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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-65.【カイエンデとの再会と彰弘の魔法?】

 少々残念な狼系獣人と怯える女、それから両腕を義肢としなければならなかった男を含めて、その場に現れた奴隷全てを買うことにした彰弘とエレオノール。

 商会側と正式な契約を交わした建物の外へ出てエレオノールとも別れた彰弘は、空を見て自身の生活環境の変化に軽く息を吐き出すのであった。





「それだけで気分の切り替えができるのかい?」

「少しだけ自分の周辺環境を思っただけだからな」

 空から視線を外した彰弘は、かけられた声の主へと顔を向ける。

 そこにいたのは数か月前に輝亀竜の甲羅関係で知り合いとなった、エルフのカイエンデが笑みを浮かべて立っていた。









 時間に余裕がないわけではない彰弘とカイエンデの二人は、とある喫茶店へと向かうことにした。

 その喫茶店は世界の融合から程なく、元日本に在住していた避難民のために建てられた職業斡旋所建物の対面に開店した店だ。当時はこの区域で唯一の飲食店であったことで過剰な集客となっていたが、今現在は大小様々な飲食店が建ち並ぶようになり、その状況は緩和され程好い客足となっていた。

 ちなみに職業斡旋所であった建物は世界が融合してから一年後、その役割を終えて今は跡形もなく解体され、その跡地には大規模な飲食店が建てられている。

「行きつけの店って良いよね」

「ああ。外から帰ってギルドで素材を換金してからとか、外に出ないでギルドの訓練場で汗を流した後にとかは、そこでコーヒー飲むのがいつもの行動だな」

 六花たち四人がグラスウェル魔法学園へと入学しミレイヌとバラサの二人とパーティーを組むようになった直後こそは、店が混雑している様子に入店を諦めたことも何度かある。しかし、ここ一年くらいは適度な混み具合で落ち着けるために、彰弘はその喫茶店にほぼ毎日通っていた。

「ところで、そこってコーヒー専門店だったりする?」

「いや、紅茶やら緑茶やらもあるぞ。ミレイヌなんかは紅茶しか飲まないし。ああ、最近ではハーブティーなんかもやってるな」

「ミレイヌって、あの魔法使いの子だよね。でも、そっかそっか、紅茶もあるって聞いて一安心。コーヒーも嫌いではないけど、私はどちらかというと紅茶派なんだよ」

 これから彰弘とカイエンデが向かう喫茶店の過剰な混雑が解消された理由には、コーヒーや紅茶の専門店が周辺に開店したことも理由であった。

 ともあれ、そんな理由で街中を歩く二人は雑談を始める。内容は夏前にケルネオンに帰ったはずのカイエンデが今ここにいるのかであった。

「たいした理由はないよ。何となくこっちで暮らそうかと思って。まあ、時々は向こうに帰るけどね」

「あの商会から出てきたように見えたのも、それが理由か」

「そうだよ。随分と街を広げたようで、家はすぐ買えたんだけど、よくよく考えたら一人で暮らすには広すぎてね。それにケルネオンに帰っている間の管理とかも考えたら、人を雇うか奴隷を買うかしかなくてさ」

 カイエンデが買ったのは既に完成した家が建っている土地の利用権である。そこは二世帯家族が暮らせるだけの部屋数に、広くはないがある程度の庭が付いているという普通のものだ。ただ家族住まいには普通であっても、その規模は一人暮らしには広すぎる。だから彼は家の維持などのために奴隷を買いに来ていたのである。

 なお、人を雇うのではなく奴隷を買うことにした理由は、買った場所が平民のために造られた区画であり建物も普通の家だからだ。

 使用人として雇われるために斡旋業者へ登録している人たちは、ほぼ全てが貴族家でも働けるだけの技能を有しているし、それを望んでいる。そのため、仮に人を雇おうとしても今回のカイエンデのような場合、雇われてくれる人が出てくる確率は低く、無駄に時間ばかりかかる可能性があった。

 一方、奴隷の場合ならばそれがない。余程、面会したときに相性が悪かったり奴隷本人がどうしようもない人物でなければ即決でき、無駄に時間がかかることはないのだ。

 カイエンデは意味のない時間の消費を避けたのであった。

「分からないでもない。一軒家で一人暮らしなんて掃除とかが面倒なだけだからなあ。ちなみに何人にしたんだ?」

「三人だね。冒険者をやってた普人種の男性とハーフエルフの女性。それからその二人の子供。父親が依頼中に瀕死の重傷を負ったらしくて、その治療費が結構きつくて奴隷になったらしい。まあ、見た限り真面目そうだったから、家を頼むのに不都合はないかな」

 カイエンデが買った家族の内の父親は普通に動く分には問題ないものの冒険者に戻るのは難しい。母親であるハーフエルフは専業主婦で、子供はまだ十四歳の女の子だ。

 この家族がカイエンデに買われたのは悪くないものであった。

「それはそれとして、ケインも来てるよ」

「ケインドルフさんも?」

「そう。何でも神鉄を加工する目処が付いたって言ってた。彼は奥さんをケルネオンに残してきてるから、こっちには長くいないみたいだけどね」

「となると、イングベルトさんのところに行きゃ会えるか。ようやく手放せるな」

「家を買ってないし、多分ね。……手放せるじゃなく、加工してもらえるでしょ?」

 彰弘は輝亀竜の甲羅の件でケルネオンに向かい、そのときに偶然か必然か神鉄とミスリルが融合した金属塊を手に入れていた。

 ただミスリルはともかくとして、神鉄というのは希少で非常に有用な金属なのだが容易に加工できるものではない。ケルネオンでケインドルフに見せはしたのだが、その場ではすぐに加工できないと返され、今の今まで彰弘のマジックバングルに入ったままだったのである。

「なんつーか、今更だが身の丈に合ってないものばかりを手に入れてるような気がするよ」

「月並みな言い方だけど、合わないなら合うようになれば良いんじゃないかな」

「努力はするさ。じゃなきゃ、旅になんか出れないしな」

「ご家族を探すんだっけ? 無事だといいね」

「ああ……って、またかっ」

 カイエンデがいる理由からケインドルフの話題になり、そこから更に話は進み彰弘の旅立ちに会話となったとき、ふいに声を上げた彰弘があらぬ方向へ顔を向ける。

 しかしその彰弘の行動を見たカイエンデは、どこか思案気な顔をして周囲に目を走らせた。

「なんだいあれは?」

「気付いたのか……。正直、分からん。エレオノールは首狩りの噂のせいじゃないかと言ってたが、多分違うだろうな」

「首狩り?」

「魔物の首を斬り離して倒してるから首狩りとギルドの職員に呼ばれてるらしいんだよ、俺は」

「ああ、そういうこと。で、そのエレオノールって人は、さっきの気配というか視線はそれが原因じゃないかと言ったわけなんだ。まあでも、それは違うだろうね。何となくだけど、私には焦りがあるように感じたよ、さっきのには」

「焦り……ねえ。友好的なもんじゃないらしいのは感じたが」

 先ほどのことを思い返すも、彰弘にはカイエンデの言う焦りがそこにあったかは分からない。

 ただ、エレオノールと一緒にいたときには感じ取ることができなかったものを二度目となった今、彰弘は感じていた。

「それもあるね。にしても、キレイサッパリと消えたねえ。私の感知から完全に外れてるし、相手は結構な人外ぶりだよ」

 カイエンデは四百年以上を生きてきたエルフである。直近の百年ほどはケルネオンで引きこもりに近い生活を送っていたが、それ以前は魔物との戦いに明け暮れていた、なんていう期間もあった。

 多くの魔物を屠ってきたカイエンデというエルフの力は、そんじょそこらの冒険者や兵士などとは桁が違う力を持っているのである。

 ともかく、そんなカイエンデでさえ既に先ほどの気配の主を見つけることができないでいた。

「とりあえず今のところは周囲を警戒しておくくらいしかできないか」

「そうなるね。さて、それはそれとして、君が言ってた喫茶店はあそこかな?」

 そうこうする内に目的の場所へと二人は辿り着く。

 カイエンデが指差す先には、彰弘に馴染みのある店構えが見えてきたのであった。









 ここに来るまでの道中で感じた気配に一定の警戒をしつつ喫茶店には入ると、いつも通りの「いらっしゃいませー」という元気な声に彰弘とカイエンでは出迎えられた。そしてそこから案内された席に着きメニューを開く。

 それから少ししてから店員を呼び、彰弘はいつものブレンドコーヒーとプレーンクッキーを注文し、カイエンデは苺のショートケーキとそれに合う紅茶をと告げた。

 ちなみにガルドは彰弘の足元で与えられた金属片に夢中だ。

 さて、余談だが彰弘の頼んだブレンドコーヒーはメアルリアの破壊神であるアンヌが彰弘に教えたレシピを基に店主が試行錯誤を繰り返し作り上げたものであった。本来なら使うべき豆を使わずに限りなく彰弘の好みに合ったものを、ここの店主は提供できるようになったのである。

 なお、彰弘のマジックバングルには様々な食材料理が最初から入れられていたのだが、何故かレシピにあった豆が入っていないのは、アンヌが何でも最初から揃ってたらツマラないでしょという理由だけで入れなかったのである。

 ともあれ、注文を取り終えた店員が内容を繰り返し、加えて提供する時間の確認も終え、注文内容を店主に伝えるために、その場を立ち去る。

 そんな店員の姿を何となしに追っていた彰弘だったが、ふと一つの疑問が浮かびカイエンデへ向けて問いを出した。

「ミレイヌもそうだったが、紅茶を頼む人ってのは皆そうなのかね?」

「ん? 何のことだい?」

「ケーキに合う紅茶を、って頼んだことさ」

「そんなことはないと思うよ。ただケーキにしろ何にしろ店によって味は違うから、それに合う紅茶も様々なんだ。だから……特に初めてのところでは、私はそう頼むかな。もっとも、入った店がそういう配慮をしてくれないように思えたら別だけどね」

 カイエンデは店の雰囲気や店員の様子に店内にいる客層を見て、これなら通り一遍ではないだろうと判断し、紅茶の選別を店側に任せたのである。

 実際、この喫茶店の場合はヘタに自分で紅茶を選ぶよりも店側に任せた方がデザートも紅茶も美味しくいただけるのだからカイエンデの頼み方は間違ってはいない。破壊神ではあるが女神から、「知識も腕も確か」と言われた人物が直接経営していることは伊達ではなかった。

 なお、客層については平民が暮らすための区画に建てられたにしては、上流階級に属すると思われる人たちの比率が高い。これはこの喫茶店を知ったミレイヌが自身の知り合いへと、ここのことを話したことが関係していた。密かに貴族家の子女の間でこの店は有名となっていたのである。

 ともあれ、彰弘とカイエンデが注文した品が同時に運ばれてくる。

「うんうん、いい香りだね。味も申し分ない」

 ティーポットからカップに紅茶を注ぎ、香りを楽しんだ後で口を付けたカイエンデが満足そうに頷く。それから苺のショートケーキを一口食べ、「こっちも良いね」と笑顔を見せた。

「満足なようで何より。さて?」

「そうだねぇ。魔導具……野営のときのはあのとき渡したし、個人用の暖房冷房と呼吸できるってのは、もうちょっと待ってね。まだ効率とかいろいろと改善したいから」

「それは構わないが……何ていうかあれだな。お互いのことを良く知らないから、何を話していいか分からん」

「となると……魔法についてでも話そうか。ほら、夏前の別れる前に言ってたでしょ」

「ああ、俺が上手く魔法が使えないってやつか」

「そうそう。具体的にどんな感じなのかな?」

 彰弘の場合、神属性の魔力が混じっているせいで通常の方法が使えず、多大な魔力を消費するくせに碌な威力が出せない状態であった。

「そういえば、そんなことを言ってたね。とりあえず、ちょっとここで見せてもらってもいいかな? ちょっと風を起こすとか水滴を垂らすだけでいいんだけど」

「それなら、問題はない……かな」

 基本的に決められた場所以外で魔法を使うと罰せられるが、周りに被害が及ばない程度であれば黙認されていた。そのようなものまで厳しく取り締まることは実質不可能であることも原因だが、何より不便になってしまうからだ。

 例えば屋台の場合、全てではないが火を使うことがあった。それは大抵が魔導具や普通の道具でだったりするのだが、もし指先ほどの大きさの火を魔法で出すことを禁じると、この屋台で魔導具などを使うことも禁じなければならなくなるのだ。

 つまり、何でもかんでも規制すれば、物事が良くなるわけではないということである。

 ともかく、彰弘はカイエンデも言葉を受け掌に魔力を集め始めた。

 そして数分。彰弘の掌が水で濡れる。

「それ聖水だよねぇ」

「サティーに聞いたら、そうだと言ってたな。今は何の役にも立たないが」

「にしても……なるほどー、確かに難儀してるね。かかった時間もそうだけど、何より消費する魔力が半端じゃない。それだけの魔力を使った攻撃なら、駆け出しの魔法使いでもゴブリンの一匹くらいは倒せるんじゃないかな。普通のアロー系魔法だったら、多分二発分か三発分くらいだよね」

 思わずため息が出る彰弘を見ながらカイエンデは思考する。

 属性が混じっているという言葉からも分かるとおり、各種属性の魔力を持っている者も完全にそれぞれの属性の魔力であるわけではない。ただ普通は、その魔力を区別して認識できはしないのである。

 彰弘の場合は混じっている属性を毎日の修練の賜物で認識できるようになり、辛うじて魔法を使うことができるようになったが、とてもではないが実戦で使えるものではなかった。

「うーん。普通の属性だったら一度無属性に戻してから別の属性にすればいいんだけど、神属性は不変だからねえ」

 火や水といったような属性は無へと戻すことができるのだが、神属性と呼ばれるものは変えることができない。正確には神ならば可能であるが、人種(ひとしゅ)では不可能であった。

 余談だが、属性ありから属性なしに変えることの難度は、逆の場合の数倍である。そのため、実戦においては属性が混じった魔力を持つ者の大半は混じった属性魔力に特化した魔法を使い、それ以外の魔法は使わない。属性変化に手間取り攻撃の機会を逃すだけならともかくとして仲間に被害が出る可能性もあるため、余程の実力者でない限りは元々混じっている属性の魔法を使う方が危険も少なく有用なのである。

「そうだ。いっそのこと属性変化をしないというのはどうだろう? 属性が混じっている状態だから、神官みたいに神の奇跡を使うということにはならないだろうけど、今よりは良くなるんじゃないかな?」

「なるほ……ど?」

「君が欲しいのは離れた相手に対する攻撃手段としての魔法なんだよね? だったらわざわざ火にする必要も水にする必要もないわけだ。神属性混じりの魔力を、そのまま魔法にすればいいんじゃないかな」

 言われてみればと彰弘は考え込む。

 確かに火で攻撃したいわけでも水で攻撃したいわけでもなく、ただ単純に離れた相手への攻撃手段の一つとして魔法を考えていた。ならば、将来的に属性変化のことも考えるとしても、今はカイエンデの言うように属性変化をさせる必要はない。

「それもそうか。折角だから、今日の内に試しておくか」

「それなら私も付き合うよ。何か助言できるかもしれないし」

 そんなこんなで彰弘は属性変化をさせない魔法を試すために、残ったコーヒーを飲み干した後、代金を支払い街の外へと向かった。

 当然、カイエンデも一緒である。

 なお、冒険者ギルドの訓練場ではなく街の外である理由は、単純に失敗したときに他の人がいると恥ずかしいという、どうでもよいものであった。








 夕方。魔力の使い過ぎで疲れた表情の彰弘に、街へ入る手続きを行う顔馴染みとなった兵士が心配そうに声をかけるも、それに返されたのは問題ないという言葉と笑みであった。

 この日、彰弘は遠距離攻撃手段を手に入れる。それはまだ拳で軽く相手を殴る程度といった威力の魔法ではあったが、今までは何の衝撃も与えれない程度であったので、間違いなく格段の進歩であった。

 この後、彰弘の修練内容に魔法を撃つというものが加わることになる。

お読みいただき、ありがとうございます。

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