4-50.【置き土産】
前話あらすじ
力を奪われるリーベンシャータだったが、相手の油断や性質などにより死を免れる。
そして彼女は邪神の眷属と相対するも、逃げられてしまうのであった。
半ばで折れた大剣を両手で構えたリーベンシャータは、少し離れた位置で自分を包囲するような形で構えた七体のゴーレムを忌々しげに睨みつける。
ポルヌアと名乗った邪神の眷属である少女が走り去ってから十分弱。リーベンシャータは無傷で二体のゴーレムを破壊していたが、その肩は上下に大きく動いており激しく体力を消耗していることが見て取れた。
「ちっ。古代遺跡のやつらみたいな動きをっ」
古代遺跡がそうでなかった時代。ゴーレムは現在のように土木工事を主として造られていたのではなく、戦闘を行うために造られていた。そのために今のゴーレムよりも単純な力は劣るものの、行動可能時間や素早さなど含めて戦うための性能は遙か上のものを持っていた。
恐らく今の技術でも古代遺跡を徘徊しているような戦闘ゴーレムを作り出すことは可能だろう。だがそれには国家規模で短くない期間の研究を行い、精算を度外視する必要がある。戦闘用に特化した魔導回路の構築に各部を動かすために魔力を流す導線の確保は必須だし、行動可能時間を延ばすための魔石も必要だからだ。
現代において戦闘でゴーレムを使うことは、『割に合わない』の一言で表せるのである。
ともかくポルヌアが造り出したゴーレムは、冒険者でいうところのランクCほどの力となってしまったリーベンシャータが悪態を吐く程度には厄介な相手であった。
厄介とは別に懸念というものがリーベンシャータにはある。それは十メートルを超える高さを持つ大型ゴーレムのことだ。
実のところリーベンシャータが相手にしていたのは小型ゴーレムだけで、未だ目に見えた行動を起こしていない大型ゴーレムとは戦っていない。小型ゴーレムはポルヌアが走り去った後、すぐにという段階でリーベンシャータに攻撃を仕掛けてきたので性能のほどを推測できたのだが、大型ゴーレムは仁王立ちのまま時折頭を動かすような仕草をするものの、それ以外の動きを見せていなかった。だから、そのの性能が分からず懸念となっていたのである。
「どちらにせよ、動かないなら今の内に他を片付けるしかない」
思わずリーベンシャータの口から、そのような言葉が漏れた。
ただでさえ不利な状況で動きのない大型ゴーレムを気にしすぎる余裕はリーベンシャータにはない。無論、無視をすることはできるはずもないが、今は小型ゴーレムを破壊することが先決である。
リーベンシャータは短い時間で息を整えると、再び襲い掛かってくる様子を見せる小型ゴーレムを破壊するため地面を蹴った。
右側から振るわれる小型ゴーレムの拳を前に出ることで躱すと同時に半分の長さとなった大剣へと魔力を流し、リーベンシャータは力任せにそれを横薙ぎにする。そしてそれから勢いに逆らわず彼女は地面を転がり、今度は左前から振るわれた拳を回避し立ち上がった。
「ちっ」
リーベンシャータの攻撃を受けた小型ゴーレムは脇腹辺りを大きく損傷させるも、行動不能にまでは至っていない。明らかに彼女の攻撃力が落ちていた。
最初に二体を破壊してから更に二十分が過ぎている。リーベンシャータが追加で破壊できた小型ゴーレムは三体。残るは小型ゴーレム三体と大型ゴーレムが一体だ。
個々の性能もさることながら、小型ゴーレムの連携というものにリーベンシャータは苦戦を強いられていた。加えて言うならば彼女の疲労と魔力の消耗が苦戦の原因である。
力を奪われる前のリーベンシャータであれば、今戦っている程度の相手であれば鎧袖一触であろうが、今の力では相当に力と魔力を使わなければ倒すことはできない。ここにきて小型ゴーレムを破壊するだけの攻撃を出すことが彼女には難しくなってきていた。
勿論、疲労を回復させる神の奇跡というものはあるし、魔力も魔石を使えば回復させることはできる。だがリーベンシャータは既にその手を使い切っていた。
「逃げて戦力を確保すべきか……いや」
自分の口から出た弱気な言葉をリーベンシャータは即座に否定する。
ポルヌアが造り出したゴーレムがこの場から動かないという保障が、またすぐに動かなくなるということが分かっているならば、逃げるというのも選択肢の一つだったかもしれないが、そのような保障はどこにもない。
仮にリーベンシャータがこの場から逃れ戦力を確保しようとしたとして、それが上手くいく保障もなかった。何しろこのゴーレムたちは足が速い。瞬間瞬間では彼女の方が速いのだが、これが長距離となった場合は間違いなくゴーレムに軍配が上がる。
結局のところ、リーベンシャータにはこの場で粘り増援が来ることを祈るしかない。
「フィーリス大司教でもサティリアーヌでもどちらでも構わん。早く来い」
普段なら出さないであろう言葉も漏れた。それだけ今の状況はリーベンシャータにとって逼迫していた。
そんなときである。リーベンシャータは自分が先ほど損傷させた小型ゴーレムの脇腹辺りに魔力の白い光りが集まるのを見た。
それは神の奇跡と呼ばれる魔法を神官が使う際に見られる前兆である。
「『ホーリーブラスト』!」
果たして、それは正しかった。
元々大きく損傷していた小型ゴーレムが、その魔法の一撃で崩れ落ちたのである。
「誰だ!?」
まだ行動可能であるゴーレムから目を離さずにリーベンシャータは声を上げた。
声が男のものであったことからフィーリスでもサティリアーヌでもないことは分かったが、今この場に来るような存在をリーベンシャータは知らない。
「来たはいいけど、これはボクたち向きの相手じゃないね」
「でも見過ごすわけにはいかないよねー」
「同感」
「リーベンシャータ大司教、援護します!」
先ほど魔法を放った男の声とは別の複数の声がリーベンシャータの背後から聞こえてきた。
リーベンシャータが横目で確認すると、昨日別れたばかりのジェールたち潜む気配とメアルリア教の神官衣を纏った男司祭が、それぞれ武器を構えて立っている。
「謝罪や事情は後でする。今は時間稼ぎだ」
「了解。情報を」
ジェールの返しにリーベンシャータは自分が得た情報を伝えていく。
それをゴーレムから目を離すことなく聞いていたジェールたちは、一様に表情を険しくした。
それも当然だろう。
ジェールたち潜む気配にしてみれば、普通のゴーレムでさえ手に余るというのに自分たちに近い動きをするというのだ。そんな硬い上によく動く相手では、状況が許すなら即座に回れ右をしたいところであった。
スティックにしても厳しいと言わざるを得ない。メアルリア教の司祭であるから戦闘技術は相応に高いのだが、神域結界の維持に就いていることから分かるように、どちらかといえば後衛に向いていた。冒険者のランクCに近い動きをするゴーレムとの直接戦闘は厳しいものがあるといえる。
「まともに相手をする必要はない。相手がどこかにいかないようにしながら増援を待てばよい」
「あの邪気です。フィーリス大司教は結界維持の魔力を注いでいて来れないかもしれませんが、誰か来るはずです。今朝方ケルネオンに向かったサティリアーヌ高位司祭も、あれには気付いているはず」
「そういうことだ。自分が情けなくなるが、今はこいつらを逃さず食い止める!」
「了解。フーリ、ウィーク、いいね?」
「はーい」
「ん、分かった」
全員が状況を理解したところで、スティックが神の奇跡の一つである祝福の魔法を皆に施す。
そして、敵が増えたことを認識し動き出した大型ゴーレムと破壊されずに残った二体の小型ゴーレム相手に、リーベンシャータたちは倒すためではなく足止めの戦いを始めるのであった。
◇
リーベンシャータが邪神の眷属であるポルヌアの腕を斬り飛ばす少し前。彰弘たち一行は魔物にも遭遇することなくケルネオンへの道を進んでいた。
そんな中で繰り返されているのがミレイヌが疲労を見せ、それをサティリアーヌが癒すという場面である。
急いでも何ができるわけでもないが、気が急いて自然と足早になっていることが原因であった。
「少し休むか。昼飯がまだだったしな」
先頭を歩いていた彰弘が空を見れば、太陽が頂点から少し西へと移動している。
そんな彰弘の後ろでは、申し訳なさそうにお礼を言うミレイヌと笑顔で気にする必要はないと笑顔で応えるサティリアーヌの姿があった。
「それがいいかも。魔法で今の疲労はなくせるけど、明日に影響がないわけじゃないし、腹が減っては戦はできぬって言葉もあるし」
神官が使う神の奇跡には『癒し』というものがある。これはそのときの疲労を取り除く効果はあるのだが、翌日筋肉痛になるという影響があった。
現時点でミレイヌは癒しの効果を数回受けただけであるが、明日はできれば動きたくないと思える筋肉痛に悩まされることになるのは確実である。
それはともかくとして、彰弘たち一行は食事兼休憩の準備を始めた。
大口を開けてパンより分厚いオーク肉を挟んだサンドイッチに齧り付き咀嚼し飲み込んだサティリアーヌは、続いて紅茶を一口飲む。
その横では彰弘がフォレストボアーと呼ばれるニホンイノシシに近い姿の魔物の肉を串に刺して焼いたものを頬張っていた。
勿論、他の者も各々が食事を口にしている。
ミレイヌとバラサは、サティリアーヌと同じ――幾分肉は薄いが――サンドイッチを、アキラとショウヤは彰弘と同じ串焼きだ。
全員がそれなりの力を持っているために、食事量は一般人が見たら胸焼けしそうであるが、本人たちにとっては程よく腹が膨れる八分目といったところであった。
野菜の類も多量にあったのは言うまでもない。
なお、ガルドは神鉄とミスリルが融合して存在していた周り覆っていた岩を食べている。彰弘どころかサティリアーヌも気付けなかったが、その岩には神鉄やらミスリルやらが混じっていた。
「この先なんだけど、もう少しゆっくり行きましょうか」
「俺は構わないが……」
キロ単位のサンドイッチと同量のサラダを食べ終えたサティリアーヌの提案に、彰弘は同意を示しつつ顔を巡らす。
「反対はないようだ」
「じゃ、そうしましょ。意味もなく気が急いていたせいで彼女に無理をさせちゃったしね。このままだと明日、ちょっと乙女としてはどうかな? って声を出させることになっちゃうし」
サティリアーヌの視線の先は、当然ミレイヌである。
愕然とした顔をするミレイヌにサティリアーヌは「マジよ」と真面目な顔を返した。
「どんな筋肉痛なんだよ、それ。ちょっと見たいというか聞きたいところではあるが、……って睨むなよ。まあ、了解だ。この後は普通に行こうか」
「うん、ごめんねー。それはそれとして、アキヒロさんてSっ気もあるのね」
「も、ってなんだ、も、って」
「痛み、耐えられるんでしょ? アンヌ様に聞いた」
「我慢できるからって、それはねーよ。ったく、碌なこと……なんだ!?」
食後のくだらない雑談の中、苦笑気味だった彰弘の顔が急に真剣味をおびる。
そしてそれはサティリアーヌも同じであった。
二人は立ち上がると背後に広がる森林に目を向けてから、お互い一度視線を交わし再び森林を注視する。
「ちょっと、どうしたっていうの?」
そんなミレイヌの言葉も耳に入らないような二人の様子に、残る三人が顔を見合わせた。
それから少し経ち、森林から目を放した彰弘とサティリアーヌの表情は険しさの中に戸惑いのようなものが含まれている。
「予定は変更かな?」
「そうね。問題は発生元へこのメンバー全員で行くべきかどうか、うーん」
サティリアーヌは先ほど感じ取った気配と魔力のことを思い返す。まず間違いなくあれは自分が知る限り邪神に類するもののはずだ。しかし感じ取った雰囲気は戦いではなく逃走である。
これまで話に聞いていたのは例外なく襲ってくるというもので、今回感じたものと一致しない。だからサティリアーヌは悩み小首を傾げた。
そんなサティリアーヌに幾分遠慮がちに彰弘は声をかける。
「直感でしかないんだが……あの発生元は今頃もういなくなってるんじゃないか?」
「あ、やっぱりそう思う? でもあの感じは十中八九で邪神の眷属だとは思うんだけど……やっぱそうかなあ? でも話に聞いていたのとは全然違うし、うーん」
再び悩み始めたサティリアーヌに、どうしたものかと彰弘も頭を掻く。
そこに二人の邪魔をしないようにと、食事の後片付けしたりして黙っていたミレイヌが口を挟んだ。
「邪神の眷属だかなんだか知らないけど、ここで悩んでいても始まらないのではなくて? 異変を感じて見逃して後悔するよりは確認くらいした方がいいわ。本当に危ないと分かったら脱兎で逃げればいいのよ」
腰に手を当て胸を張るミレイヌに彰弘とサティリアーヌの目が開く。
危うい考え方ではあるが、その言葉には一理があった。
このまま何もせずにいたら知り得たであろうことも知ることができない。それが後々の後悔に繋がることもありえる。当然、今行動することが直後に後悔となることもあるのだが、それを考えて尻込みしていたら何もできない。
「それもそうね。そうしましょ。ただそれなら行くにしろ、行った先から逃げるにしろ足は速い方がいいんだけど……」
「うっ。頑張るわよ!」
サティリアーヌは勿論問題ない。
彰弘は技術面では拙いが身体能力だけでいえば相当高い部類にはいる。
バラサにしても常日頃の訓練と魔物狩りのお蔭で現在のランクではありえないほどの体力と速力を持っていた。これは兵士として一定の力量まで強制的に魔物狩りをやらされていたアキラやショウヤにしても同じだ。
唯一この場で後衛職であるミレイヌだけは冒険者のランク相当の身体能力しか持っていない。魔物狩りについては彰弘とバラサと一緒に行っていたのだが、保有魔力の関係で二人ほどの魔物を狩ってはいないし、筋力を鍛えるということも体型維持くらいにしか行っていなかった。いくら魔力で身体能力を補正できるといっても、補正するための身体ができていなければ、その効果は微々たるものなのである。
余談だが現在グラスウェル魔法学園に通っている六花たち四人は、期間限定の加護の後もしっかりと身体を動かし魔力の増強にも努めているために見た目からは想像できない身体能力を持っている。ただそれで極端に筋肉質な身体となっていないのは、なかなかに不思議なものがあるのだが。
ともあれ、行くにしろ何にしろ、目下の問題はミレイヌの速度と体力であった。
「ガルドに運んでもらうか」
「(構わぬぞ。嬢ちゃん一人ぐらい乗せたところで主に付いて行くことくらい造作もない。振り落とすわけにはいかんし、甲羅に固定させて運ぼうかの)」
彰弘の言葉を受けてガルドは手乗り程度の大きさに調節していた身体を、人ひとりを乗せれるまでにする。そればかりか甲羅を変形させて椅子のような形を造り出した。これは従魔の印を甲羅に固定した能力と同じものだ。
「さあミレイヌ特等席ができた。乗れ」
「ちょっと、こんな足を開くなんてはしたない格好をさせるつもり!?」
「はいはーい。自分の体力の無さを呪うがいい! なんてね、っと」
後ろから近付いたサティリアーヌがミレイヌの身体を両脇の下から抱え上げ、有無を言わさずガルドの甲羅に乗せた。
すると慌てて降りようとするミレイヌだったが、時既に遅し。ガルドは甲羅に触れている彼女の足首から太もも、そして臀部を甲羅にがっちりと固定した。
「(主よ、嬢ちゃんに姿勢を低くしておるように言っといてくれんか? できるだけ枝は躱すがの)」
「了解だ。ミレイヌ、これから走るから頭を下げていろよ? 危ないからな」
「バラサ。戻ったら身体を鍛えるのを手伝いなさい」
「畏まりました、お嬢様」
身に着けているローブのお蔭で太ももが顕わになっているわけではないが、甲羅に跨り足を開いている状態にミレイヌの顔は赤く染まっていた。
そんなミレイヌを見た各自の反応は様々ではあるが、一番嬉しそうだったのはバラサである。
それはそれとして、これで出発の準備は整った。
「さてと、嬉は恥ずかしイベントも終わったし。真面目にいくわよ。途中で遭遇するであろう魔物は極力無視で。我らに御身が祝福を」
サティリアーヌは笑みを消して、身体強化の神の奇跡を全員に施す。そして全員の顔を見回し、頷きが返されるのを確認してから走り出した。
そのすぐ後を彰弘たちが続く。勿論、ガルドも、その甲羅に固定されたミレイヌ一緒だ。
邪神の眷属の気配の発生元まで二十キロメートル強。足場の悪い森林の中を彰弘たちは疾走するのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ねた
この世界のゴーレムにもフレッシュやらウッドやらの柔らかそうなのが存在します。
が、当然強靭な魔物や強固な木材なんかが素材であるために、刃物や矢といったようなものでは、なかなかに倒すのが厳しい現実があったりします。
それでも魔剣なんかのようなものがあるので、一概に倒すの無理とは言えないわけですが。
二〇一七年 四月 一日 二十一時三十八分 ちょこっと修正
最後の「走り抜ける」を「疾走」に変更。