4-66.【ケインドルフとの再会と新たな武具】
前話あらすじ
カイエンデと再会した彰弘は、彼からの助言により今までよりもほんの少しだけ魔法の実力を進歩させることに成功するのであった。
カイエンデと再会した日の翌日の午前中。
彰弘の姿はイングベルト武器店の前にあった。昨日、神鉄の加工に目処が付いたケインドルフもグラスウェルに来ているとカイエンデに聞いたからである。
なお、ケインドルフが滞在する宿を聞いていた彰弘であったが、そちらではなくこちらに来た理由は、ケルネオンを拠点とするケインドルフはグラスウェルに鍛冶場を持っておらず、またこの街の鍛冶師の知り合いといえば武器屋のイングベルトと防具屋のステークしかいないと知っていたからだ。
ちなみにステークのところではなくイングベルトのところなのは、神鉄は剣にすることが決まっていたからである。
店内に入った彰弘はイングベルトの妻であるアラベラが接客中なのを見て、彼女に軽く会釈だけをしてから邪魔にならぬように並べられた商品に目を向けた。
そこにある商品は素人目に見ても良質であることが分かる。元々が良質であったイングベルト武器店の商品であるが、ここ最近は更に良くなっていることが彰弘の目でも見て取れた。
その理由はイングベルト自身の努力もあるのだが、最大の理由はケインドルフの指導を受けたことにある。
彰弘が持っていた白魔鋼製の長剣の出来に興味を覚えたケインドルフは、その長剣を作ったイングベルトに会うためにグラスウェルへ戻る彰弘たちに同行をした。そして面会をし、イングベルトが想像以上に鍛冶師として有能だと分かると、鍛冶のあれやこれやをケルネオンに帰るまでのひと月間、厳しいと言える指導をしたのである。
ちなみにこのケインドルフの指導はイングベルトの店の隣に立つイジアギス防具店の店主であるステークも巻き込まれており、無事その腕前を向上させていた。
ともかく、今イングベルト武器店に並ぶ商品の出来が以前に比べて明らかに向上しているのには、イングベルトがケインドルフから指導を受けたことが大きく影響していたのである。
「お待たせしました」
武器を眺める彰弘に、微笑みを浮かべた顔でアラベラが声をかけた。
既に店内には彰弘とアラベラしかいない。
先ほどまでアラベラが接客していた客は、購入した武器を手に満足そうな顔をして出て行った後である。
「良い武器を見てると時間を忘れるな」
「ふふ。ありがとうございます」
「ところでアリーセちゃんの姿が見えないけど、もう学習所?」
「ええ、娘は少し前に送ってきました。今日は午前中だけの日ですから」
学習所は成人するまでは通える教育施設だ。
明確な教育課程があるわけではないが、社会に出ても困らないだけの知識を得ることができる場所である。
とまあ、このような感じで少々雑談を交わし、ある程度経ったところで彰弘は本題に入る。
「あまり雑談しているのもあれだし、本題に移ってもいいか?」
「あら、失礼しました。今日はティナが総管庁に用事があるからといなくて、午前は暇でして、つい」
ここ最近はイジアギス防具店の店主であるステークの娘のティナ――既婚――と話ながら店番をしていたためか、同じように雑談をしてしまったアラベラが苦笑を浮かべた。
日替わりに近い形で自分の店と相手の店を行き来し店番をするという、それで良いのかというなようなことをしている二人だが、商品知識は武器防具ともに相当なものであり接客も適切であるために、今のところ問題は起きていない。
あえて問題があるとするならば人妻二人が店番をしているときの方が売上げが少々多いことと、二人がいない方の店番をイングベルトやステークが行ってたりすることか。
そのため、イングベルトとステークは双方最近の純利益が上々であることもあり、場所はそのままで二つの店を一つにすることを考えていたりする。
なお、この二つの店との並びには道具屋も一緒にあるのだが、そちらにもこの店を一つにする考えを伝えていた。
「俺も忙しいわけじゃないし、話を振ったのはこっちからだからな」
「本当に失礼しました。では、ご用件をお伺いします」
「ああ、ケインドルフさんがグラスウェルに来てるって聞いたんだが……ここに来てるか?」
「ええ来ていますよ。何でもあれの加工の目処が付いたとかで、ここ数日はあの人と一緒に朝から晩までうちの炉の改良を行っています」
「良かった。仕舞ってると存在を忘れそうでな」
武器や防具だけでなく、その素材の知識も豊富なアラベラは軽く目を見開く。
あれ、とは神鉄のことであり、それの存在を忘れそうだという彰弘の言葉に驚いたためであった。
神鉄の希少性や有能性やらを知識としては持っている彰弘だが、そこはやはりアラベラのように昔からそれが実在していることを知っており、どれだけ希少であるかを実感できているわけがなかった。
加えて言うならば神やら天使やらと会う等々、いろいろと普通でない出来事が自分の身に起きている現状であるから、どれだけ希少で貴重だろうと普段目にもせず話題にも挙がらない物を忘れそうになっても仕方がない。
「まあ、ともかくだ。いるなら渡しておいてくれないか?」
そう言って彰弘はマジックバングルから神鉄とミスリルが混じった金属塊を出そうとするが、それはアラベラに止められる。
「お、お待ちをっ! 今、呼んで来ますので直接渡してください」
アラベラの制止に、掌を上に向けた彰弘はその大声に思わず目をぱちくりとさせ、彼女の顔を見る。
それに対するアラベラの反応は、少々怒ったようなものであった。
「周りには誰もいませんね」
わざわざ店の外まで確認してから戻ってきたアラベラは、人差し指を立てて彰弘に向き直ると話し出す。
「いいですか? 神鉄というのは、とても……本当に希少な物なんです。鍛冶師であっても一生の内に、それを扱うどころか見ることさえ叶わない人がほとんどなんですよ。お値段も高いです」
アラベラが詰め寄るようにずいっと一歩前に進み、彰弘が押されたように一歩下がる。
話しをするのに適正な距離を保つための彰弘の行動であったが、アラベラはそうとは受け取らなかったようだ。
ちなみに、それまで彰弘の肩にいたガルドは、この時点でそそくさとそこから降りて店の隅に退避している。
「む? 分かってませんね? 例えば長剣の剣身全てを作るだけの神鉄があるとしましょう。いくらぐらいするとお思いですか? 最低でも一千万ゴルドです。分かりますか? そんなものを誰に見られるか分からないこの場所で渡そうとするのはいけないことなのです。そこんとこ分かっていますか? 分かっていませんよね?」
いつの間にやら壁際近くに追い込まれた彰弘は、それでも近付いてくるアラベラの顔から自分の顔を離すように上体を後ろに反らす。
ちなみに、アラベラの言うオークションでの落札価格は九千万を超え、後少しで一億の大台に乗るところであった。平民なら多少贅沢をしてもひと家族が余裕で一生を過ごせる金額である。
「勿論、私も神鉄には興味あります。触りたいし撫でてもみたいですが、それは周りを気にすることのない場所でです。ここでは安心できません」
「いや、俺が悪かったから、できればもう少し離れてくれないかなと思うんだが……」
「その態度は分かっていませんね。分かるまではお説教です。いいですか、そもそもの話……」
体勢を変えぬまま嬉々とした表情となって金属のことを話し出したアラベラの様子に彰弘は内心でため息を吐きつつ、こうなったのは自分の迂闊な行動が原因なんだろうなと思うと同時に今後は行動に注意しようと心に決める。
もっとも、彰弘が注意したからといって相手のスイッチがどこにあるか分からない以上、結局のところ骨折り損となりかねない。
とりあえず、自分が関わる物の相場くらいは真面目に情報を仕入れておこうと考えた彰弘であった。
アラベラの説教という金属についての講義が始まってから数分。
彰弘の救世主がやってきた。
「大きな声が聞こえたから来てみたが……何をやっとるんだお前らは」
店の奥から姿を現したのは二人のドワーフである。
声を出したのは神鉄の加工をするために、イングベルトの炉を改良しに来ていたケインドルフである。
もう一方は言うまでもなくイングベルトであるが、こちらは手で顔を覆いため息を吐いていた。
「アラベラそこまでにしておけ。アキヒロも困ってんだろうが」
「は!? 私は何を」
「何をじゃない、何をじゃ。結婚してからなかったから油断してたが……まあ、いい。アキヒロ例のあれは持ってきてるんだろ? いまなら誰もいないし、あれをアラベラに渡してくれ。アラベラはそれを持って奥に。で、愛で終わって満足したら鍛冶場に運んどいてくれ」
幾分、疲れたような表情でイングベルトは一気に言い、彰弘とアラベラそれぞれに行動を促す。
それを受けて彰弘は神鉄とミスリルの混じった金属塊をアラベラへと渡し、それを受け取ったアラベラは彰弘に謝罪の言葉とともに頭を下げてから若干頬を緩ませて店の置くへと消えていった。
「助かった。確かに高価な物だから俺に常識がなかったとも言えるが」
「あれは病気みたいなもんだ。アラベラは金属が好きでな、結婚してからは落ち着いていたんだが……どうやら一生お目にかかれないかもしれなかったもののせいで、少し暴走したようだな。すまんかった」
「いや、もういいんだが……ちなみに、そっちは?」
「うちのは、そんなことはねーぞ。武器やら防具を雑に使う輩を見つけると烈火のごとく怒るがな。まあ、それ以外は良く出来た女だよ」
なんと無しに気になった彰弘がケインドルフに話しを振ると、それに返ってきたのはアラベラに比べたらマシと言えるかもしれないものであった。
「ま、あれだ。男も女もそこらへんは変わらんってこった。とりあえず、この話はここまでにしようぜ。それよりもお前の剣だ剣」
イングベルトが話題を切り替えるための発言を行う。
何かの結論が出るわけではなし。それよりも今は神鉄を使った武器の話をすべきであった。
「じゃあ、客が来ない内に話しちまうか。まずここの炉だがな、改良の方はとりあえず終わってる。文献が間違ってなきゃ神鉄を加工できるはずだ。まあ、こればっかりは実際にやってみねぇと分からんがな」
「それって大丈夫なのか?」
「俺もその文献を見せてもらったが、問題ないと思うぜ。神鉄を加工する場合は大量の魔石と赤魔鋼が必要だが、それを使わなけりゃ今までの炉と変わりはないからな。特別なときだけ、超高温にできるってもののようだ」
「なら安心か。俺が持ち込んだ素材のせいで大事故とか目も当てられないからな」
赤魔鋼は火の属性を持つ魔鋼であり、特定の波長の魔力を流すことで超高温を発する触媒となる。それをした場合、その赤魔鋼は失われてしまうが、加工するものが神鉄であるならば十分にそれをする価値があると言える。
なお、その他の各種魔鋼も赤魔鋼と同じような特性を持っているが、一度何らかの加工をされたものはその特性を失うため、何かの使用中にいきなり消失するようなことはない。
ちなみに現代において、この特性は知られてはおらず、ケインドルフも過去に存在したドワーフの文献を調べて初めて知ったのである。
「ま、今回の炉の改良は、その赤魔鋼と魔石を使うために必要なことだったってわけだ。さて炉のことに関してはいいとして、お前はどんな形状の剣が欲しいんだ?」
「今なら余程特殊な形じゃなけりゃ、お前の使いやすいバランスに作れるぜ?」
炉のことは分からない彰弘であるから、そこが詳しく説明されないことには何も思うところはない。
ただ自分が使う武器のこととなると別であるため、少々無言で考え込んだ。
「そうだな。こいつと同じで……と言いたいところだが、こっちと同じ形にできるか?」
そう言って彰弘が挙げたのは血喰いであった。
握り手を守る鍔に当たる部分がない少々特殊な作りをしている血喰いであるが、この剣を一番長く使っているためかしっくりと来るのである。また設定したあらゆる攻撃を一度だけ防ぐ魔導具に、破壊神アンヌの天使であるアイスたちが刻み込んだ印のことが頭を過ぎったことも、その形状をと口にした理由であった。
「特に問題はないぜ。何の実績もない奴が言ってたら別だが、お前の場合はヘタなランクDなんかよりも、ずっと戦闘経験あるしな。多少普通と違う形だろうが言うことはない」
「こっちも構わん。元々、オレは補助しかせんしな。メインで作るこいつが良いと言うなら意見はない」
彰弘がどのような冒険者生活を送っているのかを店に来る他の冒険者から聞いているイングベルトは、彼の戦闘回数が普通ではないことを知っていた。それでいて今ここに無傷で元気にいるのだから、多少剣の形状が普通じゃなくても何か意見をいうつもりはない。
もっとも、戦い過ぎであるのでそのことは言いたいのだが、彰弘が今の状態を続けている目的を以前聞かされているため、それは飲み込んでいた。
「んじゃあ、それで頼む」
「ああ、任せろ。っと、そうだ。その白魔鋼の剣を預からせてくれないか。お前の魔力が特殊なせいか興味深い感じになってるから、いろいろと使えるかもしれん」
「そこに気付くとは、オレが見込んだだけはある。神鉄だけで作るよりも面白いことになるかもしれんな。くっくっくっ」
どことなく少し前のアラベラと同じような雰囲気となるイングベルトとケインドルフに彰弘は顔を多少引き攣らせるも、それが新しい武器のためとなるならと預けることを了承する。
「良し。本当に任せとけ、大体五日前後で完成するだろうから、それ以降に取りに来い。そうそう、それまでは……そうだな、あれでも使っていろ」
イングベルトは白魔鋼製の魔剣を彰弘から受け取ると店内を見回して、壁にかけられた一振りの剣を指差した。
「そいつは無属性の魔鋼製だが、最近作った中では一番のやつだ。壊しても文句は言わんから持ってけ。ま、壊れてなかったら返してもらうけどな」
壁から取り外し鞘から剣身を引き抜いた彰弘は思わず声を出す。
その剣身は魔力を流していないというのに、ほのかに光りを放っていたからである。
「魔力含有量の多い魔鋼で作ると稀にそうなるな。多少乱暴に扱っても折れやしないから存分に使えばいい」
「あれは俺が仕入れた魔鋼で俺が作ったもんなんだが?」
「どうせ言うつもりだったんだろうが。細かいことを気にすんじゃねーよ。それより行くぞ。まずは神鉄の欠片で炉の確認だ」
「ったく、このジジイは。ともかく五日位降だからな、アキヒロ」
さっさと店の奥に行こうとするケインドルフに悪態を吐いた後で、イングベルトは彰弘に神鉄製の剣の出来上がり予想日を伝える。そして、自分もその場を後にしようとするが、それを彰弘は呼び止めた。
「なんだ? 何かまだあるのか?」
「ある。この剣はありがたく使わせてもらうが、まず神鉄の方の代金はいくらだ?」
「輝亀竜の甲羅をもらってることだし、神鉄を扱う経験ももらったようなもんだからいらねーよ、と言いたいところだが、とりあえず十万ありゃいい」
「随分と安いな。まあ、そっちがそれでいいなら用意しておく」
「で、残りは?」
「店番は?」
「……忘れてた。アラベラは……まだ戻ってなかったな」
神鉄のことに夢中で店番のことを忘れていたイングベルトは肩を落とす。
その姿に彰弘は苦笑を浮かべながら、「話相手に残ろうか」と提案してみるもイングベルトはそれは無用と断りの声を出した。
「あのジジイが行ったし、アラベラも戻ってくるだろ。ああ、そうそう忘れるところだった。急ぎの用事がこの後ないならステークのところに行ってこい。例の魔導具を仕込んだお前の鎧が完成したと数日前に言っていたぞ」
「出来たか。分かった。この後受け取りに行く」
「おう。じゃあ五日後にな」
「ああ。よろしく頼む」
イングベルトとのこの会話を最後に店を出た彰弘は、その足でイジアギス防具店へと向かい防具を受け取る。それは輝亀竜の甲羅とシルバーグリズリーの希少種の毛皮を融合させ、中に一度だけとはいえ邪神の眷属の攻撃を防ぐことができる魔導具『神言・竜心血鱗』を複数組み込んだものであり、ヘタな魔鋼製の防具よりも余程優れた防具であった。
ともかく、彰弘が神域結界の近くで手に入れた神鉄という金属が、ようやく武器になる。どの程度の代物となるかは未知数ではあったが、それが今後間違いなく役に立つだろうと彼は半ば確信に近い感覚を持つのであった。
ちなみに、アラベラが慌てて店番に戻って来たのは、彰弘が店を出たから十分以上も経った後である。
お読みいただき、ありがとうございます。