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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-62.【使用人購入】

 前話あらすじ

 平民が持つには立派過ぎる家の確認を終えた彰弘は、使用人を一緒に選ぶ目的で訪れたエレオノールと一緒に借金奴隷を扱う商会へと向かう。

 その際、何かの視線に気付いた彰弘であったが、それは一瞬のことであったために深くは探らず先に進むのであった。





 借金奴隷の購入手順は次のようなものだ。

 全ての奴隷は国の管理下に置かれているのだが、犯罪者ではない借金奴隷は国から委託された商会が取り扱っている。そのため、購入者はまずその商会に出向き、受付で自らの身分を明かして購入の意思を示す必要がある。

 なお、この時点で奴隷を購入する金銭を一括で支払える用意ができていない者は、この次に進むことはできない。借金奴隷を購入するということは、その奴隷を今の立場から抜け出させ自立させる責任を負うことでもある。購入者が分割払いという借金を負うような者では、その責任を果たせると国は考えていないのであった。

 さて、商会の受付で問題なしと判断されると、次は待合室――奴隷との面会もこの部屋で行う――へと通され購入用紙へと記入を行う。記入すべき内容は、どのような目的で奴隷を購入するのかと、性別・年齢・種族などの購入する奴隷についての指定である。

 前者についてはいうまでもない。家事をさせるために購入するのに適正が欠片もない者を紹介されては正に時間の無駄でしかないからだ。

 では、後者はというと、こちらも購入者側と商会側の時間の無駄を省くための項目となる。例えば購入者が女の一人暮らしで女の奴隷を購入したいと考えていても、そのことを商会側が知らなければ男の奴隷を紹介する可能性があり、両者は無駄な時間を使うことになってしまう。勿論、言葉で言えば良いのだが、そこは人であるから失念することもあるのだ。

 ともかく、これら記入項目は購入者側と商会側が無駄な時間を省くためには必須な項目であった。

 このように購入用紙への記入を終わらせると、今度は商会側がその記入された情報を基に奴隷の選別を行い、その奴隷を購入予定者と面会させる。ここで購入者は面会した奴隷と質疑応答を行い、それで問題がなければ契約へと進むのである。

 なお、契約完了後は奴隷の引渡しとなるのだが、この時期についてはその日の引渡しであったり、ひと月後であったりと、購入者や奴隷の事情により様々であった。








 ちなみに犯罪奴隷は完全に国家管理であり、平民のみならず貴族であっても購入することはできない。こちらは国が全責任を持って罪の分働かせるのが、ライズサンク皇国を含めた、ほぼ全ての国での法であった。









 記入された二枚の購入用紙を手に退出する自分たちの担当者を見送った彰弘は改めて通された待合室の中を見回した。

 借金奴隷の購入者が通される部屋は購入者ごとに分かれている。そこそこ高そうな調度品は置かれているが、それは嫌味にはならない程度であり品の良さを窺わせていた。広さについては奴隷との面会する場でもあることを考えると適切と言える。

「貴族本人が直接来ることもありますから、最低限この程度の部屋は必要というわけです」

 彰弘の隣に座るエレオノールは、彼の表情から読み取った疑問に微笑みとともに答えた。

 それに対する彰弘の答えは「確かに悪くはない」である。調度品の正確な値段は分からないが、簡素過ぎず華美過ぎず、仮に奴隷の購入者が平民であったとしても変に萎縮するような感じは受けないだろうと彼は感じていた。

「それはそれとしまして、少々驚きました」

 用意された紅茶を一口飲み、音を立てずにカップを置いたエレオノールはふいにそんな言葉を口にする。

 意味が分からず首を傾げた彰弘に、エレオノールは先を続けた。

「申し訳ありません。奴隷の購入費用のことです。アキヒロ様があそこまでの金額を用意できているとは考えていませんでしたので……失礼と存じますが、どのようにしてお貯めになられたのですか?」

「ああ、そのことか。俺のことを調べていた情報を持っているなら予想くらいはできていたと思うんだが、今は出て行く金が極端に少ないからな。だからさ」

 土地の利用権利とそこに建てる家の代金を支払っても、自分と六花に紫苑だけならば数年は何もしなくても生活できるだけの金銭が彰弘にはあった。それに加えてケルネオンへ行ったときに討伐したシルバーグリズリーの希少種の素材や魔石の換金分に、その後も日課のようにオークなどの魔物を討伐して得た金銭もある。

 そしてこれが結構大きいのだが、彰弘が購入した土地の隣の土地利用権を購入したストラトスの要望を受け入れたことにより、ただでさえ少なかった彰弘の支出は更に少なくなっていた。

 結果、伯爵家の御息女に仕えるエレオノールが驚く程度には、彰弘の所持金は多かったのである。

「いえ、それでも、あそこまでは……」

「オークって丸々一体換金すると、解体してなくても結構でかい額になるって知らないか?」

 説明に納得ができていないエレオノールが呟きを漏らすと、彰弘は追加の情報を口にした。

 通常、冒険者が魔物を狩った場合、その魔物一体を丸々そのまま持ち帰ることはない。大抵が討伐証明部位と魔石、それから移動の妨げにならない高値で換金できる素材だけである。

 というのも、普通の冒険者は討伐した魔物をそのまま持ち帰ることができないからだ。いや、仮に持ち帰ることが可能な魔物であったとしても、運ぶための労力に見合うだけの利益にならないからしないのである。

 なお、一部の冒険者などが持つ魔法の物入れという見た目よりも収納量が多く中に入れたものの重量を無くすという便利な魔導具はある。あるのだが、普通のこれは出入り口となる口よりも大きいものは入れらず出せもしないので、運ぶことの労力は解消されるのだが運ぶための解体を魔物を倒したその場でせなばならず、精神的にも肉体的にも多大な労力を必要としてしまう。結局のところ魔法の物入れを持っていたとしても、討伐した魔物を丸々一体持ち帰るのは普通ならば益が少ないためにやらないのである。

「そういえば、マジックバングルというものをお持ちでしたね」

「ああ。オークも四肢だけだと五千ゴルド程度だが、丸々だと解体費用を引かれても二万近くになる。オークを狩り始めたときにはそんなことはなかったんだが、最近は内臓の味やら食感やらがお気に召した人がいるらしくて絶賛値上がり中だな」

 元々内臓という部位は食べられていたが、その大部分はこの世界で唯一の飼育が可能であるモーギュルという魔物のものであった。

 理由は明白で、モーギュル以外の魔物や動物の場合は特殊な場合を除いて街の外にしかいないためである。処理に手間がかかり日持ちしない内蔵は真っ先に持ち帰る素材から除外される部分であった。

 勿論、前述の魔法の物入れに入れて持ち帰れば内臓を劣化させることはないのだが、そこはやはり危険と労力に合わない利益でしかないということで、仮に魔法の物入れを持っている者でも内臓の持ち帰りは避けていたのである。

「確かに一部の貴族家では最近になってよく食していると話を聞いています。なるほど、あれらはアキヒロ様が持ち込んだものだったのですね」

「俺たち以外にもいるとは思うが……話を聞く限りだと俺らがほとんどなんだろうな」

 内臓が高値で売れるという情報が出回れば、彰弘たち以外の冒険者も内臓を持ち込み換金しようとする流れは自然であるといえるが、その試みに成功した者はほとんどいない。

 何故ならば、新鮮な状態で持ち込むには魔法の物入れを持っているか、街の近くで対象を討伐しなければならないからだ。前者は態々面倒な思いをして内蔵を換金するより普通に依頼を遂行した方が儲かる実力がある場合がほとんどであるし、後者にしても街の近くで魔物を探すことに時間を割くよりも普通に依頼を受けた方が利益が出るからである。

 そのために内臓の換金は、依頼を終え街に戻る途中に偶然良い具合の魔物と遭遇した一部の冒険者が、それを討伐した際に行うに留まっていた。

「理解できました。ほぼ毎日外に出て魔物を狩り、その魔物全てを丸々換金しているならば、確かにあの金額もありえないことではないのかもしれません」

「納得できたようでなによりだ。ただ一応言っておくが、毎日ってほど狩りはしてないぞ。三日狩りしたら一日は休んでるし、疲れが残っていると思ったら外にはでないからな」

「私どもの常識では一日狩りをしたら一日以上休みを入れるのが普通なのです。勿論、偶には二日や三日連続で狩りをしに外へ出ることがあると知っていますが、それらは一日目や二日目に碌な成果を上げれなかったからです。毎回、成果となる魔物やら何やらを換金できている人で、アキヒロ様みたいに多く外へ出る人は聞いたことがありません」

「普通のオーク程度ならそれほど手間ではないし、持ち運びもこれがあるから、他の人よりは多く狩りに行けてるってだけさ。ま、もう少し自分に自信を持てるようになったら考えるさ」

「お嬢様経由で事情は聞き及んでおりますが、ご自愛ください。無理をなさって大怪我でもされたらリッカ様やシオン様たちが悲しまれます」

 エレオノールに言われるまでもなく彰弘もそのあたりは理解している。

 ただ先々のことを考えると、疲れも何もないのに強くなる努力を怠るのは決して良い判断であるとは思えなかったのであった。









 彰弘の奴隷購入費用の話から他愛のない雑談に移り、そしてそれが一段落したころ、彰弘の頭に一つの疑問が浮かんだ。

「なあ。奴隷の購入目的は言われたとおりに掃除と洗濯に買出し、それと庭の手入れに接客としたんだが、食事はどうなるんだ? 簡単なものなら作れるし、六花や紫苑も手伝ってくれると思うからいいけど」

 彰弘は奴隷を買ったことは当然なかったし、融合前の世界でも使用人を雇ったことがあるわけでもない。そのため、奴隷の購入用紙にはエレオノールが言うままに目的を記入したのであるが、今更になって食事をどうするのか疑問を持ったのである。

 そんな彰弘に返されたのは、軽く目を開いたエレオノールの顔であった。

「え? ご自分でですか? いえ、失礼しました。食事に関しては別途人を雇います。雇い賃については奴隷を購入するのと、それほど差がない方を雇いますで、そこは気にせずとも大丈夫です」

「奴隷じゃない理由は分からんが後半は理解した。それはそれとして何故驚いた顔をした。後、最初の言葉」

「っ! 申し訳ありません。先ほどの顔については、説明を失念していたことによるものです。言葉については……、アキヒロ様が料理をする姿が想像できず……」

 彰弘の言い方も悪かったのだろう。エレオノールはいきなり立ち上がると彰弘に対して九十度に腰を折り、頭を下げた。

 エレオノールが仕えているのはクリスティーヌであって彰弘ではないが、彼女の中での彰弘の存在は明確に上の存在として位置づけられていたことにより過剰な反応となってしまったのである。

「ちょっと待て。俺相手にそこまですることはないだろ。とりあえず頭を上げて元の位置に座れって」

 彰弘は若干慌てつつもエレオノールに頭を上げさせ、元の位置へと座るように促した。

「言い方が悪かったか。クリスもそうだったが、いったい何がどうなってるのやら。ともかく、一応世界の融合前は二十年近く一人暮らしだったから多少の料理くらいはできるぞ。まあ、融合してからは一切やってないが」

「本当に申し訳ありません。今のお姿からではとてもそうとは見えず、また融合前の情報はほとんど入手できていませんでしたので」

 世界融合後の情報はともかくとして、有名人ではない普通の会社員であった彰弘の融合前の情報の入手は皆無であった。

「できれば、一番最初に出会ったころのような感じでお願いしたいところだな」

「努力させてただきます。ですが、お嬢様のあなた様に対するお気持ちが上がり続けているのを見ていますとなかなかに難しいものがあるのです」

「クリスと俺の接点なんて六花たちしか思い浮かばないんだが?」

「それについては、その通りでございますが、逆にそれが原因となっているのかもしれません。アキヒロ様はトラスター・ルクレイドという故人をご存知ですか? お嬢様はこの故人に大変憧れているのです」

「いや知らないが、その人が何か関係あるのか?」

 初めて聞く名に彰弘が問い返すと、エレオノールはクリスティーヌが今のようになっているであろう理由を話し始めた。

 トラスター・ルクレイドとは、数百年前に実在した人物の名前である。罠師でありながら、剣も魔法も並外れた実力を持ったランクAの冒険者で、複数のダンジョンを単独で制覇したという偉業を持つ。

 そんなトラスターと彰弘にどのような関係があるのかといえば、実は融合後の彰弘と境遇が似ているのである。

 トラスターは手先が器用で魔力も多く、そして武器を使った戦闘も同年代の子供たちとは比べ物にならないほど上であったが、決してそのことを鼻にかけることはせず、変な軋轢を周囲と作ることもなく日々を平和に過ごしていた。

 そんな感じでトラスターは順調に成長していったのだが、彼が十四歳となった日に村がゴブリンの群れに襲われたのである。

 このときのトラスターの行動が、世界融合当初にゴブリンに襲われた小学校で彰弘がとった行動と似ていた。

 トラスターは手近にあった小剣を両手に持つと大人に交じり、村の皆を守るためにゴブリンを倒し始めたのである。普通のゴブリンの首を斬り裂き倒し、ゴブリンメイジの魔法を魔力を纏った腕で弾き飛ばす。そして最後にはゴブリンの群れを率いていた、ゴブリンジェネラルを倒したのである。

 この戦闘により村は壊滅し、残された村人は近く街へと移住するのだが、このときトラスターは自分もまだ子供の域の年齢であるにも関わらず、面倒を見る大人がいない二人の子供を引き取り育てることになったのである。この部分も彰弘と似ていると言えなくもない。

「このような感じで、トラスター・ルクレイドは引き取った子供を育てつつ、強くなっていったと文献には残っています」

「ゴブリン相手に戦ったとか子供を引き取ったというのは似てなくもない……か?」

「そうですね。その部分は似ていると言っても良いのではないでしょうか。ともかく、その似ているだろう部分をお嬢様はお聞きになられたようです」

「それも、大分美化されてかな?」

「それについては私の口からは申し上げれません。そこは存じませんので」

 苦笑を浮かべた彰弘に、エレオノールは表情を変えぬままに答えた。

 エレオノールは六花たちが彰弘のことを話す場面をクリスティーヌの誕生会の場で見てはいるが、実際に小学校で戦ったときの彰弘がどのようであったかは想像するしかできない。いろいろとそのときの情報は得ているのだが、そこからでは六花たちが話す内容と事実が一致するものか分からないのである。

「ともかく、お嬢様の中でアキヒロ様は憧れの人物と似たような感じとなっているのです。一応付け加えますと、文献にはトラスター・ルクレイドの肖像画がありまして、それは丁度アキヒロ様くらいの年齢のときのものでした。ちなみに、その肖像画をお嬢様が見たのは十歳のときですが、傍目から見てもあのときのお嬢様の目は非常に良い輝きを放っておりました」

 クリスティーヌ・ガイエル。現在十四歳。彼女が彰弘に興味を持つのはある意味で必然だったのかもしれない。









 この後少し経ち、彰弘とエレオノールのいる部屋の扉がノックされる。

 奴隷の購入用紙に記入された情報を基に、二人の担当者となった商会の者が選んだ奴隷を連れて戻ってきたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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