4-60.
前話あらすじ
六花たちの夏休みが終わり、その見送りをする。
その後、正二からの言葉で遠のいていた自分の家の建設現場へと足を運ぶことを決めた彰弘であった。
「ひさしぶり。にしても相変わらず朝からやってるのね。で、こっちも相変わらず食べるのね」
朝と言える時間帯。
グラスウェルの冒険者ギルド北支部併設の訓練場で、彰弘とバラサの模擬戦を見ながら魔力制御の練習を行っていたミレイヌに声がかけられた。
声の主は、一年ほど前からそこそこの頻度でミレイヌと一緒に魔法の練習をすることのある、パメラという女魔法使いである。
ちなみに、相変わらず食べていると言われているのはガルドのことだ。
「今日はいつもより激しいわ。それよりも随分と帰りが遅かったみたいね。まあ、無事なようで何よりだけど。皇都まで行き帰り護衛だと聞いたけど?」
「なんだろ、この愛おしさは……。あ、うん。行って帰ってくるだけなら、ふた月もあればってとこなんだけど、市場調査云々とかで道中の各街に結構長くいたから時間はかかったのよ。やっと一昨日帰ってきたところ」
護衛依頼の最中に手に入れたスリングショットなどに使う鋼鉄製の球をガルドに与えていたパメラが、表情が緩んでいた自分の顔を疑問に思いつつ答える。
ミレイヌが彰弘たちとケルネオンへと向かったのは四月の中旬だ。その少し後でパメラが所属するパーティーはグラスウェルでは中規模にあたる商会の護衛として皇都へと旅立っていたのだが、戻ったのが一昨日というのはミレイヌが言うように随分と遅い。何せ今は既に九月であるのだから二か月超の期間を市場調査とやらに護衛対象の商会は費やしていたことになる。
なお、世界の融合から二年近くが経った現在、ライズサンク皇国内の各街の位置関係はほぼ全てが判明しており、その位置と各街間を繋ぐ街道も総合管理庁から地図として売りに出されている。そしてそれによるとグラスウェルから皇都であるサガまでの距離は一般的な獣車でひと月弱もあれば辿り着ける程度の距離であった。
「お疲れ様、と言うべきかしら」
「長旅だった。でも立ち寄った街での滞在期間が長くて休めたし生活経費は商会持ち。それに報酬も良かったから、良い依頼だったわ。唯一難点を言うと、まだ街道周辺の安全性がいまいちってところかな。死んだり大きな怪我をした人はいなかったから良かったけど」
街道は比較的魔物の出現が少ない場所を選び、且つその周辺の魔物を狩り、ある程度の安全を確保した上で通す。しかし、元日本の土地が街と街の間に挟まった状態になっている関係上、魔物狩りが不十分なまま通された街道があったのだ。
今現在も定期的に街道を行き来し魔物を狩るということを国や領所属の兵士や依頼を受けた冒険者が行っているが、敷いた全ての街道が世界融合前のサンク王国と同じ段階の安全性となるまでには、今しばらく時間がかかる目算である。
「とりあえず、こっちのことはいいとして、そっちはどんな感じ? 何か二人とも以前よりも動きが凄く良くなってるみたいだけど」
「ケルネオンに行ったときに、シルバーグリズリーの希少種をアキヒロが倒したのよ。それがあってグラスウェルに帰って来てからの魔物狩りが捗ってるってことね」
シルバーグリズリーの希少種を倒した彰弘の能力は、その前と後で二割ほど能力が向上していた。それだけの魔物であったわけだが、そのお蔭でグラスウェルに戻ってからの魔物狩りが以前よりも楽となり、より多くを狩ることができるようになったのである。そしてそれは、彰弘と一緒に狩りを行っているミレイヌとバラサにも当然恩恵を与えていた。
「アキヒロが強くなったから模擬戦で相手をするバラサも強くなったのよね。で、そうなると今までよりも魔物を狩るのが楽になる。良い循環ね」
「とっととランク上げなさいよ。ランクEでシルバーグリズリーとかないわー。希少種とか更にないわー」
「無理ね。強さはともかく、間違いなく他の経験が足りてないもの」
どれだけ戦闘での強さが秀でていても、それだけでは冒険者のランクは上がらない。冒険者のランクとは戦闘だけでなく、その他諸々が一定水準でなければならないからだ。
彰弘たちの場合、確かに戦闘能力だけで言えばランクDとなれるだけのものはあるが、それ以外の野営時や護衛の時の対応等はランクEになったばかりの冒険者と、さほど変わりがない。これは後に家族を探す旅に出ることを決めている彰弘がまず強さ求めているからである。
この彰弘の考えはミレイヌやバラサも受け入れており、結果戦闘に関すること以外について、このパーティーはまだ未熟という域を出ていないのであった。
「戦ってばかりだもんねー。ところで……」
「なにかしら?」
「ネックレスなんてしてたっけ?」
「ああこれ。パーティーメンバーの印ってことらしいわ」
よく話題が変わるわねと思いつつも、ミレイヌは服の中に隠れていた二枚の金属板を取り出した。
それは邪神の眷属であるポルヌアの攻撃を一枚で一度だけ完全に防ぐことができる魔導具『神言・竜心血鱗』である。
事実と異なるミレイヌの発言は、迂闊に話して良いものではないと彼女が考えたからだ。もっとも、金属板に刻まれた意匠は彰弘の剣を模したものであり、パーティーメンバーの印と言われれば、事情を知らない者からしたら、「そうなんだな」と思えるだけのものであった。
「なんだろ。豪華さも派手さもないのに、すんごい高そうに感じる」
「魔鋼製だし、その魔鋼自体もちゃんと鍛冶師が鍛えたものだもの。意匠は教えてくれなかったわね」
「これって一枚は、あの人の剣だよね? 鍔ないし。で、もう一枚の方はメアルリアの紋章?」
「らしいわね。アキヒロが加護持ちだから、その流れと言う話よ。別に誰も信徒ではないのだけど、邪魔になるものでもないし……私は気に入っているわ」
パメラに見せていた魔導具を服の中に戻したミレイヌは微笑みを浮かべた。
勿論、ミレイヌは魔導具に意匠を施したのがどのような存在なのかを知っている。が、正直に話したところで天使が施したなぞ信じてもらえないだろうし、仮に事実だと受け止められたらひと騒動になりかねない。
なお、この神言・竜心血鱗は六花たち四人にも既に渡されていた。ただし、パーティーメンバーの印とだけ伝え、本来の用途については一切教えていない。大人の勝手な都合であろうとも、彰弘としては六花たちに普通の学園生活を送って欲しいと思ったからである。
「さてと、模擬戦は終わったようね。私ももう一度シャワーを浴びてこようかしら」
「もう一度ってことは」
「そうよ。少しは身体を鍛えないとって思い知ったのよ。まあ、二人の準備運動に付き合っただけで、くたくたになったけど」
「そりゃそうでしょうよ。あの模擬戦をするような二人の準備運動じゃあねぇ」
パメラの言いように、ミレイヌは少し前の息絶え絶えだった自分の姿を思い浮かべ苦笑を漏らす。
もう少し控えめにしようかと思ったことはあるものの、これでもやり始めたころに比べたら大分動けるようになってきているので、やり方は間違っていないだろうと考えていた。
実のところ、ケルネオンに行ったときの件で、やりすぎるきらいのあるミレイヌであったが、そこは彰弘とバラサが上手く調整をしている。だからこそ過剰に身体を痛めつけずに済んでいるのである。
「魔法はともかくとして、敵のいるところへの移動くらいは、自力であの二人に付いて行けるようになりたいしね」
「そっかー。ま、無理はしないようにね。身体壊したら元も子もないし」
「ええ、分かってるわ。じゃあ私は行くわね」
「はいはーい。またねー」
ミレイヌはガルドを抱え上げてから、パメラに再度「じゃあ」と告げると、彰弘とバラサのところへと歩いて行く。
それを見送ったパメラは、「後輩には負けてらんないね」と、魔法練習用の標的のある場所へと向かったのである。
昼食をとった彰弘たちが向かう先は、冒険者ギルド北支部と総合管理庁避難拠点支部改め北支部、それから央常神社の丁度中央付近であった。この場所は最近になってようやく形になり始めた商店街からも少しだけ遠いという、距離の利便性だけを考えたら少々不便かもしれないと思える場所であるが、その実どの場所へも十分少々で行くことができる、考え方によっては都合の良いところである。
「このあたりは一区画が広いのね」
未だ売れていないのか何の建設も始まっていないところもあれば、既に建物が完成している区画もあったが、そのどれもが一辺が三十メートルほどの長さがある。
このあたりは利用権を買いたくても、その土地がなく買えないでいた裕福な者たちのために用意された場所であった。
「やっぱ、もっと確認すべきだったと今更思うよ」
本当に今更のことをため息とともに彰弘が吐き出す。
土地の利用権の購入は実際の現場を見てその場で申し込むのではなく、購入できる区画を表した地図に振られた番号を購入希望申し込み用紙に記入して提出。その後、競合相手がいなければ購入手続きに進む手順となっていた。もし競合相手がいた場合は抽選である。
ともかく、彰弘は購入希望用紙に何故か間違った番号を記入して申し込んでしまい、その区画を買うことになったのであった。
なお、購入が決まった後での取り消しは可能であったが、購入費用を支払うことが可能であり、何より六花たちが喜んだために、そのまま購入手続きを進めたのである。
「いいんじゃないの? このあたりなら変にごちゃっとはならないだろうし、恐らく他の区画を買うのは貴族の跡取りじゃない人たちや裕福な人たちだろうから、治安の面でも安心よ」
「そうですね、平民が買うだろう場所よりも衛兵の巡回は多くなるでしょうから……もっとも、ご近所付き合いは大変になるかもしれませんが」
「めんどくせぇ」
「ほら、まだそうなると決まったわけじゃないんだし、さっさと行きましょ」
雑談しながら歩く彰弘たち。
やがて、そんな三人の視界に彰弘が購入した区画が見えてくるのであった。
高さが二メートルを超える壁に囲まれた二階建ての家。それが彰弘たちの目的の場所に建っていた。
柔らかさを感じさせる白色を基調としたその建物は、どことなく気品のようなものを感じさせ、さながら上品な貴族の屋敷のようである。
「絶対、平民が住む家じゃないよな、これ」
「そうね。どこからどう見ても貴族のお屋敷よね。へたな子爵家よりもずっと立派よ」
「同感です。それはそれとして、随分と広くありませんか? 確か買ったのは一区画だけだったと聞いてますが」
「倍くらいの広さはありそうよね」
屋敷を囲む壁を目で追いながらミレイヌの視線が彰弘に向かう。
それに対して彰弘も同じように顔を動かす。
「よく見ろ。ちゃんと門は二つあるだろ」
「ええ。ですが、お嬢様こちらへ」
「何かしら……って、門は二つでも中は繋がってるじゃない」
「ああ……やっぱ、そうなんだ」
確かに門は二つあった。彰弘の区画への出入り口であるものが一つと、元ガイエル領の領主であったストラトスが購入した区画への出入り口であるものが一つだ。
ただし門は二つであっても、その内側はバラサに呼ばれ覗き見たミレイヌの言葉どおり繋がっているも当然の状態であった。
彰弘の区画とストラトスの区画を分けているのは、区画の境界線にある数本の植木だけで、それ以外にはなにもない。しかもその植木は絶え間なく植えられているのではなく、適度な間隔をもって景観を壊さない見事な配置となっていた。
流石に建物はある程度の距離を空けて建てられていたが、二つの建物には妙な統一感がある。
「少々遅くなりましたか。どうですか彰弘さん」
「いかかでしょう。ストラトス様にはお褒めの言葉をいただきましたが……」
呆れが混じったような表情で壁の内側に入り彰弘たちが観察していると、後ろから二人の男に声をかけられた。
その二人とは屋敷の設計をした正二と、建築や造園の総監督である。
「元伯爵様の区画と区切りがないのはいいのか? とか、平民が住むには凄すぎるんじゃないかとかはあるが、それ以外に問題はないかな」
「そこはすみませんとしか言いようが」
「いや、いいさ。多分、六花や紫苑も関わってるんだろ? クリスあたりを通じて。だからいいさ。そっちの総監督さんも気にせず。仕事自体は文句のつけようはないからな」
すまなさそうな笑みを返す正二と心底ほっとした表情の総監督。
正二はともかくとして、総監督の方はここまで彰弘の機嫌を窺う必要はないのだが、彰弘が神の名付きの加護持ちであることを総監督は知っており、加えて領主である伯爵家との繋がりもあると思っていた。へたに機嫌を損ねるわけにはいかないと考えてしまっても仕方のないことである。
「ま、悪くないわよね」
「ですね。変に華美でなく上品さがあります。設計も、そしてそれを基に建てた方も流石と言えるでしょう」
区画の境界にさえ目を瞑れば、間違いなく上等と言える。
後の問題は、どうやって平民には持て余すだろうこの屋敷を維持していくかであった。
彰弘の機嫌を窺っていた総監督を帰した後、屋敷の維持についてを話し合う。
とはいっても使用人を雇うしかなく、問題となるのはどこで使用人を見つけるかであった。
ライズサンク皇国で使用人を見つける方法は全部三つある。
一つ目は総合管理庁や各種ギルドなどを通して使用人を募集する方法だ。だが、これは当たり外れが大きいために、あまり進められない方法であった。
二つ目は使用人の斡旋所をしている商会へ赴き、そこに登録している者を雇う方法である。この場合、外れはないのだが、しっかりとした技術を身に付けているために雇う費用が相応に高く、安定した高収入がなければ厳しい。
最後は奴隷を買う方法である。奴隷といっても罪を犯して犯罪奴隷となった者ではなく、何らかの理由で借金を負うことになり、そしてそれを払うことが難しいと判断され借金奴隷となった者たちのことだ。この場合、使用人としての技術を持っていないことはあるが、買うときに購入理由を伝えれば最低限の教育を施してくれる。購入の際にその奴隷の借金分を一括で支払う必要はあるが、大抵の借金奴隷の借金額は、前述の斡旋所で雇える使用人の年間雇用費よりも安いので、最低限のことができればいいのなら安上がりとなるのだ。
なお、借金奴隷の借金額がそこまで多くない理由は、奴隷落ちとなるときに全財産が精算されるということも理由だが、元の日本のように金貸業が氾濫しているわけではないため、あちこちで借りることができないなどの理由もある。
ともかく、使用人を見つけるには三つの方法があるのであった。
「無難なのは借金奴隷かしらね。一応、斡旋所の使用人でも今の収入なら雇えないこともないけど、あそこは貴族かそれに近い人が使うところだから、いろいろ面倒だと思うわ」
「斡旋所に登録している使用人は自分の能力に自信があるので、貴族家以外では大手の商会くらいでないと不満を抱くかもしれません。私もお嬢様の意見に賛成です」
「ま、最終的にはアキヒロが決めることだから、私たちの言葉は参考程度に聞いておいて」
「それでしたら、ご一緒にいかがですか? いきなりのお声かけ申し訳ありません」
ミレイヌとバラサの意見を聞いて黙考を始めた彰弘だったが、直後に届いた声に思考を中断させる。
そして振り向いた先にいたのは、侍女服を見事に着こなすクリスティーヌ御付の侍女、エレオノールであった。
お読みいただき、ありがとうございます。