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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-48.

 前話あらすじ

 ちょっと納得出来ないようなあれこれを飲み込みつつ彰弘たちはケルネオンへ戻る道を進む。

 一方、フィーリスから依頼を受けたジェールたちはガッシュへと向かい、そこでリーベンシャータがその街に昨日から今日にかけて訪れていないことを確認するのであった。





 少女の手を引いたリーベンシャータは森の中を歩いていた。夜の帳が下りたことで、周囲を浮かび上がらせるのは上空から僅かに差し込む月明かりのみとなっていたが二人の歩みは危なげない。

 夕方、神域結界維持のために建てられた一つであるメアルリア教の仮設神殿前から少女を抱え上げ走り去ったリーベンシャータはガッシュへと向かう進路を取っていたが、行程をある程度進んだところで彼女は抱えていた少女を地面に降ろし周囲を見回す。そして何者の目もないことを確認すると少女の手を引き、道標となるようなものが何もないにも関わらず森の中に入っていったのである。

 森の中を進む二人には夜の森の静けさと時折聞こえてくる魔物の遠吠えに怯えた様子もなければ、相当な時間を歩いていることによる疲れも見えなかった。リーベンシャータはまだしも、少女までもがそうであるのは異常であると言える。

 リーベンシャータは大司教だ。他の宗教はともかく、メアルリア教の大司教ということは冒険者でいうところのランクA以上の力量を有していた。人外の領域に足を踏み入れているような彼女が、恐怖を煽るような見通しが悪く歩きにくい夜の森を休みなく数時間歩いた程度で、恐れを感じたり疲れを見せるようなことはない。

 だが十歳前後にしか見えない少女は別である。普通であれば余程特殊でもない限り夜の森に恐怖するだろうし、そんな場所を数時間も歩き続けることはできないだろう。これがリーベンシャータに途中で抱え上げられ森の中を進んだり、頻繁に休憩をとっているならば多少は違ったのだろうが、二人はたた黙々と夜の森を休みもせずに歩いてきたのだ。これだけで少女が普通ではないと推測することができた。

 ともかくリーベンシャータと少女の二人はガッシュへは向かわず、そこへ向かう道中に見える森の中を夜通し歩いていたのである。









 時折襲ってくる魔物を容易く撃退しながら夜の森を進んでいたリーベンシャータと少女の視界が突如開ける。

 広さは百メートル四方といったところで、中央付近に鉄筋コンクリート造と思える大きめな建物が建っていた。その建物が何であるかは、それを示すものが崩れていたり擦れていたりして外からでは分からない。

 建物の左側に目を向けると、そこには花壇と思しきもの――今現在は雑草が生い茂っている――と休息用だろうベンチなどが見える。恐らくそこは癒しの場として設けられた場所であっただろうことが窺えた。

 逆の右側には白い枠線の中に停車する複数の自動車がある。こちらはこの建物へと来た人たちのための駐車場所であると推測された。

 そんな周囲の様子を一瞥した後、二人は止めていた足を前へと進め建物へと向かう。

 既に内外を隔てる役割を持たなくなった砕け落ちているガラスを踏み越え建物の中に二人は入り、中の様子を観察することもなく建物の奥へと続く通路へ進む。そして階段へと辿り着くと目的地はその上だというように、躊躇うことなく二人は階段に足をかけた。

 なお、リーベンシャータと少女が入ったのは建物の正面出入り口だ。建物内に入ると連結された複数の椅子、受付と上部に書かれた場所、各所を知らせる案内板といったようなものがあった。そしてその中にはこの場所を示す文字もあり、それは翔間総合病院というものである。

 つまりここは世界融合の際に病院の敷地だけが森の中央部に融合するという事態となった日本の土地で、正に不運としか言いようのない場所であった。









 五階まで昇ったリーベンシャータと少女は、そこに並ぶ病室の一つへと入った。

 中にはベッドが一つとその脇に小さな棚、壁際には見舞い客用だろう背もたれのない椅子がある。ベッドの足側方向の壁際には入院中の退屈さなどを紛らわす目的があるのだろう、そこそこの大きさがあるテレビも置かれていた。

 それにしても世界が融合してから一年以上放置されていたとは思えない随分と綺麗な部屋である。

「ねえ。今日は疲れたからもう寝よ? ここ綺麗でしょ。わたしがいつも使ってたところなの」

 ベッドの前に立ち、「ああ。そうだな」と少女に答えたリーベンシャータは何の疑いも躊躇いもなくベッドに横になり目を閉じる。そして幾許もしない内に意識を落とした。

「辛うじて及第点かな?」

 穏やかと言える表情で寝息を漏らすリーベンシャータを見て、少女はほっとため息を漏らしてから、これまでのことを思い返す。

 現在、世界融合直後に無理矢理この世界に顕現した邪神とその眷属の中で、今も存在しているのは、この少女だけである。

 少女は世界融合の直後に邪神の眷属として邪神とともにこの世界の戦力と戦っていたが、戦いが本格化する前に相手が顕現させた神域により戦場から遠く離れた場所まで弾き飛ばされてしまった。これはこの少女が神域内に留まれるほど強くなく、また神域内で滅するほど弱くなかったためである。

 だが、そのお蔭で今ここに存在できていると言っても過言ではない。弾き飛ばされ消滅寸前の損傷を受けた少女は、この世界にある邪気と変わらぬ程度まで力を落としており、その結果として討伐隊の目を欺き続けることができからこそ、今ここに生きているのである。

 勿論、この少女以外にも神域の力だけでは滅することなく戦場から弾き飛ばされた邪神の眷属は複数いた。しかし少女よりも弱体化した者は世界に自然浄化され、逆に少女よりも力を残していた者は、神域内での戦いが終わった後に行われた調査に引っかかり、討伐隊の手でこの世界から完全に消滅させられている。

 神域内に留まれるだけの強さを持った者も、その後の戦いで邪神を含め全てがこの世界で受肉した身体のみならず魂までもが最後には葬られてしまっていた。無理矢理に世界を渡り弱体化していたこともあり、この世界の神の助力を受けた戦力に邪神とその眷属は勝つことができなかったのである。

 なお、異世界からの招かれざる邪神というのは本来ならこの世界の神が相手をすべき存在であるが、その存在は無理をした影響で弱体化しており現界の戦力で何とかなると判断されたため、神々は参戦していない。弱体化した邪神を消滅させるよりも先に世界融合の調整を行わなければ、星どころか宇宙全体に多大な影響を及ぼす危険があったからである。

 ともかく、少女はそのような流れがあり、現在も消滅せずに済んでいた。

「それにしても迂闊だったかな。いや、本来の力を使えば……やっぱ、危険か」

 神域により弾き飛ばされた少女が明確に自分の状態を知ることができるようになったのは、邪神の消滅から暫くが経ってからのことだ。

 少女は極度に消耗した自分を直しつつ今後どのように動くべきかを、まず考えた。

 折角、新しい世界に来ることができたのだから滅ぼされるのは真っ平御免である。邪神の眷属としての力を表へ出せば消滅させられる目に遭うことは、現在進行形で消えていく同胞の気配により火を見るよりも明らかだ。

 ならどうするか? 幸いにも今の自分は弱体化が激しく他の眷属のように見つかる心配は馬鹿なことをしなければない。ならばそれを最大限に活かし、目立たぬようにこの世界の理を取り込み自身のとりあえずの安全を確保することを少女は考えた。

 邪神の眷属として向こうの世界の理を持ってこの世界に来た存在なため、いつかは見つかるであろうが、そうなったときのためにこの世界の理で自分を覆う。そして自分の理を育てる。本気で事を起こすのは、この世界の神などに負けぬほどの力を付けたときだ。

「元の世界の力も多少は戻った。こちらの世界の力も大分手に入れた。けど、やっぱり迂闊だった」

 自由に動けるようになり、そこらの魔物などには負けない程度には強くなった少女は、あらゆる情報を手に入れるために動いていた。

 境遇をでっち上げ身分証を手に入れガッシュの街で現在の状況を確認、何てこともしている。身分証を作るとき魔力に邪気が混じっていることで危うく事になりそうだったが、そこは邪神の影響のせいだと担当官が勝手に判断してくれたために事無きを得ていた。

 そしてガッシュでの情報収集を終え、次に向かったのは自分たちが、この世界の者と戦った場所である。無論、今は弱まっているとはいえ忌々しい神域の効果はまだ継続中であり戦場であった場所に行くことはできなかったが、少女としては神域の、この世界の神の力を知るために近寄る必要があった。

「ほんと、失敗だった。せめて、あの程度は一瞬で倒せるようにならないと。ううん、姿を変えておけば良かったかな?」

 少女の目がリーベンシャータへと向けられる。

 神域に入らないように結界の縁を移動しながら観察をしていた少女は、四人組の人種(ひとしゅ)に見つかった。それが今ベッドの上で寝ているリーベンシャータと潜む気配というパーティーの三人である。

 幸いだったのは見た目が少女であるからか、四人が完全な警戒をしていなかったことだ。それがあったから少しの魔力の流れで時間はかかったが多少なりとも相手を自分の有利に動かすことができた。

 とはいえ、その誘導は完全でなかったのは明白で、少女としては意識を取り戻し暫くしてから見つけた拠点の一つとしているこの場所に即戻りたかったのだが、あろうことか周辺で一番強い気配がある場所へと向かってしまった。

 それだけならまだしも、着いた先でその周辺で三番目に強い気配と、それほど強くはないが忌々しい神域の力と似た気配を持つ者とまで遭遇する始末。

 そんな中で少女は何とか逃げ出そうとリーベンシャータを操るも、術も魔法も元の世界の力も使わないものなために、相手に攻撃を仕掛けるという予想外の結果に陥る。しかしそれが功を奏したのかリーベンシャータは少女を連れて、その場から逃げ出すという選択をした。

「今の姿だから、ここにいる事実があるんだよね。一人で逃げ出せるなら逃げたんだけど……この人がいたからなぁ。あ、三番目も今のわたしじゃ無理か」

 まず間違いなく一人で逃げたりしたら、我に返ったリーベンシャータに追いつかれ捕らえられる。それがなくてもあの場で三番目に強い気配のエルフに追いかけられた。

 その後は推して知るべし。自身が消滅するしかないと少女は分かっていた。表面上はこの世界の理で覆っているが中身は邪神の眷属のそれだ。間近で少し調べられたら隠し通せるものではない。

「まあ、とりあえず結果オーライって感じかな。逃げれたし。後はこの人が寝てる間に力を奪わせてもらって、ここは放棄っと。まだまだ私の存在は知られたくないし」

 それにしても嫌な感じだった、と少女はふと思い返す。

 少女の脳裏に過ぎるのは忌々しい気配を持つ男の姿である。強さはそれほどではなく思えたが、身に宿す力の性質が自分の天敵のようであった。単純な力比べなら負けないであろうが、あの力が自分に襲い掛かったときにどうなるか分からない不気味さがある。

「とりあえず今は放置。もっと強くなって余裕と思えたら殺そう。ヘタに残しておくとマズそうだし。マズそうといえば、後二つ嫌な気配があるけど……そっちは相手の寿命でも待つ方がいいかなぁ。あの男と違って立場的にあんま動かないらしいし」

 一人は邪神と正面から戦い勝利した化け物で、もう一人はその化け物と対等に渡り合えるという噂の奴だ。

 自分の成長度合いを考えて、数年数十年でどうにかなりそうな存在とは思えない。ならば自身の不老性を考えて相手を刺激しないようにして時を待つのが最善と考えた。

「やめやめ。今やることはこの人から力を奪うこと。残念なことに自分の力にはできなそうだけど、結晶にでもしておけば何か役立つかもしれないし」

 リーベンシャータの寝るベッドに上がると少女はその隣で横になる。そして片手を相手の素肌へと触れさせ力の奪い具合を確かめた。

「うーん、効率悪いかなー。このままだと奪いきれなさそうだけど、これ以上だと目を覚ましそうだし。……ま、このままでいっか。暫くは起きなさそうだし起きたとしても、そのころにはわたしが逃げ切れるくらいに弱ってるだろうし」

 リーベンシャータが目を覚ましたらもう一度操ればとも考えないではないが、それができれば苦労はない。これまで操っていたとはいっても彼女の記憶はそのままであったし、この場所にいることで何らかの警戒心を持つだろう。それにここは神域結界の近くではなく、言ってみれば普通の場所である。そんな場所で魔力を相手に向けて動かせば即座に何かをやっていることを見破られる可能性があった。

 せめて記憶を消すことができれば何とかなりそうではあるが、それを少女が行うには邪神の眷属としての力を使う必要があるが、それをしてしまったら今まで大人しくしていたことが全て水の泡となってしまう。

 殺すという手もないわけではないが、相手は人外の領域に片足を踏み入れているような存在で寝ているからといって簡単に殺すことはできない。もし殺すなら少女は邪神の眷属としての力を使うしかないが、それは後々のことを考えると下策であった。

 要は邪神の眷属である少女としては、少しずつ相手の力を奪い弱体化させてから何とか逃げるしか今のところ方法はなかったのである。

 なお、何もせずに即逃げるという選択は、この少女にはない。リーベンシャータの力で自分の力を上げることができなくとも奪った分を結晶化させておけば手駒の一つとして使えるだろうし、何より今後脅威と成り得る存在の力を弱体化、あわよくば完全に消し去るという折角の機会を逃す手はないのである。

 ともかく、あれやこれやとこの後も少しだけ考えごとをしていた少女であったが、やがて面倒になったのか一つ欠伸をしてから「おやすみー」と呟きリーベンシャータの隣で目を閉じたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


二〇一七年 三月十二日 三時四十一分 ちょこっと文追加

最後の方に邪神の眷属の少女が、そのまま逃げない理由を追加。

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