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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
154/265

4-64.

 前話あらすじ

 奴隷と対面した彰弘とエレオノール。二人はその中の両腕を義肢としなければならなかった男と、騙されて奴隷となったという狼系の獣人。それから彰弘を見て怯えた素振りを見せる女に、念のための確認の意味を持つ質問を投げかけることにするのであった。





 彰弘に目を向けられた狼系獣人は、答えた内容如何によっては買ってもらえないかもしれないと緊張の色を隠せないまま喉を鳴らした。

 奴隷を扱う商会は、奴隷が買われるまでその世話をする義務があった。これは奴隷の健康を維持するだけでなく、買われやすいようにそれぞれにあった技能を習得させるというものも含まれる。しかし、そこにかかる費用は義務外と位置づけられており商会が持つ必要はなく、全てが奴隷の価格に反映されることになっていた。

 つまり奴隷にとって買われないまま商会の世話になりつづけるということは、借金額が増えるだけというありがたくない状態なのである。

 なお、買われないというありがたくない状態が何年も続き、奴隷としての価格がある一定以上になった者は、国が指定した過酷ではないが辛い労働現場へと移され、強制的に自分を買い戻すために働かされることになる。

 この狼系獣人はまだ借金により奴隷となってから一年も経っていないが、それでも先のことを考えたら、ここで買われた方が間違いなく良いことのために、緊張をあらわにしたのであった。









 緊張によるものかなかなか話し出さない狼系獣人に、彰弘は表情を変えることなく、騙されたという内容を話すように促す。

 別にこれは彰弘が無慈悲なわけではなく、真面目に相手の話を聞こうとしたためなのだが、結果的に答えるべき狼系獣人のみならず他の奴隷までも余計な緊張をさせることになってしまう。

 自分が意図したわけではないし望んでいたものでもない今の状況に彰弘がどうしたものかと考えていると、ふいに「亀?」という声が聞こえた。

 緊張した静寂の場だから声はよく通り、部屋にいた全員の視線が声の主に注がれる。そこにいたのは両腕を義肢としなければならなくなった男の二人いる娘の妹のものであった。

 邪魔にならぬように彰弘の足元で相変わらずの食事を続けていた小亀程度の大きさでいたガルドが場の雰囲気に気づき、首を伸ばして奴隷の方を見たところを、この場で最年少の少女が見つけ思わず声に出してしまったのである。

 さて、これに慌てたのは声を出した少女の両親であった。

 買う側に悪い印象を与える可能性があるため、必要以上の発言は控えた方がよいと商会の担当者に事前に忠告を受けていたこともあるが、何より直線までの雰囲気が両親の行動となって出たのである。

 しかし、その様子に彰弘は何も言わずに笑みを零すと、ガルドを持ち上げ机の上に置いた。

「俺の従魔だが触ってみるか? モフモフじゃなくゴツゴツだけどな」

 笑みのまま指の腹でガルドの頭を撫でる彰弘の姿に、声を出した少女は一度は頷くもすぐに頭を横に振る。

 商会の担当者の話を聞いていたこともあるし、両親の慌てぶりや周囲の様子を少女なりに理解したためであった。

「アキヒロ様」

「分かってる」

 思わぬ形で雰囲気が弛緩したところでエレオノールが彰弘に声をかける。

 そしてその意味を正確に受け取った彰弘は少女に向けて、「これが終わった後でな」と伝えた後、笑みを浮かべたままの顔を狼系獣人へと向け直した。









 狼系獣人の名はロソコム。奴隷となる前はランクDの冒険者だった男だ。緊張度合いが薄れたように見える彼が躊躇いながら口にした内容は次のようなものである。

 基本は一人で活動しているロソコムだったが、あるとき臨時でパーティーを組んで依頼にあたり、想定外の儲けを手に入れることに成功した。

 そして、そのことがあり臨時でパーティーを組んだ冒険者たちと普段は行かない少々お高い価格設定で偶に普通はお目にかかれない希少な食材の料理を出す酒場で打ち上げを行う。そして場の雰囲気と勢いでその場にいる客全員に酒を一杯奢るという約束をしたのであるが、これは一緒に打ち上げを行った冒険者たちも賛同し、事実その分の代金は折半で支払っているので問題はない。

 問題は一緒に打ち上げを行った冒険者たちが帰った後にあった。

 飲み足りなかったロソコムは、皆が帰った後もその酒場で飲み続け、何人かの客と意気投合し泥酔状態となり、手を出してはならない料理を注文してしまったのである。

 その料理とは深遠の樹海と呼ばれるグラスウェルから十キロメートルほど先に広がる広大な樹海に生息する、希少性の高いアブソクラウドというガス状態の魔物の核を塩漬けにし、その後で焼いた絶品な酒のつまみであった。価格は一口大で一万ゴルドもするそれを、ロソコムは三十個以上も食べたのである。

 結果、その他の料理や酒の代金もあり、ロソコムは返しきれない借金を負い奴隷の身となったのであった。

 ちなみに一万ゴルドは平民であり過度な贅沢をしなければグラスウェルでも半月は暮らせるだけの金額である。

「……騙された要素がどこにも見当たらないんだが」

「奇遇ですね。私にも見当たりません」

 ロソコムが口を閉じてから大分経ち、彰弘とエレオノールが口を揃えて言う。

 確かにそれはどこにもない。

 酒場で意気投合した客が何かをしたというわけでないだろうことはロソコムの口ぶりからも分かる。

 なら、何に騙されたのだろうか。

「時価とか詐欺じゃねぇか! ……いや、詐欺じゃないですか。時価ってなんだよ時価って。一万なら一万て書いとけよぉ」

 ロソコムは時価の意味を把握していなかったようである。

 なお、ロソコムが食べたアブソクラウドの核の塩漬け焼きの値段表記は時価であったが、それは希少性を考えたら別に高くもなく安くもない価格である。決して店側が客を騙しているわけではない。

「どうなんだこれは?」

「少々厳しめの教育は必要でしょう。とりあえずお酒との付き合い方を第一に、後は常識関係というところでしょうか。心配は要りません。間違いなくカイエンとパーシスが嬉々として教育をしてくれます」

 騙されたというより自業自得のロソコムであったが、教育する側の存在をよく知っているエレオノールは、この程度であれば矯正は可能であると判断していた。

 彰弘としては少々不安ではあったが、そこまで言うならとエレオノールを信じることにしたのである。

 こうしてロソコムは厳しめの教育を受けることが確定したのであった。









 ロソコムへの確認が終わり、次は彰弘を見て怯える様子を見せる女への質疑応答へと移る。

 先ほどのロソコムへは彰弘が声をかけたが、今回は最初にエレオノールが声をかけることになった。

 彰弘への態度を見るに、彼が何か確認するよりは遅滞なく事が進むと考えたからだ。

「もう一度あなたのお名前を聞かせてください」

「……はい。私はジュン・ミヤマと言います。歳は二十五、元日本人です」

 やはり彰弘が直接相手をするよりも、エレオノールが相手をして正解だったようである。

 彰弘がいるためか声に若干の振るえはあるものの、身体の振るえなど、それ以外に目立った部分は見受けられない。

「ジュンさんですね。ではまず……あなたは以前にアキヒロ様とお会いしたことがあるのですか?」

「あります。いえ……直接話したことはありませんが、見たことがあります」

「それはどこで?」

「グラスウェルの北……外で……ひ、人を殺しているところを……」

 後半はかすれ声であったが、エレオノールとジュン以外は物音すら立てないようにしていたため、その内容は部屋にいる全員の耳の届いていた。

 そしてその言葉は奴隷たちに少なくない衝撃を与えたようである。

 あるものは身体を震わせ、あるものは目を見開く。ジュンの言葉から街の外での出来事だと分かっても、人を殺したという言葉はそれだけの衝撃を持っていたのである。

「……アキヒロ様」

 やや気遣う目で自分を見るエレオノールに、彰弘は問題はないと視線を返してから口を開いた。

「思い出した。髪の長さが違うし、頬もふっくらしてるから、すぐには分からなかったが……確かにヒュムクライム人権団体の件のときに見た覚えがある。なるほど、あのときの」

 ヒュムクライム人権団体とは世界が融合して間もないころに彰弘が遭遇した、人権団体とは名ばかりの今は存在しない団体のことである。

 世界融合前は日本ではない特定国の利益のためだけに活動し、世界融合後はそれに加えて女を捕らえ好き勝手にするという許せるものではない行動までしていたのがヒュムクライム人権団体という組織であった。

 ジュンはこの非道な団体に捕らわれていたのだが隙を見て逃げ出し、その逃げる最中に追っ手と戦う彰弘の姿を見たのである。

「……はい。男性のことはまだ怖いです。……それに未だあの光景を夢に見ることがあります」

「それにしては、買われるだろうことは嫌がっていないように見えるが?」

 エレオノールに答えたときとは違い、ジュンの身体は強張っているように見え、また声の振るえも大きくなっているように彰弘は感じていた。

 実際、ジュンの身体は怯えで強張っているし声も震えている。しかし、それでも彰弘の言うように奴隷として彰弘たちに買われること自体を拒否する様子は見られなかった。

 勿論、買われる先が彰弘ではなくストラトスである可能性もあるのだが、どちらにしろ買われる先は男が主である。

 ジュンの現状からして、どうにも理解ができない彰弘であった。

「私はこれまでいろんな方法を試してきました。女性だけの中で過ごしたり、カウンセラーと話をしたり。でも男性に対する恐怖も、あなたへの恐怖もなくならなかった。ならいっそのこと、あなたに買われて慣れた方がいいんじゃないかと考えたんです」

 ジュンは一度言葉を区切り、軽く深呼吸をしてから再び話し出す。

「男性全てがあんなじゃないことは分かるし、今ならあなたがあのときしたことも悪いことじゃないって分かる。でも頭では分かっていても、どうしても身体が反応してしまうんです。ですからお願いです。私を買ってください。多分、私が普通に生活できるようになるには、他に方法はないと思うんです」

 事情を知らなければ、とんでもない告白と捉えられる内容のジュンの言葉に、頬を掻きながら彰弘は彼女の同性であるエレオノールへ目を向ける。

 それに返されたのは、「いいのではないですか」という言葉と笑みであった。

「とりあえず彼女はアキヒロ様のところで働いてもらうことは確定でしょうか。それはそれとしまして、アキヒロ様が人を殺したことについて、私から簡単に説明をいたします。まず勘違いされている方もいるようですが、アキヒロ様はあなた方と同じ平民となります。いろいろと普通とは違うところがある方ですが、平民というのは間違いありません」

 普通と違う、という言葉のところで彰弘から非難めいた視線を向けられたエレオノールであるが、それはあえて無視して先を続ける。

「そして職業は少々残念な理由で奴隷になったロソコムさんと同じ冒険者となります。さて、その冒険者ですが彼ら彼女らはよく街の外へ出ます。その際に野盗などの討伐対象と遭遇することがあり、自衛のため、また後日の憂いを断つために相手を亡き者とする行動を取るのです。ジュンさんが見たというのも、その内の一つでしかありません。ちなみに当然ですが討伐対象でない者を殺した場合は罪に問われます。このようなところですが、何か質問はありますか?」

 話し終えたエレオノールは順に奴隷の顔を見渡していく。そしてある程度の立ち直りを見て取ってから、最後にジュンへと視線を合わせた。

「そうです。ジュンさんに一つ忠告をいたします。私が仕入れた情報とあなたが話した内容を合わせるに、あなたはグラスウェルの北で四人の少女の姿を見ていると思いますが、いかがですか?」

 忠告という言葉と、その後に続いた少女のことが繋がらずジュンは首を傾げるが、ややあってから、「はい。見てます」と言葉を返した。

 記憶に鮮明ではないが、確かにあのとき彰弘の側には四人の少女がいたことを思い出したのである。

「では忠告です。その少女たちの前で、先ほどのような告白は厳禁だということを覚えておいてください。理由はアキヒロ様のお屋敷で働くようになれば嫌でも分かるようになると思いますのでここでは言いませんが、迂闊なそれらはいろいろと危険です。それだけは覚えておいてください」

 理由云々はよく分からないジュンであったが、エレオノールの言葉に嘘はないと見て取り頷く。

 そんなジュンの顔は、先ほど自分が言ったことを思い出したのか若干顔が赤くなっているが、ここでは割愛する。

 ともかく、こうしてジュンが彰弘に対して怯えを見せていた疑問は解消したのであった。









 質疑応答、最後の一人は両腕が義肢となっている男である。

 自己紹介が終わった後に、つい口から出てしまったが、彰弘としてはこの男が現在満足に両腕を仕えないからといって買わないという選択肢はなかった。

 理由はこの男にとっては不本意となるかもしれないが、今回紹介された奴隷の中で男というのはロソコムと彼の二名だけだったからだ。

 女だらけというのは、普通の男にとっては――少なくとも彰弘にとっては――居心地が良いものではなく、単純に話相手としてだけでも買う価値があったのである。

 ちなみに、この両腕が義肢となった男の名前はソウタ・ムラタニ。妻である女はミヤコで、二人の娘の姉がカナデ、妹がヒビキであった。

 それはそれとして、彰弘が試したいといったことは何だったのかであるが、それは義肢を動かす手助けについてだ。

 この世界の義肢は、生身と同様に自身の魔力でもって動かすことができるのだが、普通の人種(ひとしゅ)は魔力の動かし方がよく分からずに難儀するのである。

 彰弘はその魔力の動かし方を補助できないかと考えたのだ。

 勿論、義肢はそれを付けた者にしか動かせないように制限がかけられているので彰弘が義肢を動かすことはできないのだが、ソウタの魔力を誘導することくらいはできるのではないかと思ったのである。









「これでどうだ?」

「何か、それっぽいものが分かります」

 背中に当てた掌から先ほどよりも強く流し込まれた魔力にソウタが反応する。

 どの程度の魔力量を流せば魔法に縁のない者が感じ取れるのかが分からなかった彰弘は徐々に流す魔力量を上げていき、ようやく相手が感じ取れるだけの量を把握した。

「思ったよりも必要だな」

 こんな言葉が彰弘の口から出るのも無理はない。

 一般的な魔法使いが基本として使うことのある、『アロー』系と呼ばれる魔法で三発分となる魔力を一度に必要としたからだ。しかも厄介なのは、流し込んだ魔力を彰弘自身が維持し続けないと霧散してしまうことであった。

 彰弘が自身の魔力をソウタの魔力の波長に合わせることができれば霧散することはないのだが、これができるのは魔法使いの中でも極限られた実力者だけであり、その数は一国に百名いるかいないか程度である。

 ともかく、彰弘はソウタが感じ取れるだけの量の魔力を流し込み、それを義肢となっている内の右腕にだけ持っていく。

 そして十分以上が過ぎ、やがてソウタの人差し指が目に見える形で動いた。

「う、動いた!?」

 ソウタが目を見張り、その妻であるミヤコが両手で自分の口元を覆う。二人の娘は、「やったー!」と、何の遠慮もなく声を上げた。

 少々大げさに思えるソウタやその家族の反応であったが、魔力に縁がない生活をこれまで送ってきた四人にとって、この出来事はそれだけの価値があったのである。

「補助の試しは成功ってとこか。続きはまた今度だな。とりあえず魔力に関して俺の知ってることを教えておくから、次に会うまではそれで我慢してくれ」

 自分の身体の外に魔力を出し維持し続けたことによる影響で若干疲労した声を出す彰弘に、ソウタとその家族は頭を下げた。

「さて、エレオノール」

「はい。こちらは既に完了しております。今この場にいる奴隷は全員購入で代金はこの後即金。引き取りは明日となります。奴隷は一度こちらで全員を預かり教育を行いますので、アキヒロ様は暫しの間いつも通りの生活をお送りになってください。目処がつきましたら、ご連絡いたします。なお、ソウタさんとそのご家族。それからジュンさんとロソコムさんはアキヒロ様のお屋敷で働くことになります」

「分かった。連絡があったら家の方へ行けばいいよな?」

「はい。奴隷とお屋敷の引渡しは同時に行えるように調整いたしますので、そのようにお願いいたします」

 この後、ソウタの娘のヒビキにガルドを触らせながら、商会側と正式な奴隷売買の契約交わした彰弘とエレオノールは、奴隷を扱う商会建物を後にしたのである。









 世界の融合から二年弱。

 随分と変わった自分の生活環境に、エレオノールと別れた後で空を見上げた彰弘は軽く息を吐き出したのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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