4-56.
前話あらすじ
ケルネオンへと戻った彰弘たちは昼食をとり、今後の行動を報告し合った後で目的地へと向かう。
カイエンデ邸の地下にある工房の片隅にはテーブルと椅子が置かれていた。この場所はカイエンデが魔導具を作る際、ちょっとした息抜きに使うために彼が用意したものである。
しかし、今現在そこの椅子とテーブルを使っているのは彰弘であり、本来の使用者であるカイエンデは、そこから少し離れたところで何やら作業を行っている。
匠楽という宿屋での昼食後、神言・竜心血鱗という何の捻りもない名の魔導具作成をカイエンデへ依頼するためにその邸宅を訪れた彰弘は、笑みとともに迎え入れてくれた邸宅の主に今日訪問した理由を説明した。そしてそれから話は何の遅滞なく進み、気が付いたときには今の状況となっていたのである。
「美味いな……」
工房の持ち主が作業しているというのに、彰弘はテーブルの上に並べた料理を次々と口に運んでいく。
肉を塩と胡椒で下味を付け焼いただけのものや、素材が煮崩れる一歩手前といった煮込み料理等々、それらは全て彰弘がマジックバングルから取り出した上位竜の素材を使ったものであった。
「腕を振るった主様もお喜びでしょう。お手伝いさせていただいた私たちも嬉しく思います」
彰弘が食事をする横で魔鋼を齧るガルドが自分の甲羅を変化させて作った、即席の椅子に腰掛けるアイスが非常に嬉しそうな表情を見せた。
彰弘のマジックバングルには多種多様な料理の数々が最初から入れられている。勿論、調理されていない食材のままのものも多数あったが、凡そ半分ほどは取り出してすぐに食べられる状態の料理であった。どうやら、それら料理はアイスの言葉から推測するにアンヌの手料理であるらしいことが分かる。
「今更だからあれだけどな。本当に何の関係が俺とアンヌにあるってんだ?」
「残念ながら、今のこのときにお伝えすることはできないのです、申し訳ありません」
一度食事の手を止めた彰弘が問いを口に出すと、先ほどの嬉しそうな表情からアイスの顔が申し訳なさそうなものへと変化した。
「神界の禁則事項か。別に責めているわけじゃないから、そんな表情をするな。ともかく、この料理を作るのを手伝ってくれたんだよな。ありがとう、本当に美味いぞ」
「ありがとうございます」
自分の言葉で可憐な少女といった顔のアイスの表情が曇ったことにばつの悪さを感じた彰弘だったが、次の言葉で表情が戻った天使にほっと胸を撫で下ろす。
そしてそんな一幕がありつつ食事を続けていると、作業が一段落したのかカイエンデが近付いてきた。
「とりあえず、後は待つだけだね。多分、一時間くらいかな」
カイエンデが行っていた作業は、彰弘のマジックバングルに入っていた上位竜の素材を使った料理から、陣魔法を使って神言・竜心血鱗という魔導具を作るために必要な素材を抽出し生成するというものだ。乾燥させたり振るいにかけたり、または攪拌などをする方法もあるのだが、カイエンデほどに陣魔法を扱えるのなら、それらを全て自分の手でやるよりも手間や時間を節約できるのである。
「ところで美味しそうじゃないか、私もいただいていいかな?」
彰弘の対面に立ったカイエンデは椅子に腰かけ、所狭しとテーブルに並べられた料理に目をやった。
上位竜の血を使った煮こごりや、逆鱗を粉にし他の食材と合わせて作られたふりかけなどは、今回の目的の魔導具を作るための素材として使用しなければならないためにテーブルの上にはないが、それ以外の素材を使った料理が現在そのテーブルの上には並んでいるのである。
「ああ。好きなだけ食べてくれ。まだまだある」
他人行儀すぎると言われたからか、彰弘のカイエンデに対する受け答えは、随分と気軽なものだ。
そのことに笑みを返したカイエンデは、「じゃあ、遠慮なくいただこうかな」と視線をテーブルの上に走らせた。
なお、元々、神言・竜心血鱗を作ることの報酬の一部として上位竜の素材で作った料理を提供することで話がついていたのだが、カイエンデは礼儀として彰弘に許可を取ったのである。
それはそれとして、彰弘の了承を受けたカイエンデは、ナイフとフォークを持ち上位竜の肉を使ったステーキに取り掛かり、笑みを浮かべた顔で一口大に切り分けた肉を口に運び味を堪能する。味わうように咀嚼し一口目を飲み込むと、すぐさま次を口に入れた。
それから無言で食べ続け一枚のステーキを食べ終わり、続いて煮込み料理に手を出し、それも満足気な表情を崩すことなく食べ続け完食する。
二つの料理を平らげたカイエンデは、事前に用意していたテーブルナプキンで丁寧に口元を拭うと、これまた用意されていた水を一口飲んだ。
「シンプルなれど、いやシンプルな味付けだからこそかな。非常に良い味だね。こういうのは無駄な説明はいらない。美味しいものは美味しい。それにしても下位や中位はともかく、上位竜の料理なんて今じゃどれだけお金を出しても余程運が良くないと食べれないからね。久しぶりに食べれて嬉しいよ」
上位竜という存在は、大抵が人種が到達できないような土地におり、普通は見かけることすらできない。仮に偶々見かけることができたとして、そして戦うことになったとしても、並の兵士が何千何万いても太刀打ちできないだけの実力があるために返り討ちにされるだけだ。更に言えば過去はともかくとして現存する上位竜のほぼ全ては、人種と話が通じ、敵対すること自体が稀である。
そのため、上位竜の素材を使った料理というのは、どれだけ金銭と積んだとしても食べれないといっても過言ではない、現在では幻に近いものなのであった。
なお、下位竜や中位竜ならば討伐され市場に出回る可能性がないわけではないが、それでも人種の中に、それらを討伐できるだけの実力を持つものは少ない。仮に今カイエンデが食べた二品の料理を下位竜の素材を用いて作った場合、その価格は平民の三人家族が一年は暮らせるだけの値段となる可能性があった。
「それは良かった。それはそれとして感謝している。まさかここまで遅くなるとは思わなかったからな」
「ん? ああ! いいよいいよ気にしない。私は伊達に四百年も生きていないよ。話を聞いた限り前例なんてないだろうし。まあ、私も今まで生きてきて強さを求めたこともあるから、ここで折角の機会を逃すのは愚かだと理解しているよ」
彰弘が感謝し、それにカイエンデが理解を示しているのは、倒した魔物から吸収した魔素が吸収者の力となる段階で発生する栄養素補充についてである。
大抵の場合、魔素を吸収した翌日くらいには発生する力の定着であるが、それはあくまで大抵であって全てではない。吸収した魔素との相性や倒した魔物とそれを行った者の実力差、それからそのときの魔素吸収者の状態など、複数の要因が重なり合い力の定着は早くなったり遅くなったりする。
今回の場合は魔物ではないが邪神の眷属であるポルヌアが造り出したゴーレムを倒したことも影響していた。
普通のゴーレムであれば、それを倒したとしても魔素の吸収は起こらないのだが、ポルヌアが造り出したゴーレムはリーベンシャータの力を固定化させたものを動力として使っていたため、世界が魔物のようなものと認識してしまっていたのである。
なお、このゴーレムは魔物ようなものでも魔物ではないため、魔素の吸収は起こったが魔石の生成は行われずいた。
ともかく、そのような普通ではありえない状況であったために、力の定着が今になってやってきたのである。
「助かる。そういえばアキラ隊長はどうなんだろうな?」
「あの人種の場合は、既に力の定着は終えております。アキヒロ様と違いゴーレムには手を出してはいませんでしたので。急激にではなく徐々にでしたので普段の食事量を知らなければ分からなかったかもしれませんが、あの場所から先ほどの昼食までの全てで、あの者の食事量は通常の三割増しほどとなっていました」
「そうか、折角の機会を逃してないのなら何よりだ」
知り合いとなったものが力の定着を逃し強くなれず、後々それがために何らかの被害を受けるかもしれないと、あまり意味のない想像をしてしまった彰弘は内心ほっとする。根が真面目そうなアキラだと、この段階で力の定着が起こった場合、食事などせずに我慢してしまうだろうと考えたからだ。
そんなこんなで時間は進みカイエンデが予想した一時間が経った。
「どうやら終わったようだね」
自分が使った陣魔法が役目を終えて消え去る反応を感じたカイエンデは、残っていた紅茶を飲み干す。そしておもむろに立ち上がると、抽出された素材を確認するためにそこへ向かい歩き出した。
彰弘のところに戻ってきたカイエンデの腕の中には、一つの容器と魔導具の心臓部である魔導回路を作成するための材料一式があった。
魔導回路の作成材料一式とは別にある容器の中身は、上位竜の血、逆鱗の粉、挽肉状態となった心臓を使った、神言・竜心血鱗を作るために必要な溶液が入っている。
「問題なくできてるはずだけど、確認してもらえるかな?」
既に片付けられたテーブルの上に容器を置いたカイエンデは、その蓋を取りアイスへと目を向けた。
その言葉を受けたアイスは、ガルドの甲羅から降りてテーブルの上に立つと容器の中を覗きこみ一つ頷く。
「問題ありません。後はこれを使って最初に説明したように魔導回路を刻んでいくだけです」
「そうか、それは良かった。それじゃまずは最初だから普通の基盤に回路を刻んでみようか。実際に回路を刻んでみないことには、どこまで小さくできるかは分からないからね」
カイエンデはアイスからの回答を待ってからテーブルの上に材料を広げ、早速と金属板に回路を刻み始めた。
今回の魔導具作成は普通のものよりも回路は複雑ではあるが作成方法にそれほどの違いはない。専用の道具を使い溶液を流しつつ回路を刻み込んでいくのも、そのときに魔力を流し刻んだ回路に溶液を定着させるのも同じだ。違いがあるとすれば、普通の魔導具作成の場合は溶液を回路に定着させるときの魔力の波長を気にしたりする必要はないのだが、今回は意識して頻繁に細かい調整をする必要があることか。当然ながら上位竜の素材を使った溶液に関しても普通ではない。
さて、そんな普通との違いのある魔導具作成にカイエンデを選んだのは、溶液に上位竜の素材を使うということ以外にも理由があった。それは溶液を定着させる魔力の波長を細かく調整するというものが存外難しいからだ。
例えば魔法使いは魔法を使う際に魔力を属性のないものから火属性に変えるといったようなことを行い、その上で魔力の波長を変えることで同じ属性でも様々な効果を現す魔法と成している。ただ、この波長を変えるということを意識して行っている者はほとんどいない。これは魔力の波長というものを感じ取り認識するのが難しいということもあるが、それをしなくても無意識の変更で魔法を発動することができているからだ。
だが今回の魔導具作成には、魔力を扱う専門家でもある魔法使いだとしても、魔導具を日頃から作成している作成者だとしても難しい、普段は意識して行っていない魔力の波長の変更を意識して行う必要があった。
カイエンデは伊達に長い年月を魔法使い兼魔導具作成者として生きてきたわけではない。彼も初めの内は波長の変更には無意識であったが、いつの頃からか意識するようになっていた。そして今では自由に、それが行えるようになっているのだ。
だからこそアイスは、神言・竜心血鱗を作成するためにカイエンデを選んだのである。
ともかく、アイスに選ばれたカイエンデは一切の遅滞なく金属板に回路を刻んでいく。そして三十分ほどが経過し、彼は金属板から顔を上げた。
「とりあえずできたよ。最初だから慎重にやりすぎたけど、これが大丈夫なら半分以下の時間でできるね。大きさは……そうだね、多少の余裕を持たせるとして、縦が五センチの横が三センチくらいかな。厚さに関しては二ミリくらいは最低でも必要そうといったところだね」
そう言いつつカイエンデは回路を刻んだ金属板を、彰弘とアイスの目の前へと差し出した。
今回、最初ということでカイエンデが使った金属版の大きさは、先ほど彼自身が口にした大きさのものよりも倍以上の大きさがあった。それであるにも関わらず彰弘の目には随分と細かい回路に見えるのだが。
「これでさえ随分と詰まっているように見えるんだが、本当に半分程度の大きさにできるのか?」
「可能だね。魔導回路の導線というのは細くても大丈夫なんだ。勿論、途中で途切れてはいけないけど、そうでなければ基本導線の太さは関係ない。逆に太すぎると導線として機能しなくなるんだ。まあ、そんなわけで、この半分くらいの大きさならば可能なのさ。もっとも、これが天使様の認める水準であればだけどね」
彰弘の疑問に返しつつカイエンデは真剣な表情で魔導回路を検分するアイスに視線をやる。
そんな視線を受けたアイスは、現界ではこれまで彰弘以外には向けたことのない笑みを浮かべた顔をカイエンデに向けた。
「上出来です。これならば、国之穏姫命様のお言葉をお受けして間違いなく効果を発揮できます」
「良かった。それじゃ、どうしよか。大きさはさっき言ったサイズでいいよね。数はどうする? 後、どんな形でどのように身につけるかとかも決めておく必要があるね」
この後、彰弘はカイエンデと暫く話し合い、数などの詳細を決めていく。
その結果、魔導具自体の大きさは魔導回路の保護も考え、縦幅が五センチメートル強の横幅を三センチメートル強。厚さは五ミリメートルとした。
厚さがカイエンデが口にしたものの倍以上となっているのは、魔導回路を保護するために表と裏に保護版を付けるためである。
形に関しては長方形とすることに決めた。奇抜な形にして身に付けるのが難しくなっては意味がない。
数については、とりあえず百ほどとした。その内の二十ほどには穴を開け、軍人の認識票のように首から提げて二つほどを常に身に付けておく予定である。数が二十もある理由は、今後一緒に活動することになる六花たちにも身に付けさせるためだ。狙いは彰弘だけであろうが、念のためである。
首から提げるもの以外は、できるだけ攻撃を受けづらい箇所の防具に埋め込むつもりだ。例えば篭手を装備し、その内側などが候補だがそこはグラスウェルに帰ってからステークなどと相談するつもりであった。
「さてと、後は魔導回路を刻む金属板とその保護板をケインに作ってもらえばいいね。この後、彼と会う約束だったからそのときに頼んでおくよ」
「ケインドルフさんへの対価は何がいいと思う?」
「珍しい金属とかがあったら、それでもいいけど……私が食べた上位竜の料理なんかもいいんじゃないかな? まあそれは今度会ったときにでも話し合ってよ。それよりも溶液の材料となる料理を置いていって欲しいね。それがないと始まらないから」
「どっちも了解した。ふぁー、っと失礼」
ある程度、話が進んだところで不意に彰弘の口から欠伸が出た。
それを見たカイエンデが笑い、アイスがその顔を睨み何やらやろうとしたが、そこから先は彰弘が止める。
「どうやら疲れているのかもしれないね。今日のところは宿に戻って休んだらどうだい?」
「どうせならケインドルフさんのところへ一緒に行きたかったが、今日はもう素直に休むか」
「そうしなよ。どうしても君が一緒でなければならないものではないしね。とりあえず、必要分の料理を置いていってもらえれば、明後日には溶液が全部完成するかな。ケインなら必要な性能の金属板はすぐに作れるだろうし……そうだね、今日から六日後くらいには魔導回路を全部作り終えることができると思うよ」
「すまないが、よろしく。ふぁー、っと」
「ははは。無理は良くないね。ま、任せてよ」
本気で寝た方が良さそうだと、カイエンデの言葉を聞きつつ思った彰弘は、残りを彼に任せることにしてカイエンデ邸を後にした。
ガルドとアイスも一緒であるのは当然だ。
彰弘はこの後、どこにも寄らずに真っ直ぐ宿の部屋へと戻ると、すぐさま眠りについた。肉体的な疲労はなかったものの、やはりというべきか精神的な疲労は本人の自覚がないままに、相当なものとなっていたのである。
彰弘が神言・竜心血鱗の作成をカイエンデに依頼してから九日後。一行の姿は、グラスウェルへと向かうためにケルネオンの西門にあった。
カイエンデは自身の言葉どおりに百の魔導回路を刻み終えており、またケインドルフも輝亀竜の甲羅製の武具を依頼分作り終えている。
邪神の眷属の件という懸念事項が発生し、予想よりも大分長くなったケルネオンへの滞在だったが、とりあえずは無事に終わりを向かえたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。