、そのとき脳内に声が届く。それはメアルリアの一柱である破壊神のアンヌのものであった。
「(それはね。あなたがずっと魔力を流しながら使っていた魔剣を素材にしたこと、神鉄と魔力伝達に秀でているミスリルを使ったこと、後は細かい配合などなど多くの要素が混ざり合った結果、擬似的な魂のようなものがその魔剣に纏わり付いてしまっているの)」
「(おい、いきなり話しかけるな。それはそれとして、そんなのどうすりゃいい?)」
「(簡単よ。喰らいなさい。あなたの性質をほんのひと欠片だけしか持っていない程度なんだから余裕よ。ちゃんとした手順を踏まずに生まれたそれは、そのままだと後々災いとなる。だからあなたが喰らって吸収してしまうのが一番なのよ)」
「(いまいち気は乗らないが……酷いことになるのは確定なんだな?)」
「(そうよ)」
その短い一言を受け彰弘は少しの間沈黙する。
アンヌの言う喰らうという行為の覚悟をするためだ。
魂を喰うという行為は、以前アンヌが造り出した精神世界で経験があった。だからおぼろげながら何をどうしたらよいか分からないではない。問題なのは、あの体内を溶かされる激痛に現実世界での自分が耐えられるかどうかであった。
だがそれも災いが顕現した先に考えが及ぶと躊躇する理由から消える。災いが自分や自分の大切な人たちに襲いかかり、その結果を思えば例え耐え難い激痛を一時的に受けようとも、それは彰弘にとってどうということはなかった。
「(さて、やるか。念のために聞くが、取り込んで吸収するイメージでいいんだよな?)」
「(ええ。補足するなら、そこに喰らうイメージを忘れずに。効率が違うわ)」
「(分かった)」
会話を切り、彰弘は手にした魔剣へと意識を集中する。そして自分に干渉してきている何かを自らの体内に招き入れ喰い始めた。
それからどの程度の時間が経ったのか。
躊躇いの原因だった痛みは全くなく彰弘は食事を終える。
そのことを不思議に感じながらも、いつの間にか閉じていた目を開き後ろを振り向くと、そこには驚いたような顔を晒す面々がいた。
「もう大丈夫だと思う」
魔剣を片手に歩み寄る彰弘に、まずイングベルトが声をかける。
「おい、さっきまでの光はどうした?」
意味が分からず首を傾げる彰弘に、イングベルトは魔剣を指差す。
彰弘がそこへ目を向けると太陽の光を受けて煌いていた剣身が、色はそのままに何に反応も示さない状態にあった。
「(おめでとう。擬似魂は残ってないし魔剣も能力も変わったわ。一応説明するけど、あの光りは無駄に擬似魂が主張していた結果ね。あなたが喰らい尽くしたから、もう光らないわよ。これで魂関係以外は血喰いと同じような存在になったわね。ついでに言うと今回みたいな魔剣が生まれる確率は億分の一ところか兆分の一以下だから、今後気にするだけ無駄よ。そうそう言い忘れていたけど、自分の魂と同じ性質のものを取り込んで吸収するのに痛みなんてないわよ? 痛みがあるのは違いがあるときだけ。ちなみに私の欠片を喰ったときのあれは性質自体は非常に似てるんだけど、人と神の違いがあったからね。てなところで私は失礼するわ。じゃーねー)」
「ちょっと待てっ! そういうことは先に言えっ!」
アンヌへの言葉が思わず口に出た彰弘に、彼以外の面々はビクリと身体を震わせ動きを止めた。
まあ、正しい反応である。
「おい、いきなり脈絡もなく叫ぶな! 全く心臓に悪い」
そしてこのイングベルトの抗議も正しいものであった。
だから彰弘は素直に頭を下げ、ついでに叫んだ理由と魔剣がもう大丈夫であることを知られたら面倒な部分を省いて説明する。
その説明を聞いた面々の反応は様々であったが、いち早く立ち直ったイングベルトが声を出す。
「とりあえず鑑定させてくれ」
「ああ。分かった」
彰弘の言葉が信じられないわけではなかったが、イングベルトとしては自分でも確認したかったのである。
「ふむ。見るか?」
「ああ」
鑑定を終えたイングベルトは隣で自分も確認したさそうなケインドルフへと魔剣を渡す。そして彼が渡されたものを鑑定し始めるのを横目で見てから、自分の鑑定結果を話し出した。
「どうやら俺の鑑定でも問題は見つからなかった。あえて言えば魂を喰い力を得るという部分はなくなっていないが条件が追加されているから、まあ問題はないだろう」
「『傷付けた相手の漏れ出す魔力を糧に自身を修復させる。相手が自らの意思で魂を差し出した場合にのみ、その魂を喰らい力を得る』か。随分と変わったもんだな」
「ともかく、一件落着といったところかな?」
二人のドワーフの言葉から、今回の件は落ち着いたと見たゴスペルが確認を行う。
それについては肯定が返された。
「何でこうもすんなりとはいかないことが多いのかね」
「それはこちらの台詞よ、全く。いつもの喫茶店で一息つきたくてよ」
「ええ、それが良いでしょう」
「俺ものんびりコーヒーが飲みたい。ああそうだ、この新しい魔剣は持っていってもいいか? それと金はどうする? 後こっちの借りていた剣も」
「ああ持ってけ。それは次に店に来たときでいい。流石の俺も異様に疲れたから、ここで仮眠とらせてもらって帰るからさ」
「オレも少しやっかいになるかな」
「二人してその状態か。分かった。じゃあ、また今度な。ゴスペル司教、それに他の皆さんもお手数をおかけしました」
会話の最後に頭を下げた彰弘は、ミレイヌとバラサとともに、この後すぐにメアルリア神殿を後にし、いつも休憩をする喫茶店へと向かったのであった。
なお、後日イングベルト武器店を訪れた彰弘は新たな魔剣の代金である十万ゴルドを支払い、借りていた魔剣を返却する。そしてそのイングベルトへと返された魔剣はバラサが無事買い取ることができたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は少々長くなってしまいました。
※注:次回はグラスウェル魔法学園パートです。