4-54.
前話あらすじ
後片付けという魔物の素材回収を終わらせた彰弘たちは、元病院の一室で夜を明かすことにする。
その際、リーベンシャータの情報から邪神の眷属に狙われているということ彰弘は知り考え込んでしまう。
しかしそれは輝亀竜のガルドの言葉があり、対策といえるようなものを見つけることができるのであった。
普通ではありえない出来事にバラサは思わず声を上げそうになるも、それは辛うじて抑えることに成功した。
まだ明け方と呼ばれる時間帯であり見張りの最中でもある現在、危機が迫ったわけでもないのに就寝中の仲間を起こしかねない大声を出すのは非常識といえるだろう行為だ。だからバラサは両手で自分の口を塞ぐという、少々稀有な動きをもって自らの声を抑えたのである。
さて、それでは何があったのか。
バラサにそのような行動を取らせた原因は、彼の目の前にいる彰弘の肩の上にあった。そこにはアイスという天使が顕れていたのである。
「もう少し、時間を置くべきでしたか」
「いえ。結果的には誰も起こすことはありませんでしたから」
こてんと小首を傾げたアイスに、バラサは多少圧迫感のようなものを感じながらも答え自らの口から両手を離した。
現在、彰弘とバラサは見張りの最中だ。
明け方と呼ばれる時間帯に入り、見張りの役目をアキラとショウヤから引き継いだ二人は暫くは雑談しつつ見張りを続けていた。しかしある程度の時間が経ち自分たち二人以外が寝入っていることが確認できると、彰弘が唐突にアンヌと交信をすると言い出したのである。
その理由は過去に存在していた、神言・竜心血鱗と呼ばれていた魔導具についてを聞くことであった。
昨晩はとりあえずの対策はできると安堵した彰弘であったが、考えてみればマジックバングルに入っているのは全て調理済のものばかりだ。その状態になったものでも、ガルドからの情報である魔導具の素材として使えるのか、寝て起きて今更心配になったのである。
そんな理由から彰弘は少々予定を早めてアンヌに確認することにしたのであった。
「にしても、天使を遣すとは思わなかった」
アイスに視線を向けて、そう言う彰弘の顔には若干すまなさそうな表情が浮かんでいる。
一応アイスが顕れることをバラサに伝えた彰弘であったが、それは本当に直前のことであった。そのために不要な衝撃を与えてしまったという思いが顔に出たのである。
「申し訳ないことをしました。留意いたします」
頭を下げるアイスの態度には、彰弘とバラサで明らかな違いがあった。
彰弘へと心底申し訳なさそうであったのに対して、バラサへはあくまで社交辞令的なのだ。
理由は不明ではあるが、アイスの中で彰弘とその他は明確な違いがあることが見て取れる所作であった。
ともかく、神言・竜心血鱗について聞こうと彰弘がアンヌに交信を望み、その結果天使であるアイスは顕れたのである。
「さて。気を取り直して、と言うのも変だが、教えてもらってもいいか?」
少々やりにくいと思いつつ、彰弘は自らの肩の上にいるアイスへと視線を向けた。
それにアイスが嬉々として応えようとしたのだが、そこにガルドが待ったをかける。
「(主よ、やりにくいのならば、そう言えばよかろう。嬢ちゃんも、そこは察するべきじゃと思うが?)」
折角、望まれ聞かれたことに答えようとしたところに水を差されてアイスは一瞬目を鋭くするも、相手が輝亀竜のガルドであったことで表情を戻して素直に頷き、彰弘へと再び頭を下げた。
もしこれがバラサであったら、そうはならなかっただろう。ガルドは自分よりも長くを生きており、アンヌが人種時代に会った最後の生物で、その記憶に留めていた存在だ。それだけで、それだけのことではあるが、アイスにとってガルドは一定の敬意を表すに値するのである。
ちなみにガルドは、彰弘が起きると同時に目を覚まし神域結界周辺で取得しておいた鉱石などを音を立てずに食べている最中であった。まだまだ身体の成長に栄養が必要なのである。
「(ほれ、このくらいの高さなら丁度良いじゃろ)」
アイスが自分の言葉に承知したのを見て、ガルドは自らの身体を変化させた。手乗りほどの大きさだった身体を大人が一抱えするくらいにまで大きくし、甲羅を上へと伸ばしていく。甲羅の高さはアイスがその上に座ると、丁度彰弘と視線を合わせることができる程度である。
「感謝します」
アイスが彰弘の肩からガルドの甲羅へ飛び移った。
何とも奇妙な光景に彰弘とバラサはお互いに顔を見合わせ、僅かに笑みを顔に浮かべる。そして、それから再び食事に戻るガルドと、しっくりとくる位置にお尻の位置を調整し一息吐くアイスへと目を戻した。
「では、アキヒロ様のご質問にお答えいたします。……失礼しました、その前にアンヌ様からのご伝言をお伝えします。『今はお仕事のシステム構築で忙しいからアイスに聞いてね。それと、こっちからは現界で対処できることに補助はできても直接手を出せないのよ、ごめんね。』とのことです」
アンヌからの伝言にある破壊神の仕事とは世界にとって悪影響を及ぼす可能性があるものを壊し消し去ることだ。
例えばどこぞの何者かが意味もなく星を創り、それが世界に悪影響を及ぼす場合、破壊神は消し去る。また誰かが誰かを殺した殺さないや、誰かが何かを壊した壊さないなどのちょっとした出来事一つ一つにより増える世界の分岐の不要な方を消していくのも破壊神の役目であった。
アンヌは他の破壊神と協力して、自分たちの仕事を可能な限り迅速に間違いなく行うためのシステムを構築している最中なのである。
伝言にあったもう一つ。直接手を出せないというものは、神界の規則によるものだ。既に自立しているといえる現界の存在に神界から過剰な干渉をすることは、今の世界にとって悪影響となりかねず、そのため規則としてその行動を制限しているのであった。
「仕事のシステム構築って……神も大変だな」
「以前アキヒロ様と交信した後で、唐突に思いついたらしいです。もう少ししたら落ち着くとのことでしたが」
「まあ、アイスが直接来てくれた方がいろいろと手間が省ける……か?」
神は自身の加護を持つ者にしか基本は神託などの念話を下すことはできない。
要は今回の場合だと魔導具の作り方を一度彰弘が聞き取り、それを魔導具作成者へと伝えるという手順を踏むことになるはずだったのだが、アイスが顕れたことにより直接魔導具作成者へと作り方を伝えることができるようになったのである。
「そうですね。お任せください。それはそれとしまして、改めましてご質問にお答えいたします。まず最初にお伝えしますが、アキヒロ様がお持ちのマジックバングルに入っているものを使えば対象の魔導具の作成は可能です。竜の素材の使用用途は魔導具を作る際に最も重要である魔導回路を刻み込むための薬液を作成するためのものですから問題ありません。竜の心臓とモモ肉を使ったハンバーグから心臓の肉を分離させることや、煮こごりから竜の血を分離するのは少々骨かと思われますが、そこはあのエルフであれば問題はないでしょう。逆鱗に関しては、確かふりかけとなっていたはずです。それも選別する必要はありますが、こちらも問題はないと思われます。勿論、作成技術もあのエルフであれば大丈夫でしょう」
神言・竜心血鱗と呼ばれていた魔導具を作ることになるのは、ケルネオンに在住する魔法使いであり魔導具の作成を行うこともできるカイエンデあった。技術的にもそうだが、竜の素材というものを使わねばならぬ以上、そこらにいる並みの魔導具作成者に頼むわけにはいかないのだ。既に輝亀竜の甲羅という竜の素材を手に入れている彼であれば無用な騒動となることはないであろうことから、当然の選択と言えた。
「ひと安心だな。ガルドの甲羅だったものを報酬として、もう一つ二つカイエンデさんに渡そうかね」
貴重で有用ではあるが、滅多に、それこそ一千年程度は市場に出回ったことのない輝亀竜の甲羅だというのに随分と大盤振る舞いである。それというのも、本来受け取るはずだった者の一部が扱え切れないからと彰弘に押し付けたせいであった。
「ふふふ。そのあたりはアキヒロ様のご随意になさってください。では続けます。魔導具はケルネオンに戻ったら早速作成させるとしまして、残る行程は神の声により対象となる攻撃を魔導具に指定させることですが、これは国之穏姫命様が大変乗り気でいらっしゃいました。ですので魔導具自体はケルネオンで作成し、仕上げはグラスウェルへ戻ってから行うのが良いかと存じます」
「穏姫は分身体だったと思うが、それでもいいのか?」
「はい。分身体とはいえ神ですので問題はありません。神言・竜心血鱗に指定するための神の声に力の大小は関係ありませんので、あの状態の国之穏姫命様でも大丈夫です。完成するまでは魔導具による防御は期待できませんが、思いの他リーベンシャータの攻撃はあの邪神の眷属にとって痛手だったようですので、暫く攻撃を仕掛けてくることはないでしょう。少なくとも魔導具が完成するまでは襲ってこないと思われます」
彰弘たちが知るところではないが、現在逃亡した邪神の眷属であるポルヌアは、リーベンシャータに斬られた腕の再生に全力を注いでいた。そのため、彰弘を襲うどころではない状態なのである。
「それもひと安心といったところか。ついでだから聞くんだが、作った魔導具で防げるのは一度だけなんだよな? 後、複数持った場合には何回も防ぐことはできるのか?」
「はい。威力に関係なく、どのような攻撃でも防ぐことが可能ですし、二つ持てば二回、三つ持てば三回攻撃を防げます。ですが、例えば竜などが放つブレスのような継続してダメージを与えるようなものの場合、最初は防げたとしても魔導具の効果中に攻撃が途絶えることはありませんから注意が必要です。もしそのような攻撃を防ぐ場合には、数個では全く足りず数千数万といった数を用意する必要が出てきます。アキヒロ様のマジックバングルには大量といえる料理が入ってはいますが、そこまでの数を用意できるほどではありません。恐らく多くても五百いくかいかないかかと。ちなみに、仮に邪神の眷属がこの魔導具のことを知って威力のない攻撃を仕掛けてきたとしても、それがアキヒロ様の身に危険がないようなものだった場合は魔導具が効果を発揮することはありません。逆にアキヒロ様が危険と思わなくても毒のようなものだったりで、実際に危険がある場合は効果を発揮します」
「なるほど。話を聞く限りでは有用なんだがなぁ」
神言・竜心血鱗はあくまで指定した対象から受けた攻撃が所持者の身に危険かどうかを判別して効果を発揮するという有用な魔導具だ。
が、対象の指定は限定的だ。例えばゴブリンの中の特定個体を指定して攻撃を防ぐといったことはできるが、ゴブリンという種からの攻撃を防ぐといった指定はできない。
素材に関しても、冒険者のランクで言えばAという人外やら化け物やらと呼ばれるだけの力がなければ太刀打ちできない上位竜のものを必要としている。そのため、現代でこの魔導具を作ろうとしたら驚くほどの高額になってしまう。
このような魔導具であるから、時と場合によっては有用であっても多くの人種が活用できるものではなく、長い年月により皆の記憶から消えていってしまったのである。
数千年を生き、記憶を維持できていたガルドだからこそ、この魔導具の存在に思い当たることができのたのであった。
なお、現存する書物などを読み漁れば、この魔導具に関することも載っているものを探し出すことは可能だ。しかし、それが載っているような書物は古のものとして厳重に保管されているため、並の権限では読む事すら敵わない状態にあった。
ちなみに神であるアンヌはこの魔導具のことを知ってはいたが、神界の規則により、それを知らない彰弘にそのような魔導具があることを伝えることができなかったのである。
ともかく、こうして神言・竜心血鱗という使いどころは難しいが、効果は抜群といえる魔導具が問題なく作れそうだということが分かった彰弘は、心底安堵したのである。
この後、時間が進み起きてきたサティリアーヌにリーベンシャータ、それからスティックというメアルリア教徒の三人がアイスの姿に驚愕したり、出発の段階になり筋肉痛で碌に動けないミレイヌが再びガルドの甲羅に乗り移動しなければならないことに駄々をこねたりと、いろいろあったが一行はまずメアルリア教の仮設神殿へと向かった。
そしてそこでもアイスの存在により、ひと騒動起こるのであるが、それはまた別の話である。
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