4-46.【邪神の影響】
前話あらすじ
厄介事を招くからと受け取りを拒まれた神鉄とミスリルの混合金属塊は結局彰弘のものとなる。
そんなことがありはしたが、それ以外は特に何もなく宿泊地として設定した仮設の神殿へ一行は向かう。
そして、その神殿の目前まで来たとき、彰弘たちは知り合いが何やら言い争いをしている場面に出くわすのであった。
彰弘たちが向かう先で行われている言い争いは平行線であった。
ジェールたちが「理由を教えてくれ!」と声を上げると、相対するもう一方が「必要ない!」と叫び返す。
そんなやり取りが、彰弘たちが五つの人影に気付いたときから延々と繰り返されていた。
「ここまで近付いたのに、誰もこっちを見ないとはな」
数メートルの距離にまで近寄った彰弘たちは、自分たちに気付いた様子もなく言い争いを続ける五人の様子を訝しみ一度足を止めた。
街中であれば話は別だが、この場所はそうではない。すぐ近くに休み生活するための建物や仮設の神殿があり、その周りを簡易な柵で囲っているとしても、ここは魔物などがいつ襲ってきてもおかしくはない防壁の外である。
すぐ近くに自分たち以外のものが接近してきているというのに、それに注意を向けないのは危機意識という面でありえないことであった。
これで言い争いをしている五人全員が街の中で暮らすだけの一般人であれば、まだ理解できるのだが、五人の内少なくとも三人はランクCの冒険者だ。一流と呼ばれるほどの冒険者が、このような場所で自分たちに近付く存在に欠片も意識を向けないのは普通ではない。
「とりあえず、私が行くわ。うちの大司教ともあろう方が、この距離でこっちに気付いてないなんてことはないだろうけど、なんか嫌な予感がするし」
サティリアーヌは自身の横へと顔を向け、彰弘が頷くのを確認すると再び言い争いを続ける五人へと向き直る。そしてそれから小声で「祝福を」と呟き、自分自身に身体と精神の能力を向上させる神の奇跡をかけた。
「何もなければ、それでいいんだけどね」
誰に聞かせるでもない言葉を口にしたサティリアーヌはおもむろに歩き出し、ジェールたち三人ではなく、もう一方の二人組みへ歩み寄る。そしてその距離が一メートルまでとなったときに、努めて明るく声を出した。
「リーベンシャータ大司教。もうそのへんにしといたら? てっ!?」
サティリアーヌの声に返されたそれは、視線や誰何の声などではなく、拳による頭部への打撃であった。
避けきれないと両腕を交差させ頭部を防御するサティリアーヌの腕に、リーベンシャータの裏拳が鈍く重い音を立てて激突する。
防御した側とは反対側で踏ん張ったサティリアーヌの足が僅かに地面へとめり込んだことから、加えられた攻撃が並の威力ではないことが分かった。
「ちょっと何考えてるのよっ! 私じゃなかったら頭が消し飛んでるわよ!」
痛みに顔を顰めつつも憤り非難の声を上げるサティリアーヌ。
サティリアーヌは武具の扱いは冒険者でいうところのランクD上位か辛うじてランクC下位程度でしかないが、それ以外の身体能力などはランクB中位相当はある。その彼女が事前に神の奇跡を自分に使ったからこそ、最低でも冒険者基準でランクA相当の力があるメアルリア教の大司教リーベンシャータの攻撃を防ぐことができたのであった。
ともかく少しでも防御するのが遅れていれば間違いなく死んでいたのだから、サティリアーヌの非難は当然の反応だ。
しかしリーベンシャータは自分の行動に何の痛痒も感じていないようであった。
「ふん。誰かと思えばサティリアーヌか。何しに来た」
そう言うリーベンシャータの顔には自分の行動を非する表情は浮かんでいなかったからだ。
そんなリーベンシャータの様子にサティリアーヌの顔が思案気なものに変わる。
確かに今現在のリーベンシャータとサティリアーヌの中は良いとはいえない。以前はそれほどでもなかったが、メアルリア教の一柱であるアンヌから感謝の印として授けられた神官衣をサティリアーヌが身に着け始めたころから、会えば何かと嫌味を言うようになった。
これはリーベンシャータがメアルリア教の五柱の中でもアンヌを最も信仰していることが関係している。だが、だからといって今までは敵意の類を向けられたことはないし、当然殺されるような攻撃をされたこともない。あくまで自分が最も信仰する神より、神官衣を授けられたことに彼女が軽い嫉妬を覚え、突っかかってきていただけであった。
今までと今日の違いをサティリアーヌは考える。何故、いきなり相手を殺せるだけの攻撃を繰り出してきたのか。溜まりに溜まった嫉妬が暴発したとも考えられないことではないが、前回会ったときにそんな兆候は全くなかったし、攻撃をした後のリーベンシャータの様子を見る限り、それは違うような気がする。恐らく何か別の要因があるはずだ。
と、相手を警戒しつつサティリアーヌが考えていると、その警戒先であるリーベンシャータが声を出した。
「まあ貴様が何のようでここに来たのかはどうでもいいか」
まるで先ほどまでの言い争いやサティリアーヌに攻撃を仕掛けたことなどなかったような声の調子である。
そして普通であれば、そこから何らかの言葉がサティリアーヌや咄嗟に武器を抜いたが動けないでいる彰弘たち、または言い争いをしていたジェールたちへと向けられるはずだ。
が、リーベンシャータは言葉を続けることをせず、自分信頼するような目で服の裾を掴む少女を促すと、周囲の反応を待つこともなく歩き出した。
「……ちょ、ちょっとぉ!?」
思わずサティリアーヌが声を出す。
まさかそのまま、この場を去るとは思わなかったのである。
しかしそれでリーベンシャータたちの行動が変わるわけではなかった。それどころかサティリアーヌの声が合図でもあったかのようにリーベンシャータは少女を抱きかかえ驚くほどの速さで駆け出したのだ。
そうなるともう手遅れであった。最低でも冒険者でいうところのランクAの力があるリーベンシャータである。その走る速度も相当なもので、その場にいた誰もが追いつけるものではなかった。
出された紅茶を一口のみ一息ついたサティリアーヌは、怪我の回復具合を確かめるために掌を閉じたり開いたり、また手首を回したり前腕分を揉んだりしている。
リーベンシャータの攻撃を受けたサティリアーヌの腕は、服の上からでは分からなかったが確かに骨折という損傷を受けていた。それをつい先ほど一般的に回復魔法と呼ばれる神の奇跡を使って治したので、その調子を見ているのである。
「大丈夫なのか?」
念入りに確認を行うサティリアーヌに彰弘が声をかけた。
神の奇跡により治っているはずだが、サティリアーヌの念入りさに少々不安を覚えたのである。
しかし、その心配は無用であった。
「大丈夫よ。あくまで念のためだから。今からでも全力で戦うことぐらいはできるわ」
笑顔を見せてサティリアーヌは紅茶をまた一口飲む。
それを見て彰弘は「なら、良かった」と安堵の息を吐き出した。
現在、彰弘たちは神域結界維持のために建てられた仮設の神殿の中にいる。
リーベンシャータと少女が立ち去ってから少しして、騒ぎを信徒から聞かされ外に出てきたこの場での神域結界維持の責任者であるフィーリスにより、中に招かれたからだ。当然、最初の騒ぎの当事者であるジェールたち三人もいた。
「まずは依頼のことはごめんなさいね。何か事情があったのかもしれないけど、何の説明もなしというのは、今回の場合いただけないわ」
サティリアーヌの回復具合の確認が一段落したと見て声を出した後で頭を下げたのは、彰弘たちを神殿内招き入れた見た目が五十歳くらいのフィーリスだ。彼女はリーベンシャータと同じメアルリア教の大司教で優しそうな目をしていた。
「いえ。ボクたちもすみませんでした」
深々と頭を下げるフィーリスにジェールたち三人も頭を下げ返す。
お互いがお互いに悪いところがあったと考えたからの謝罪である。
もっともフィーリスの場合は、同じ大司教であるリーベンシャータの代理としての意味もあったが。
ともかく頭を下げた両者は、暫くしてどちらからともなく頭を上げて姿勢を正す。
そして一拍。フィーリスが本題に入る。
「じゃあ、騒ぎの原因を教えてもらってもいいかしら? 先ほど少し伺ったのだけれど、もう少し詳しく聞きたいわね」
「それは俺も気になるな。そう付き合いが長いわけじゃないが、さっきのジェールたちの様子はおかしく思えた」
フィーリスの言葉に続いた彰弘が顔をジェールたちに向ける。
そこから続いて集まる皆の視線の中、ジェールたち三人はお互いに顔を見合わせた後で一言二言言葉を交わし、それから話し出した。
「正直に言うと、ボクたちもよく分からないんだ」
「わたしたちは二十日くらい前にリーベンシャータさんからの依頼を受けました。依頼内容は……あ、これは喋っても構わないと言われてるんだけど、一か月ほど結界周辺を一緒に探索して何か異変を感じたら伝えるというものなの」
「それで今日のお昼過ぎまでは特に異変もなく問題はなかったんだけど……ここに来るちょっと前に家族と離れ離れになって泣いている子供を見つけたの。それからリーベンシャータさんがその子に話を聞いて。それでガッシュにいる両親の下へ子供を送り届けることになったんだけど、ここが近いからまずここに来ようってなったんだけど……ここに着いたらいきなり依頼完了だって。あ、子供はここから北東二キロメートルくらいのところにいました」
「状況は二人が言った通りかな。依頼は半分程度の期間だったけど報酬は満額だし、途中では変なこともなかったから特に問題にするようなことはないんだけど、やっぱ、なんでいきなり依頼を完了にしたのかは知りたかった。さっきも言ったけど期間半分で満額報酬は問題ないといえば問題ないよ。でも、ここに来たら中にも入らず、いきなりの依頼完了。そりゃその理由も聞きたくなるよ」
依頼の完了理由を知りたくなる気持ちは分からなくもない話だし、少しだけ確認を行う程度ならば通常問題とはならないのでジェールたちの行為も一概に責めることはできない。
しかし、今回ジェールたちは声を荒げてリーベンシャータへと問いかけていた。冒険者は今まで依頼の報酬分の仕事を問題なくこなすことで依頼をする人たちからの信用を得てきている。それが依頼の報酬も問題なく支払われ、特に問題とならなることもないような状態で、今回のように過度な干渉と受け取られるような行為をすると相手に悪印象を与えかねない。
仮にリーベンシャータが嫌がる少女を無理矢理連れて行こうとしているならば、そのことをジェールたちが咎めたとしても理解できるしされるであろうが、少女は嫌がっているわけではなかったし、ジェールたちもそのことについてを問うていたわけではない。
今回の件はリーベンシャータの行動も問題であったが、言い争いにまで発展して、そこでジェールたちが声を荒げてしまったことも問題にされる恐れのあるものであった。
「理解できない依頼完了の仕方で聞きたくなる気持ちは分からないでもないが……控えるべきじゃなかったか? もしくは怒鳴らず、もっと冷静に聞くとか」
「それは分かってる。分かってるからこそよく分からないんだ」
「と言うと?」
「ボクたちだって、はじめは軽く聞いて断られたりしたら、そこで終わらすつもりだったんだ。しつこく聞くことの愚くらいは理解してる。でも何故か引っ込みがつかなくなった。勿論、怒鳴るつもりなんてなかったよ。そりゃありえない完了の伝えられ方で相手の言葉遣いにもムッとしたけど、そんなのは今までもたくさんあったから別にそれが原因じゃない。ただ抑えがきかなかったんだ」
「それにしては、サティーが仲裁に入ったときには大人しくしてたじゃないか」
「正直、そこも分からない。急に冷めたというか、何というか……」
ジェールはそこで両隣に座る自身のパーティーメンバー二人の顔を見る。
どうやらその二人もジェールと同じようで、しきりに首を捻っていた。
そんな様子に黙って話を聞いていたフィーリスが確認のための口が開く。
「ところで聞きたいのだけれど、その少女はどのような子だったの?」
「年は十歳前後かな。どこにでもいるような普通の普人種の女の子だったね」
「私が見た限りでも、そう見えたわね。まあ、いきなり死にそうな攻撃を受けたせいで、しっかりと確認できたとは言えないけど」
フィーリスの問いにジェールとサティリアーヌが答える。
その場にいて少女を見ていた彰弘たちも異論はないために頷きで二人に同意した。
ちなみに普人種というのは、彰弘のようにこれといった特徴のない人種のことである。
「そう。普通とは言えないのは確かみたいだけれど、どうも考えて答えが出るものではないようね。変な魔力を感じたわけではないし、ジェールくんだったかしら……あなたたちにも異常は感じない。普通は人の精神に影響を及ぼすような魔法なりを使われると、暫くはその痕跡が残るものなのだけど、それがない。ということは、術などにかかっていたわけではないということなんだけど……分からないわね」
「どうします?」
問いかけてくるサティリアーヌに顔を向けたフィーリスは少しだけ思考する。そしてややあってから口を開いた。
「そうね。……サティーはアルフィスへ戻るのよね? 一筆書くからそれをアルフィスへと届けて、あなたの口からも今回のことを伝えてもらえる?」
「ええ、今の用事が終わったら戻ります。それにしてもアルフィス案件ですか」
「まあ、大司教が相手ですから、一応ね」
フィーリスはサティリアーヌと言葉を交わし、その後で「それに……私、彼女と会っていないのよね。普通ならどれだけ仲が悪かったとしても、一言挨拶くらいはするはずなのに」と、心の中で呟いた。
フィーリスとリーベンシャータの仲は良くも悪くもない。それなのに近くに寄ったのに挨拶一つせずに立ち去ったことがフィーリスは気になっていたのである。
また今回の依頼を期間前に完了させたことも問題であり気になっていた。公言していないが、現在メアルリア教を含め、多くの教団や国が邪神の影響が各地に残っていないか調査を続行中だ。今回、ジェールたちがリーベンシャータから受けた依頼もその一環で、一個人が勝手な判断で完了させてしまえる依頼ではない。
「ともかく、アルフィスへはよろしくねサティー。……そうだ、ジェールくんたちには一つ依頼を受けてもらいたいのだけれど良いかしら? うちの司祭をガッシュまで護衛して、そしてまたここまで戻って来てほしいの。先ほどみたいなことがあったすぐ後で気乗りしないかもしれないけど、お願いできないかしら」
サティリアーヌへのお願いの後、フィーリスはジェールたちに依頼を持ちかける。
それを受けたジェールとそのパーティーメンバーの二人は一度顔を見合わせ、そうしてから三人ともがフィーリスの顔に視線を向け直した。
「道は分かるから……理由と報酬次第かな? さっきみたいなのは、できれば遠慮したいし」
「報酬は後で相談させてちょうだい。理由はガッシュへ本当にリーベンシャータが行ったか確認したいというのと、ガッシュの神殿に念のため事情を伝えておきたいの」
「それだけなら受けても良いけど……本当にそれだけ?」
果樹栽培を主産業とするガッシュまでは、無理のない道を進んだとして半日もしない内に辿り着く。それに道中に出る魔物もジェールたちにとって、油断さえしなければ問題なく対処できる程度の強さだ。だから単純な護衛であれば引き受けることは問題はない。
ただ、先ほどのリーベンシャータの件もあるために、ジェールは念押しで確認したのである。
「ええ、それだけよ。もし途中でリーベンシャータを見つけたとしても何もする必要はないわ。戻って来て、その情報を教えてくれるだけで構わない。こんなことを言うと気を悪くするかもしれないけど、多分あなたたちではリーベンシャータをどうにもできないから」
「ううん、それを聞いて少し安心した。自分の実力は分かってるよ。彼女に歯が立たないだろうことも当然ね」
ジェールの視線がサティリアーヌへと向く。
全力だったとは思えないリーベンシャータの攻撃で、それを受け止めたサティリアーヌの足が地面に沈んだことも覚えている。自分たちでどうにかできる相手ではないことは、ジェールにも容易に想像できていた。
「じゃあ、後は報酬額さえ納得できれば受けてくれるのね?」
「うん、いいよ」
「分かったわ、ありがとう。他の人もいるから報酬の話は後でね」
フィーリスの言葉にジェールと彼のパーティーメンバーである二人は頷く。
なお、彰弘たちは特に意見を出すでもなく、そのやり取りを黙って見ていた。
完全に部外者とはいえないが、話を振られたわけではないからだ。もしリーベンシャータに対抗できる力があって、ガッシュへの道も知っているならば別かもしれないが、現時点ではできることが何もないに等しい。だから沈黙を守っていた。
一応、サティリアーヌはリーベンシャータと戦えるかもしれない戦力になり得たが、それでもこの場で口を出すことはない。今は依頼の最中というわけではないが輝亀竜の甲羅に関する用事の途中であり、まだ事態がそこまでではないと彼女が考えていたからである。
「じゃ、ここまでにしておきましょうか。今日はここに泊まっていくでしょ? 部屋を用意させるからゆっくりとしていって」
ジェールたちへの依頼の件を話し終わり、それから特に意見も出なかったため、フィーリスはこの場をお開きとすることにしたのである。
翌日。彰弘たちはケルネオンへ戻る道を進み、一方のジェールたちはメアルリア教の司祭を伴いガッシュへと向かったのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
二〇一七年 二月二十七日 二十二時五十五分 修正
後半を中心にいろいろ修正。
話の流れとしては、彰弘たちは修正前と同じケルネオンへ戻ることになります。
一方のジェールたちは、メアルリア教の司祭を伴いガッシュという街へと向かいます。
そんな感じへと修正となっています。