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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
153/265

4-63.

 前話あらすじ

 借金奴隷を扱う商会に入った彰弘たちは、商会の担当者が目的に合った奴隷を連れて来るまで雑談をする。

 その中で彰弘は何故クリスティーヌが自分に興味を持つようになったのかを知るのであった。





 ノックの音を聞いたエレオノールは静かに立ち上がり彰弘の斜め後ろへと移動すると、自分へと向けられた顔に一つ頷きを返す。それの意味するところは、彰弘に入室の許可を口に出してもらうためのものであった。

 身分だけを考えると両者ともに平民であるので、どちらが入室の許可を出そうとも違いはないのだが、年齢や称号に立ち位置の関係もありエレオノールが彰弘を目上として受け入れてしまっているための行動である。

 ほんの少し、それこそこの商会に入る前のエレオノールであれば、この行動はなかったかもしれない。だが、周りに誰もいない状況で二人きりの会話を続けている内に、これまで得た情報や主であるクリスティーヌの様子を思い出した彼女は急激と言える変化を内心に起こし、彰弘を目上として明確に位置づけてしまったのである。

 それはそれとして、彰弘は商会の担当者へと入室の許可を与える声を出す。

 エレオノールの先の謝罪と今の行動を見た彰弘は、そこまで気にする必要はないのになと思いつつも、この場では何も言わなかった。ここでそれを言っても、彼女の状態を見る限り聞き入れるとは考えられなかったし、またそれにより奴隷を選んできてくれた商会の担当者や奴隷を待たせるのは少々申し訳ない気がしたからである。

 だから彰弘はエレオノールに特に何も言わずにいたのだ。

 ともかく、彰弘が声を出してから数秒の後に扉が開かれ、商会の担当者と連れられてきた奴隷が姿を現したのであった。









 商会の担当者は少し前に自分が出て行ったときに見た二人と、今の二人の立ち位置関係が変化しているのを見て軽く目を見開くも、それはすぐに戻して一礼をしてから入室する。

 不穏な空気が漂っていたならば別であっただろうが、その類は全く感じなかったために担当者は奴隷の反応を見るためなど、何らかの意図があるのだろうと考えたからだ。

 実際のところはエレオノールの内心の変化によるもので特別な意味はないのだが、そのことを商会の担当者が読み取ることは無理というものだ。

 ともあれ、担当者に続いて選ばれ連れてこられた奴隷が順に一礼をしつつ部屋に入ってくる。そして全員が中に入り彰弘とエレオノールの正面の位置に並び終えると、担当者は扉を閉めて二人に向き直った。

「お待たせいたしました。まず、こちらが今回連れてきた奴隷の資料となります」

 商会の担当者が差し出してきた資料をエレオノールが受け取り、自分ではその中身を確認せずに彰弘へと丁寧な所作で手渡す。

「この後ですが、奴隷に自己紹介をさせ、それが終わりましたら質疑応答となります。そして問題なければ引き取り日程の決定に移り、その後本契約を交わすこととなります」

 パラパラと資料を捲り目を通す彰弘が顔を上げて自分を見たことを確認した商会の担当者が今後の流れを説明する。

 それが終わるのを待ってから、彰弘は奴隷の資料をエレオノールに渡し見るように視線で伝えた。

 それから少し経ち、エレオノールが資料から目を離し口を開く。

「二人ほど多いですね。それも奴隷ではない方が。稀ではありますが家族単位でですか」

 彰弘とエレオノールが買う予定であったのは、それぞれ六名で計十二名である。しかし、今二人の正面に並んでいる人数は十四名であった。

「はい。事前にご説明できずに申し訳ありません。子供たちの精神面を考慮した結果、家族単位でとなりまして……ご配慮いただけましたら幸いと存じます」

「二人の娘は九歳と十二歳ですか。……アキヒロ様、いかがなさいますか?」

 今の話題となっている家族の構成は、父・母・姉・妹の四人で、この内奴隷となっているのは父母だけで、二人の娘は平民のままである。

 さて、それでは何故この家族がこの場にいることになったのかだが、それは世界融合の折に父親が魔物から家族を守ろうとして両腕を失ったことが発端であった。

 ライズサンク皇国では四肢を失った者に魔導具である義肢が無料で提供される。しかしそれを日常生活を送る上で不便なく動かせるようになるにはある程度の期間が必要であった。

 この父親も例に漏れず義肢の提供を受けていたが、金銭援助のあった一年間ではまともに動かせるようにはならず、収入を得る仕事に就くことができないでいた。

 ただ、これだけならば母親が一定以上の収入を得られる職に就くことができたために奴隷となるような借金を負うことはなかったのだが、この母親が家族のためにと頑張りすぎて体調を崩し、それに釣られるように下の娘も寝込んでしまったのである。

 不幸中の幸いは両親が奴隷の身分となり、奴隷を扱う商会で生活をし始めて暫くが経ったころに、母親と下の娘の体調が快復したことか。

 ともかく、生活費と治療費などの支出が収入を上回ってしまったために、この家族は今この場にいるのである。

 なお、この家族の借金額――つまり買取額――は、三十万ゴルドと少しといったところだ。大抵は一人三十万ゴルドが相場であることを考えると随分と安い金額となる。これには理由があり、この家族に金銭を貸していた商人がこれ以上はいたずらに借金が増えるだけだと家族の身を案じて懇切丁寧に奴隷の仕組みを説明した後、通常よりも早くに奴隷手続きを司法庁に届け出たためであった。

 基本、やむを得ない事情での借金をしなければならなかった者に対しては優しいのがこの世界である。

 言うまでもないが、自業自得の者への世間の風当たりは強い。

 ちなみに無駄遣いをしない四人家族の一年間の生活費がだいたい三十万ゴルドである。

「断る理由はこれといってないな。むしろ問題なのは父親の腕の方なんだが……そこは後で考えるとして、とりあえず今は自己紹介と質疑応答に移ろうか」

 彰弘の声が聞こえたのだろう、彼の初めの言葉で四人家族の顔に安堵が浮かんだが、続いて聞こえた内容に表情が曇った。

 その様子に彰弘は少々声が大きかったかと反省するも、今更取り消せるものではなく次に進めることにする。

 この後、「端から順に自己紹介を頼む」という彰弘の言葉を皮切りに、商会の担当者が主導して奴隷たちの自己紹介が行われたのであった。









 奴隷たちの自己紹介が終わり、彰弘とエレオノールは質問すべき内容を話し合う。

 とはいえ、商会の担当者が要望に合う奴隷を選んで連れてきているので大きな問題のあるような奴隷はいないため、念のための確認をする程度のことであるが。

「さて、まずはあの父親の腕かな? いや、これは最後にするか。ちょっと時間がかかりそうだし」

「そういえば、途中で何かお気づきになられたようですが」

「気づいたというか、試してみたいことを思いついたってところだ」

「そうでしたか。では、あの方へはアキヒロ様の仰るとおりに最後にいたしましょう。他の方はどうでしょうか」

 彰弘が試したいといったことを、ここで確認することはせずにエレオノールは話を先に進める。

「後はあの獣人かな。騙されてらしいが、その資料やあの自己紹介だけだと、よく分からん」

「確かに。あまりにもお人好しであった場合は、徹底した教育が必要です。それすらも意味がないほどですと、買うのは控えるべきです」

「だな。悪人でなけりゃ良いってもんでもないし」

 獣人にもいろいろといる。獣が直立したような全獣人。耳や尻尾だけというように獣の特徴が一部にだけ現れている半獣人。狼だったり、熊だったり、猫だったりと、正に多種多様である。

 今回、商会の担当者が連れてきた中にも一人だけ獣人がいて、それは狼系の全獣人であった。

 その獣人が奴隷となった理由が、他人に騙されて借金を負ったというものであったが、詳細は資料に書かれていなかったし、自己紹介でも言われなかったのである。

「とりあえず、俺の方はこの二人くらいだが、そっちは?」

「私の方で気になった方は、あの真ん中あたりにいる女性です。実のところ、この部屋に入ってきたときから気になっていたのですが、妙に怯えているように感じるのです。必死に隠そうとしているようなのですが、見ると手足が震えています」

「確かに声も少し震えていたな」

 エレオノールが気になると言った女に彰弘は再度視線を向け、そこでふとどこかで見たような顔であることに気がついた。

 その顔は美人ではないが不細工でもない。これといって印象に残るわけでもない顔なのだが、どこか彰弘の記憶に引っかかるものであった。

「アキヒロ様が顔を向けたら、震えが増したように感じます」

「割と真面目にショックだな、それ。にしてもどこで見たんだ? 何となくどこかで見たような……でも最近じゃないな」

「それに関しては、聞いてみるしかありません。あの状態では買った後に支障が出てしまいます。原因如何によっては購入するわけにはいきません」

「それもそうだな。周りへの影響もあるだろうし、何より彼女のためにならなさそうだ」

 再び彰弘が震える女に顔を向けると、震えはそれほどでもないが顔色が若干先ほどよりも悪くなっているような気がした。

 その様子に彰弘は顔をエレオノールに向け直す。

「あれは明らかにアキヒロ様に対してと見受けられますが……」

「だから、それはショックだと。なんだ、この喉元まで出掛かってるのに出ない煩わしさは」

「とりあえず、それは確認することにいたしましょう。では、都合三名に確認ということでよろしいですか?」

「ああ……って、そうだ。向こうに確認じゃないが、一つ教えてくれるか? 親の借金を、その子供が肩代わりして奴隷になるってのは普通のことなのか?」

「それでしたら普通とまでは言えませんが、ままあるといったところでしょうか。ただし、僅かですが親の肩代わりをしたではなく、親が肩代わりをさせたという許しがたい状態の方もいます。もっとも、その場合は大抵子供の様子から事実が判明しますので、その親はそれほどの時を待たずに犯罪奴隷行きです」

 借金で奴隷になると、その者が持つ全財産は残らず差し押さえとなる。つまり完全に一からの出直しとなるため、心無い親はそれを嫌い自分の子供を奴隷にするという愚かな行為をするのだ。

 そしてその結果はエレオノールの言うとおり犯罪奴隷行きだ。子供に借金の肩代わりをさせ奴隷にするということは、子供を売って金銭を得るのと同義であり間違いなく犯罪行為なのである。

 中には子供の様子からは親の所業が分からない場合もあるが、そこは神が実在している世界であり、逃れる術は皆無であった。

 余談だが、奴隷を扱う商会は奴隷を売って得た金銭を全て国へと納めている。あくまで商会は国の代行として奴隷を扱っているだけであるのだから当然であろう。もし万が一、商会が奴隷を売って得た金銭を懐に入れようものなら即犯罪行為とされ、それを行った商会の者の先は過酷な強制労働が待っているだけであった。

 なお、奴隷を扱う商会の収入源は、奴隷を売りの代行することによる国からの委託料と他の商会同様に事業で得た金銭であるが、大抵この代行業務をしている商会は委託料だけでそこそこの稼ぎとなっているので、無理して他の商売をやる商会は少ない。

「ちなみに奴隷は関係ありませんが、子供が稼いだ金銭を意味もなく理不尽な理由で親が取り上げた場合、窃盗、強盗、恐喝、詐欺などといった犯罪として罰せられます」

「なるほど、分かった。それにしても元の日本のように親族間だからって特例はないんだな。さてと、ちょっとした疑問も氷解したことだし、そろそろ質問といこうか」

「はい。あまり待たせるのも奴隷の方々に悪いですから」

 自分たちの会話に聞き耳を立てていただろう奴隷たちに向き直る彰弘とエレオノール。

 そして、まず騙されて借金を負い奴隷となったという狼系の全獣人の男へと確認のための問いを投げかけたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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